第1話 日常(5)
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冬斗が友人達との昼食を談笑して過ごした翌日。
学校も通常の授業なり、受験対策中心のカリキュラムが組まれたそれらをこなした彼は帰りのホームルームが終わった直後机から筆記用具などを出してリュックサックに片付けをしていた。
今日は夏未と秋也は受験の為の勉強として塾があるらしく、晴香からは図書館で勉強する旨のメールが届いており、彼はこの後帰るか、自分も勉強するかと思案していた。
すると、リュックサックを両肩に提げていた彼に声をかけた人物がいた。朗らかな笑顔の担任の石田従道である。
「よーう、遠海。お疲れさん。この後暇か?」
「お疲れ様です、先生。暇ですよ。どこかで勉強するか、帰るか迷っていた所です」
「なら丁度良かった。どうだ、引退したとはいえ久しぶりに部活に来ないか?」
「部活ですか?」
「おう。お前が英国で優秀な成績を取ったのは後輩達も知っているからな。せっかくだから、腕前を改めて見せてやってくれないかと思ってな。遠海も練習になるし」
「いいですよ。時間を持て余してましたから」
「よっし。じゃあ早速向かおうか」
「はい」
と親指を立ててウィンクをする石田教師。冬斗は若い先生なのは知ってるけれど、夕方にも関わらず元気だなあと思いながら頷く。
冬斗は既に引退してしまっていたが、魔法射撃部に留学前の三年の夏まで所属していた。石田教師はそこの顧問なのである。彼自身も教師の身でありながら今も魔法射撃の大会には出場しており、今年の春に開催された大会では五位入賞と優れた成績をおさめている人物でもあるのだ。
冬斗と石田が向かう先は魔法射撃部の部室がある学校敷地内の北西側。冬斗が所属するクラスがある教室棟とは対面上にあるから歩いて四分程かかる。職員室や図書館などがある十三階建ての中央棟、学生食堂や文化部の部室などがあるコミュニケーションスクエア、その先が彼の所属していた魔法射撃部だ。
道中、冬斗は先生に部活に誘われたからたぶん五時か五時半くらいまでかかると晴香にメールを返信して、彼は部室へ到着した。
「おっ、どうやら皆は下にいるようだな」
「ホームルームも終わってそれなりに時間が経っていますからね」
部室の構造は二階建て。二階には魔法銃が管理されているロッカー――ここは顧問の持つカードキーでないと開けられない――のあるロッカールームで今二人がいるのはこの部屋だ。休憩や顧問による技術指導が行われるレクチャールームは隣の部屋。男女のそれぞれの更衣室はさらに隣だ。そして、一階は射撃場になっている。二人以外二階にいないのは冬斗の言葉通り、既に生徒達が一階の射撃場に移っているからだろう。
「そうだ、遠海の銃は留学前に買い替えたんだったな」
「春の大会の成績で補助金が出ましたからね。イギリスでも大会があるからせっかくだし良いのを買おうと思って」
「それでこれだろ。いい選択をしたと思うぞ」
石田が冬斗のロッカーを開けてそこにあったのは黒色に鈍く光るライフル銃だった。大きさはアサルトライフル程度。部品としてスコープも取り付けられていた。
冬斗は石田教師からその銃を受け取る。
「MML2040。メイルサンコーポレーションの魔法科学部門から出ているメイルサンマジックライフルシリーズの最新作。使い勝手が良いというか、前作より軽量化されているだけあって取り回しがしやすかったですよ」
軽さをアピールする為、銃を構えて動かしてみる冬斗。無論だが、弾丸は入っていない。
「アサルトライフルサイズとしてはかなり軽い素材を使っているからな。競技用に新素材を用いたから今後は軽い銃が増えるだろうな。こいつ、重量規定ギリギリの重さを攻めたらしいって聞いてるしな」
「他にも、魔力を感知して弾丸に魔力を注入する媒介部分のグリップが変わっていましたね。掴みやすくて楽ですし、感覚ですけど前より効率性も上がったかもしれません。お陰でイギリスでは思ったよりいい成績が取れましたよ。それでも上には上がいましたけどね」
苦笑いをしながら肩を竦める冬斗に、石田教師は、
「あの留学はバケモノ揃いだったから仕方ないぞ。特に今年の三年生勢は世界中豊作と言われるくらいだからな」
「だから自分ももっと腕を磨かないといけないと痛感しましたよ」
「そうやって向上心に繋がれば上等だ。だが、ここの部活ではお前が一番の腕前だ。その銃は後輩達も見たことがないだろうし、披露してやってくれ」
「はいっ」
「それじゃあ、射撃場に行くか」
「そうですね。行きましょう」
冬斗は首を縦に振り、銃を持って石田の後をついていく。
階段をおりていくと、賑やかな声が聞こえてくる。後輩達の声だろうなと冬斗は思いつつ、久しぶりに会うのだからどういうことを話そうかと考えていた。
階段をおりきってから扉が開くと、基礎トレーニングを終えていた体操着姿の生徒達がいた。男女合わせて十五名程である。
