北の砦で新たな動き
ユージとユフィの任務のお話になります。
ユフィは希少種族のエルフ。公に姿を現すことは難しく、隠れて暮らす必要があります。
ですが、それには協力者が必要です。
ユージは結局、団長に頼ることにしました。
「じゃ、団長のところに報告に行って来るから。おとなしく待っててね。」
ユージは三者三様の表情で自分を見つめる三人にぎこちない愛想笑いをしながら家を出て行った。
扉の閉まる音と共に静寂が室内を包む。
ディーラは正座をして目を閉じた。マナはベッドの毛布に包まり目だけを光らせる。
ユフィはとっても居心地の悪い環境に涙を浮かべていた。
『一癖も二癖もある訳あり奴隷だからね。気を付けてよ。』
ユフィは昨日のユージの言葉を思い出す。癖があるどころの話じゃない。猫獣人族の女の子は全身が『奴隷紋』で覆われているし、鬼人族の女の子は角が五本もある上位部族だし。どこに身を置いたらいいのかわからず、リビングの入り口で震えるしかない状況にユージを恨んだ。
「…ねぇ。」
布団の奥から目を光らせてマナが声を掛けた。
「はひっ!」
カーテンを閉め、光があまり入らないリビングにユフィの素っ頓狂の返事がこだました。
東通りの中心に領兵団“従者の金貨団”の本拠がある。4階建ての大きめの屋敷で最上階は団長の私室になっていた。
ユージはその団長室を訪れていた。今回の件の報告のためである。ユージはヴァルバド・ダイヤール団長を前にして淡々を報告を行った。全部説明し終えてエルフ少女の保護について相談した。
団長は顎に手を当てて何やら考えていたが、やがてパシンと膝を叩く。
「殿下の許可を得ておけ。」
「あ、あの…殿下ってイーサ殿下…ですか?」
「そうだ。そのエルフの資格が執事で狙撃手持ちなら、暗部向きだ。エルフという種族を隠すのにもちょうどいいかもしれん。貴様も監視しやすいだろう。」
ユージは微妙な表情をした。自分と同じ仕事をするのは構わないのだが、暗部で仕事となると、統括しているイーサ殿下の耳にもいろいろと入ってしまう。
イーサ・エクトール殿下。
エクトール辺境伯爵フィフス閣下の次子で守護騎士団の監査官を務めている。性格は自由奔放で言いたいことをズバズバ言い、監査官という立場にありながら、勝手に城を抜け出し、街の中をウロウロし回っている厄介者。……を演じている。
実際に、8割がたは素でその行動を取っており、守護騎士団の中でも評判も良くない。ユージも人の領域にぐいぐいと入り込んでくる性格に苦手意識を持っていた。
だが、彼は父親の密命を受け、領内のヨゴレ役を担う騎士達を指揮する『暗部』の長。つまり、ユージの一番上の上司。
「この件については、まだ殿下の耳には入っておらぬはずだ。俺から殿下にご報告と推薦を行う。追ってデハイドから連絡させる故、自宅で待機しておれ。」
団長の命令に、ユージは気のない返事をして団長室を辞した。
ユージが家に近づいてくるのを【気配察知】で感じたユフィは、リビングでじっとしている二人に声を掛けた。
「あの…ユージがこっちに向かってる…けど。」
ユフィの声に二人は微動だにしない。
「ねえ…聞いてる?」
ユフィがマナに話しかけると、マナは煩わしそうに視線をユフィに向けた。
「聞いてるし、知ってる。…私は鼻がいいの。」
獣人族は一般的に嗅覚、聴覚が優れている。猫獣人のマナは嗅覚に特化した固有技能を持っており、街中であればユージの匂いは嗅ぎ分けられるほどだった。
マナに冷たくあしらわれてユフィはしゅんとなってソファにもたれ掛った。この奴隷達とうまくやっていけるのだろうか。さっきから不安だらけで心休まらない。ディーラを見てもずっと瞑想したままで、話しかける隙すら見つからない。ユフィははぁと大きなため息をついて天井を見上げた。
ユージが帰ってくる。
二人の奴隷は無言で玄関へ向かい、扉を開けるユージを睨み付けるような視線で挨拶をする。
