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鋼鐵の海神  作者: 月野原行弥
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第二章

「第二艦隊司令長官十二月晦日眞悠子中将に敬礼!」

 榛名の十五 (メートル)内火艇(ないかてい)、俗にいう長官艇が桟橋に接舷すると出迎えの将兵たちが敬礼を送った。

「長官、失礼します」

「うむ」

 一足先に上陸していた比栖間が十二月晦日の両脇に手を差し入れひょいと抱き上げた。背が低すぎて自分ではラッタルが上手く下りられないからだ。

「………………」

 桟橋に整列した将兵たちは子供というより人形くらいしか背のない十二月晦日の姿を目の当たりにしてざわめき始めた。十二月晦日の戦果の数々と小柄だという噂は耳にしていても実際にその目で見たことがあるものはあまり多くはない。十二月晦日は写真を撮られることをとても嫌っているので新聞などに記事が載ってもその姿形までは人目につくことはなかったからだ。

「さぁんぅぼぉうぅちょうっ!!」

 抱き上げた十二月晦日を桟橋の上に立たせていると背後から幼いがおどろおどろしい声が響いてきた。

「とうっ!」

 たたたっと助走の足音に続きなにかが長官艇の舷側から宙へ躍りでた。ぶわっと布のようなものが大きく広がり一瞬陽の光が遮られる。その陰の中にちらっと晴れ渡った今日の空のような水色の水玉模様が視界をかすめたような気がした。

「おひいさまにあまり気安く触らないでといつもいってますです!」

 長官艇から跳びだしてきたのはまだ幼いといってもいいくらいの女の娘だった。着地の衝撃を和らげるために曲げていた脚を伸ばしてすっくと立ち上がる。十二月晦日よりは背が高いがそれでも比栖間の鳩尾(みぞおち)くらいまでしか背がない。

「さっさとその(ひぐま)のようにばかでかい手を離すますです!」

 つかつかと歩み寄ると濃紺のヴィクトリアンメイド服の裾が捲れるのも気にせずげしげしと比栖間の脛を蹴り始めた。

「おひいさま、抱き上げるふりをして変なとこを触られたりしてませんですか!?」

「いや、そのようなことはないのじゃ……」

 メイド服姿の少女、長官専属の小間使い五月七日(つゆり)皐月(さつき)は抱き上げられて皺になった十二月晦日の制服をいそいそと整え始めた。

「のぅ、皐月よ……」

 されるがままの十二月晦日は困ったように口をもごもごさせた。

「周りをよぅ見てみるのじゃ」

「周りを見ますですか?」

 十二月晦日が顎をしゃくって見せると、皐月もそちらへ目を向けた。

「ああやってわしを出迎えて敬礼してくれておるのじゃ。わしが答礼を返すまでずっとあのままでおらぬとならんのじゃぞ?」

「―――は、はいますです……」

 下位のものから敬礼を解くのは礼を失することになる。それに気づいて皐月はしゅんと項垂れた。十二月晦日は皐月の頭を撫でてやろうとして手を伸ばした。しかし、背伸びしても立ったままの皐月の頭に届かない。諦めて二の腕辺りをぽんぽんと叩いてから出迎えの将兵に答礼を返した。

「―――ふふんっ♪」

「むかっますですっ!!」

 十二月晦日に諭されてしゅんとなった皐月を見て比栖間はさまぁ~みろ!という表情を浮かべた。それに気づいた皐月が目を吊り上げた。

「どうしてこうそなたらは仲が悪いのかのぅ……」

「長官、ようこそマーシャルへ」

 十二月晦日はこめかみに指を当てて首を振った。そこへ話しかけていいのかどうかわからない様子のマーシャルを管轄する第六根拠地隊の司令官がずおずおずと声をかけてきた。

「うむ。世話をかけるのぅ」

「いえ、補給とはいえ長官の艦隊のお役に立ててみな喜んでおります」

「長官、こちらが補給物資の一覧(リスト)です」

「なんと……」

 比栖間が第六根拠地隊の司令官から提出された書類を差し出した。それを手にして目を走らせた十二月晦日は小さく唸り声を上げた。

「これではここの備蓄が底を突いてしまうのではないか?」

「いえ、ご心配には及びません」

 第二艦隊にこれだけ補給してしまえば根拠地隊の物資が枯渇してしまうのではと十二月晦日は懸念した。しかし、それはだいじょうぶだと根拠地隊の司令官は首を横に振った。

「軍令部の第四課から最小限の物資を残してありったけ補給に回せとの命令です。補充物資は既に呉から輸送船団が出航したとの報告もありました」

「そうか。それならしばらくそなたらには不自由をかけるかもしれぬが恩に着るとしよう」

「はい。長官は心置きなく次の作戦のことだけにお心をお砕きください」

 根拠地隊の司令官の話を聞いているうちに十二月晦日の顔が一瞬だけ曇った。それに気づけたのは比栖間くらいだろう。根拠地隊の司令官は十二月晦日の役に立てたと信じているようで嬉しそうな表情を崩さなかった。

「比栖間」

「―――は、はい、長官……」

 根拠地隊の司令官の話しのどこが気がかりだったのかまではわからず比栖間は心配そうな顔をしていた。それに気づかないような十二月晦日ではなかったが、なんでもなかったように比栖間に顔を向けた。

「どうせ補給を完了させるまでにはまだかなり時間がかかるのじゃ。ここの将兵とうちの乗組員の非番のものに交替で麦酒(ビール)でも呑ませてやるがよい」

「よろしいのですか? 全将兵に振る舞ったら備蓄(ストック)がなくなってしまうかもしれませんが……」

「気にするな。どうせ出撃中はおちおち酒など呑んでおられぬのじゃ。後は敵艦隊を叩いて佐世保(させぼ)に帰ってから勝利の美酒でも味わうとするのじゃ」

「わかりました」

 比栖間は根拠地隊の司令官に向き直り了解を求めた。

「そういうことなのですが、よろしいでしょうか?」

「長官からの振る舞い酒、みなもきっと喜ぶことでしょう」

 根拠地隊の司令官は振り返ると桟橋にいた将兵たちに大声で叫んだ。

「長官がみなに麦酒を奢ってくださるそうだぞ!」

 それを耳にして将兵、とくに下士官や水兵は大きく沸き立った。

「さすが長官、太っ腹だぜ!」

「おれ、今月すっからかんだったんで助かったよ……」

 自分からいわず根拠地隊の司令官に発表させて花を持たせた比栖間に十二月晦日は満足そうに頷いた。

「―――、あ、そうだ……」

 そこで比栖間は自分で自分の頭をこつんと叩いてしまったという顔をした。

「長官にお目にかかりたいというものが参っていたのをお伝えするのを忘れておりました……」

「まったく、そなたときたら……」

 十二月晦日はまたこめかみに指を当てて頭を振った。

「ようやったと思ったらこのざまじゃ。どうしてこう一つのことに気を取られると他のなにかをすっぽり忘れてしまうのかのぅ……」

「その通りですます、おひいさま!」

 十二月晦日が呆れたような顔をすると皐月はにぱっと顔をほころばせた。

「おひいさまの参謀長にはもっと立ち居振る舞いが立派で優秀なかたがふさわしいと思いますです」

「―――な、なんだと!? もう一回いってみなさいよ!」

「子供相手にむきになるでないわ!」

「痛っ……」

 十二月晦日は軍刀を鞘のまま振り上げ比栖間の頭をぱしっとはたいた。

「ぷぷぷっ♪ 怒られてやんのですます」

「そなたもいちいち突っかかるでないわ……」

「―――い、痛いですますっ!!」

 頬っぺたをびよ~んとつねられ皐月も悲鳴を上げた。

「その、わしに会いたいというものはどこにおるのじゃ?」

「はい、根拠地隊の司令部で待ってもらってます」

「そうか。待たせるのもなんじゃし、案内してもらおうかのぅ」

「わたしは港で補給作業の打ち合わせがあるので長官のご案内は参謀長に任せてもいいだろうか?」

「はい、わかりました」

 十二月晦日に目を向けられた根拠地隊の司令官は補給作業の打ち合わせで手が離せないという。比栖間が司令部への案内を引き受けることになった。

「ふぅいぃ~~~……」

 比栖間が先に立って司令部へ向かっててくてく歩き始めた。皐月は雲一つなく晴れ渡った空を見上げて額の汗を拭った。

「それにしても暑いといったらないますです……」

「このマーシャルは熱帯雨林気候じゃからのぅ。一年中夏みたいなものじゃ」

「そう聞くとますます暑くなったような気がしてきたますです……」

 皐月はメイド服の襟をはだけて手でばたばたと風を送り始めた。しかし十二月晦日のほうは汗一つかかず涼しい顔のままだ。

「長官、襟をはだけるようなはしたないのは首にしてもっと品のある小間使いに変えたほうがよろしいのではないでしょうか?」

「なにいってやがりますですかっ!?」

 参謀長にはふさわしくないといわれたお返しとばかりに比栖間が皐月をこきおろした。皐月は頭の横で一房だけ結った髪を逆立てて金切り声を張り上げた。

「このメイド服は生地が上等なんで暑いったらないんますですっ! すかすかのセーラー服の参謀長にはわからないと思いますですが!」

 そう叫ぶと思い切り比栖間のセーラー服の裾を捲り上げた。

「―――こ、こらっ!! なんてことするんだ……」

 勢いをつけて捲り上げたセーラー服の裾は胸に引っかかってしまった。よく鍛えられて引き締まったお腹の真ん中に窪んだ形のいい縦長のおへそがまる見えになる。それどころか、ブラからはみ出た下乳までご開帳してしまっていた。

