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もふもふの国へ




 どうやら私は帰宅すると同時に自宅の玄関に倒れてるらしい。

 会社とアパートの往復しかしていない毎日だった。

 お局様にいじめられ、それでもめげずに無遅刻無欠席。

 まじめに取り組んでも、そんな出来がいいわけでもない。

 そのくせ周りの人は器用にものをこなし、褒めてもらってばかり。

 私が必死で同じ結果を出しても、それしかしてないんだから当たり前だよねという態度。それでも私は頑張った。

 そして、気が付けば倒れていた。


「誰か助けて……」


 そう呟いても、誰もそばにいない。

 もちろん駆けつけてくれる恋人なんかいるはずもない。

 家に顔を出してくれる友人すらいない。

狭いアパートに住んでいた私は、動物カフェに行くのが唯一の楽しみだった。

 そのたびに小さなころ死んだポチの事を思い出した。

 友達のいない私をいつも励ましてくれたポチ。

 泣いているとほっぺたをなめたりしてくれた。

 一緒に毎日のように散歩もした。それが今じゃ独りぼっち。


「誰も助けてはくれないか」


 孤独だなあ、私は。


「あーあ……」


 なんのために生きてきたんだろう、私。

 そう思っていたら暗い世界に沈んでいった。

 と、その時だった。まぶしい光に包まれて、そこには絵にかいたような神様がいた。


「何で目の前に神様が」

「はい、私は神様です」

「嘘でしょう……」

「貴女は死んだのですよ、心臓麻痺で」

「嘘でしょう!?」

「残念ですが事実です」

「…………」


 私は自分の身体がすけていることに気が付いた。

 まるで幽霊のようだ。


「貴女は動物が大好きなのですね。貴女は、赤子になって獣人達の国ロマンヌに行くのです。貴女にはぴったりでしょう?」

「何で知ってるんですか?」

「私が神様で、ずっと貴女のポチや動物への愛を見ていたからですよ。公園で野良ネコとも遊んでいましたし、動物カフェだけが癒しでしたよね」

「はい……」

「ですから、彼らの国で生活して幸せになるといいですよ」

「本当ですかっ、嬉しいです」

「……戸惑いはないのですか」

「正直、前世にはうんざりしてたから……」

「では、次の世界では楽しんでくださいね」


 どうやら私は、獣人だらけの王国ロマンヌに転生するらしい。

 哀れな私に同情してくれたのかそう言って、神様はほほ笑んだ。

 目の前が明るくなって、暗転。

 私は、大きなふわふわした毛に包まれて森の中で眠っていたようだ。

そのふわふわが動いて、私の前に顔を近づけた。

 目の前には、赤い宝石を頭に埋め込んだ超大きな狼のような姿をした凛々しい生き物。

 金色の瞳に、白いその毛並みは……もふもふっ!

 すると、低いうなり声が頭の中に直接響いた。


『わたしはフェンリルのリル。お前を守る聖獣だ』


(フェンリルって何?)


『大きな狼の怪物と呼ばれているのだが……まあ、本来は不服だがお前には尽くすように神様に命じられている。約束を守らなければ死んでしまうのでな』


 どうやら私の心の声がリルには伝わるらしい。リルの声も、私にしか聞こえないようだ。つまりはテレパシーで会話できるらしい。


『小さくもなれるので、邪魔なときは小さな姿でお前を守ろう。そしてずっとそばに仕えよう。なんでも命令すればいい』


 こんなもふもふで綺麗な聖獣が私を守ってくれるの!? 最高じゃん!

 しかも本来は服従してくれないのにしてくれるとか……超お得!


(でも、この森の中で私はどうやって生きていくの?)


『この森は、獣人が多く出入りするから、そのうちだれかが拾ってくれるだろう』


(なるほど)


「あーう」


 なんとなく声を出してみる。視界に入る手のサイズでわかってはいたけれど、やっぱり赤ちゃんになっているらしい。私はぼんやり空を見る。


『大丈夫だ、わたしがそばにいるだけで、お前の幸せは保証されるのだから』


(えっ、どうして)


『それは神様が決めたことだからだ。まあ、後でのお楽しみだ』


(お楽しみ?)


 何かあるの? 今から期待に胸を躍らせる私。


『お前にとって損する話ではない。これからのお前は、前世がなかったことのように幸せな時間を過ごすことができるだろう』


(もふもふできる?)