「二人とも今日は一段と怖いねぇ。ユフィがいるからか?」
ユージの質問を無視してマナが問いかける。
「あのエルフの取り扱いは決まったの?」
「ん?ああ…。まだ連絡待ちだが、恐らく暗部に入ることになる。」
「…身分は?…奴隷になるの?」
「いや、自由民のままだ。だから毎月滞在税を払わなきゃならん。僕はユフィの保護者兼監視役ということになるだろうよ。」
ユージの言葉を聞いてユフィは何となくほっとした。エルフという種族から、特殊な扱いを受け、最悪監禁されるかもと考えていたユフィはようやく肩の力を少し抜いた。
ユージは奥の部屋へ行った。リビングに戻ってきた時は深緑の軍服になっている。ユフィはこの服装の意味が解らず、呆然と見ていた。ユージはユフィを気にすることも無く、ソファに座り、ディーラから渡されたコップに口を付けていた。
主が帰ってきても、特に会話があるわけでもなく、淡々と日常が送られている。この三人には決まったルーティンがあり、それに沿って日常が流れているのだろう。ユフィはそう感じ、自分がどう入って行けるのかますます不安を募らせた。
「…来たわよ。」
不意にマナが呟く様に来客を告げる。ユージが軽く肯いてソファから立ち上がり、扉を開けに玄関へと向かった。開けると同時にノックしようとしていたデハイドがびっくりした表情で立っていた。
「急に開けるなよ!びっくりしたじゃないか。」
驚かされたことに文句を言って、周りを見回してからデハイドは家の中に入った。リビングに向かいユフィをじろりと睨み付け、テーブルにもたれ掛った。
「…彼女がダイヤール団長から報告のあったエルフか。」
「はい。ユフィと言います。」
ユフィは立ち上がって挨拶をした。デハイドは一瞥してからユージに紙を渡した。
「本来なら、彼女の取り調べを行ってからなんだが、殿下の気まぐれで“任務”が言い渡された。今から『北の砦』に向かってくれ。もちろん、彼女も連れてだ。その任務で彼女の能力を推し量るそうだ。」
デハイドの話を聞きながら、ユージは紙に目をやっていたが、おもむろにユフィに手渡した。ユフィは紙を受け取り中身を見た。
これは命令書…。
ユフィは素早く目を通し、紙をユージに返却する。
「覚えたか?」
「うん。大丈夫。」
二人のやり取りに疑問を感じてデハイドはユフィを見つめていた。
「…【絶対記憶】という執事の技能です。」
デハイドの視線に気づき、ユフィは端的に説明をした。その言葉を聞いて、デハイドは唸った。
「あの短時間で記憶ができるのか…。恐ろしい能力じゃ。」
デハイドの言葉は、彼女を敵として見た場合の話。ユージは仲間としてしか見ていない為、デハイドの言葉に少々ムッとした。
「デハイド様。急ぎませぬと討伐任務を行っている“先駆けの剣団”に犠牲を出してしまいます。」
「あ、ああそうであったな。エルフ少女の扱いは本件の報告時に合わせて判断するから、報告は2人で来い、とのことだ。」
「来い…て、ユフィは騎士団員じゃないから、城には入れない…ああ!あそこへ来いってことですか!?」
ユージはやや声を荒げてデハイドに迫っていた。マナとディーラは無表情だったが、ユフィは何のことなのかさっぱりわからずオロオロしていた。
デハイドは明らかに機嫌の悪いユージと、後ろから痛い視線を投げかける奴隷二人に居心地の悪さを感じ、「伝えたからな!」と言ってそそくさと去っていった。
「ああ!金貨の束の件でも文句言おうと思ってたのに、忘れてた!」
頭を抱え込み、不満を帽子にぶつけて感情を制御しようとユージは荒い鼻息を少しずつ整えていった。
「…主様。昂っているのであれば、発散しますか?」
ディーラの言葉の意味が解らずユフィは様子を伺っていた。
「…いや、大丈夫。」
「そのエルフで発散させるからですか?…でも、その女の胸は唯の板ガラスですよ。」
さすがに、ユフィにもこの鬼人族の奴隷が何を言っているか理解した。そしてみるみる顔を赤らめた。
