下っ端のくせに暗躍する
主人公は領兵団の中では下っ端の雑用係です。
ですが、領兵団長や領国の要人と繋がりを持ち、いろいろな裏任務をこなしています。
今回はそんな裏任務のお話。
4月3の陽曜の夜。
エリゼベート商の裏手にあるテラスで、関係者を集めて大きなパーティが開かれた。
主催者はライオット・エリゼベート商。今日の催しが大盛況に終わり、且つ辺境伯爵からお褒めの言葉も頂いた事から、従業員全員集めて盛大に行われていた。
用意した料理はもちろん、ディーラの解体した魔物を使って、マナが調理した。
マナの発効している資格は【料理人】。調理するための様々の技能を持ち、見た目も味も最高の料理を生み出すことのできる資格だ。
ディーラが捌き、マナが調理する。ユージが思い描く未来の楽しい家族風景なのだが…現実は厳しい。
準備の段階から二人は大ゲンカを始めてしまい、その舌戦の凄まじさはユージの心を砕きに砕きまくった。
二人は皆の前でどれだけ御主人様に愛されてるか、どんなことをご主人様とヤッたか、要は浮いたセリフや夜の営みまで事細かく皆の前でバラされたのだ。
その内容を聞いてた人は顔を赤らめるし、特に女性店員さんはユージと目が合うとすぐさま視線を外して距離を取ってしまうほど…。
ユージは作業を中断させて、二人を小部屋へと連れて行く。二人に正座をさせて昏々と説教をすると、ようやくおとなしくなった。
その後は50人分の料理を時間内に用意しきり、無事にパーティは始まった。
ユージは何故か参加していた自分の上司のところに挨拶に行った。
ヴァルバド・ダイヤール。
“従者の金貨団”の団長で、領都でも数少ない階級が100を超えた『勇者』の称号を持つ超級者だ。
階級はその熟練度合によって年に1~2回上がる。30歳くらいまでは年齢=階級くらいが一般的で30歳を越えたあたりから上がらなくなる。このため、階級50に到達する人間は100人に一人、階級100を超えるのは10万人に一人くらいだった。そして100超えは『勇者』の称号を授かる。称号取得による能力変化も凄まじい。
そんなお方がユージを相手に極限までからかっていた。もちろんヴァルバドは奴隷二人のやり取りを聞いているのでからかうネタにも困っていない。ユージは何とか話題を変えようと奮戦するが、終始団長のペースは変えられなかった。
「…しかし、あの鬼人の女の服には恐れ入った。あれほど周囲に強烈なインパクトを与えるものはない。」
「ありがとうございます。オルティアさんのお店で見つけた逸品ですよ。団長もいかがですか?」
「そうだな。妹にも勧めてみるか。」
「ケリル殿ですか?そういえば今日は?」
「アイツは、根っからの戦闘狂だ。当分魔物討伐で帰って来んよ。…それよりも。」
団長は表情を改め、ユージを見やる。ユージも雰囲気を察し、姿勢を正した。
「来月の船…対応は俺達の番だ。『資格取りの旅』には貴様らを連れて行くから。」
デハイドからも話のあった『船』。これは本土からやってくる定期便の事を指している。本土は月に1便辺境十二伯向けに船を出向させている。つまり辺境伯爵から見れば年に1回自分の領地に船がやってくる計算になる。この定期便には3つに目的がある。
定期便は、本土の宮廷貴族の出費で運行されている。よって見返りがなければ続かない。辺境伯爵としては経済を活性化させるための貨幣の獲得を目的として、豪華な調度品や名産品を破格の値段で売って宮廷貴族どもを潤わせてやっているのが最も大きな目的。
他には、本土では魔物が出現しないため、魔物を倒すことが取得条件となっている戦士や騎士などの戦闘系資格が取得できない。そこで、王宮に仕える予定の騎士見習い達を一度こっちに派遣して、資格取得をさせるのだ。領兵団は毎年この資格取得の護衛を受け持っている。
そして3つ目が最も厄介なことで、人員補充と呼ばれている。
つまり、本土に居られなくなった人間が移住目的でやってくるのだ。来る人間はとんでもない者がほとんど。権力闘争に敗れた元貴族や、騎士、役に立たない奴隷なども混じっている。辺境伯としては、領土拡張のためには多少のことは目をつぶってでも人口を増やしたいので、本土からの受入を行っている。だが、これにより、犯罪や疫病が持ち込まれては危険なので、厳しいチェックを独自で行っていた。