「―――な、なんてすけべなブラなんですますか……」

「―――し、しかたないだろっ!!」

 桟橋ほどで多くはないにしても司令部まで続く道にも将兵はゆききしている。その将兵たちが制服からまろびでた比栖間のばかでかい胸を目の当たりにして目をまるくしたり鼻血を噴きだしたりしていた。それに気づいた比栖間はセーラー服の裾を元に戻そうと焦った。しかしじたばたすればするほど裾がからまって上手く戻せない。比栖間の紫の薄いレースでできたすけすけのブラを目の当たりにして皐月の目は点になっていた。

「わたしだってフリルやリボンのついたもっと可愛いのを着けたいわよ! でもわたしに合うサイズのはこんないやらしいデザインのしかなくて……」

「―――ちっ……。おっぱいのでかさの自慢なんて聞きたくもないますです」

 比栖間は涙目になってなんとかセーラー服の裾を元に戻した。皐月は謝るどころかぺたんこな自分の胸をさすって殺意のこもった目を比栖間に向けた。

「暑いのが我慢できぬのなら海で泳いできてもよいぞ」

「―――えっ!? よろしいますですか?」

 二人の遣り取りを半眼で見て呆れていた十二月晦日が肩をすくめてさっさと歩きだした。慌てて比栖間と皐月もその後を追う。

「どうせ補給が終わるまではやることもないのじゃ。遊べるときに遊ぶのはなにも悪いことではない。ただし日焼け対策だけはしっかりするのじゃぞ?」

「それはもちろんなのますです。わたしだって早死にはしたくないに決まってますです」

 小間使いらしくふるまおうとしてはいるがやっぱり子供は子供。遊んできてもいいと許され皐月ははしゃいだ声をあげた。

「それにしても長官はあまり日焼けなさらないですよね?」

「まぁ、体質の問題じゃろう」

 船乗りらしく比栖間はこんがり小麦色に日焼けしている。小間使いの皐月も比栖間ほどではないがそれなりに焼けてはいる。しかし十二月晦日だけはまるで引きこもりのように真っ白な肌をしていた。

「羨ましいですね。わたしなんてお風呂で身体をすると焼けた肌がぼろぼろ剥けてきたりしますから」

「汚い話をしないでほしいものでますです。それに、おひいさまの輝くような黒髪には日焼けより白い肌がよくお似合いなのますです」

(二人ともばかで助かったのじゃ……。体質くらいで日焼けしないわけがないではないか……)

 十二月晦日にとってはあまり突っこまれたくない話しだった。口からの出任せをあっさり信じてくれて内心でほっとため息を吐いた。

「見えてきました。長官、あれが根拠地隊の司令部です」

 比栖間が指差したほうへ目を向けると南国らしい白い板張りのコテージのような建物が目に入った。日除けと防空対策を兼ねているのか木立ちの間に隠れるように建てられている。

「十二月晦日長官をお連れした」

 入り口の前で警備に立っていた衛兵とはもう顔見知りだったようだ。誰何することなく比栖間に捧げ(つつ)の敬礼を送ってきた。比栖間が十二月晦日を紹介すると一瞬驚いたような表情を浮かべる。しかし、すぐに十二月晦日のセーラー服の襟に中将の階級章である二本の金のラインが入っていることに気づき姿勢を正した。

「どうぞ、こちらです」

 比栖間が先に立って廊下を進み応接室らしき部屋の扉の前で足を止めた。

「大尉、入るわよ?」

「はい、どうぞ」

 比栖間がノックすると中から返事が返ってきた。それを聞いてから扉を開く。

明石(あかし)影馬(えいま)大尉です、長官」

 部屋の中ではひょろりと背が高い士官が敬礼を送っていた。顔立ちこそ整ってはいるもののどこか頼りなさ気な感じがする。敬礼も指先が揃っておらずまるでさまになっていない。銀モールを下げた白の詰襟の夏服の軍装がまるで借りものの衣装のようで、白衣でも着ていたほうがよっぽど似合っていそうに見える。

「わしが十二月晦日じゃ。まぁ、楽にするがよい」

 口うるさい軍人だったらこんななってない敬礼を送られたら怒鳴りつけているところだ。しかし十二月晦日は相手がふざけているのではないとわかっていれば目くじらは立てない。答礼を返して座るように勧めた。自分もソファにちょこんと踏ん反り返った。

「して、わしになんの用じゃ? 見たところ副官のようじゃが誰かからの使いのものか?」

 明石と名乗った大尉が制服にぶら下げていた銀モールは副官であることを示す副官 飾緒(かざりお)だ。誰かわからないが海軍の高官からの使者なのだろうと十二月晦日は訊ねた。

「はい、副官は副官なのですが……」

「―――ま、まさか……。長官のお命を狙った刺客なんじゃ!?」

「―――な、なんでますですって!?」

 比栖間は盾になるように両手を広げて十二月晦日を背にして仁王立ちになった。皐月もロングスカートを跳ね上げふともものホルスターからワルサーPPKを抜き放った。

「取り乱すでないわ!」

「痛っ!」

「痛いのでありますですっ!!」

 ソファの上に載って立ち上がった十二月晦日が軍刀を鞘のまま振るって比栖間と皐月の後頭部をはたいた。

「わしの命を狙うつもりなら扉を開けた瞬間にぶっ放しておるわ」

「それもそうですね……」

「おひいさまのおっしゃる通りでありますです……」

 涙目になって後頭部を押さえながら二人は十二月晦日のいったことに頷いた。

「どうやらこみ入った事情があるようじゃな。話が長ぅなっても構わぬから順序立てて説明してみるがよい」

「それならなにかお飲みものでもご用意いたしますです」

 話が長くなってもいいと耳にした皐月は飲みものの支度をするいって部屋をでていった。と思ったらあっという間に戻ってきた。

「おひいさま、どうぞ」

「うむ」

 皐月が差しだしたグラスを十二月晦日はすんなり受け取った。そのグラスに冷えたビールを注ぐのも当たり前という顔で眺めている。

「大尉もどうぞなのでますです」

「―――ど、どうも……」

 グラスを受け取ってからはっと我に返った顔になり十二月晦日と皐月の顔の間に視線をいったりきたりさせた。

「こういうときは珈琲(こーひー)とかお茶をだすものじゃないんですか……?」

「珈琲がよいなら止めはせぬが……」

 人形のように小柄でも酒には強いらしい。十二月晦日は一息でグラスのビールを呑み乾すとお代わりを求めて突きだしてきた。

「皐月の淹れる珈琲を飲んでぴんぴんしておれたものはおらぬぞ。この身体が頑丈なのだけが取り柄の比栖間でさえ腹痛でのたうち回ったくらいじゃからのぅ」

「あのときはわたし走馬灯が見えたような気がしました」

「てへぺろ☆というやつでありますです」

 死にかけたときのことを思いだしたのか比栖間は自分で自分の身体を抱き締めるようにしてぶるっと身を震わせた。皐月は反省した様子もなくあざとくぺろっと舌を出して十二月晦日にビールを注ぎ足していた。

「―――そ、そうなんですか……」

 引きつったような笑いを浮かべながら明石はビールのグラスを口に運んだ。素人の明石の目から見ても先ほどの皐月の身のこなしがただものではないことくらいはすぐに見抜けた。気づいたときにはもう銃口が自分へ向けられていたのだ。表向きは小間使いでも十二月晦日の身辺警護こそが本分なのだろう。

「どこからお話したものか、実はわたし自身がよくわかっていないのですが……」

 見た目は頼りなさそうだがいきなり銃を突きつけられても動転した様子は見せなかった。見かけによらず肝が据わっていそうだというのが十二月晦日の明石に対する印象だった。その明石がこれだけ困惑しているということはよほどの事情があるに違いない。

「長官のお察し通りわたしは副官です。どなたの副官かといえば、それが長官の副官でして……」

「ほぅ。確かに新しい副官の選任は頼んでおったがのぅ」

 なにが面白いのか十二月晦日はにやっと口の端を吊り上げた。その顔を見て明石は蛇に睨まれた蛙のように生きた心地がしなかった。

「前の副官、長官の酒につき合わされてかんぞ―――――」

「比栖間、口は禍のもとじゃぞ?」

「ぎゃ―――――っ!?」

 なにか口にしかけた比栖間の向こう脛を十二月晦日は軍刀の鞘でいやというほど殴りつけた。人形なみに小柄で非力な十二月晦日だったがスナップを利かせて急所を力一杯叩かれてはたまらない。脛を押さえて制服の短いスカートが捲れるのもお構いなしに比栖間は床の上をごろごろとのたうち回った。

「心配ないのじゃ。こやつは小学生なみの健康優良児じゃからな。ほっておけばけろっとした顔をしておるわ」

「はぁ……」

 まる見えになってしまった比栖間の薄いレースのすけすけの紐パンから明石は困ったように目を泳がせた。

 そんな比栖間のことは気にも留めず、十二月晦日は辞令を見せてみろ明石に手を伸ばした。


『以下のもの、第二艦隊司令長官十二月晦日眞悠子中将の副官に任ずる。

 

 明石(あかし)影馬(えいま)海軍大尉

 

 天賀(てんが)三年三月十三日

 

