第1話 日常(6)
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まず射出されたのは、五十メートル先にある一番奥の射出装置二つから火属性の丸い物体だった。
彼は小さく、
「水よ、氷へ」
唱えられたのは二節のみで、初級水系統魔法。氷に変化させる為に氷の言の葉も紡がれる。
彼が口を動かし詠唱をすると変化が起きる。左手の魔力媒介を司るグリップが淡く光ったのだ。
刹那、引き金は押され冷気を纏った弾丸が撃ち放たれる。
高速で飛ぶ弾丸は見事物体の中央に命中。素早くかつ真ん中に命中――競技用の弾故に特定条件以外では命中すると消失する――したことにより、射出管制装置の上に展開されているホログラムの画面には十点の表示がされていた。
「よし」
彼が満足気に呟くと、さらに射出装置から二発の物体が放たれる。同じく火属性であるが、真ん中と一番手前からだ。
冬斗は目標を視認すると動じることなくまずは一番手前の物体を、続けてその奥の物体に向けて銃弾を撃ち込みこれも物体中央に命中させた。よって二つとも十点を獲得。
「ふう」
一度肩の力を抜き、息を吐いてから吸うとさらに魔力を指先にこめる。グリップの淡い光はやや強くなった。
「次だね」
彼がポソリとこぼした直後、次に装置から高く飛翔した物体は雷属性だった。よってこの物体には風属性が有効であるので。
「風よ、切り裂け」
冬斗は素早く風属性の呪文を唱えると、彼の纏う空気が変わった。彼を中心に一瞬だけ風が集まる。
そして、射撃。
撃たれた弾丸は、鋭い風塵を纏い電気を放つ物体に直撃する。これは物体の中央よりやや右側に命中したことにより九点が表示されていた。
先程よりも一点だけ点数が低いがそれなりに満足な点数に冬斗は内心で頷きながら次に射出される同属性の物体へ針を通すように命中させる。
今度は十点。顔に変化は無いもののよしよしという心境であった。
「練習用の百点方式なら、あと五発」
自分にしか聞こえない音量で誰に話すわけでもなく独りごちる冬斗は引き金には手を置いたままだ。
しかし、ここで本人にとっても少しだけ予想外の出来事が起きる。
次に射出させたのは一番奥と真ん中の左右射出装置、一番手前は左側のみだが一度に五発の物体が高く高く放出された。
属性は最初と同じ火属性。しかし、纏う炎はやや強かった。
「そうくるか」
だが、大会で好成績を残している彼は動揺することは無かった。
詠唱する呪文を瞬時に頭の中で組み立てる彼は口紡ぐ。
「水は凍てつけ、環を描き貫け」
唱えた呪文は初級より温度の低い中級の氷魔法。さらに貫通と複数目標追尾攻撃の呪文も追加で付与する。
白銀の如く輝く弾丸はまず手前の物体を貫き、呪文の言葉通り輪を描いて白い軌跡を残しながら残り四つの的に当たって消失していった。スコアはそれぞれ十点、九点、八点、八点、九点。五十点中計四十六点であった。総合計では九十五点だ。
氷魔法で撃ち抜いたことによりキラキラと氷の破片がきらめく幻想的な景色の中、終了の合図を表すホイッスルが鳴る。同時におおおお、という後輩達の歓声。まずまずの出来と後輩に向けて恥ずかしいものを見せずに終えられた安心感から冬斗は後ろを振り向いて微笑んだ。
「よくやったぞ、遠海」
「ありがとうございます」
「だが、風系統の魔法は少しもたついたか? それと環を描いた魔法、少しズレがあったな。あれを目標に対してより細かく狙えば完璧になると思うぞ」
「次の大会までにはもっと精度を上げたいですね。大会でもなかなか無い同時発射ですけど、無いとは限りませんから」
教え子の正確かつ素早い銃撃を褒める石田はどこか満足気だった。しかし、指導する者としての指摘点も忘れずにコメントする。冬斗は素直に聞き入れ、これは次回の課題だなと、頭の中のメモに書きこんだ。
対して後輩達は最後まで正確無比だった彼の射撃に目を輝かせ歓声を上げ、特にラストに見せた追尾貫通魔法については話題持ちきりで、
「すごい綺麗だったな……」
「点数には関係ないけど、もし芸術点があったら絶対高得点だよね」
「しかもそれであの点数だろ? やっぱすげえな」
「わたしもああなりたいなあ……」
「俺も」
羨望の眼差しが彼に向けられていた。冬斗がこの技を編み出したのは夏休み中の事で、後輩達は実物をまだ一度も目にした事がない。高校生としてはそれなりに高度なスキルにあたる中級魔法とやや特殊な追尾と貫通魔法であり、後輩達にとって初めてお目にかかる技なのだからこのような反応になるのも当然だろう。
「おーい、皆静かにー。今日は皆にもう一つお知らせがあるぞ」
しばらくの間会話を交わしていた後輩達だが、石田の声にすぐに静かになる。お知らせとはなんだろうかという顔をしていた者もいた。
「せっかく来てくれた君らの先輩、遠海だ。全てを参考にしろとは言わないし、こうなれとは言わんが先輩の技量には近付いてほしい。よって、これから始める練習は遠海も指導してくれる。いいか、遠海?」
「ええ。時間もありますし、大体五時過ぎくらいまでなら大丈夫ですよ」
現在の時刻は四時過ぎで今からならば一時間ほどある。冬斗の了承に、後輩一同はとても喜んでいた。
「だそうだ。しっかり学んで、技を盗むように!」
「「はい!!」」
「それでは練習を始めるぞー!」
それから時間になるまでの間、冬斗のアドバイスなどを熱心に聞く後輩達に応えるように彼もまた助言などに力を入れ、時間はあっという間に過ぎていった。