Ⅰ 勇二は高級遊戯店の会員になる
現実世界のお話です。
何話かに1話、現実世界での物語を進めていきます。
まずは、主人公がこの世界にいるきっかけのお話です。
2024年秋に全世界同時にサービス開始された話題のオンラインゲーム『ボウランド・ワールド』。
あらゆる専門誌がその画期的なシステムと洗練された物語と現実かと見間違うほどのグラフィックを絶賛し、利用ユーザーは1カ月で1000万人と突破した。
プレイヤーは専用のヘッドギアを購入し、ゲーム機と接続して、装着する。ゲームはヘッドギアから直接脳に信号が送られる仕組みで、プレイヤーはまるで自分が本当に体験しているかのような感覚でゲームをプレイできた。
画期的なシステムとは、『人格スキャニング』という機能で、プレイヤーの脳波をスキャンしてデータ化してサーバーに保存することで、プレイヤーがログアウト中でもサーバーに保存した『人格』がゲームの進行を継続してくれるというシステムだ。多くのプレイヤーが煩わしさを感じる能力アップ作業やボスキャラまでの移動などをサーバーに保存した『人格』に任せ、プレイヤーは好きな所だけをプレイできるスタイルを確立させたのだった。自分の人格までもコピーしたキャラクターをゲーム内に作り出すことで、仮想世界のコミュニケーションと現実世界のコミュニケーションをはっきり区分けしようとしたこの試みは、世界中で賛否両論の意見が飛び交い、大きな社会現象にまでなった。
だが…。
その終焉は突然やってくる。
サービス開始から1カ月後、突然『ボウランド・ワールド』はシステムダウンを起し、以降一度も再開されることなくサービス終了が発表された。
公式の発表では、電力を消費しすぎる運営環境に陥り、全てのサーバーを再起動させることができなくなった…というものだったが。
二菱 勇二は運営会社の発表に、ある意味納得していたが疑問を持っていた。
勇二も『ボウランド・ワールド』に興味を持ち、サービス開始と同時にゲームを始めており、プレイ直後から違和感を感じていろいろと調査をしていた。
彼は世界的にも名の知れたハッカー集団の一人で『ジャックオブダイヤ』のハンドルネームを持っている。何人かのハッカー仲間を呼んで合法非合法にこのゲームを調べており、その高すぎる維持方法に疑心の目を向けていた。
まずこのゲームをプレイするプレイヤーには、専用のサーバーが4台割り当てられる。サーバーにはそれぞれ役割があり、「人格管理サーバー」で『人格』を管理し、「能力管理サーバー」でキャラクターの外見や詳細な能力、補正値制御を管理、「記憶管理サーバー」でアイテムやイベントフラグ、ゲーム内記憶の管理、対話サーバーでゲーム内キャラクターとのコミュニケーションを行う。
これだけでもプレイヤー一人に対するコストがものすごいものだと想像できるが、これが1千万ユーザー分用意されていると考えると、維持費は莫大になるはずだ。それなのに初期購入費用はお手頃価格、鬼畜な課金システムもないこのゲーム。一体運営費はどうやってまかなわれているのかと一部で話題になった。
そこへ突然行われたサービス終了。
これは何かあると考えた正義のハッカー集団達は、こぞって運営会社に侵入を試み、何が起きているのかを調べ始めた。そして勇二もその調査に自分の持てる技量の全てをつぎ込んでいた。
「…と、侵入成功!」
勇二はガッツポーズを何度もして喜びを表現した。ひとしきり喜びを噛みしめた後、指をポキポキと鳴らして、未開の世界へその一歩を踏みしめるためキーボードを操作した。カタカタと心地よい音を鳴らしてキーボードを叩き、勇二は運営会社の内部ネットワークを蹂躙していく。重要そうな機密文書は片っ端から引き抜いて用意していた外部サーバーに転送させる。
手当たり次第にサーバーからサーバーへ移動していた勇二だが、とあるサーバーの中で指が止まる。
「ここは…来たことがあるぞ。」
勇二は呟く。それはゲームをプレイしていた時に侵入したサーバー。つまり、このサーバーはゲーム内で稼働している設備のうちの一つだと気付いた。
勇二はすぐさま周辺機器の状況をチェックする。ゲーム時代と変わらない状況で周辺機器が稼働していることを確認する。そしてメモリに展開されたキャッシュを覗き見て全身を震わせた。
「ゲームが…動いてる?」
見たことのある画像データ、鮮明に記憶しているアルゴリズムの繰り返し。そしてこのゲーム特融のパイプ連結情報。勇二はサービス終了した『ボウランド・ワールド』が運営会社内で稼働している事実を突き止めた。
だが、解せない。
通常大規模なオンライゲームのインフラ設備は、データセンターを運営する管理会社などに任せる。自前でインフラ整備するにはコストがかかり過ぎるからだ。それが、運営会社内のネットワークに繋がっている…。
自分のIT関係者としての常識と照らし合わせても、不可解極まりない。
サービス再開を目指して縮小環境を構築したのかと思ったが、キャラクターデータを検索して、自分のキャラクターを見つけ出した。
「どういうことだ…?なぜ僕がいる?サービスは終了してるのに…プレイヤーはゲームを続けている?」
勇二は『人格スキャニング』の仕組みをもう一度調べ直した。
このゲームの画期的な点は、“プレイヤーがログアウトしていてもキャラクターはゲームを進行できる”という点。つまり、システムを稼働させれば、全てのプレイヤーがゲームを自動でプレイする。
…何のために?