ユージは軽く頭を下げた。
「畏まりました。事前にデハイド様から伺っておりましたので、準備は進めております。」
…二年前、この団長によってユージは自分が隠し持っていた力を見破られ、秘密を守ることを条件に暗部に入って、伯爵閣下にお仕えさせられていた。だが、怨んでいるわけではない。お蔭で普段は『雑用係』という印象の悪い二つ名で通っていたので、むしろ感謝をしている。今回の件も団長には何も言っていなかったはずなのに、すぐ団長が来て、ユージに目が向かないようにしてくれていた。なので、ユージは団長命令には絶対服従だった。
「ヴァルバド殿、『船』の前に、例の件をお願いしたいのですが。」
いつの間にかライオットが傍に立っており、団長相手に商売の話をしようとしていた。ユージは例の件が何のことかわからず聞き返した。
「カエサル領の行商隊が来るのですよ。」
ライオットの言葉にユージは眉をひそめた。カエサル領の行商隊はすこぶる評判が悪い。辺境十二伯の1つ、カエサル領は金剛石がたくさん採掘されることで有名なのだが、一部の行商が質の悪い鉱石を法外な値段で売りつけることで暴利を貪っており、これまでにも何度かトラブルになっていた。商号を持つライオットとしては何とかしてほしい案件で直接辺境伯爵にも陳情していた。だが、領主同士の問題に発展する可能性もあるため、なかなか事が進んでいなかった。
「…そいつは警護担当である“騎士の聖杯団”の仕事じゃなかったか?」
「いえ、今一つ信用できなくてですね…できれば、“従者の金貨団”に直接お願いしたいのですよ。」
ユージは何故ここに団長が呼ばれたかを理解した。ヴァルバドも何かあると思っていたようで、今のライオットの言葉で得心した。そして、おもむろにユージを睨み付けた。
「おい、雑用係。お前…今任務もないから暇だろ?」
「な、何言ってるんですか!僕にもいろいろとやりたいことがありますよ。」
だが、ヴァルバドはユージの言葉を無視して熊獣人と会話を続けた。
「エリゼベート商。この案件、直接団長が動くことは“騎士の聖杯団”に対する越権行為になるためお断りいたす。…だが、団の武具資材調達を融通して頂けるのなら、こいつを貸し出しますよ。」
「そうですか。ぜひお願いいたします。私も彼とは友人ですからな。きっと安く請け負ってくれるでしょう。」
「ちょ、ちょっと!」
ユージの意見を無視して二人は話を進め、期間やら諸経費を詰め出していた。
「ユージ。これは団長からのお願いだ。やってくれるよな。」
「ユージ殿、友人の頼みは安く請け負うのが世渡りの秘訣ですよ。」
勝手なことを言いあい、いつの間にか和気藹々とする団長と熊商人。これを癒着と云わずしてなんというのだろう。ユージは、断りきれない仕事を受けて、マナとディーラに何と言おうか悩んでいた。
エリゼベート商からの帰り、マナはご機嫌だった。ライオットから極上のマタタビ酒を貰い、一口だけのつもりが半分以上も飲んで酔っ払っていた。もうまともに歩くこともできず、ユージに背負われて夜の道を歩いている。
「主様、いっそ酔い潰してしまいましょう。その方がうるさくなくて済みます。」
「だめだろ?マナちゃんはお酒が弱いんだ。そんなに飲んだら病気になっちゃう。」
「私は構いません。主様を独り占めできます。」
「あ~?アタシのユージに何てぇ出してんの?」
「私は何も出してません。いつも主様に出して頂いております。」
「ちょ、ちょっと!」
またもや舌戦が危ない方向にむかったのでユージは慌てて止めた。何とか二人をなだめて家路を急ぐ。
何とか家に到着したが、家に入った途端マナが全裸になってユージに抱き付きおねだりをした。今日は大人しく寝るよう諭すとディーラが今日は私の番だと言って、話をかき乱す。お願いだから黙って寝てください、と土下座をすることで、流石に悪びれて自分のベッドへと向かって行った。
翌日(4月3の陰曜)、二人を起こしてまず正座をさせた。これは奴隷に対して絶対遵守の命令をさせるときの作法で、ユージは普段あまりそういうことをさせないので正座させられたときは大人しくなる。そうすると二人ともちゃんと言うことを聞いてくれるので、ここぞというときだけ使っていた。(昨日も使ったけど…。)