『お前の幸せの基準はそれか……』


 だって、もふもふしたいんだもん!

 獣人ってことはもふもふでしょ? 超かわいいじゃん。

 どんな子がいるのかな? 触らせてくれるかなあ。


『まあ……この世界にいる以上、いつだってもふもふできるだろうな。それに獣人は動物に戻ることもできるから、その時に触ればますますもふもふだ』


(やったあ!)


 触り放題撫で放題なんて、最高すぎるっ!


『そもそも、わたしをもふもふすれ……』


 リルが何かを言おうとしたとき、ガサゴソと音がした。

 そこには、猫の耳を付けたりりしい顔をした獣人がいた。

 年のころは子供がいてもおかしくなさそうなぐらい。

 私を見て、足を止めた。


「これは……フェンリルと……黒髪黒目の赤子……」

「だぁー」


 私は拾ってくれアピールを忘れない。 

 そしてにっこり微笑んで見せる。


「きたる日に、黒髪黒目の人間の聖なる少女が現れ、フェンリルとともにこの国を幸せにしてくれる……その言い伝えが、とうとう叶う日が来たんだな」

「だーぅ?」


 え、私が聖なる少女? 嘘でしょ?

 黒髪黒目なのは今の言葉で自覚したけれど、日本人をベースにしたからなだけじゃないかな? 私が首を傾げようとすると、猫の耳を付けた男性が私を抱きかかえた。


「聖女様。自分は一応賢者と呼ばれるものです。名前はエイベル・リーフ。どうか私に貴女をお世話させてください」


 そう言って、猫の耳を付けた男性……エイベルはほほ笑んだ。


「あう、あーう」


 もちろん、大歓迎だよっ。そう言いたくて私はキャッキャと喜んだ。

 エイベルは、嬉しそうに私を抱きしめる。


「貴女には、仲間になる男性が三人いて、その中でパートナーをひとり決めていただくんです。……まあ、それは赤子の貴女に話しても意味がないでしょうけれど、きっと何度も言われると思います。私の息子のブルーノもその一人で、胸元に赤い宝石が埋め込まれています」


 赤い宝石。まるでリルのようね。


「今晩はパーティですよ、聖女様。そうですね、聖女様に名前を付けましょう。クリスタル、愛称はクリスでどうでしょう」


「あーう!」


 何その名前、可愛い!

 私は高ぶる気持ちを動作で表現しようとしてジタバタする。


「そんなに気にいってくれたか、クリス」

「あうあうあー!」

「さあ、ブルーノの待つ家に帰りましょう。途中国王に連絡が行くように魔法をかけておきます。夜になればみんな集まってくるでしょう」


『よかったな、クリス』


(うんっ! 猫の耳もふもふしたいっ)


『……どこまでもそれしか興味ないんだな、お前』


(尻尾ももふもふしたいっ)


『…………』


 あれ? リル呆れちゃってる?

 なんでかなあ? 私はとりあえずされるがままにエイベルに抱かれて歩く。

 リルはその後ろをのそのそ歩く。小さくなってくれればいいのに。

 当然のように獣人達の視線を独り占めする私達。

 あーあっちにはクマの耳が付いた獣人が! あっちにはリス! うひゃああああああ!

 たまんないよおお! 鼻血でそう!

 もし赤ちゃんじゃなかったら走って触りに行くのに!

