隣の国で不穏な香り
少しずつ、書き溜めた分をアップしています。
ユージが只者ではないことを隠しきれずにいろいろとフラグが立ちます。
そんなお話です。
ユージとユフィは『北の砦』が目視できる場所までやって来た。ここまでは【韋駄天】を使ってすっ飛ばしてきたが、これ以上は砦に常駐する団員に見られてしまうため、徒歩に切替えて進んでいた。
遠くに小さく見える砦をユージは猟師の【遠視】を使って確認した。そして、砦の様子に疑問を感じた。
「…見張りがいない?」
違和感を覚えたユージは砦を含めた周囲の状況を【気配察知】で調べた。
【気配察知】の技能は様々な資格で習得できるポピュラーな技能だが、その効果はバラバラである。猟師でも習得できるのだが、察知相手が何であるかまではわからない。執事で習得した【気配察知】は色で人間、魔物、動物を分別でき、【顔認証】の技能で認証済の相手であれば、人物の特定までできる。ユフィも習得しており、二人で砦周辺を注意深く調べた。
そして、砦の大岩先端に人がいる事を発見し、【遠視】で確認した。
「…ケリルさんじゃない?…あのひと、あんなところで何してんだろ?」
「ユージ、知り合い?」
「うん。“従者の金貨団”の団長、ヴァルバド・ダイヤールの妹で、ウチの団の筆頭騎士を務めるケリル・ダイヤールさん。」
ユフィも【遠視】で目を凝らして見る。
「よくわかんないけど、困った顔をしてる気がする。」
ユフィの言葉にユージは腕を組んで考え込んだ。
見張りがいない。ケリルさんが砦の屋根で困った顔。…何故砦内に入らない?……入れないからか?何故入れない?……鍵がかけられている?いやケリルさんならこじ開けられる。……結界が張られてる?それなら説明つく。…でも何故あそこから動かない?動けないからか?怪我をしている?…いやそんな雰囲気は見られない。……ん?砦の周りに弓の射出台があるが…、そうか。
エクトール領の領兵団の1つ“先駆けの剣団”。領内の最大派閥の領兵団で四百名弱の団員を抱えている。今月は討伐任務を担当しており、百名ほどの団員を領内北部に向かわせていた。当然、索敵、回復、運搬といった役割分担を行っており、実際戦闘活動を行うのは四十名ほどだ。
現在、北の砦からさらに北側を進軍していた。彼らの進む先にテイルファングという魔物が数匹うろついている。この魔物は別名“斥候蜥蜴”と呼ばれており、敵に襲われると、高周波の雄叫びを上げる。近くにダンジョンがあれば、その雄たけびを聞いてたくさんの魔物が集まってくるのだ。
だが、この周辺にダンジョンが存在しているという報告はなく、“先駆けの剣団”もダンジョンの存在を認識していない。このため、雄叫びを上げられても問題ないという見解で、討伐に取り掛かった。
北の砦は周囲を5つの砲撃用の魔装具が配備されており、音と魔素に反応して矢を射出する。
“従者の金貨団”の筆頭騎士を務めるケリルは、この魔装具の感知範囲に入っており、動けば矢で射ぬかれる状態だった。身動きの取れない状態でどうしたものかと考えていると、少し離れたところから2人の男女が手を振っているのが見えた。
「…あれは…雑用係のユージとかいう下っ端の団員…。一体何してんだ?それに隣の女の子?は白い仮面をつけてる?」
状況をわかっていないのか二人は笑顔で手を振って何やら伝えようとしていた。ケリルは目を凝らして雑用係の手を見る。見ると指を3本立てて、1本減らして、更に1本減らして…。
二人はその場所から消え、次の瞬間にはケリルの隣に現れた。ケリルはびっくりして声を上げた。が、次の瞬間、雑用係の手で口を塞がれ、彼の胸に引き寄せられた。そしてケリル諸共その場から消えた。
ケリルが気づくと、雑用係に抱き寄せられたまま、砦の南側の岩陰にいた。自分の口を押えた雑用係の男は岩陰から砦の様子を伺っている。瞬間的にとは言え、音が発生したようで、魔装具が反応してケリルがいた砦の屋根めがけて矢が発射された。矢の射出音が響き、他の魔装具も警戒行動を行っている。
ケリルは口に当てられた手を握りゆっくりと口から離した。その行為に雑用係がケリルを見た。
「…お前は雑用係のユージじゃろ?…い、今の移動はなんじゃ?もう一人の仮面の女はどうした?…というか、その膂力は一体どういうことか?」
「…質問は1つずつにして頂けるとありがたいです、ケリル殿。まず、僕は確かにユージです。…次のさっきの移動はちょっと言えません。」
屈託のない笑顔でユージはケリルに返答した。ケリルは胸が高鳴るのを覚えた。
「次に仮面の女ですが、彼女はユフィというエルフで、団長の命令で預かることになった自由民の子です。そして今あそこにいます。」
そう言って、ユージは砦を指さした。ケリルが見ると、白い仮面の女の子が砦の入り口の側に張り付いていた。
カシュン!カシュン!カシュン!