「明日から仕事で領外に出てくる。たぶん2~3日は返って来ない。僕が帰ってくるまで家を出ない事。食料と水はいつものところにあるから。それから喧嘩はしないこと。…いいね?」
二人は黙って肯く。ユージはため息をつきながらも細かい指示をして、出発の準備に取り掛かった。ライオットの話では、屑鉱石を高値で売り捌いているそうだから、そこそこの鉱石を適正価格で売って、商売の邪魔をすればいいと考えた。
ユージは引き出しから、溜め込んでいた鉱石を取りだした。いずれも採掘師の資格を使って採掘した純度の高い鉱石ばかり。これを使えば、悪徳行商隊を追い払うことができるはず。
鉱石がもったいなくてあまり気乗りしないが、これも仕事と割り切ってユージは諦めた。
エクトール領の東側は遠浅の海、西側はなだらかな山脈の続く魔族領だが、北側と南側は人間達の領土だった。北側がラケル辺境伯爵領、南側はパリル辺境伯爵領となっている。パリル辺境伯爵領からエクトール領までは四日の道程となっており、ちょうど中間地点に安全地帯があり宿屋や娼館、食堂などが揃っている。ユージはそこへ行商隊よりも先に到着し、鉱石を適正価格で販売して需要を満たしておき、のこのことやってきた行商が不当な商売をしようとしたところを捕えてしまおうという計画だ。
問題は、ちゃんと鉱石を買ってくれるかどうか。
この世界には商人という資格はない。商売を補助するような技能もない。このため、商人として成り上がるには自分の才覚のみでやらなければならない。ユージは大抵のことは俳優で演じることができるのだが、演じることのできない商売関係は正直自信がなかった。
次の日(4月4の地曜)、二人が家を出ないようにしっかり【結界】を張って、ユージは家を出た。
今日のユージは軽装。歩きやすい皮の長靴に水を弾くよう施した麻の服、そしてレインコートを羽織って、手荷物はない。
セットしている【役割】は【配達人】と【報告者】、さらに【大道芸人】と3つ。
高速移動ができる【韋駄天】と荷物を収納できる【異空間倉庫】、計算が正確にできる【精密計算】を使いたかったので、この組み合わせにしていた。誰にも会わないように裏通りを使って街の南門へと向かう。そして、門番をしている領兵団に全く気付かれることなく、街の外へ出た。
【認識阻害】の技能により、誰もユージがそこにいる事に気づかなかったのだ。誰も自分に目を向けていないことを何度も確認したユージは【韋駄天】で街道を南へと高速移動を開始した。
街と街を結ぶ街道沿いに作られた規模の小さな町。安全地帯とも呼ばれ、領国間を旅する人々の休息の場所として利用されている。
エクトール領から南へ徒歩2日の距離に小山を利用して建設された小砦がある。中には、宿屋、食堂、鍛冶屋、娼館が商いを行っており、少数ながら砦の守護兵も駐在している。一応パリル辺境伯爵領の扱いなので、領国から、領兵団が派遣されており防御施設も兼ねている。
ユージは領都からたった半日でこの安全地帯に到着し、砦の中に入った。
「ようこそ、安全地帯へ。」
門番らしき、ご老人に声を掛けられたので、挨拶をする。
「初めまして!ユージと言います。駆け出しの鉱石販売者をやっております。」
元気な挨拶に門番の老人はやさしい笑顔を見せた。
「鉱石か。では、その奥の店に行くとよいじゃろう。ドワーフのゴルゴという爺さんが鍛冶屋を営んでいる。」
そう言って食堂の隣にある小屋を指さした。ユージはご老人にお礼を言って奥へと進んだ。
「…一応、パリル辺境伯爵領のはずなのに、入国審査とかないのか。辺境過ぎるから審査の必要がないのかな。それにしてもお年を召したかたが多い…。」
ユージはきょろきょろしながら小屋に向かい、この町の感想を呟いた。
紹介されたドワーフに会い、鉱石について販売を始める。ゴルゴというご老人はパリルの領都で武器職人をしていたが、現役を引退してこの地に移り住み、旅人相手に武具修理を行っているそうだ。この町の住人のほとんどが現役を引退した年寄りだと伺う。
そう云えば娼館もあったよな。…あそこも現役を引退した老娼婦が相手するのだろうか……?