「ちょっと!いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「フン…事実でしょ。」
そこへマナが横やりを入れたことにより、ユフィの怒りが更に増した。
「はい、そこまで!」
ユフィが何かを言いかけて、ユージが3人の間に入った。マナはユージを一瞥して自分のベッドに戻り、ディーラは再び瞑想に入る。その様子をみて自分だけガミガミ言うのが馬鹿らしいと思ったのか、ユフィはソファに座り直した。
「マナちゃん。“任務”に行って来る。」
マナはベッドにもぐりこみ、黙り込んでいた。
「…マナちゃん。」
「……ちゅう。」
布団から顔だけ出し、マナはせがんできた。ユージは頭をポリポリと掻いた後、ベッドに上がってマナに覆いかぶさり彼女の唇を貪った。余りにも自然な流れにユフィは無言のまま凝視してしまった。
十分に彼女の唇を堪能したあと、ユージはせっかく着替えた深緑の軍服を脱ぎに隣の部屋に行く。その後を無言にディーラが付いて行き…
「ちょ!ディーラ!うぷっ!!」
向こうの部屋でユージの叫び声が聞こえたかと思うとぴちゃぴちゃという音と吐息がしばらく続いた。ユフィは向こうの部屋で行われている行為を想像して頭の先まで真っ赤にして硬直してしまっていた。
その様子を見ていた猫獣人は見かねたようにユフィに言葉を掛けた。
「この程度は日常のことよ。アナタもユージと一緒に暮らしたいなら、遠慮してたら私たちに負けるから。」
「え?あ…うん。」
咄嗟に言い返せず、ユフィは肯いてしまった。それをみてマナは口の嘴をつり上げて笑った。
「…今のがアナタの本音ね。」
そう言われて、ユフィは更に顔を赤くしてしまった。
数日分の食糧と野営具を【異空間倉庫】に詰め込み、ユージとユフィは北門から街道沿いに北へと進んだ。
この先徒歩五日の距離にラケル辺境伯爵領がある。目的地はその途中にある砦で周辺のダンジョンの警戒に当たっている。昼夜問わず領兵団員が常駐しダンジョンから出てきた魔物を監視している。場合によっては領都に連絡し、臨時討伐を行ったりもする。
砦には常時10名ほどの領兵団員が駐在し、毎日状況報告の為に、専属の【配達人】が領都へ伝令として走っていた。大体半日遅れで状況が領都にも伝達され、緊急時には臨時の討伐隊を領都から派遣することもあった。
今回の任務はこの北の砦から伝達される内容がこの1週間変わらなくなったことを不審に思い、確認のために団員を送ったのだが、その団員からも連絡が取れなくなったため、暗部への出動命令が出された。任務内容は北の砦の状況確認と、周辺ダンジョンの確認。それから北の砦の警護隊長の確保である。
ユージが先頭を歩き、その後ろにユフィが付いていく隊形で二人は北へと進んでいたが、二人の様子はおかしかった。
ユージは両方の頬を真っ赤に腫らして喋るのも億劫になるほど痛々しい表情で歩いており、ユフィはずっと俯いていた。
ユージとマナ、ユージとディーラの行為に激昂したユフィがユージの両頬を何十回と平手打ちし、我に返ってしょんぼりとしているのだ。
「…ユフィ。」
「…何よ。」
「あの…この状況、任務にかなり支障があると思うんですよ。」
「…わかってるわよ。」
「じゃあ…」
「…おんぶして。」
ユフィは領都に戻る際にしてもらったおんぶをせがんだ。ユージはまたポリポリと頭を掻いて苦笑いしてる。
「アタシね。ユージに会えることを夢見てずっとこの世界をさまよってたの。…せっかく会えたと思ったら、こんなハーレム状態を作り上げてヘラヘラしてて…。でも、よくよく考えたらアンタも現実の勇二とは別人なんだよね?…なんか必死になってた自分が馬鹿らしく感じちゃった。」
喋りながら疲れ切った仕草でユフィはユージの背中に体重を預ける。ユージは彼女を持ち上げ、北へ向かって歩き出す。
「でも、定期的に“ブレイン”を使って記憶共有は行ってるよ。」