彼らは顧問の石田と先輩の冬斗に気がつくと、
『お疲れ様です! 先生、遠海先輩』
と元気良くそれぞれが大きな声で礼をして挨拶を二人にした。
「おー、お疲れさん。今日は君らの先輩、遠海を連れてきた。新しい銃も持ってきているぞー」
『おおおー!!』
「みんな、お疲れ。これがイギリスでも使ったMML2040だよ」
冬斗がMML2040を見せると、わぁ、すげー! メイルさんの新作だー! 確か軽いんだっけ? そうそう。すごく使いやすいんだって。などと彼の後輩達から次々と声が上がる。
競技を最も左右するのは無論本人の腕前ではある。しかし、銃そのものも多少の影響があることを知っている彼らは魔法射撃の界隈では三年前から話題に上がり、今も他の会社の銃と比較され優秀なライフルであるとされるこの銃を見て様々な感想を述べていた。
冬斗はやっぱりこの銃は有名だなと実感していると、彼に話しかける後輩がいた。
「遠海先輩、その銃を使ってイギリスの大会ベストエイトだったんですよね? 強豪揃いの中でそんな成績取れるなんて凄いです!」
彼女は魔法射撃部に所属する二年生の山峯灯里。彼女もまた魔法射撃の部内では全国八位の成績を誇る期待の人物である。得意属性は冬斗も得意とする水属性である。同時に水属性にまつわる氷の魔法も得意であった。これも冬斗が得意とする魔法属性で、このように彼と接点がある彼女は彼とよく親しくしている後輩の一人である。
「ありがとね、山峯。強い人ばかりで大変だったけど、この銃を使いこなして八位になれたよ。練習の成果もあったかな。嬉しいけど、次はもっと上の順位を取れたらいいなって思うよ」
「雑誌でも見ましたけど、来年はシード権を獲得できたんですよね。次は大学生になっているでしょうし、先輩なら今度はもっと上になれますよ!」
目を輝かせながら語る山峯はまるで自分の事のように嬉しそうに話していた。周りの後輩達も山峯の言葉にうんうんと頷いていた。
「そうだね。次はどうだろう、今より順位をあげたいな」
「銅メダルとかどうですか? いや、いっそ金メダルなんて!」
「ううん、金メダルかあ。難しいかもしれないけど、頑張ってみるよ。せっかくなら目指したい頂だからね」
「はい! ぜひ!」
山峯の眼差しは尊敬そのものであった。その気迫に冬斗はやや押されがちではあったが、彼も一スポーツマン。競技をしている者としての自信も手伝って新たな目標を打ち出していた。
「さあ、その遠海が今日は英国魔法射撃大会の時の腕を見せてくれるぞ。みんな、よーく見てよーく学ぶように! というわけで遠海。用意をしてくれ」
「はい、分かりました」
このままでは冬斗が質問攻めに合うのを察してか、石田は生徒達に声をかける。事前の打ち合わせ通り、冬斗が彼らに魔法射撃を実演するのである。
冬斗は石田の言葉に首肯して、早速魔法銃の準備を始める。
彼は石田から競技用の弾丸が入ったマガジンを受け取り、セットする。
さらにMML2040の安全装置を解除。銃を射撃場に向けて右に左に、上に下にと向けていく。
最後に、魔法射撃に魔力は不可欠であるから、精神統一の為に何度か深呼吸をして全身に魔力が行き渡るように、特に指先に集中して力の源が流れるようにしていく。
五回目の深呼吸を終えると、よしと誰にも聞こえない程度の声で言うと、
「完了です」
と石田に伝える。
彼が先生に声をかけたのは、石田も射撃場内にある六つの射出装置の準備を丁度終えた頃だった。
さて、魔法射撃であるが、この競技は射出装置から飛び出るフリスビー位の大きさの物体を適切な魔法属性で破壊するのを目的としている。
飛び出るのは、火・水・雷・風の基本四属性の魔法粒子により実体化している物体。これらは当該属性の弱点属性でないと壊すことが出来ず、従って火ならば火炎を消す水ないし氷が、水ないし氷はこれらを砕くか蒸発させる雷が、雷は雷光を切り裂く風が、風ならばその風をも飲み込む火でないと有効ではない。
よって、魔法射撃には射出された物体が何属性であるかを迅速に判断する能力。さらに、その魔法を速やかに詠唱し射撃する能力が問われる。このように基本四属性は少なくともそれなりに扱えなければならない故に競技人口はあまり多くないが、この競技出身者は後に基本四属性をマスターしているマルチマジシャンと呼ばれる者が多いのも特徴であるのだ。
「こっちもオーケーだ」
「いつでもいけますよ」
互いに準備を終えて、いつでも実演開始となると騒がしかった練習場内は静寂に包まれる。後輩達はじっと冬斗の背中を見守っていた。
冬斗は引き金に人差し指を添える。詠唱しこれさえ引けば、後は弾丸が放たれるのみだ。
冬斗が射撃姿勢に移ったのを石田は目で確認すると、射出管制装置に手をかざし魔力を注入。射出装置内にある魔力を貯め込む鉱石である魔法石が反応しスタンバイ完了の文字が表示される。
石田はさらに装置の競技開始起動ボタンを押す。
同時に、始まりの合図であるホイッスルが、場内に響き渡った。