 海軍省人事局長 鉛口(かなぐち)査千朗(さちろう)少将』


「ふむ」

 明石がポケットから取り出した辞令に十二月晦日は目を通した。それを、脛を叩かれた痛みからようやくと復活した比栖間に手渡した。

「そなたはここへ飛ばされる前はどこにおったのじゃ?」

「はい。艦政本部にいました」

「ほぅ、艦政本部じゃと? それが、わしの下へ飛ばされるとはなにをやらかしたのじゃ?」

 艦政本部と耳にした十二月晦日の目が舌舐めずりするようにきらっと光った。艦政本部とは海軍省の外局の一つで造艦を統括する重要な組織である。

「いえ、それが自分でもよくわからなくて……。呼びだされて出頭したと思ったらそのまま輸送機に押しこめられて偵察機を乗り継いで気づいたらマーシャル(ここ)にいまして……」

 明石は自分の身になにが起こったのかがまだよく呑みこめていないようで困惑した素振りを隠そうともしなかった。

「ちょっと待って。大尉はわたしとそんなに歳が離れているようには見えないけど、見たことない顔よね? 海軍兵学校の出身じゃないの?」

「いえ、わたしは東京帝國大学の工学部出なんです」

「―――と、東京帝國大学……」

 東京と京都の両帝國大学は各学部毎年十名前後ほどしか入学が許されない帝國の最高学府なのだ。つまり明石はとんでもないエリートの技術者ということになる。身体はともかく頭の切れにはてんで自信のない比栖間は気後れして引いてしまった。

「おひいさま、やっぱりこいつは間諜(スパイ)かなにかだったのますです!」

 明石と比栖間の話しを黙って聞いていた皐月はいきなり手にしていたお盆を放り出してふともものホルスターからワルサーPPKを抜き放った。

「東京帝國大学卒業なら技術科の将校のはずなのますです。副官になれるわけがないのでますですっ!」

「いわれてみれば……」

 皐月のいったことを耳にして顔を蒼くした比栖間も十二月晦日を背に庇って両手を広げて立ちふさがった。

 これは海軍の悪弊の一つだが海軍兵学校か海軍機関学校を卒業した兵科士官以外には指揮権が原則与えられない。それ以外の技術科や主計科などの士官は将校相当官として扱われた。つまり海軍兵学校か海軍機関学校の卒業生でなければ艦隊司令長官の副官にはなれないということ意味している。

「皐月にしては頭を働かせたと褒めてやりたいところなのじゃが……」

 しかし殺気立つ二人をよそに十二月晦日はのほほんと手酌でビールを注ぎ足していた。

「東大出の艦政本部勤めでも副官になれる道が一つあるのじゃ。のぅ、明石よ?」

「さすが長官。噂通り頭が切れるおかたですね」

 一度ならずに二度までも銃を突きつけられた明石は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「わたしも依託学生の試験を受けたかったんですが運が悪いことに貴族で頭もいい同期が多くて選考枠から締めだされてしまいまして。それでしかたなく予備学生採用試験を受けたんですよ」

「貴族のひよっ子どもの兵役逃れの一種じゃ。艦政本部の技術科将校なら前線に送られる心配はまずないからのぅ」

 十二月晦日は見下げ果てたように鼻を鳴らしビールを呑み乾した。

「海軍予備学生から少尉候補生なら確かに兵科の士官ですね」

「ううっ……。おひいさまにちょっといいとこお見せできると思たのでありますでしたのに……」

 まるで抜け道のような経歴に比栖間はふむふむと頷いていた。いいとこを見せ損ねた皐月は涙目になってぶつぶつ呟いている。

「それにしても予備学生から艦政本部勤めとは、そなたはよほど優秀な技術者だったようじゃな」

 ビールを呑んでいた十二月晦日の目がまた獲物を前にした猟犬のように輝いた。明石は思わず身震いを感じてしまう。

「それだけになんとも腑に落ちぬのぅ。帝大出の精鋭(エリート)がわしの下なんぞに飛ばされてくることがじゃ。明石、そなた研究費の使いこみとかやっておらぬであろうな?」

「―――つ、使いこみだなんて滅相もないです!」

 海軍の中枢から忌み嫌われていることは自分が一番よくわかっている。そんな自分の下に飛ばされてくるのは一癖も二癖もあるような連中か、なにか大きな問題をやらかしたものしか有り得ない。帝大出のエリート技術者なんかが送りこまれてくるとはどうしても考えられなかった。

「そもそも、そなたどこの部の所属じゃったのじゃ? 専門はなんなのじゃ」

「はい、第三部の所属でした」

「なるほどのぅ。それでようやくと合点がいったのじゃ」

「えっ、それだけで長官はわかってしまわれたのですか? 第三部ってなんの担当でしたっけ……?」

 明石の所属が第三部だったと聞いて十二月晦日はようやくとなんで明石が自分の下に飛ばされてきたのかが納得いったようだった。だが、比栖間にはさっぱりわからなかったようできょとんと首を傾げている。

「おい、比栖間よ……。そなたも参謀飾緒(金モール)をぶら下げた参謀なのじゃから艦政本部の各部の所管くらいは頭に入れておかぬか」

「―――も、申し訳ありません……」

 十二月晦日に見下げ果てたような目を向けられて、比栖間は弾かれたように直角に腰を折って頭を下げた。

「いやぁ~い♪ 怒られてやんのますです」

「…………っ」

 やんやとはやし立てる皐月を横目でじとりと睨んだ。しかし十二月晦日のいう通り参謀長ともあろうものがそんなことも知らないでは話しにならないのでいい返すこともできなかった。

「ですが、わたしには参謀長なんて荷が重すぎます。そもそも少将なんて階級自体がわたしには不釣合いなのです。長官の命じられる通りに戦っていて、気づいたらここまで昇進していて……」

 少将なら戦艦四隻からなる戦隊の指揮を執ることさえできる。戦艦一隻には千数百名くらいの乗員がいるので五千人ほどの命を預かるということになる。それだけの命が自分の命令いかんにかかってくると考えただけで気が遠くなってきてしまう。

「わしとて、そなたより工内や大山のほうが参謀に向いておるのはわかっておるのじゃがのぅ……」

 ため息混じりに十二月晦日がぼやいた。

「そなたの操艦する船に乗るくらいじゃったら、ブレーキとハンドルの壊れた車に乗ったほうがまだましなくらいじゃからのう……」

「―――ちょ、長官……。いくらなんでも、わたしの操艦はそこまで酷くはないと思うのですが……」

「どの口がかようなことを抜かすのかのぅ……」

 冷や汗を浮かべた比栖間に、十二月晦日が半眼に細めた横目を向けた。

「そなたがまだ少佐で駆逐艦の艦長じゃったころ、わしが乗っておった山城(やましろ)初春(はつはる)をぶつけそうになったのは、どこのどいつじゃったかのぅ……?」

「―――あ、あれは……」

「確かに初春は駄々っ子なところもあるゆえ操艦に世話が焼けるのはわからんでもないがのぅ。あのように()いだ海でだし抜けによれてくるなどとは考えてもおらなんだわ。まったく、あのときは真珠湾のときよりも肝を冷やしたのじゃ……。ただでさえ舵の効きに癖のある山城で避けるのには、ほとほと骨が折れたものじゃ……」

「…………」

 比栖間は顔中からだらだらと冷や汗を滴らせて言葉に詰まった。確かに兵学校のころから他はかろうじて平均を上回ってはいたものの操艦や航海術だけは苦手でさんざん苦しめられたものだった。

「まぁ、過ぎたことはよいのじゃ。人には向き不向きがあるからのぅ」

「長官……」

「じゃからのぅ、ごちゃごちゃ文句ばかり抜かす前にやれるだけのことはやってみるのじゃ。わしはそなたなら参謀もこなせると思うたから任せたのじゃぞ? わしの目に狂いがあるとそなたはそういいたいのかのぅ?」

「心得違いをしておりました。長官のお言葉、肝に銘じ職務に励ませていただきます!」

 駆けだしの新兵のように直立不動で答えた比栖間の姿を見て、十二月晦日は苦笑いするように目を細めた。いつもはどう見ても幼稚園児くらいにしか見えない十二月晦日だったが、こういうときにははっとさせられるくらい大人びた表情を見せることがある。

「しかし、さすが長官です。あのときは真珠湾で缶麦酒片手に赤城(あかぎ)の舵を取って一発も敵機の爆雷撃を喰らわなかった伝説の腕前を肌で感じました!」

「ばかか、そなたは? そんな尾ひれのついた話を信じおって。いくらわしでも缶麦酒片手では操舵輪が回せるはずがないじゃろう?」

 真珠湾でのことをいわれるのは耳にたこができている十二月晦日は、比栖間の言葉を軽く聞き流した。

「話が脱線してばかりですまぬのぅ、明石」

 比栖間がお説教されている間、明石は手持ち無沙汰にぼーっとしているしかなかった。十二月晦日は明石のほうへ顔を向けると軽く頭を下げて詫びた。

「わしの部下はこういうまだまだ尻の青いひよっこばかりでのぅ。犬と同じでなにかしでかしたときにはその場で躾けねば身につかぬのよ」

「はぁ……」

 同意してしまえば仮にも少将をつかまえて尻の青いひよっこといっているようなものだ。否定すればしたで中将のいうことに異を唱えることになる。明石にできることといったら曖昧に口を濁すことくらいだった。

「こんなところでやっていく自信がないというのであれば本省は無理でもどこか本土の内勤くらいになら戻してやれるのじゃ。いくら鼻つまみものとはいえ、それくらいのつてならまだあるのじゃ」

