第1話 日常(1)
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杜と水と魔法の都、金華市。魔法を行使可能な能力者が働く総本山、日本魔法協会総本部があり、魔法と科学が合わさった魔法科学の兵器を開発する企業が集まった街。魔法の都だけあって、能力者を養成する高校や大学が集積されている学園都市。多くの側面を持つ人口二百十五万人を擁するこの都市は、九月の初頭ということもあり朝になると社会人だけでなく制服を身に纏った多くの学生達が活動を開始していた。
朝の七時半に地下鉄の車内で揺られていた遠海冬斗もまたその一人であり、高校指定のカバンを肩に提げて眠たそうに欠伸をしていた。
通勤通学の時間帯であり、今日からは高校も始まるだけあり、車両は八両編成だというのに非常に混みあっていた。日本魔法協会総本部へ向かう腰に杖を提げた協会制服の夏用ジャケットを羽織る協会員。スーツ姿で会社に向かうサラリーマン。そして、彼のように始業式のある学校へ向かう高校生達。
そんな中、遠海冬斗は夏休み気分が抜けない心持ちで何を考える訳でもなく窓を眺めていた。無論、地下鉄だから景色が見える訳では無い。
あえて考えているといえば、あと二十日もしないうちにこの混雑具合に大勢の大学生が追加されると思うと少し憂鬱に感じていることぐらいだろうか。
彼が少しだけ溜息を吐くと電車は駅に到着し、ドアが開くと人がどっと入ってきた。
その中に、彼に向けて声をかける二人の女の子がいた。
「おっひさー! 遠海冬斗くん!」
「なんでフルネームなんだ……」
「なんとなく?」
「夏休みで抜けかけてたけど石原はそういう奴だったな」
「にゃはは、そうだよー」
「おはよう、遠海くん。なんか元気ないね」
「おはよう、浜名。ほら、今日はまだ夏休み明けだからどうにもね」
「休み気分、抜けきらないよね」
「ほんとにな」
彼の隣に立ったのと、その女の子の隣に遠慮がちに起立していたのは彼の友人だ。
最初に話しかけてきたのが、始業式初日でも明るく元気な石原夏未。冬斗が二年生の頃から同じクラスになって仲良くなった友人だ。少しだけ茶色にしたショートカットのヘアスタイルをしていて、胸ポケットに校章がある夏用制服は少し気崩していた。第一ボタンを外して女子制服用の赤色のネクタイをしているあたりがその最たるものだろう。
次に話しかけてきたのが、大人しそうな印象を抱かせる雰囲気を持つ浜名晴香。肩より少し下まで伸びたサラサラの黒髪で、制服は着崩すことなくしっかりと着こなしている。黒と白のチェックのスカートも高畑より少し長めでつまり平均くらいの長さ。こちらは一年の頃から彼と同じクラスで、図書委員会がきっかけで仲良くなった。冬斗が夏未とも仲良くなったのは、晴香の繋がりからなのである。
「あれ、長崎はどったの?」
夏未が長崎と口に出した人物は冬斗が一年生の頃からの友人であり最早腐れ縁の長崎秋也。彼にとって一番の付き合いである秋也はここにいなかった。
というのも。
「あいつなら二本後の電車に乗ってくるらしいよ」
冬斗は男子用制服の青色のネクタイを少し緩めながら話す。
「長崎くん、何かあったのかな?」
「家出てから忘れ物に気付いたんだってさ」
「何を忘れたのかな……」
「せっかく片付けた夏の課題らしいよ」
「長崎らしい理由だねー」
「変なところ抜けてるからな、あいつは」
「ははっ、言えてる」
夏未は苦笑いをしつつそう言うと、
「遠海は持ってきたー?」
「もちろん。忘れたらまずいやつだし」
「今日提出だもんねー。あたしも危うく忘れかけたけど」
「何を?」
「小論文の課題だよー」
「あれ、面倒だったよね。私、完成したの二日前だった」
「浜名ですら苦戦する小論文。確かにあれは難しかったよな」
「お題は自由ってのが逆にきつかったよねー。あたしなんて一昨日お題決めて、出来たの昨日だもん」
「石原、あれを一日で完成させらたのか?」
「お題さえ決めれば楽勝よー」
おどけた感じで冬斗の発言を返す夏未。それなりの難易度だった小論文をすぐ終わらせることが出来るあたり、見かけと口ぶりからは想像がつかないが夏未は実はそれなりに優秀なのである。彼女は前学期の成績はなんだかんだで成績がいい。特に文系が強く、適度に遊びつつも勉学も忘れないのは夏未の長所の一つだ。
「まもなくー、清秋学院前ー、清秋学院前ー。清秋学院大学と清秋学院大学付属高校はここでお降りが便利です。お出口は左側です。開くドアにご注意ください」
彼らが宿題について話をしていると、学校最寄の駅に着くようで女性の声をした自動アナウンスが電車の中に流れる。三人と同じ制服を着ている何人かも、カバンから出していたものを片付けたりと降りる準備をしていた。
「どうしてこんなに始業式の日はだるいんだろうな」
「夏休み明けだもんね……。私もちょっと眠たいなあ」
「夏休み夜更かし勢はしんどいだろうねー。あたしも人の事言えないけど」
「まあ、今日は午前中で終わるのが唯一の救いだね」
「それだよねー。最初から丸一日だったらあたし無理だもん」
「私もさすがに、それはちょっと嫌かな……」
とはいえ、学校はあるんだから仕方ない。と冬斗は肩を竦めて諦める。明日からは通常の授業が始まるのだから、体は嫌が応でも慣らさねばならないのだ。それが学生の常である。
電車はゆっくりと駅に着き、ドアが開くとこの駅で降りる学生がどっと動き出した。
彼らも多くの高校生達と一緒に電車から降りて学校に向かった。