変な音がしたことに気づき、砦の監視長エマーズは振り向いた。周囲には音のするようなものはなく、さっきの音が外からしたことに気づく。
「?魔装具が何かに反応したか?」
エマーズは辺りを伺いながら砦の出口に向かいそっと扉を開けた。半分だけ開けて外の様子を伺うが、何も見えない。体ごと外に出て魔装具を見ると、2台の射出台が矢を発射していることに気づいた。エマーズは矢が発射された方向を確認したが、何もない。
「…鳥か。」
そう結論つけて周囲をもう一度確認してから入り口の扉を閉めた。
その様子を岩陰からユージとケリルが見ていた。ユージはいたって普通の表情だが、ケリルは心臓が張り裂けんばかりの表情で見ていた。
白い仮面の女は扉が開いた瞬間に蜃気楼が景色に溶け込むように揺らめいて消えた。ケリルの知識では今見た技能が何なのか全くわからない。見た目は人が消えたのだ。気配も消えている。そして扉を開けた男も気づいていない。
「あの仮面の女はいったい…?」
ケリルの呟きにユージは表情を変えずに答えた。
「…内緒です。彼女は今砦内部に潜入中です。暫くしたらもう一度魔装具に反応させます。その時にもう一度中にいる男が扉を開けるはずなので、それで脱出してもらいます。」
ケリルはユージが言ってることがわからなった。ただ茫然と彼を見る事しかできない。何かを言おうとしても、何を聞いていいのかわからなかった。
ウチの団の雑用係が何で?
そう言う疑問が最初に浮かぶ為、次の疑問に辿り着けない…そんな感覚だった。
暫くして、ユージが小石を手に取り砦に投げつけた。
コツンと音がして、その音に反応した魔装具がカシュンカシュンと矢を放った。
扉が開き、男が顔を出す。何もないことを確認し、扉が閉まった。
ケリルは再びユージの顔を見た。ユージは慌てる素振りも見せず、淡々と何かを待っている。そして彼の側で景色が揺らめき、仮面の女が姿を現した。
「お帰り。」
ユージは仮面の女に普通に挨拶する。女のほうも「ただいま」という普通の返し。緊張感が伝わってこなかった。
「中はあの男一人だけよ。地下倉庫に死に掛けの男が3人いたわ。」
「鍵は?」
「大丈夫。しっかり掛けてきた。」
「じゃ、問題ないね。…早くしないと“先駆けの剣団”の犠牲者が多くなる。」
ユージの言葉にケリルはまたしても理解できなかった。ケリルの表情を察したのか、ユージは簡潔に説明した。
「実は、この先で“先駆けの剣団”と魔物が戦闘しています。相手はテイルファング…と奴らが呼び出したレッドボーンウルフとレッドボーンベア。」
ケリルは目の色を変えた。
「馬鹿な!この辺りにはテイルファングに呼び出されるようなダンジョンは無いぞ!」
勢い余って立ち上がろうとするケリルをユージは強引に座らせた。またもや雑用係に力負けするケリル。これが一体どういうことなのか理解ができない。
「ダンジョンが存在するかどうかは別途調査するとして、今は“先駆けの剣団”の救出を先にすべきです。…恐れ入りますが、名を貸して頂けますか?」
どういうことかとケリルが問いかけると、ユージは必要もないのにケリルの耳に顔を近づけ、息を吹きかけるようにごにょごにょと話した。
近すぎる異性の顔を意識しすぎて顔を赤らめるケリルにその様子を見て胡散臭そうにユージを見るユフィだった。
テイルファングと交戦中に、突然赤い骨を持つ魔物の集団に襲われ、まともな対処もできないほど混乱をしている“先駆けの剣団”。盾役の団員がかろうじて敵の攻撃を受け流しながら隊列を整えようと必死に耐えていた。その時、女性の声が聞こえた。
「“先駆けの剣団”の同胞よ!我は“従者の金貨団”筆頭騎士ケリルである!」
何人かの騎士が彼女を見た。
「助太刀致す!非戦闘員は荷を捨てて南へと走り、『北の砦』の側にある岩山へ登れ!!」
ケリルの言葉に反応し、後方支援担当の団員が南へと走り出す。
「ケリル殿!」
髭面の騎士が声を張り上げた。
「どうするつもりだ!?」
「『北の砦』に対してトレインをし掛ける!殿は我ら“従者の金貨団”が務める故、岩山へと向かわれよ!」
ケリルの言葉に従い、魔物の攻撃を受けながらも次々と戦場を離脱し、南へと逃げる“先駆けの剣団”の団員。魔物たちが釣られて南へ移動し始めたところ見計らって、ユージとユフィも参戦した。
二人は巧みに骨魔物の攻撃をいなし、徐々に後退した。100匹近い魔物に一斉に攻撃されない様に動作を変化させ、後ろに回り込まれない様に動き続け少しずつ下がっていく。そして全員が南へ向かったのを確認して3人も一斉に南へ向かって走り出した。逃げ出す獲物を追いかけて、レッドボーンウルフとレッドボーンベアが走り出す。その後をテイルファングが追いかけ来た。
綺麗に全ての魔物が釣られ、3人は北の砦へと走った。
北の砦では監視長エマーズが一部始終を観察していた。その表情は焦りにも怒りにも見える。