勇二は不可解な状態に答えを導き出せず、継続して調査するために、あるアプリを構築した。
『ボウランド・ワールド』専用データ退避アプリ…“ブレイン”。
通常、『ボウランド・ワールド』でキャラクターが死亡すると、|人格サーバー(PSNSVR)以外のサーバーがリセットされる。階級は1に戻り、アイテムや資格、技能は全てなくなる。外見も種族もリセットされ、別の場所に再誕生してゲームを再開する。
死ぬと全く1からやり直しになるのが気に入らず、何とかできないかと制作したのが“ブレイン”だった。いざ使おうと思っていたら突然サービスが終了してしまったので、残念に思っていたのだが、こんな形で使えると思ってはいなかったので、勇二はほくそ笑んだ。
“ブレイン”の機能は
1.データのバックアップ。「能力管理サーバー」、「記憶管理サーバー」にある情報を別のサーバー内に構築したバックアップサーバーに退避させる。
2.データの上書き。再誕生時にバックアップサーバーに退避させたデータを「能力管理サーバー」、「記憶管理サーバーに上書きする。
3.状況の記録。プレイヤーが不在に発生したイベントの状況やスナップショットなどのゲーム状況をプレイヤーに伝達するために記録する。
勇二はこの“ブレイン”を使って何が起きているのかを調べることにした。同時にハッカー仲間にも侵入手順と“ブレイン”を提供し運営会社が何をしようとしているのか突き詰めてやろうと決意した。
こうして、死んでも完全復活するチートキャラ、“ユージ”がゲーム内に密かに作られた。
ポーン…。
金属的な音がして、僕の3D携帯端末に着信が入る。自動で端末のディスプレイが開き着信相手の3D映像が表示された。
「…元気ー?『ボウランド・ワールド』はどう?」
いつもの調子で仲間の一人、紺谷結衣が話しかけてきた。僕はちらっとだけ結衣の顔を見て、パソコンのディスプレイに視線を戻す。
「ちょっと!聞いてる?せっかくいい情報持ってきたのに!」
結衣の怒り口調での気になる言葉にもう一度視線を3D端末に向けた。
「えへ。こっち向いてくれた。えっとね、勇二の作った“ブレイン”で6人が侵入成功よ。」
『侵入』という言葉に僕は眉を動かした。ハッカー仲間に情報をばらまいて成功者は6人。多くはないけど、多少情報収集の効率は上がるか。
「…|鋤屋()すきやと睦鹿は?」
「二人とも侵入したよ。…でも鋤屋さんはブレインを設置したサーバーが運悪くハード障害起こしたみたいで『記憶共有』ができなくなったそうよ。」
立体映像の結衣は困った顔をして見せるが、彼女に興味のない僕は無表情で次の指示を出した。
「鋤屋には再侵入を急ぐよう言ってくれ。それから、ゲームはもう始まってるようだから、第二段階に移行しよう。今別のルートを使って資金調達を依頼している。目標金額に到達次第、順次動いていく。」
「闇ゲームの賭博場ね。侵入するの?」
「ああ、会員になって内部に潜入する。そのために金が要る。」
「…いくら?」
「入会金で100億。」
結衣の映像が乱れた。通信障害かと思ったが、どうやら彼女が端末を落としてしまったらしい。しばらくして映像が元に戻ったが結衣の顔は慌てた顔になっていた。
「ひゃ、ひゃくおくって!」
「1ベット10億だ。一人200億用意する。調達次第、順次潜入するから。まずは僕からだ。」
途方もない金額に結衣は何やら指を折って数えていたが、わからなくなったようで諦めて僕を睨み付けた。
「そんな大金どうやって!?」
「内緒。でも目途はたってるから。他に連絡事項はある?ないなら僕はもう寝るよ。」
「あ、待って!今日アタシお洋服買ったの!今着て見せるか…ブッ。」
僕は通信を切り、端末を折りたたむ。着信拒否設定にして、ベッドに横たわった。
あいつはすぐ僕にスキスキビームを打ち込んでくる。もうちょっとおとなしくできないものか。
僕は部屋の明かりをフットライトだけにして布団を被った。
翌日、僕は事前に指定されたホテルへと向かう。フロントで指示された通りの名前(偽名)を言うと、丁寧な口調で部屋に案内された。
最上階のスイートルーム。部屋に入るとズドンと解放感を全身で感じるほどの広々としたリビングが目に入った。僕は無言で部屋の奥へ進み、ソファに腰かけた。
運営からはここで待つよう指定された。カジノの会員になる手続きだけで一流ホテルのスイート…。まさに、超金持ちだけをターゲットにした闇カジノ。鼻で笑ってしまった。
