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序章

・・Φ・・ 


 異世界不明生命体。


 十数年前に日本の中でも随一の魔法の都である金華市を襲ったこの事件は世界を震撼させた。

 駅前に、道路の前に、公園や広場の前に突如現れた異世界の生命体は、ソレは少数ながらも無抵抗の民間人に殺戮を仕掛けてきた。長年平和の中にいた国民は恐怖のどん底へ叩き落とし次々と殺されていく。

 死者、五百三十六名。

 負傷者、千三百二十一名。

 行方不明者、四百六十三名。

 倒壊した建物多数。

 魔法だけでなく魔法科学らしき道具を用いて人々を殺したこの事件は、とはいえ、同様に魔法や魔法科学を駆使する能力者と即応で出動した軍人によりこれだけの犠牲を出しながらも事態は収拾される。

 だがそれは、死傷者行方不明者を二千名以上出した少なくない犠牲を生んだ末の解決であった。

 軍民問わず恐慌に陥れた異世界不明生命体襲撃事件。次はあるのか、次があったらどうするのか。もしあったとして、その時どれだけの規模がまた現れるのか。次がもっと多数だったら死人はどれだけ出てしまうのか。

 戦慄する能力者を率いる日本魔法協会と軍の心配は、しかし、肩透かしされるかの如く二度目が起きることは無かった。

 また、事件の直後こそ事態の深刻さに連日報道が続いたものの、時が経つに連れて再び平穏が訪れた世界の住人達は、世の常からか民間人の間では風化していった。

 しかし。

 それは序章でしかなかった。

 終わりではなかった。

 滅びへと誘いざなう足音は一つ、死へと誘さそうまた一つと近づいていたのだ。

 故に、彼の目の前には戦慄の光景が広がっていた。


「なんだよ……、なんなんだよ、これ……」


 彼の目の前に広がっていた景色は、直前まであった平和とは程遠い、目を疑いたくなるようなものだった。

 周りのあちらこちらから黒煙が上がっている。学校の近くにあるマンションは赤く赤く燃えていた。多くの会社が入っている高層ビルはミサイルや攻撃魔法の命中によって爆発し、いとも容易く崩れてゆく。

 そして、そこかしこから断末魔の声が響いていた。

 彼の視界に映っているそれは、決してゲームではない。まごうことなき現実だ。夢だと思いたくて、彼は頬を叩いてみたけど、当たり前であるが夢ではなかった。

 この国はかれこれ百年ほど戦争とは無縁の世界だったはずだ。外国へ治安維持を任務として軍が行くことはあっても、国内でこんなことなんてなかった。

 だけれども、今ここにある姿はまさしく戦場だった。

 少し向こうでは、銃声や砲声が何度も何度も聞こえてくる。聞き慣れないレーザー兵器のような音も彼の耳に入ってきている。それと一緒に聴こえてくるのは悲鳴。きっと誰かが死んだのだろう。そんなことは分かっていたが、彼の思考回路は混乱しすぎて理解しきれていなかった。

 怖い。怖い。怖い。

 そんな感情が心を支配する。だから体が動かない。さっき、とっさの判断で競技用とはいえ魔法銃があり魔法銃を持つ人達が多いこの建物に来たのに、である。

 それはきっと、この状況のせいであり、向こうに見える異形の者のせいだ。

 少なくとも、人類ではない何か。

 それらにこの辺りは蹂躙されていた。

 一般人は紙をくしゃくしゃにするかのように簡単に、警察官は些細な抵抗をするも穴だらけになり、魔法が使える能力者も多勢に無勢。ある程度の能力を持っている能力者の教師ですらどうしようもできなかった。最後は結局死んでしまった。


「おいおいマジかよ。向こうの能力者はまだあんなにいんのかよ!」


 隣にいた同級生が叫ぶ。

 瞬間、その同級生の頭が弾けとんだ。

 異形の能力者の一団、その一人がこちらをジロりと睨んでいたのだ。


「あああぁぁぁあぁぁああぁぁぁ!!」


「くっそおおおお、撃て撃て撃て!!」


「っざけんなよちくしょおおおおおお!!」


 戦争なんて直接知らない彼らはその光景をきっかけに大混乱、叫びながら能力者の一団に銃撃を開始する。

 自殺行為だ。どこか彼は冷静だった。あれが正規軍ならば、競技用の銃弾じゃ威力が足らない。


「ほら、みろ……」


 案の定、相手はほとんど無傷。

 逆に反撃を食らった。

 後輩が、同級生が、次々と肉塊と化していく。

 気づいたら僕と二人以外誰も生きていなかった。

 顔を出すと。

 そして異形の集団の中に現れたのは、――だった。

 彼女は、ソレらに捕まっていた。


「――――ぁぁぁぁぁぁ!!」


 なんで!

 どうして彼女が!

 助けなければ! 取り戻さなきゃ!

 彼は叫び声を上げながら一団に向かって走り出す。

 相手は最大限警戒し、何やら言っている。異形だからか、言葉も全く分からない。

 一つまた一つ、と駆ける足は進んでいく。

 彼は絶望しながらも、それでも彼女を救う為に魔法狙撃銃を構える。

 戦場でなら魔法狙撃銃の使い方としては最悪の部類だ。

 だが、もうそんなの関係なかった。


「ちくしょう、ちくしょう……」


 魔法を詠唱し、せめてもの抵抗を――、

 けど。

 それすらも、許されなかった。

 気づいたら僕は空中に吹き飛んでいた。

 あぁ。

 どうして、こんなふうになってしまったのだろう……。

 ほんのさっきまで、あんなに平和だったのに。

 みんな、笑顔だったのに。楽しそうだったのに。

 霞む景色の中、彼は地面に落下した。

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