第1話 日常(4)
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金華市川口副都心。
金華駅前の中央新都心に次いで大きな街区となっているこの地区は国際会議場やイベント施設などだけでなく、観光地で有名な永良川と戦国時代の歴史を感じる市の名前にもなっている金華山周辺など観光施設が多くあり、中央新都心に比べて商業や集客施設が多く揃っているイメージのある場所だ。
もちろんそれだけではない。文教施設の多く集まる文教副都心に近いことから学生の多くがここを訪れることから若者の街でもあるのだ。
そして、今回彼等が向かうその店も晴香が再度調べてみると若者向けの店が多く揃う地区に存在しており、リーズナブルな価格ということはここも学生をメインターゲット層とした店なのだろう。
「んーっと、たぶんここのあたりかなあ」
「確かに地図だとこのあたりだな」
金華メトロ川口駅を降りて北東に向かい、歩いて五分ほど。冬斗達は道を歩きながらきょろきょろしていた。目当てのお店はすぐに見つからなかったのである。
「どれどれ。おう、そうみてえだな」
「ハルちゃん、看板の色とかわかる?」
「えーっと。写真ではベージュだったはず」
「ベージュ……。お、あれじゃね?」
少し向こうを指さす長崎。そちらに視線を移すと確かにベージュ色の看板が見える。
全員がその看板のお店に向かうと、目的地のカフェ『リバーサイド・カワグチ』を四人は発見することが出来た。
「でかしたぞー、長崎ー」
「ははっ。この長崎、視力に関しては自信がありますゆえお任せくだされ石原殿」
殿様のような振舞いをする夏未に対しておどけるように家臣の物真似をする長崎。
「ぷふっ、なんの真似よそれー」
「いやほら、普通に言っても面白くねえじゃん?」
「楽しかったからいいけどねー。んじゃ、お店に入ろー」
夏未の号令に秋也は、おーっ! と答え、僕と晴香は頷きお店の中に入る。
「いらっしゃいませー。四人ですかー?」
店内に入ると、店員の一人である二十代の女性は四人に声をかける。
それに対して石原は、
「はい、四人です」
「それではこちらのテーブル席にどうぞー」
彼等が案内されて座った場所は店内でもやや奥の所だった。店の中はかなり客がおりほぼ空席はない。さすがは人気の店というところだろう。客層は冬斗達の世代から大学生位が多かったが、ランチの時間帯ということもあり社会人や壮年の人達も見かけられた。
「ジャズ流れてるんだね、ここ」
「なになに、遠海はジャズとかわかんのー?」
「曲名とかは分かんないけど、聴き覚えがあるんだよね。勉強の時とか、邦楽以外にもたまに聴いてたりしてるし」
「遠海くん、勉強の時色々なジャンルの曲聴いてるもんね」
「そうそう。基本雑食だけどね」
「ま、こういうお店なら流れててもおかしくねえよな」
「カフェ、だからな」
「ところでみんなー、メニューは決めたー? 私はAランチで。今日はロコモコ丼らしいよー。飲み物はミルクティーかな」
冬斗は店員から貰った水に口をつけながらメニュー表を見て話していると、夏未が皆に何にしたか聞いてきた。
今日のランチはドリンクとサラダ付きでAが夏未が言っていたようにロコモコ丼で、Bがオムライス、Cが和風ソースのツナスパゲティである。彼は夕飯にどのジャンルが来るだろうかと予想しながら一番夕食として選ばれなさそうな物にしようかと考えていた。昨日の夕御飯は洋食だったから恐らく今日は和食だろうなという寸法である。
「オレもロコモコ丼だな。うまいし。ドリンクはレモンティーにすっかな」
「私は、Cランチがいいかな。おいしそうだから。飲み物は、ミルクティー。遠海くんは?」
「久しぶりにオムライスが食べたいからBランチにするよ。あと、ドリンクはアイスカフェラテだね」
「よーし、じゃあ決まりだね! すみませーん、注文決まりましたー!」
「はい。今お伺いしますねー」
全員が決まったところで夏未は店員を呼ぶ。混んでいるにも関わらず、店員はすぐに来た。入口で案内してくれた人とは別で、三十代の清潔感のある男性であった。
男性店員は僕達の注文を慣れた手つきで聞き取りこなすと、すぐにキッチンの方へ向かっていった。
全員が先にドリンクを貰うようにした為、三分も経たない内に四人分のが来た。
冬斗はアイスカフェラテをストローで軽く飲んでいると、秋也が彼等にこんな質問をした。
「ところでよ、お前ら進路どうするんだ? 二学期になってそろそろ現実も見えてくる頃じゃん? 学部とかはとっくに決まってるだろうけど、学校とかさ」
冬斗は、言われてみれば周りの進学先の大学を気にする時期なんだよなあ。皆、どこに行くんだろうと思案する。