「…おのれ!阿婆擦れ女め!せっかくのラケル辺境伯爵の計画を台無しにしおって!」
エマーズは文字通り地団太を踏んだが、奴らが砦に向かっている事に気づき、慌てて、脱出するために出口へと向かった。扉に手を掛けたが、扉は開かない。何故開かないのか慌てて調べていると、ゴトンと後ろで音がして振り向いた。
床に紫色の丸い玉が転がっていた。
それを見たエマーズは顔色を変えた。
「ま、魔香…!!」
『魔香』。
魔物をおびき寄せるときに使う匂い玉のようなもので、この匂いに釣られ魔物が集まる魔装具。付近に魔素溜まりがあれば、強制発生させることもあった。
その魔香が砦内に転がっており、しかも砦の出入り口が開かない。北からは魔物を引きつれた阿婆擦れ女が接近している。エマーズは自分が危険な場所にいる事を理解して更に蒼白になって、脱出しようと扉にしがみ付いた。ガンガンと叩き、押したり引いたりするが全く動かない。ナイフを取りだして隙間に刺し込もうとするが、何かに弾かれた。
「け、結界!?」
ここに来て、エマーズは何者かによって砦内に閉じ込められている事を知った。
「雑用係!このホネホネ野郎をどうやって砦に擦り付けるんだ!?」
全力疾走しながら、ケリルは大声でユージに話しかけた。
「魔香を使います!ユフィ!砦が見えたらその魔香を砦に向かって投げつけてくれ!それで奴らは砦に夢中になる!」
「了解!」
ユフィは紫の袋から紫の玉を取り出した。途端に後ろを追いかける魔物の目の色が変わった。
「馬鹿!今出すな!」
ユージが慌てて怒鳴ったが、直後にレッドボーンウルフの一匹が骨をカタカタ鳴らしてユフィに襲い掛かった。
チュン…!
何かを切り裂く音が聞こえ、ユフィに襲い掛かったレッドボーンウルフが頭の骨から真っ二つに切り裂かれた。魔物を切り裂いたのはユージ。そしてユージは白銀色に輝く大剣を手にしていた。ユージはチラリとケリルの表情を見て、眉間に皺を寄せると白銀色の剣を仕舞い、振り返ってケリルとユフィを抱え上げ【韋駄天】で走った。砦が見え、みるみる近づいていく。ケリルはこの男が単なる雑用係ではないことを確信した。連れの女といい、先ほどの武具といい、下っ端の団員には全く見えない。そして妾の知らない技能に妾を抑え込む膂力…。ケリルはこの男に興味を抱いた。
「砦が見えた!ユフィ!投げろ!」
ユージの声を合図にユフィは紫の玉を投げつけた。パリン!と音がして砦に玉が当たり砕け散る。ユージ達はそのまま“先駆けの剣団”が待機する岩山へと方向転換した。魔物たちはそのまま砦に群がった。
砦を囲む魔装具が魔物に反応し、一斉に矢を射出する。数匹がその矢を受け奇声をあげた。次々と群がる魔物を射抜いて行くが、やがて矢玉が尽き、魔物どもに破壊された。魔物の興奮は収まらず、砦に体当たりし、砦の壁の一部が破壊された。そこから魔香の匂いが流れ出す。魔物どもは匂いに釣られ我先に内部へ侵入した。
「ぎゃぁあああああああああああ!」
中から断末魔の声が聞こえた。岩山で待機している領兵団員の表情が青ざめる。
「大丈夫だ。さっきの叫び声の男が貴公ら罠にはめようとしていた。」
ケリルが咄嗟に説明した。団員たちは唖然とする。そこにユージが補足を説明した。
「実は『北の砦』の監視長が報復を狙っている可能性があるというタレこみがありまして。ケリル殿が調査をしておりました。容疑者は命を落としてしまいましたが、調査は継続します。申し訳ありませんが他言無用でお願いします。」
『北の砦』の監視長を知っている団員たちは互いに顔を見合わせていたが、ユージの言葉に肯いた。
「それでは、魔物たちの殲滅に協力願います!奴らは砦に夢中になっています。今のうちに背後から切り裂いてください!」
「行くぞ!突撃!!」
ケリルの号令と共に四十名の騎士が砦に群がる魔物に襲い掛かった。敵は先の魔装具の矢攻撃で既に半数割れしており五十匹程度になっていた。“先駆けの剣団”は背後から襲い掛かり、最初の一撃で内部への侵入待ちをしていた魔物が刈り取られた。続いて内部で暴れ回っている魔物に外から弓を一斉射撃して倒していった。
テイルファング6匹。
レッドボーンウルフ84匹。
レッドボーンベア28匹。
最終的に100匹以上の魔物を狩る大討伐となった。これだけの魔物がいれば相当量の素材が手に入る。“先駆けの剣団”は大量の魔物の死体を見て沸き立っていた。ケリルも久しぶりの大戦闘に興奮したが、我に返ると、あの二人がいないことに気がついた。辺りを見回すが見当たらない。ふと自分の胸元に何かが見えたので見てみると、胸当てに紙切れが挟まっていた。手に取り、開くと文章が書かれていた。
『地下倉庫にけが人が3名います。救助をお願いします。我々は、周辺地形を調査して参ります。』
恐らくあの雑用係の手紙だろう。…それにしてもいつの間に妾の胸に?あ奴は何者なのだ?
