第1話 日常(3)
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校長による広範囲睡眠魔法が如くの始業式のお言葉は緩みきった高校生達に案の定効果をもたらした全校集会の後、各クラスではホームルームが行われていた。
ただしこのクラスの担任である石田従道は長い話をあまり好まない為、必要事項を伝えた後は雑談に終始し生徒達と談笑しながらホームルームをこなしていた。
それもそろそろ終わりとなり、石田教師は生徒達を帰す前に最終確認として、
「――というわけで、この後は今日提出の課題を教卓に出してから帰るようにな。終わってないやつは正直に先生へ言いに来るように。言いに来なかったらマイナス点二倍だからなー? んじゃ、今日はここまで。まだ昼だが、気をつけて帰るんだぞー」
と、提出物について伝えていた。
石田はクラスメイト達に呼びかけ終えると、それを合図に日直の中川史明は、
「きりーつ、れーい。ありがとうございましたー」
とお決まりのセリフを間延びした声でかけ、それが終わるとクラスメイト達は帰る準備を始め、教室は喧騒に包まれる。
冬斗も教室に長い間いる用事も無かったので、机からしまっておいたルーズリーフを束ねてあるバインダーや筆記用具、机の上にあるプリントをファイルに仕舞って通学用のカバンの中へ入れる。
時計を見ると、時刻は十二時を少し過ぎたくらい。朝食を採っていたとしてもそろそろ空腹を感じ始める時間である。
うーん。今日はこの後特に予定もないし、家に帰ったら昼ご飯でも作るかなあ。と、冷蔵庫の中になにがあっただろうか、なんて風に冬斗は思い出しながらメニューを考えていると、
「おっつかれー、芹沢。このあとヒマー?」
夏未が陽気な声で話しかけてきた。
「ヒマだけど、どうした?」
「いやさー、みんなと久しぶりに会った訳だし? 全員大丈夫そうなら昼ごはんとかどうかなって」
「お、いいね。僕は賛成かな」
夏未の提案に、冬斗は断る理由もないので首を縦に振る。
「遠海クンならそう言ってくれると信じてた! 長崎とハルちゃんにも聞いてみるねー」
夏未はそう言うと、軽い足取りで二人の所へ向かう。
冬斗の席は窓際の後ろから二番目、夏未の席は彼の隣の列の前から二番目なのだが、あの二人は入口側の列、そこの前から三番目に秋也と四番目に晴香なので比較的近いのである。
冬斗と同じように帰る準備をしていた二人に話しかける夏未。
すると、どうやら彼女の提案に対して両方ともOKだったらしく、は冬斗の方を向き、歯を出してニッコリしながら親指を立てるポーズをする。
その姿を見て、冬斗も同じポーズで返すと通学用の黒いカバンを肩に提げて三人の所へ向かう。
「どうやら決まりみたいだね」
「いやはや、全員集まって良かったよー」
「それはいいけどよ、行き先とか決まってんのか? オススメの場所とかさ」
「あ、それだったら私あるよ?」
「お、マジか浜名。どんなとこなんよ?」
これがアニメやマンガであるのならば電球マークが浮かんでいそうな様子で閃いた浜名に、秋也は疑問を投げかける。
「えっと、この前テレビで見たんだけど、金華メトロの川口駅の近くにカフェがあってね。そこは十四時までランチをやってるの。しかもそこのランチはそこそこボリュームもあって、リーズナブルだって話題になってたの。ここなんて、どうかな……?」
遠慮がちな雰囲気で言う浜名。それに対して、
「よし、そこで決まりだね」
「おう。オレも異議なし。川島のオススメなら安心だしな。テレビでやってたんなら尚更よ」
「あたしも同じく。お財布に優しいなら助かるからねー」
冬斗を始め全員賛成だった。その反応に晴香は嬉しそうに微笑んでいた。
「なら、お店までの案内は私がするね」
「まかせたよー、ハルちゃん」
「よろしく頼むぜ」
冬斗は夏未や秋也の発言に同意する意味で頷く。
彼は高原の机に置いていた自分の通学カバンを手に持つと、それとほぼ同時に三人もカバンを肩に提げたり手に持ったりする。晴香はお店を探すためだろうか、ホログラム式の携帯端末――ホログラムフォン、通称ホロフォン――を取り出して地図アプリを起動していた。
「これなら、確実にたどり着けるかな、と思って」
「そうだな。備えあればなんとやら、ってやつかな」
「うん。そういうこと、だね」
「準備も出来たみたいだし、ほいじゃ行きましょー」
夏未の朗らかな掛け声で僕達は歩き出す。
先生に、さようならと挨拶をして教室を出ると、彼等はカフェのある川口副都心へと向かった。