「せっかくのご好意ですが」

 頼りなさそうな技術者にしか見えなかったので本土に帰してやるという言葉にすぐにでも飛びついてくるかと思っていた。だが、明石が迷うことなくそれを断ったので、十二月晦日は意外そうな顔をした。

「ここまできたのですからこの目で電探などを見てみたいのですが……」

「ふむ。そなた、よもや第三部には自ら望んで配属されたのではあるまいな?」

 戦艦が碇泊しているはずの港のほうへ目を向けた明石を、十二月晦日はまるで珍獣にでもばったりでくわしたような目で見つめた。

「その、まさかなんです。大学での専攻もそうでしたし」

「ふん。そなた、とんだ喰わせものじゃな」

 いつもなら口の悪い十二月晦日が毒気を抜かれたようにぽかんとした表情を顔に浮かべた。

「そんな頼りなさそうな顔をしておいて、こうと思いこんだら梃子でも動かぬ性格と見える」

「あのぅ、長官……。わたしにもわかるように説明していただけませんか……?」

 一人で納得してしまった十二月晦日に、比栖間が困ったような顔を向けた。

「艦政本部第三部は電気部、つまり無線及び電探を管轄する部署じゃ」

 またどやしつけられるかもと比栖間は恐る恐る訊ねた。だが、まだぽかんとした顔のままだった十二月晦日は小言をいうのも忘れて素直に説明を始めた。

「つまり、この明石は電波の専門家ということになるのじゃ」

「はぁっ!? 電波屋ですか?」

 十二月晦日の説明を聞いて比栖間は素っ頓狂な声を張り上げた。

「艦政本部は精鋭が集まるところじゃが第三部だけは別じゃ。あそこへ飛ばされるのはなにかへまをしでかしたか上司に嫌われて左遷されたようなものばかりじゃ。そんなところへの赴任を自ら望んだとは、こんな変わりものわしでも見たことがないのじゃ」

「可哀相に……。大尉、いい大学に入ろうと勉強しすぎて頭がおかしくなっちゃったのね……」

 十二月晦日はさもおかしそうに口の端を歪め、比栖間は雨の中ダンボールに入れられて捨てられた仔犬でも見るような目を明石に向けた。

「お言葉ですが長官、参謀長。太陽の異常活動が原因の太陽嵐の障害で電波が使えなくなってからたかだかまだ百年も経っておりません。太陽が誕生してからの約四十六億年に比べたら、これは瞬きにすら当たらない刹那のように短い時間でしかないのです。太陽嵐がいつか治まったときのために備えて電波に関する技術を伝えてゆくのも技術者としての勤めだと思います」

「いや、すまぬのじゃ」

 自分の専門を否定されるようなことをいわれても、明石は激昂するようなことはなく淡々と自分の考えを口にした。そのことが、誰になにをいわれようとも考えを変えるつもりはないという明石の偽らざる心情を表していた。

 十二月晦日も口が悪くて思った通りのことをいわないだけで電波に関する研究がむだだとは考えてはいなかった。口調を改めて明石に詫びた。

「ばかにするつもりはなかったのじゃが、気を悪くしたのなら許してほしいのじゃ」

「いえ、わたしのほうこそ不躾で失礼しました」

 上官に口答えしたのだから懲罰を喰らってもおかしくはない。それなのに上官の方が頭を下げているのだ。明石は豆鉄砲でも喰ったような顔をした。

「それはそうと、そなたもなにか訊きたそうな顔をしておるのぅ。わしの副官になる腹をくくったのなら遠慮なく訊くがよいぞ」

「それではお言葉に甘えて」

 下のものからあれこれ質問するなど軍隊で許されることではなかったが、十二月晦日ならそういうしきたりにこだわることはない。今まで話してきてそのことがよくわかった。そうなるとわからないことはそのままにしておけないのが技術者としてのたちだった。

「長官が首からぶら下げてるそれって騎士鉄十字章ですよね?」

「正確にいえば柏葉・剣付騎士鉄十字章よ、大尉」

 まるで自分が貰った勲章のように自慢げに比栖間が横から口を挟んだ。

「昔、ライン帝國の戦艦を助けたことがあってのぅ」

 十二月晦日は首から騎士鉄十字章を外そうと手を伸ばした。そこでどこをどう間違えればそうなるのか(じゅ)を首に絡ませて息が詰まり顔を真っ赤にした。

「―――お、おひいさまっ……!?」

 慌てて皐月が駆け寄り絡まった綬を解いて騎士鉄十字章を外した。

「―――げほげほ……。その礼にと授けられたものじゃ」

 皐月から受け取った騎士鉄十字章を十二月晦日は明石にぽんと放り投げた。

「ライン帝國は技術力が高いゆえなかなかいい(ふね)を作るのじゃが使いかたがなっておらぬからのぅ」

 皐月が差し出したビールを呑んで息を整え十二月晦日は話を続けた。

「なにせ戦艦で通商破壊をやらかす連中じゃからな。まぁ、通商破壊を軽視するどこぞの國の海軍よりはよほどましじゃが」

 小ばかにしたように鼻を鳴らし苦々しげに吐き捨てた。

「あのときもろくに護衛をつけずにのこのこと進出してきてのぅ。連合王國の東洋艦隊と鉢合わせになって袋叩きにされるありさまじゃ。新鋭戦艦のティルピッツをおめおめ沈められたらこけんに関わると外務省経由で泣きつかれて、そのころ南西方面艦隊司令長官じゃったわしにお鉢が回ってきたというわけじゃ」

「ベンガル湾の夜戦って大尉は耳にしたことない? 水雷戦隊だけで夜討ちをかけて東洋艦隊旗艦ウォースパイトを大破させた有名な海戦よ」

「水雷戦隊だけで夜戦を仕掛けたわけではないわ。まともに動かせる戦力が水雷戦隊しかなかっただけのことじゃ。潜水戦隊ではのろすぎて間に合わなかっただろうしのぅ」

 自慢するようなことではないと十二月晦日はつまらなそうな声を上げた。

「そういえばあの噂はほんとなんですか?」

「なんじゃ、またその話しか……」

 十二月晦日に訊ねられて十二月晦日はいやそうに顔をしかめた。

「あの噂ってどんな噂なんですか?」

「それがさぁ、敵戦艦を大破させたのは水雷戦隊どころか駆逐艦一隻だったって噂が昔からあってね。財津先生に訊いても口を濁すし。―――あ、財津先生っていうのはうちの三水戦の司令官の財津少将のことなんだけど。財津先生ってそのころは長官の下で駆逐艦長をやってたんですよね?」

「駆逐艦一隻で戦艦を大破ですか……?」

「大尉はどう思う? そんなこと可能かな? まぁ、長官ならそれくらいの離れ業をやって退けても不思議じゃないんだけど」

「駆逐艦の主砲じゃ目の前で撃ったところで戦艦の装甲には歯が立たないですよね。可能性があるとすれば魚雷をなん本か横っ腹に喰らわせるくらいしか思いつきませんが……」

「あ、大尉も長官と同じことをいうんだ。長官も駆逐艦で戦艦を殺す(やる)には敵艦の攻撃を全部 (かわ)して肉薄し土手っ腹に魚雷を叩きこむしかないって。でも相手が単艦ならともかく護衛の艦の攻撃まで掻い潜って接近することなんてできるのかな?」

「でも、長官は似たようなことを成功させておられるんですよね。真珠湾で」

「―――あっ……」

 明石にいわれて比栖間は思わす声を上げた。数百機の敵機の攻撃を躱すことができるなら多くても数十隻の敵艦の攻撃を躱すことのほうが簡単なのではないか? むしろ図体のでかい空母より身軽な駆逐艦のほうが避けるのが簡単かもしれない。

「で、どうなんですか? ほんとのことを教えてくださいよ!」

「昔の話しじゃ。どうだったかのぅ……」

 比栖間に詰め寄られても十二月晦日はとぼけてビールを口に運ぶばかりだった。しかしその目はどこか驚いたように細められている。

(まったくもってこの明石というのは喰わせものじゃな……)

「ありがとうございました。お返しします」

 騎士鉄十字章を十二月晦日に返そうとしてそこで思いだしたらしく、明石は皐月にそれを手渡した。

「なんじゃ、まだ気になることがあるようじゃのぅ」

 皐月が襟許に騎士鉄十字章を巻いているのから目を話さない明石に十二月晦日は声をかけた。

「実はその長官のスカーフが気になりまして。なんで白いスカーフなんでしょうか? それでは主計中将みたいなのですが……」

 少将である比栖間のスカーフは将官を示す金色で襟には少将の階級章である一本の金のラインが入っている。しかし、兵科以外の将校相当官のスカーフの色は兵科色と決まっていた。そして白は主計科の兵科色なのだ。つまり襟に二本の金ラインと白のスカーフの組み合わせなら主計中将ということになる。