 童話の世界のようなこの国は、木造住宅がデフォルトらしい。

 こじんまりとした赤い屋根の家が、エイベルの家だった。


「おかえり、とうさん。なにこいつ、だれ?」


 三歳ぐらいだろうか、生意気そうだけれど顔立ちは整った猫の耳を付けた賢そうな少年がそこにいた。

 彼がブルーノだろう。暗い青い色の髪の毛に、黄色の瞳。それにメガネをかけている。

 そして私を見て、どこか面倒くさそうに笑った。


「これ、にんげんでしょ、とうさん」

「ああ、聖女様だよ。ブルーノ」

「かわいくないせいじょさまだね、しょうらいがふあんになるよ」

「こらっ、ブルーノ!」

「だぁ!」


 思わず叫ぶ私。なんて失礼な子なの。


「まあ、いいよ。僕のいもうとになるんだから、僕がかわいくしてあげる」


 そう言って、ブルーノは私の髪を撫でた。


「じゃないと、僕がはずかしいおもいをするからね」

「ブルーノ!」


 エイベルの言葉を無視して、毒を吐き続けるブルーノ。

 しばらくして私に飽きたのか、中に入って読書を始めた。

 見慣れない文字で書かれた表紙は、なぜか私にはすぐ理解できた。

 ブルーノが読んでいる本は、いわゆる魔導書だった。

 さすがは賢者の息子である。この年で魔導書。


「クリス、気にしなくていいからね。ブルーノお兄ちゃんはちょっと意地悪だから」

「だーぁ」


 あれでちょっとなの? そう思っているとリルがブルーノをにらんでいた。


(リル、抑えて)


『お前は聖なる少女だぞ。この扱いはあんまりだ』


(相手は子供だよっ)


『今はお前も子供だ』


(そうだけれど!)


 私は困惑しながらリルをなだめた。


 リルはブルーノに向かって吠える。


「なに、せいじゅうさま。いかくしてるの?」

「がうううう」

「だいじょうぶだよ、まさかこのかしこい僕がせいじょさまをきずつけるわけないじゃん」

「がるううう」

「まあ、僕はおにいちゃんだから、しつけはするけれどね」


 そう言ってブルーノは得意げに笑った。

 そしてすぐに読書に戻る。


『あの猫の耳のついた少年だけは、選んでほしくないな』


(あとのふたりは?)


『もうすぐ、あとひとりが生まれ、三年後に最後のひとりが生まれる』


(なるほど)


『選ぶのは急がなくていい。獣人の国を救えば、それでいい』


(そう言えばこの国は何て言うの? 前聞いたけど忘れちゃった)


『ロマンヌ国だな、ちなみに人間の国はシャロック国』


 へぇ。私は赤ちゃんのままリルを見る。

 というか、赤ちゃんってことはされるがままで、色々はずかしい思いもしなきゃなんだよね……まあ、いいか。これから楽しいなら、そんな恥ぐらい!

 子供のほうが堂々ともふもふふわふわできちゃうもんね!

 大人の姿だったら、なんだか気恥ずかしくて、きっと照れちゃうし。

 そう思うと、神様万歳! 超ありがとう!


「さあて、ミルクを作ってあげようか。ブルーノ、お湯を沸かして」

「えー僕が?」

「お前が一番火の近くにいるだろう」

「はいはい、せいじょさまはあかちゃんだもんね。ひとりじゃなんもできないむのうだもんね」

「こらっ、ブルーノ!」


 しばらくして、エイベルがミルクを作ってくれた。

 もしかして、この家ってお母さんは働いてていないのかな?

 一応、女物の服とかはかけてあるし、生活臭もする。


「ああ、マリーが出稼ぎに出掛けてなければ、マリーにお世話を頼んだのに」


 項垂れるエイベル。どうも、夜に私の着替えなどを受け取る予定らしかった。

 それまでは、拾われた時の格好のままだ。


「かあさんは、はたらくのがしゅみだからしかたがないよ。べつにびんぼうでもないのにね」


 あ、やっぱりそうなんだ? マリーさんって言うのかあ。どんな顔だろう?

 やっぱりふたりと一緒で美形なのかな? 飾ってある服は異常なぐらいに少女趣味だけれど……。


「よしっ、ミルクができたぞ。あとは冷ましてクリスに飲ますだけだ」

「がんばってー」


 やる気のない声援を送るブルーノは、読書二冊目に入っていた。

 読むの早いなあ。やっぱり、頭がいいのだろうか。


「ほら、口を開けて、クリス。ミルクだよ」

「あー」


 私はのんきに口を開ける。

 口の中にミルクの味が広がる。うん、結構おいしい!

 若干甘いミルクを、私はごくごく飲んでいった。


「おいしいかい? 外は寒かっただろう。まだ春は少し先だからね」


 なるほど、今は冬の終わりなのか。

 そう言えば少し肌寒かったなあ。リルがいたから、そこまでひどい思いはしなかったけれど。だって、リルってばもふもふだしっ! なんだかいい匂いもするんだよっ。

 それに聖獣だからか、どんな動物も襲い掛かってこなかったし。

 リルって、いるだけでなんか存在感があって、カリスマっぽい雰囲気を出してるの。


「きゃっきゃっ」


 私はとにかく笑って、夜を待った。


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