「お待たせしました、ミスター・ユージ。」
背中から声を掛けられ、ソファごしに振り向くと、身体の凹凸がはっきりとわかるほどのぴっちりしたスーツを着た女性が立っていた。
「立体映像…。」
僕は彼女の足元を見る。床には小型の立体映写機が設置されていて、淡い光がスーツ姿の女性を映し出していた。
直接会うことはしないというわけか。
僕は反対側のソファに座り直し、彼女と対面した。
「当カジノをご利用なさりたいということでございますが、なにぶんシークレットなサービスをご提供しておりますので、ユージ様の身辺を調査させて頂きました。」
僕の心臓は高鳴った。
「…ユージ様の経歴、現在の収入、預金額、犯罪歴など細かく調べさせて頂き…当カジノにふさわしい方と判断いたします。よって申請通りB級会員として登録させて頂きます。」
肩の力が抜けた。でもそれを表情に出してはいけない。
「ありがとう。で、僕はどうすればいい?」
「テーブルの上に箱がございます。その中には会員カードと専用のタブレットがございます。まずはご確認をお願いいたします。」
テーブルの上には白い箱がある。僕は箱を開けながら3D映像の彼女を観察した。
全身が映る映像ということは、それなりの設備を持って映像を送っている。そして彼女の視線はやや上を向いている。つまり彼女はカメラの上にこっちの映像が映っているということ。やはりこの部屋にカメラが仕掛けられているということか。
僕は箱を開け、黒いカードを手に取った。クレジットカードに似た形状。更にタブレットも取り出す。左の端にボタンが付いており、僕はそれを押してみる。
『ボウランド・ワールド』のロゴが表示され、タブレットが起動した。
「そのタブレットは当カジノ専用の遊戯端末です。右側にカードを差し込むスロットがございますので、そのカードを差し込みください。」
僕は言われた通りカードを差し込んだ。
タブレットが反応し、ウィンドウが表示される。
『いらっしゃいませユージ様』
このカードは僕専用の認証システムか。
「ユージ様。当カジノは特定の遊技場を持っておりません。その代わり当方が指定するホテルのスイートでそのタブレットを使用してご遊戯頂きます。」
なるほど。会員はカジノに足を運ぶのではなく、タブレットを使って賭け事をする仕組みか。ということはこの部屋は専用の無線通信機器があり、それを通じてあの運営会社が管理するゲームサーバーにアクセスするというわけか。
「申しおくれました。私ユージ様の専属アシスタントを務めさせて頂きます。ウエノと申します。ユージ様がプレイされる間は私がアシストをさせて頂きます。」
立体映像の彼女が深々とお辞儀をする。僕は一瞥しただけでタブレットにまた目を戻した。
「いくつか質問がある。」
「はい、なんなりと。」
「タブレットはここでしか使えないのか?」
「はい。申し訳ありませんが、持ち出しも禁止させて頂いております。」
「…プレイ中はずっと貴女は側にいるのか?」
「お客様の邪魔にならない様、映像はお切りいたします。」
「てことは、俺の事は見てる?」
「はい、お客様の不正を防ぐ意味も含め、室内にはいくつかのカメラを設置させて頂いております。」
「この部屋に泊り続ければ、ずっとこのタブレットは使えるのか?」
「お客様のご健康を配慮し、連続遊戯時間は3日間とさせて頂いております。それ以上はタブレットの電源が自動的に落とされます。」
なるほど。この部屋でタブレットを使っている限り不正はしにくいな。
「最後に…同伴はいいのか?」
「申し訳ございません。同伴は禁止させて頂いております。当方が認めた会員様であっても、同室での遊戯は禁止しております。全ては不正を防ぎ、安全かつ有意義なプレイを楽しんでいただくための配慮とお思い下さい。」
僕は部屋を見回し、見た目にはカメラが見当たらないことだけ確認し、大きく息を吸った。
「…いいだろう。こちらも不正がしたくて会員になったわけではないからな。」
「ご理解、ありがとうございます。他にご不明な点がなければ、タブレットの使用方法についてご説明させて頂きますが?」
僕は無言で肯き、ウエノと名乗る女性からタブレットの使い方を聞いた。そんなに難しいモノではない。画面はたったの3つ。