ぼんやりとここがいいなってのは誰だってとっくにあるけど、ここにしようってのは今ぐらいに決めておかないと困る。というより夏休みを挟んで確定しているはずだ。とも思っていた。
高原の質問の意図もそれがあって聞いたのであろう。
彼の問いに対してまず答えたのは夏未だった。
「あたしは清秋学院大学の魔法科学学部最先端魔法科学学科を一般入試で受けようかなって思ってるよー」
「一般入試? なんでまた?」
彼女の答えに対して疑問を抱いた冬斗は、首を傾げながら言う。
清秋学院大学の附属高校にいる冬斗達には当然学内推薦を受ける権利が存在しており、これを活用する生徒は多い。
清秋学院大学は学部関わらず指折りの難関大だ。だからこの高校に入って学内推薦で、というルートは高校受験の際に受験生もその親も誰だって考える。有名な出版社の進学情報誌にもよく載っているくらいにだ。
よって、高校自体が附属だけもあって難関校であるから入るのも難しい。冬斗もそれで随分と苦労したのである。
だからこそ、わざわざ夏未が一般入試で受ける理由が分からなかったのである。
「ほら、最先端魔法科学学科って魔法理系の中でもすごく難しいところじゃん? だから学内推薦ですら条件が厳しいんだよねえ……」
「どれくらいだったっけ?」
「たしか、平均内申点が4.2以上だったかな……。魔法医学系の次に厳しいからさー」
「4.2!? そんなのクラスの中でもほとんどいない数字じゃねえか」
「そそ、だから私じゃ内申足りなくてさー。となると一般の方になるわけよー」
「でも、一般だともっときつくないか?」
秋也はもっともな発言をし、夏未に問う。
「十分に痛感してるけど、どうしても入りたい学科だからねー。がんばるっきゃないっしょー。それに、模試ではC判定だからこれからならまだいけるいけるー」
「すげえな、高畑は」
「そういうあんたはどうなの?」
「オレ? オレも一般狙いだぜ。志望学科は魔法学部の魔法言語学科」
「長崎くん、そこ文系でも難しいところだよね?」
「おうそうだぜ。でもオレを舐めちゃいけねえ。これでも夏休みはちゃんと勉強してて模試ではB判定。油断しなけりゃ大丈夫だ」
「僕が海外行っている間、ちゃんとやってたんだな。ただの廃人ゲーマーかと思ってたよ」
「遠海ちょっと失礼すぎねえ!?」
「冗談だよ。お前がやれば出来るヤツなのは皆知ってるよ」
「おおう、正面から褒められるとなんだか照れるな。ま、でもそのとおりだよ。やるときやんなきゃいつやるっていう」
「僕とチャットした時も、直前までは勉強してたんだっけ」
「そういうこった。ま、もちろんゲームも堪能したけどな!」
「長崎らしいよ。浜名はどうなんだ?」
続いて冬斗は、浜名に進路について聞いてみる。
「私は、魔法学部の総合魔法学科の指定校推薦が貰えそうかも」
「さすがだね」
「そんなことないよ。でも、積み重ねが実ってちょっと嬉しいかな」
「指定校推薦は難しいかんねー。普段いい成績取ってかないとだし。遠海クンはどうすんの? やっぱ技能推薦?」
夏未はミルクティーを口につけてから冬斗に言う。
「うん。夏休み中の留学でイギリスの大会に出場したんだけど、準決勝までは進めたし三位決定戦で勝てたからそれも実績に使えるって」
「相変わらずすげえな、冬斗は。強豪揃いの本場イギリスの魔法射撃大会でベスト8だろ?」
「遠海は入学の時から魔法射撃上手だもんねー。名射撃手って感じ」
「うんうん。遠海くんのとても良い長所の一つだと、私は思うよ」
「ありがとう。おかげで応用魔法言語学科には入れそうだよ。大学に入っても魔法射撃は続けたいしね」
「是非そうするべきだと思うぜ。いやー、こいつが頑張ってるんだから俺も勉強に力入れないとな」
やってやるぜー! と左手の拳を右の手の平に当てて気合を入れるポーズをしながら高原は言う。
「お待たせいたしました。本日のランチAランチ二つになります」
「こちらはBランチとCランチでーす」
全員が進路について話していたらそれなりに時間は経っていたらしく、店員二人が注文していた日替わりランチを持ってきた。
「おー、きたきたー! おいしそー!」
夏未はハンバーグ好きであるからか、目を輝かせながら声高にして嬉しそうにロコモコ丼を見つめる。
「じゃあ、早速食べるか。いただきます」
冬斗は食事の礼儀を済ますと、スプーンを持って早速食べ始めた。
食事が来てからは、四人とも昼ご飯を美味しくいただきながら、話にも花を咲かせた。
昼食後は久しぶりに全員集合したんだし、カラオケでも行こうぜ。という秋也の提案で夕方まで四人とも歌いに歌い久しぶりの友人達との時間を冬斗は過ごす。
留学中は充実してたし、現地で作った友人達とも心弾む時を過ごせたけど、やっぱり高校からずっとの友人と過ごすのも良いな。
冬斗はそう思いながらみんなとの放課後を楽しんだのであった。