「まったくそなたときたら」

 いつもなら十二月晦日が口の端を吊り上げると嗤うとしか表現できない表情になるのだが、珍しくほんとうに可笑しそうな顔になっていた。

「自分の専門分野にしかまったく興味がなかったものとみえる」

「長官は主計中将みたいなんじゃなくてほんとに主計中将なのよ」

「―――えっ……!?」

 銃を突きつけられても驚いた顔をしなかった明石がぽかんとした顔になった。主計中将が艦隊の指揮を執るなど技術科将校が副官に選任されるよりも有り得ることではなかった。

「これもけっこう有名な話しなんだけど」

 長官のこととなるとまるで自分のことのように自慢げになる比栖間がまた横から口を挟んできた。

「長官は五十幡元帥がまだ第一航空艦隊の長官だったときに艦隊主計長として招かれたのよ。そこで元帥のお眼鏡にかなって重用されるようになったんですよね?」

「まぁ、五十幡さんの幕僚は若くて血の気の多いやつばかりじゃったからのぅ。わしのような口うるさいお目つけ役が必要だったのかもしれぬが」

「でも、いくら艦隊司令長官だからといって主計科を参謀や艦長には抜擢できないですよね……」

「あまり大きな声ではいえぬのじゃがな……。五十幡さんは鈴沖さんや米倉さんを拝み倒して特例として認めさせてしもうてのぅ……」

鈴沖(すずおき)大将や米倉(よねくら)大将を説き伏せてしまわれたのですか!?」

 明石が驚いたのも無理からぬことで鈴沖は連合艦隊司令長官と軍令部総長、米倉は連合艦隊司令長官と海軍大臣を歴任した海軍の重鎮中の重鎮だったからだ。

「鈴沖さんも米倉さんも職務に忠実で公平なかたかちじゃが五十幡さんだけには甘くてのぅ。参謀の一人くらいなら四の五のいうこともないじゃろうと渋々ながら認めてしまわれてのぅ……」

「でも赤レンガ(海軍省)のやつらそれを逆手に取って長官の昇進を邪魔してるのよ。ほんとに頭にくるったらたいわ!」

「それだけは参謀長に一も二もなく賛成しますです! おひいさま、海相を消してしまいますですか?」

「あほぅ。かように趣味の悪い冗談はそのくらいにしておくのじゃ。見てみよ、明石が引いてしまっておるぞ」

 皐月はまたホルスターからワルサーを抜き放って「ふふふ……」と悪ぶって嗤って見せた。その頭を十二月晦日はこつんと軍刀の鞘で叩いた。いわれて目を向けてみると明石がそっぽを向いている。

「大尉、そんなにびびることはないのでありますです。おひいさまの命がなければ撃つことはありませんでありますですから。もっとも、わたしの凄みに思わずそうなってしまうのはしかたのないことでありますですが」

「―――そ、そうですか……」

 明石が冷や汗を滴らせていたのは皐月が銃を抜くたびにスカートを跳ね上げすぎてパンツまでまる見えになっていたからだ。そのパンツは歳相応で水色の水玉のプリント柄の可愛いものだった。

「長官はどんなに戦果を上げられてももう昇進できないのよ! こんなのどう考えてもおかしいでしょ!?」

「確かに主計科の最高位は中将ですからね」

「ふん。むしろそちらのほうが願ったり叶ったりなのじゃ。大将なんぞになってしまえば前線で艦隊の指揮なぞ執れぬようになってしまうからのぅ」

 比栖間と皐月は頭から湯気を立てて怒り狂っている。しかし十二月晦日のほうはといえば大将の地位にはまるで興味がないようだった。

「ところで、そなたが興味津々の電探なのじゃが」

 十二月晦日の目がいたずらを企んでいる子供のように輝いた。

「実はわしもずっと興味があってのぅ。うちの通信参謀の軽須が操作方法の基礎だけは身につけておるので試させておったところなのじゃ」

「実際に電探の試験(テスト)を!? ―――そ、それで結果はどうだったんですか?」

「やれやれ、そなたも筋金入りの専門ばかと見える」

 電探のこととなると我を忘れて身を乗りだしてきた明石に十二月晦日は苦笑いを浮かべた。

「わしの部下はそなたのように一つのことしか目に入らぬ専門ばかが多くてのぅ。そなたとなら気が合うやもしれぬのぅ」

「はぁ……」

 そんなことはどうでもいいといわんばかりに明石は気の抜けた返事をした。十二月晦日のいった通り、電探の試験結果以外のことは眼中にないものと見える。

「まるで鼻面に人参をぶら下げられた馬のようじゃのぅ。焦らしたわしが悪かったのじゃ」

 電探の試験結果が知りたくてうずうずしているのを隠そうともしない明石に、十二月晦日はやれやれとため息を吐いた。

「極稀にじゃが太陽嵐が弱まる瞬間があるようで受信機が鮮明(クリアー)になることがあると軽須はいうておったわ」

「やっぱりそうでしたか!」

 否定されていた学説の証明に成功した学者のように明石は顔を輝かせた。

「軽須がいうには空中線(アンテナ)の角度を調整するなり周波数を太陽嵐の影響を受けにくいものに変えるなりすればもそっと感度がよくなるやもしれぬということじゃった。じゃが、あやつは電探の専門家ではないからのぅ。そこまではとても自分の手には負えぬといぅておったわ」

「―――そ、その役目、わたしにお任せいただけないでしょうか!?」

 勢いこんで頼みこみ、そこであまりに不躾だったかもしれないと気づいて明石は姿勢を正した。

「もちろん長官の副官としての役目を最優先にいたします。長官の御用がないときや非番の時間を電探の研究に充てることをお許しいただければ……」

 十二月晦日があまり自分の階級をひけらかさず部下にも寛大な性格だということは会ったばかりの明石にももうよくわかっていた。だが、さすがに自分は副官としてここに赴任してきたのだ。その役目を放りだして電探の研究にかかり切りになれると思うほど世間知らずでもなかった。

「そなたを四六時中縛りつけるつもりはないのじゃ。空いた時間は好きに使うがよいのじゃ」

「―――あ、ありがとうございますっ!」

 軍隊というところは上下関係ががちがちに固まっている組織だ。陸軍よりはまだましだとはいえ海軍もそういう傾向からは逃れられない。階級も低いし幕僚としては一番新入りである自分になんやかやと雑用が押しつけられることは覚悟していた。

 だがそんな不安をよそに十二月晦日はあっさりと空いた時間は好きにしてよいと許してくれた。明石は驚いたのが半分、感激したのが半分で勢いよく頭を下げてたい。

「大尉、心配しなくてもいいわよ。長官の身の回りのお世話は皐月が、細々した雑用はわたしがやるから大尉は副官としてやる仕事、ほとんどなくてどうせ暇だと思うから」

「えっ……!? 参謀長は参謀としての重要な職務が山積みでとても雑用にまで手が回らないのでは……?」

 先ほどなにも考えずに明石をばかにしたようなことをいってしまったのを悔やんでいるのだろう。比栖間は安心してもだいじょうぶだと明石に声をかけた。

「あのねぇ、大尉。真珠湾で初陣を飾って以来一度も負けたことのない長官に、わたしみたいなひよっこがどんな作戦を提示できるっていうの? 参謀長なんていうのはただの肩書きで、わたしにできることといったら長官の使い走りくらいのものよ」

 自信満々に自分は役立たずだといって退けた比栖間に十二月晦日はため息を吐いた。

「こやつは少尉候補生のころからこういうやつでのぅ。まるきりのばかではないのじゃがいわゆる体育会系のばかというやつでのぅ」

「はぁ……」

 苦笑いを浮かべてちらっと横目を比栖間に送った十二月晦日に、明石は気の抜けた曖昧な返事を返した。少将をつかまえてばかだなどという発言に「そうですね」などと答えられるわけがなかった。

「そういうわけじゃから比栖間よ」

「―――は、はい、長官……」

 十二月晦日の顔に浮かんだなんともいえない表情を目にした比栖間は裏返った声でどもりながら返事をした。十二月晦日がこういう含んだような顔をしているときにはろくなことを考えていないことは身に染みてよくわかっている。知らずに背中を冷たい汗が滴っていた。

「明石を紹介せねばならぬから、今晩はそれも兼ねて歓迎会を開くとするのじゃ。榛名の士官食堂に集まるよう主だったものには声をかけておくのじゃ」

「―――わ、わかりました、長官……」

 真っ青になった顔にだらだらと冷や汗を浮かべながら敬礼を送っている比栖間を明石はきょとんとした顔で見つめた。



「まったく、あんたってばほんと使えないわよね……? なんでそのときに新任の副官の紹介は朝食会の席でって長官を上手くいいくるめられなかったのよ? おかげでこんな身の毛もよだつような集まりに巻きこまれちゃったじゃないの!」

「―――う、うるさいわねっ!! わたし、ばかなんだからそんな機転が利くわけないじゃないの!」

「考えただけでも胃が痛くなってきました……。これなら睦月(むつき)型の旧式駆逐艦一隻でアイオワ級の新型戦艦に突っこんだほうがまだ生きた心地がするような気がします……」

 口汚くお互いを罵りあう御池と比栖間の後ろで工内が胸の下を擦りながら顔をしかめた。

「おお、これで揃ったようじゃな?」

「―――ちょ、長官!? もういらしておられたのですか……?」

 当番兵が恭しく開いてくれた扉を敬礼を返しながら通り抜けて士官食堂へ足を踏み入れると、十二月晦日はもう席に着いて手ぐすね引いて待ち構えていた。

(長官、いったいどれだけ楽しみにしてるのよっ!?)