「わかってるわよ。アタシもやってるし。勇二はこんなアンタの記憶を受け取ってどう思ってんのよ。」
「それは、現実のほうに聞いてくれ。“ブレイン”は一方通行なんだ。こっちから向こうに伝達できても、向こうからこっちには伝達できないんだから。」
「はあ~…。欲求不満だわ。」
「そうかい。じゃあ、今度僕を誘ってきたらもう遠慮なく往っていい?」
ユフィは顔を赤らめた。出会ってから何度かユージを誘っていたが全部ばれてたってことに気がつき、視線を泳がせていたがようやく諦めた。
「もう降参。」
ユージは無邪気な笑顔で答えた。
「大丈夫。僕の目的はハーレムを作ることじゃないから。」
そう言ってユフィの頭を撫でると、真剣な表情に切り替わり、足に魔力を込めた。
「しっかり掴まってて。【韋駄天】で道を急ぐから。あ、【気配隠蔽】宜しく。」
ユージとユフィは街道の脇を猛スピードで駆け抜け、北の砦へと向かった。
北の砦では、三人の袖なし長套外衣を着た男が血まみれで鎖に繋がれていた。三人共虫の息で、ここから逃げ出す気力もなく、ただ迫りくる死を待っているだけの状態。
その奥で、潜望鏡を覗き込んで周囲の様子を伺う大男がいた。
北の砦は、大きな岩山の内部をくり抜き居住空間を作っている。内部から全方位を観察できる潜望鏡を使って周辺を監視していた。此の男は潜望鏡の一つから、砦の北側でうろうろする数匹の魔物を見ていた。
「くくく…。ラケル辺境伯爵の言う通り、魔物が出てきやがった。あれは、斥候役の魔物、テイルファング。…ということは、近くに強い魔物がいるはず。あとは“先駆けの剣団”がアイツらに遭遇するのを待つだけだ。…早く来い。早く来い!」
大男は潜望鏡ごしに外を眺めつつ舌なめずりをしていた。
男の名はエマーズ。この砦の監視長をやっている。彼は昨年の討伐任務の中で負傷し、“先駆けの剣団”を退団していた。魔物と戦うことはできなくなったが、砦で監視をするぐらいはできるので、退役領兵団員としてこの砦に派遣されていた。
どうやらこの男は、ある目的を持ってラケル辺境伯爵と通じ、元の所属団である“先駆けの剣団”を罠に掛けようとしているようだった。
砦の大岩の先端に腰掛け、潜望鏡の死角となる位置から内部の様子を観察し、ため息をついている女騎士。
「…なんかヤバい場面に遭遇しちまったなぁ…アタイは食料を分けてもらおうと立ち寄っただけなんだけど…。」
女騎士はブツブツと独り言を言いながらも中の様子を何度も確認していた。
「まずいなぁ。【結界】が張られてるから、外からは開けられないし。かと言って“先駆けの剣団”の方に行こうと思っても、今更動くと見つかっちまうだろうし。…“従者の金貨団”の筆頭騎士ケリル様としては、ずいぶんと不格好なことをしたもんだ。兄様に怒鳴られちまう。せめて誰か引きつけ役がいれば…。」
砦の周囲には砲撃用の魔装具が配置されており、動けばその魔装具で攻撃を受けてしまう。死にはしないだろうが、いつものフル装備でない彼女にすると、大怪我するかもしれない。自分でここへ来たくせに自ら身動きができなくなってしまったケリルはどうしたものかと、周囲を見回していた。
ユージとユフィは【気配隠蔽】で誰にも気づかれないようにして、北の砦へと向かっていた。
“先駆けの剣団”は砦の更に北側を東から西へと進んでいる。その先には彼らを待ち構えるようにテイルファングの群れ。更にその様子をじっと伺う北の砦の監視長。
北の砦の大討伐事件。その始まりにユージ達は関わろうとしていた。
●執事
『取得条件』
一定以上の権力、財力を持つ家で使用人の仕事を1年以上行う。(確率2%)
昔取った杵柄という特殊な技能で好きな資格を保持できる。
『習得技能』
・気配察知
・気配隠蔽
・気配同化
・聞き耳
・嘘判別
・念話
・顔認証
・絶対記憶
・給仕
・目利き
・精神安定
・昔の杵柄
『取得恩恵』
・忠節力
・沈着冷静
・未来予測