『ボウランド・ワールド』の第三者視点で映し出されたメイン画面と、ステータスウィンドウとベットウィンドウ。ベットの仕組みはゲームを直接行うのではなく、ゲーム内でプレイしているプレイヤーを一人選び、ただひたすらそのプレイヤーの進行を見るだけ。
そのプレイヤーがゲーム終了時に生き残っていた場合に掛け金の応じて払い戻しがされる。
単純な生き残りゲーム。
世の大富豪共はこんな単純な遊びになぜ大金をつぎ込むのか。
僕は最初は理解できなかった。
何気なくメインウィンドウを眺め、時折出てくるキャラクターをタップする。ステータスウィンドウに移動し、タップしたキャラクターのステータスが表示された。
階級も低い。資格も育ってない。こんな奴は生き残れないだろう。
そう思って、他のキャラクターを確認する。だが、能力の低いキャラばかり。
「…ユージ様。ゲームは現在二巡目が始まったところでございます。ベット対象のキャラクターは階級も低い状態です。この状態を『序章』と呼び、誰もベットできない状態です。ここから、約10年ほど経過しある程度階級にばらつきが出たところで『本章』が始まり…ベットが可能になります。」
先ほどと同じ位置に女性が現れ、解説をした。…どうやら、僕が何を見ていたか運営側は見えているらしい。タブレットの操作1つとっても気を使う必要があるな。
僕は女性をチラッとだけ見て、タブレットに集中した。
闇カジノのルール。
カジノは完全会員制で、会員になるためには厳正なる審査と100億の入会金が必要。
ゲームは運営会社の指定するホテル(複数有)のスイートで特定の偽名とメッセージを添えて予約する。
部屋には監視カメラ付きで、タブレットが用意されているので、専用のクレジットカードを差し込むことでログインできる。部屋代はホテルのスイート料金+1億。
クライアントは1月に1度はログインしないと、自動的に退会させられる。
ゲームの種類は1つだけ。『ボウランド・ワールド』をプレイするプレイヤーにベットする。ベットしたプレイヤーが最後まで生き残るとベット額とプレイヤーの階級に応じて配当金が支払われる。ベット額は最低で10億。ベットできるプレイヤーは一人だけ。ベットしたプレイヤーが死亡すると、新たな掛け金を支払って別のプレイヤーにベットできる。但し複数のクライアントが同一プレイヤーにベットすることはできない。
クライアントは最大二回までのレイズを行うことが可能。またベット額と同額を支払うことで、フォールドすることも可能。
ゲームは全辺境伯爵領が魔王軍に占領されるか、魔王が討伐されると終了。その時点で生き残っていたプレイヤーにベットしていたクライアントに配当金が支払われる。
クライアントはプレイヤーを操作できない代わりに、ベット額に応じた『加護』が付与できる。『加護』は、生き残るのに有利な固有技能をプレイヤーに追加する。クライアントがレイズすると加護が強化もしくは追加され、フォールドすると加護が消失する。
クライアントは他のクライアントの名前、ベットプレイヤー、ベット額を知ることはできない。但し、プレイヤーのステータスを見ることで、ベットされたプレイヤーかどうかは判断できる。
…僕はじっくりと考えた。
このゲームは元々、闇カジノに使用するために作られたんだ。だから、『人格』という特異なシステムがあり、必要な人格が揃ったところで、通常サービスから消えたんだ。
僕はタブレットから浮き上がる3Dキーボードを操作した。
通常サービス中に目を付けていたプレイヤーを検索機能で探す。該当するプレイヤーがメイン画面に表示された。ステータスを見ると既に『加護』が付いていた。
「…ユージ様はこのゲームをご存知のようですね。」
僕の行動を見ていたのか、3D画像の女性が話しかけてきた。どうやら、検索内容まで監視されているらしい。
「…そうだね。強いプレイヤーにベットしたいからね。通常サービスの時の知識を使うのはルール違反じゃないんだろ?」
「はい、問題ございません。」
僕は女性の方を見向きもせず、ひたすら3Dキーボードを操作した。様々な条件で検索を行ったが、階級の高いプレイヤーは加護が付いていた。
「はあ…こりゃ暫く様子見か。」
僕はワザとらしくのけぞってソファに深くもたれた。
だが……。
このゲーム、能力の高さが生き残る条件ではない。『人格』の良し悪しがものをいうゲームだ。果たして僕の『ユージ』は良しか悪しか。
でも、どうやって運営側に気づかれずに自分に接触しよう?