 内心で突っこみつつも、上官を待たせておくなど軍隊では許されるはずもなく三人は慌てて席に着いた。

「さて、みな揃ったところで始めるとするかのぅ」

「―――は、はい……」

 一人だけ異様に盛り上がっている十二月晦日をよそに、榛名の士官食堂に集められた第二艦隊の司令官や幕僚はまるでお通夜の席のように暗く沈んでいた。

「ほれ、遠慮せずに呑むがよいぞ?」

「はぁ、恐れ入ります」

 見るからにご機嫌そうな十二月晦日は明石に自らビールを注いでやっている。それをグラスに受けながら明石がぺこぺこと頭を下げている。

「それでは、明石の着任を祝って乾杯なのじゃ!」

「―――か、乾杯……」

 今日は明石の歓迎会という名目もあって、明石が十二月晦日と隣り合わせに上座に座らされている。十二月晦日からは少し離れたところに座を占めた比栖間たちは、そのせいもあってかほっとしたような表情を浮かべていた。

「大海原の上で呑む酒も美味いが、港で呑む酒もまた格別じゃのぅ」

「どうせ長官は酒さえ呑めればどこでだろうと関係ないくせに……」

「ん? なにかいうたか、御池よ?」

「―――――い、い、いえ……!? な、なにもいってないですよ?」

 ビールのグラスを口に運びながら思わず呟いてしまった突っこみを聞きとがめられ、御池は呑みかけていたビールに咽せてしまった。

「歳を取るとのぅ、耳は遠くなっても自分への悪口だけは不思議とよぅ聞こえるようになってくるのじゃ。よぅ覚えておいたほうがよいぞ?」

「―――き、肝に銘じときます……」

「ところで、御池にもそろそろ他の役職を勉強してもらおうかのぅ? どうじゃ、比栖間と参謀長を代わってみぬか?」

「―――や、やめてよ、長官っ!?」

 ビールのグラス片手ににやりと嗤って見せた十二月晦日に、御池は悲鳴のような声を上げた。

「あたしから駆逐艦を取り上げちゃやだってば! 余計なことを口走ったあたしが悪うございました! この通り反省してますから許してよ、ね? ね?」

 がばっと土下座をして額を床の上にこすりつけた御池は焦りのあまりか言葉遣いが友達に対するもののようになってしまっていた。

「わしは別に嫌がらせでいうておるのではないぞ? もそっと他の立場から水雷戦隊を見たほうが結局は水雷戦隊の使いかたがもっとよくわかるに違いないからいうておるのじゃ」

「やだってば! あたしはあのまるくて太ぉ~い魚雷なしでは生きていけないんだからね!」

 頭の両脇から垂らした長いツインテールの髪をぶんぶんと振り回し駄々っ子のように御池がごねた。

「あたしは重雷装の北上と大井を主軸に編成した水雷戦隊の指揮を執るのが夢なんだからね!」

「一個水雷戦隊に軽巡が二隻も配備されるわけがないではありませんか……」

 水雷戦隊は一隻の軽巡洋艦を旗艦に二~四個駆逐隊をもって編成された。有り得るわけがない編成の戦隊の指揮が執りたいなどとほざく御池に、工内が呆れた顔をした。

「だから、頭の固い軍務局のもぐらどもに重雷装艦で編成した戦隊を認めさせるためにもあたしは魚雷で大きな戦果を上げなくちゃなんないんでしょ!?」

 冷静で現実的な工内に御池が噛みついた。

「まったく、お子ちゃま並みの好き嫌いの激しさじゃのぅ」

 御池の転属を諦めやれやれとため息を吐きつつ十二月晦日はグラスのビールを呑み乾した。

「長官は(ひめ)に少し甘過ぎます……」

「まぁ、ばかな子や出来の悪い生徒ほど可愛いとはよくいわれることですし……」

「―――だ、誰がばかだっていうのよ!? むきぃ―――――っ!!」

 比栖間と工内にじとっとした半眼を向けられた御池がまたツインテを振り乱して金切り声で喚き散らした。

「―――あ、あの、長官……。そろそろ御池さんたちの女子(ガールズ)漫才を終わりにしないと明石大尉がぽかんとしてますよ……?」

「―――だ、誰が女子漫才だっ!?」

「―――――ははっ……」

 変わりものという点では引けを取らない明石だったが、さすがにどう対応していいのかわからずぽかんとしながらビールを口に運ぶことしかできなかった。それを見かねた軽須がおずおずと口を挟むと比栖間に怒鳴りつけられてしまった。

「いや、すまなかったのぅ。後ればせながら、こやつらの紹介でも始めるとするかのぅ」

 軽須に促されて、十二月晦日もビールで喉を湿らせながら話しを進め始めた。

「まず、この図体も乳も尻もむだにでかくて艦橋が狭苦しくなってしまう娘がわしの参謀長の比栖間(ひすま)那奈央(ななお)少将じゃ」

「―――ちょ、長官……。わたしの、か、身体つきのことはあまり話題(ネタ)にしないでください……」

「今どき大艦巨砲主義など流行らないのです」

「そうそう、帝國國民なら細身(スリム)で小さくても充実(コンパクト)じゃないとね~?」

 自分のグラマーすぎるプロポーションがかえってコンプレックスのようだ。比栖間は片腕で胸を隠しもう片方の手でスカートの裾を引っ張って少しでもふとももを隠そうとじたばたとあがいていた。しかし、そんなことくらいではとても隠せるようなボリュームではなかった。

 その比栖間に、純国産のお手本のような身体つきの工内と御池が冷たい目を向けていた。

「こやつは栄養が残らず胸と尻にいってしもうていかにも頭が悪そうに見えるが、これで意外に細かいことにも気が回るたちでのぅ」

「―――うぅっ…………」

 比栖間はますます顔を赤くしてほとんど涙目で俯いてしまった。頭の後ろで結んだ短いポニーテールがぷるぷると震えているのがよく見える。

「ちなみに、砲術には天性の勘を備えておるが操艦の腕のほうは壊滅的じゃ。わしはこやつの艦に救助されるくらいなら泳いで陸まで戻るほうを迷わず選ぶのじゃ」

「――――――――――っ……」

 止めの一言を喰らって、比栖間がテーブルに突っ伏した。

「次に、このいかにも学級委員長っぽく見える融通の利かなそうな娘が第二艦隊旗艦戦艦榛名艦長の工内(くない)弓弦(ゆづる)大佐じゃ」

 十二月晦日に『学級委員長っぽく見える』と茶化されても工内はおかっぱに切り揃えられた前髪の下の眉一つ動かさなかった。こういうところが融通が利かなそうと評されてしまう所以なのだが、得てして本人はそういうことには気づかないものだ。

「こやつはなんでもそこそこ上手くこなせるのじゃが、それ故器用貧乏なところがあってのぅ」

「長官ってほんと弓弦への評価、高いよね……?」

「まぁ、つるっぺは兵学校のときから優等生だったもんねぇ、あたしらと違って」

「あたしらって、姫といっしょにしないでもらえる? わたし成績は平均よりよかったんだからね、航海術以外の科目では……」

「そなたら、わしが話しをしておる間くらい静かにしておられんのかのぅ……?」

 十二月晦日にじろりと睨まれて、比栖間と御池は首をすくめた。

「ああ、そうじゃ。操艦の腕は間違えなく一品じゃな」

「お褒めにあずかり光栄です」

 にこりともせずしゃちほこばって工内は十二月晦日に頭を下げた。

「その隣のちゃらちゃらした頭の軽そうな娘が第六水雷戦隊司令官の御池(おいけ)希沙姫(きさき)少将じゃ」

 ツインテに結った髪をぴこぴこと振り立てながら工内は「どぉも~?」と気安く片手を上げている。十二月晦日に『ちゃらちゃら』していると評された通り御池は髪の色は薄いし、海軍の女性士官制服であるセーラー服は上着もスカートも裾が短く手なおしされているようでちょっと動くたびにおへそやパンツがちらちら覗いてしまっていた。

「見た目通りのばかでのぅ。魚雷を見ると興奮のあまり鼻血が止まらなくなったりする変態でもあるのじゃ」

「やだなぁ~、長官! あんまり褒めないでくださいよぉ~!!」

「それのどこをどう間違えば褒め言葉に聞こえるっていうのよ……?」

 自分の両腕で上半身を抱き締めるようにしてくねくねと身体をくねらす御池に、気味悪そうな目を比栖間が向けた。

「じゃがのぅ、ばかだけあって一度喰らいついた敵はすっぽんのように絶対に逃がさないのじゃ」

「すっぽんの頭って魚雷に似てますよね! ああ、もうたまんないっ!」

「姫、いいからもうあんた黙ってなさいよ……」

 勝手に妄想して勝手に身悶えを始めた御池の口に比栖間はビール瓶を突っこんで静かにさせた。

「そっちのおどおどときょどっておるのが第四戦隊司令官の大山(おおやま)主城(かずき)少将じゃ」

「―――――ひぃぃぃっ……!?」

「かっちゃん、怖がらなくてもだいじょうぶだからね?」

「なぁ~んかこうして見てると、かっちゃんってななっちの娘にしか見えないよね~? ママのおっぱいごくごくちまちゅか~?」

「おっぱいなんか出るわけないでしょっ!?」

 明石に目を向けられると大山はびくっと身体を震わせか細い声で悲鳴を上げて大柄な比栖間の背中に隠れてしまった。幼稚園児くらいの背の高さしかない十二月晦日ほどではないが大山も小柄で、見てくれだけなら小学校高学年かせいぜい中学生くらいにしか見えない。耳の上でお団子に結った髪型がますます外見を幼く感じさせる。

「こう見えて大山は天文航法の手練(てだれ)でのぅ。こやつがいるおかげでわしらは方位磁針も電探も使えぬこのご時世でも海路に迷ったことが一度もないのじゃ」

「―――で、電探には、わ、わたしもずっと興味があったのです……。―――こ、こ、今度、わ、わたしにも教えてもらえますか……?」

「ええ、喜んで」

 見知らぬ男は怖いようだが、ほとんど途絶えてしまった電波の技術にも強く興味を引かれているようだった。大山は比栖間の背中から目だけを覗かせて教えてもらえないかとどもりながら頼んだ。明石が快く引き受けると、大山は初めてはにかむような笑顔を浮かべた。