ユージは変な想像をしてしまい、体をブルッと震わせた。
「カッカッカッ!そこは心配いらん!若いおなごじゃよ。お前さんも、鉱石を売った金で遊んでみるがええ!何なら一緒にいくか?」
一抹の不安を感じて丁重にお断りし、ユージは商売を続けた。
鉱石販売は順調に進み、ゴルゴ爺さん以外にもユージが掘り出した質の良い鉱石を買ってもらい、客に信頼と良質の鉱石を頭に叩き込ませて貰った。
後からやってくる行商隊のクズ鉱石を見た爺さんたちはどう思うだろうか。質も悪く、高いだけの鉱石は誰も買わない。…そうすれば、行商隊は無理やり買わせるための行動に出るはず。ユージはそこを抑えようと考えていた。
引き続き、砦内のご老人たちと会話を行い、情報を収集した。
最近、北の山から魔物の遠吠えが聞こえるという情報を手に入れ、ユージは手帳を取り出し、領兵団の討伐計画を確認した。計画表では、この辺りは月の初めに討伐済。ということは、別の場所から流れてきたはぐれ魔物の可能性が高い。
はぐれ魔物は何らかの要因で知性を身に付けた、討伐難易度が高い相手。危険を回避して放浪しているので遭遇率は低いが、長命の個体が多く、通常の個体とは能力値も大きく異なる。
ユージは【役割】を切り替えた。狙撃士をセットし、広範囲を正確に検知できる【気配探索】を発動させた。
ピキィーーーーーンンン………。
ユージの脳内に白黒が反転した周辺地図が広がり、生物反応を示す色の付いた点があちこちに現れる。その中でユージが注目したのは、北の林で1つだけ光る紫色の点と、街道の南側徒歩1日の距離にある7つの赤い点と3つの青い点。
紫は魔物を表す色で、遠吠えの魔物で間違いない。だが流石に魔物の種類までは判断できない。
赤は人間を表す色で、7つの赤い点は行商隊と判断できる。その証拠に一緒に光る3つの青い点は動物を示す色で、八足竜一匹と二足竜二匹を表している。
「…行商隊がここに到着するのは早くても明日以降。紫の点は僕の移動速度なら一時ほど。…この魔物は使えるかも知れない…。僕の臭いを覚えさせておくか。」
ユージは安全地帯に宿を取り、夕食後、紫の点のある地点に向かった。
そこにいたのは、通常種の2倍の大きさに成長した甲殻狼という硬い殻を持つ6本足の狼だった。甲殻狼はユージを睨み付け、それ以上近づくなとばかりに唸り声を上げている。それをみてユージはニコリと笑った。
ユージは唸る甲殻狼を挑発し、散々追いかけ回させたあとで、行方を眩ませて宿に戻った。【気配探索】で確認すると、ユージの臭いを探して林の中をあちこちうろついているようで、紫の点がせわしなく動いていた。ユージはうまくいったことに満足し、今日は早めに寝床についた。
翌朝(4月4の水曜)、いつもよりゆっくり目の時間に目をさまし、状況を確認する。紫の点は相変わらずうろうろしており、ユージの臭いを追いかけている。赤い点集団はこの町に向かっており、昼前に到着する予測をたてて、ベッドに寝転がった。
「あ~あ…。僕って下っ端なはずなのに、なんでこんなに働いてるんだろう?」
ユージは二年前の事件以降、常に忙しく働いている。別に二年前を悔いているわけではなく、むしろ充実した日々を過ごせているので感謝をしているのだが、目立つのだけはどうしても避けたいと思っていた。
目立てば“加護”を受ける可能性が高くなる。
そうなれば、自分はこの命を捨て、再誕生しなければならない…。
ユージは自分に掛けた制約を反芻しつつ、行商隊の到着をじっと待った。
お昼前になって行商隊の一行が町にやって来た。ユージは宿屋の窓から外の様子を伺う。
御者の女奴隷が一人。…【舞踏家】か。
護衛の二足竜に乗った男が二人。【軽装戦士】と【従属戦士】と典型的な傭兵風。
【配達人】が一人…多分この男が、鉱石を持っているんだろうな。…奴隷紋がある…ということはコイツは金庫役か。
荷台に【剣士】が二人…そして豪奢な服を着てるのが悪徳商人だな。【鑑定士】はちょっと厄介だな……あれ?
ユージは悪徳商人の側に灰色の外套がはためくのが見えた。
……8人目の人間がいる?
ユージはもう一度【気配察知】で確認した。…赤い点は7つ。実際には8人。位置関係から灰色の外套を纏った奴が赤い点に現れていない。
…女性か。そしてあの女は【執事】…それもかなりの高階級だ。
ユージの持つ【鑑定】は詳細に閲覧できる代わりに制限事項がある。それは、相手の敵意を受けている場合のみ、全ての能力を閲覧できる…という制限。普通に使うと、資格名しか見えなかった。
どうしたものかと悩んでいると、【執事】の女がフードを取った。女は白い仮面を被っており、素顔はおろか視線もわからない。だが、長く左右に尖った両耳がエルフであることを指し示していた。
エルフは滅多に会うことのできない希少種。ユージは珍しげにその女の耳に見入っていた。
…不意に白い仮面がユージの方に向けられた。
…目が合った気がした。
ユージは生唾を飲み込む。
この瞬間、ユージは受けた仕事の難易度が跳ね上がったことを確信した。
●配達人
手紙や、大きな荷物を運搬、輸送する技能を持つ資格。空間術士ほどの格納量はないが、
異空間倉庫をもつため、軍事関連の伝令職として重宝されている。
『取得条件』
一定重量の他人の持ち物を運搬する(確率1%)
『習得技能』
・韋駄天
・地形把握
・持久力増加
『取得恩恵』
・体力向上Ⅰ
・異空間倉庫