ケリルはますますユージに興味が湧いた。そして、手紙を“先駆けの剣団”の一人に見せて後始末を全て任せ、自分もユージ達の後を追った。
「お!きれいすぎる真っ二つボーン発見!…これは回収しておかないと。」
ユージは、自分が斬ったレッドボーンウルフを見つけると、死体毎【異空間倉庫】に仕舞い込んだ。
「…そ、その…勇二、ゴメン。」
ユフィは頭の上で手を合わせて謝った。
「家帰ったらお仕置きするから。」
“お仕置き”という言葉にユフィはいろんな妄想をし始めた。それを見ていたユージはユフィの仮面を剥ぎ取り頬を抓った。
「いひゃい!いひゃい!」
大声を上げるユフィの頬をぐいっと引き寄せ、ユージはそのまま口づけをした。ユフィは目を見張って黙り込んだ。
「…お仕置きその1だ。」
ユージは抓っていた頬を離し、遠くを見る。点々と魔物の死体があり、その先に“先駆けの剣団”が残した馬車の残骸がある。更にその先の森に【気配察知】で検知した赤い点が幾つか…。
「ユフィ、気を付けろ。俺達は見張られているぞ。…恐らくラケル辺境伯爵の手の者だろうよ。」
ユフィも魔物の死体を眺めるふりをしながらさりげなく周囲を確認する。…がさっきの口づけで心は動揺していた。集中できるはずもなく、ユージに聞き返す。
「…どうするの?」
「ユフィ、この位置から【顔認証】できる?」
「…無理ね。遠すぎるわ。」
「じゃあ、今は何もできないかな。一応後で『北の砦』を調べてみるけど、ラケル辺境伯とあの監視長との繋がりは何も出てこないと思うよ。…それよりもダンジョンの存在を確認する方が優先だ。」
「了解。」
二人は暫く周囲を調査していたが、ダンジョンは見つからず、やがてケリルがやって来た。ユージは正直面倒くさいと思ったが、余計なことをされないよう制御する必要もあると考え、平静を装って対応した。
「…おい雑用係。お前何者だ?」
開口一番、核心を聞いて来たがユージはこの場にいない人物に丸投げする。
「…団長がご存知です。今はこれで勘弁してください。…それよりも、ダンジョンの捜索を手伝ってくださいよ。」
言いながら、さりげなくケリルに近づき、小声で話しかけた。
「…見張られています。かなり遠くから見ているので、細かな動きまではわかりませんが、気を付けてください。」
ケリルの顔が引き締まった。
「…相手は誰だ?」
「ラケル辺境伯の手の者と思われますが、証拠はありません。今は見られていることを意識したうえでダンジョンを探すのが懸命です。」
ケリルは「わかった」と短く返事をすると不意にユージの胸ぐらを掴んだ。
「妾はお前のことが気に入った。…妾の夫となれ!」
ユフィは口をあんぐりと開けて目を点にした。
ユージは顔を引きつらせて、ケリルの熱い視線から目を逸らした。
ケリルは自分よりも弱そうな外見をしたユージにいろいろな意味で興味を引き付けられてしまい、勢いで言っては見たものの反応の悪さに若干後悔していた。
いつもならここで資格の説明を入れるのですが、今話では誰も自分の資格について触れるくだりがなかったので、お休みさせていただきます。
筆頭騎士のケリルさんの資格については、後程触れることになりますので。