「そちらのもう一人乳のでかいのが戦艦金剛艦長の照陽(てるひ)弐依那(にいな)大佐じゃ」

「どうも、照陽弐依那です。第二艦隊へようこそ、大尉」

 照陽は値踏みでもするかのように細めた目を明石に向けてきた。

 明石も困ったような苦笑を浮かべつつ照陽を見返す。

 照陽は比栖間とほとんど同じくらいの背の高さで、男と並んでも見劣りがしないくらいだった。見劣りがしないのはプロポーションも同様で、むしろ心持ち照陽の方が胸と尻は大きくてウェストは細いようにさえ見える。髪形まで比栖間と同じポニーテールだったが、どことなく宝塚の男装役っぽい雰囲気が漂う比栖間と違って、どこからどう見ても女らしさが匂い立っていた。

「まぁ、こやつの人となりは口で説明するのは難しいのでな。おいおい明石にもわかるじゃろう」

 明石がテーブルの周りを見回すと、目が合ったものはついっと目を逸らした。一癖も二癖もありそうな十二月晦日の部下たちだったが、取り分け照陽は一筋縄ではいかないらしい。照陽の一見にこやかに見える笑顔を見ながら明石は背筋になにやら薄ら寒いものを感じていた。

武笠(ぶりゅう)はどこにおる? なんじゃ、まて寝ておるのか……」

「ちょっと、初緩(はつの)! 起きなさいってば……!」

 ビールをぐびぐび呷りながら十二月晦日はテーブルを見回した。テーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝息を立てている武笠の姿に気づくとやれやれと苦笑いを浮かべた。

 その隣で、目を覚まさせようと比栖間が青くなって脇腹を突いていた。

「その寝癖だらけの髪をしたのが第二一駆逐隊司令の武笠(ぶりゅう)初緩(はつの)大佐じゃ。見ての通りの寝ぼすけじゃが潜水艦を狩らせたら右に出るものはおらぬ」

 比栖間に突かれて武笠はむっくりと起き上がるととろんとした目で左右を見回した。

 寝癖であちこちに撥ねまくったぼさぼさのセミロングの髪、涎の跡がくっきり残った口許、焦点の定まらない眠そうな垂れ目。十二月晦日ほどのものの言葉でなければ、とてもそんな優秀な指揮官には見えなかった。

「……あぁ、どぉもぉ~…………」

 武笠はとろんとした目で明石に軽く片手を上げて見せると、またばったりとテーブルに突っ伏して寝息を立て始めてしまった。

「次は伯峰(はくほう)の番じゃが、どこにおるのじゃ?」

「―――――…………」

 ビールで喉を潤しながら十二月晦日が部屋の中を見回すと、なんの気配もなくその後ろからぬぼーっと人影が姿を顕した。

「おお、そこにおったか」

 突然顕れた人影に動じることもなく、コップを持った手で差し示しながら十二月晦日が紹介を始めた。

「このいるのかいないのかはっきりせん娘が先任参謀の伯峰(はくほう)雫空(しずく)大佐じゃ」

 伯峰は壊れた人形のようにこくっと頭を下げた。ざんばらの長い髪がばさりと顔にかかって表情がまるで窺えない。

「こやつは、まぁ今のわしには宝の持ち腐れみたいなものなのじゃが、わしの我がままにつき合うてもろうておる」

「宝の持ち腐れですか?」

 工内のようなオールマイティーや大山のようなスペシャリストを差し置いて十二月晦日が『宝の持ち腐れ』とまで評するのだから伯峰もなにか秀でた能力を持ってはいるのだろうが、それについては口を濁して語らなかった。

「さて、次に移るのじゃ」

 その点についてはあまり触れたくはないのか、十二月晦日はなに喰わぬ顔で話しを続けた。

「通信参謀の軽須(かるす)達郎(たつろう)中佐じゃ。お坊ちゃまのような見てくれじゃが、ほんもののお坊ちゃまでのぅ。軽須伯爵家の出じゃ」

「軽須伯爵家と言うと、あの内大臣府(ないだいじんふ)秘書官長の?」

「まぁ、ぼくは三男坊だったんで家を継ぐ可能性はほとんどなかったんですが、政略結婚でいけ好かない家に婿養子に送りこまれそうになって、それがいやで実家を飛び出しちゃいまして……」

 たはは……と苦笑いしながら頭を掻いている軽須は、整ってはいるけれども頼りなさそうな見てくれだったが、いわれてみれば確かにどことなく育ちのよさが滲み出ているような気がする。

「わしの命令は自分でいうのもなんなのじゃが、長ったらしいことが多くてのぅ。軽須はそれを上手ぅ簡潔にまとめて発信してくれるので助かっておる」

 ビールで喉を湿らせてから十二月晦日は紹介を続けた。

「そこの仁王のようにごついのが第三水雷戦隊司令官の財津(ざいつ)剛教(たけのり)少将じゃ」

 明石がぺこりと頭を下げると、財津は明石に向かってグラスを掲げて見せてからそれを一息で呑み乾した。

「財津は海軍水雷学校で教鞭を執ったこともある水雷畑の老練(ベテラン)じゃ」

 年嵩ながらも財津は衰えたところなど欠片も見えないたくましい身体つきをしていた。並みの男より背の高い比栖間や照陽よりもさらに背が高く、みごとな口髭が顔の左右にぴんと張り出している。筋肉でぱんぱんに盛り上がった二の腕は十二月晦日や大山の胴より太いくらいだった。

「さて、残りの一人じゃが」

 ビールで喉を潤しながら十二月晦日が一息吐いた。それにしても紹介の間に十二月晦日がなん杯ビールを呑んだか明石は途中からわからなくなってしまった。

「戦艦榛名機関長の樋場(ひば)修平(しゅうへい)中佐じゃ」

 財津と同じくらいの歳に見えるが樋場は財津とは正反対の身体つきだった。小柄で痩せていて半白の髪。腕はいいが気難しい修理工場のおやじさんのような風貌をしていた。

「榛名の装備に関しては樋場に任せ切りなのじゃ。電探についてなにかわからぬことがあったら樋場に訊くとよいのじゃ」

 紹介を終えて喉が渇いたのか、十二月晦日は立て続けにビールをなん杯も呷った。

「見ての通り一癖も二癖もある連中じゃが、まぁそなたもたいがい変わりもののようじゃから変わりもの同士仲よぅやってくれ」

 肩にはまるで手が届かなかったようで明石の二の腕辺りを手を伸ばしてぽんぽんと軽く叩くと十二月晦日はグラスを持ちなおした。

「それではそなたらの紹介も終わったことであるし、ここからはぱぁ~っと盛大に呑み明かすかのぅ?」

「―――お、お待ちください、長官!」

 焦りまくったように声をかすれさせて比栖間が声を張り上げた。

「長官のご紹介がまだすんでおりません!」

「わしのか……? それは別にやらんでもいいじゃろう……?」

 あまり気乗りのしない顔を十二月晦日は比栖間に向けた。

「長官のご紹介は僭越ながら、このわたしがやらせていただきます!」

「そなたにやらせると背中がむず痒ぅてしかたがないからやめるのじゃ! 代わりに工―――――」

 あからさまに迷惑そうな顔で十二月晦日が止めようとしたのだが、それを遮るように比栖間は直立不動で立ち上がると咳払いをして喉を整えた。

「第二艦隊司令長官 十二月晦日(ひなし)眞悠子(まゆこ)中将(ちゅうじょう)は第一次真珠湾奇襲攻撃作戦では第一航空艦隊司令長官 五十幡(いそはた)十六夜(いざよ)中将の旗艦空母 赤城(あかぎ)の艦長を務められ、その後少将へ昇進、第ニ航空戦隊司令官、連合艦隊司令長官へ昇進された五十幡大将の許で連合艦隊参謀長など数々の要職を歴任された海軍切っての古つわものなのです」

 ちなみに陸軍では大将閣下や師団長閣下のように階級や役職の下に閣下という敬称をつけて呼んだが、海軍では閣下という敬称はつけず階級や役職名だけで呼ぶのが普通である。

「中将に昇進後は第一航空艦隊司令長官、海軍兵学校校長なども務められました」

「いやぁ~、たっちん以外のあたしたち七人は長官が兵学校の校長だったときの教え子だったんだよねぇ~」

「へぇ。すると御池司令官たちはみんな兵学校のときの同期だったんですか?」

 ビールのグラスを傾けながら御池が懐かしそうに目を細めた。

 いくら十二月晦日があまり上官風を吹かせないからといってもあだ名でお互いを呼び合うのははめを外しすぎなのではと内心でははらはらしていた。だが、そういうことだったら十二月晦日なら目くじらは立てないだろうと納得がいった。

「そうなんだよねぇ~。長官が校長で財津のおやじが教頭と水雷術教官の兼務、樋場のおやっさんが機関術の教官でさぁ~」

「そうだったんですか」

 それならある意味、この第二艦隊は海軍兵学校の同窓会みたいなものなのかもしれない。十二月晦日が偉ぶらないこともあいまって軍隊にありがちなぎすぎすした雰囲気になるのを防いでいるのかもしれなかった。

「ねぇ、大尉。兵学校のときの長官のあだ名を教えてあげよっか?」

「―――あ、あだ名ですか……」

 酒好きらしく御池は女の娘にしては割と早いピッチでビールのグラスを空にしていた。へべれけというほどではないが、顔は赤く口はぺらぺらと軽くなっていた。

 学生が教官につけるあだ名が褒め言葉なはずがない。自分だって学生のころは重箱の隅をほじくるようにねちねちと難癖をつけては点数を引いて喜んでいた先生を『すだれはげ』と呼んで陰ではばかにしていたものだ。そんなあだ名を本人がいる前で口にしていいものかと明石は心配になった。

 そういえば平成のころまでは『すだれはげ』とはいわずに『バーコード』と呼んでいたと聞いたことがある。太陽嵐の影響でコンピューターが使えなくなってからは歴史小説や時代劇の映画の中でしか見ることができなくなった失われたテクノロジーだ。

「耳の穴かっぽじってよっく聞いてよね~? 長官が鬼婆(おにばば)、教頭が雷おやじで二人揃って『地獄のサ○エさん』とはよくいったものよね~」

「はぁ、そうですか……」

 自分で自分の口にしたことが壺に嵌ったらしく、御池は膝をばしばし叩いてけらけらと笑い出した。

「誰が(ばばあ)じゃと……?」

 笑いが止まらない御池だったが、十二月晦日がぽつりと呟いた凍りつきそうな冷たい声を耳にしただけで顔を青くしてびくっと身体を震わせた。

「―――しまったぁ~……。酒で口が軽くなってつい余計なことを~……」

「長官はご自分では婆などとおっしゃいますが、他人にそういわれるとたいそうご立腹なされるので気をつけなさいといつもあれほど注意しておいたというのに……」

 御池の横で工内がこめかみに指を当てて首を振っていた。

「だいたいじゃな、わしが鬼婆などと呼ばれるようになってしもうたのは、御池、そなたが原因なのじゃぞ!?」

「水の入ったバケツを片手に五つずつ持たせて廊下に立たせるなんて平成どころか昭和のような罰を与えてちゃ、そりゃ鬼婆なんてあだ名もつけられちゃうわよね~?」

「あほか、そなたっ!?」

「―――うひゃっ……!?」

 十二月晦日に怒鳴りつけられ、たまらず御池は首をすくめてしまった。

 いったいその小さな身体のどこからそんな大きな声が出てくるのかと明石が不思議に思うくらい十二月晦日は小柄だった。背格好はどう見ても幼稚園児くらいにしか見ない。最前線でずっと潮風に曝されていたはずなのに肌の色は透き通るように白く、腰の下まで伸びたさらさらの長い黒髪は光を浴びるとまるで銀髪のごとく光り輝いて見える。

 つまり、黙ったまま椅子に座っていれば精巧にできたビスクドールのようにしか見えないくらい整った顔貌(かおかたち)だったのだ。

 そんな可愛らしい見てくれの十二月晦日が放つ怒気に、頭一つ半は背が高い御池が冷や汗をだらだらと滴らせている。

「そなた、あのときなにをしでかしてそんな昭和な罰を受けたのか忘れたのではあるまいのぅ……?」

「えっ~っと、あたしなにしたんだっけ……? いやぁ~、あのころははっちゃけてたからさぁ~、いちいちやらかしたことなんか覚えてるわけないじゃないですかぁ~?」

 可愛らしく首を傾げててへぺろ☆っと舌を出した御池は、背後に凄まじい殺気を感じて恐る恐る振り返ってみた。

「―――ひ、姫ぇ…………。忘れたなんていわせないわよ……」

「―――――っく……!?」

 そこには血の涙を流した比栖間が恨めしそうな目で御池のことをじっと見つめていた。

 その、ぞっとするような怨念を感じて、御池はごくりと唾を呑みこんだ。

「比栖間、こやつ忘れておるようじゃから思い出させてやるがよいぞ?」

「はい、長官」

 ビールを手酌で注ぎながらにやにやした表情を浮かべた十二月晦日が比栖間をけしかけた。

「姫、水泳の授業のときわたしの学校指定水着(スク水)の縫い目をこっそりと解いておいたでしょ……?」

「―――あぁ~、なぁ~んだぁ~、あのことだったんだぁ~?」

 (くら)い目をして問い詰めてくる比栖間に、あんな些細なことだったのという口調で御池が切り返した。

「おかげで泳ぎ出した途端に残りの糸が全部解けて、わ、わたしは、う、産まれたままの姿に……」

 そのときのことを思い出したのか、比栖間は真っ赤になって握った拳をぷるぷると震わせている。

「いやぁ~、悪い悪い。ななっちって兵学校のころからおっぱいが超弩級だったからさぁ~、なに食べたらあんなにでかくなるんだろうと思ってねぇ~?」

「なに食べたらって……。同じ寮で暮らしてたんだから姫と同じものしか食べてるわけないじゃないのっ!?」

「あのころはあたしもまだ若かったからさぁ~、その現実が受け入れられなかったんだよねぇ~……」

 そんな過ぎたことを今さら蒸し返すなといわんばかりに、御池は手酌でビールを注ぐとぐびりと呷った。

「―――こ、怖いです……」

 見れば、大山が青い顔をしてがくがくと震えていた。

「そういえば、大山はあの水泳の授業がショックで男子が怖くなってしまったのでした」

「まぁ、年ごろの男子生徒が比栖間のでかい乳やら尻やらを生で見せられてしもうたら鼻血どころか、自前の単装砲が暴発してしもうても無理はないがのぅ……」

 震える大山を呼び寄せて膝の上に頭を抱いてなでてやりながら十二月晦日が苦笑いを漏らした。身体の小さな十二月晦日が自分より大きな大山をあやしてやっている光景は一見おかしく思えるかもしれないが、こういうときの十二月晦日からは大人びた雰囲気が醸し出されているので不思議と違和感は覚えない。

「いやぁ~、ほんとまいっちゃたよねぇ~? プールが烏賊(イカ)臭くなっちゃって、掃除するのがたいへんだったよぉ~!」

「全部、姫のせいでしょ!?」

「全部、御池のせいです」

「―――ぜ、全部、姫ちゃんのせいだと、お、思う……」

「―――ぐぅ…………zzz」

「―――――…………」

「あれは、ごちそうさまでした」

「―――ご、ごめんなさい…………」

 比栖間、工内、大山、武笠、伯峰の五人からいっせいに白い目を向けられ、さすがの御池もぺこりと頭を下げた。

 そして、そのときの光景を思い浮かべているのか頬を薄っすら赤らめ息を荒らげた照陽がなに喰わぬ顔でしゅるしゅると比栖間の制服のスカーフを解いていた。

「―――ちょ、ちょっと、にな!? こんなとこで、なにやってんのよ! まったく油断も隙もないわねっ!」

「あら~? じゃあ、こんなとこでなければななちゃんも了解(OK)なのね?」

 それに気づいた比栖間は照陽の手をぴしゃりと払い除けスカーフを結びなおし始めた。

 邪険にされても一向に堪えた様子も見せず、照陽はしなだれかかって比栖間の胸に人差し指でくねくねと『の』の字を書き始めた。

「―――も、もしかして、照陽艦長って……?」

「照陽は工内と兵学校の主席を卒業まで争っておったくらい優秀なのじゃがのぅ……」

 照陽の正体に気づいた明石はビールのグラス片手にずるずると後退(あとずさ)っていった。

 ため息を吐きながらビールを呷って十二月晦日はその推測が間違っていないことを認めた。

「筋金入り(ガチ)の同性愛者(レズ)なのが玉に瑕でのぅ……」

「可愛い女の()を見ると見境なく襲いかかる正真正銘の変態よ! かっちゃんなんて、なん度手ごめにされそうになったか数え切れないくらいだし」

「―――――ひぃぃぃっ……!?」

 小声で悲鳴を上げると大山はまた比栖間の後ろに隠れてしまった。

 照陽が舌舐めずりしそうな視線をぐるっと巡らせると、目が合いそうになった女の娘たちもついっと目を逸らした。

「まぁ、ともかくじゃ」

 この話はここまでと終止符を打つように軽く咳払いしながら十二月晦日はまたビールに口をつけた。

「こやつらは、なにを血迷うたのかわしなんぞに懐いてくれておる。軍令部からも連合艦隊司令部からも鼻つまみのわしなんぞの下におらなんだら、内地でもっと楽で安全な役につけておったものをのぅ」

「なにをおっしゃいます? 長官以外に今の海軍でお仕えするのに値する将官など一人もおりません!」

 いかにも残念そうに十二月晦日は小さくため息を吐いた。そんな十二月晦日に向かって比栖間が身を乗り出すようにしてきっぱりといい放つと、工内たちも次々に頷いてそれに同意を示した。

「ああ、もうその話はやめにせぬか!?」

 比栖間たちにそこまで開けっ広げに頼りにされていることを口にされると、十二月晦日はビールをぐっと呷って話を遮った。空咳でごまかしてはいるものの、頬が薄っすら赤らんでいるのは見え見えでさすがに気恥ずかしかったらしい。

「さぁ、ここからは明石の歓迎会じゃ。そなたら潰れるまで許さぬから覚悟するがよいぞ?」

「―――――…………」

 顔を青くして黙りこんでしまった比栖間たちを、明石はきょとんとした顔で見回していた。明石が『不沈艦』十二月晦日眞悠子の恐ろしさを身をもって体験するのは、このすぐ後のことだった。酒の席で一度も沈んだことがないという伝説を持つことから十二月晦日眞悠子につけられた二つ名こそが『不沈艦』だったのである。

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