ひたむきな鬼人をやさしく愛でる
二人目のヒロインの登場です。
少し彼女の過去に触れますが、全体的にいいお話にまとめたつもりです。
領都の南の大通りにあるひと際大きな門構えを持つ屋敷。そこは領都内では有名な大商人の店。
店主の名はライオット。
エリゼベート商という商号を持つ、領内随一の商人で、熊獣人だ。
彼が扱う商品は主に“魔物”を原料とする商品。それは食料品から、武具まで多岐に渡る。
彼が商人として成功した理由は独自の魔物解体事業にある。
“魔物”の肉や骨、牙などは、美食類や強力な武具の材料になる。だが、ただ倒した魔物を解体すればできるというわけではなく、ある特殊な加工を施しながら解体を行う必要がある。
『魔素』
魔物の身体には魔素と呼ばれる人間にとっては猛毒の成分が含まれている。この毒を取り除かない限り、食すこともできず武具に加工もできない。
そしてその毒を取り除くことができるのが、【屠畜師】という資格だった。
ユージのもう一人の奴隷、ディーラはこの【屠畜師】を発効して、ライオット・エリゼベート商で働いていた。そしてその使役は明日で終了する予定である。
ユージとライオットはある事件をきっかけに世代を超えての友人となった。だがその事件は屠畜師であるディーラの名誉を傷つけてしまい、ライオットが彼女の名誉を回復させるべく、明日、催しが開催される予定だった。
店の前まで来ると店番をしていた店員がユージを見つけ、丁寧に挨拶をした。そしてユージの手を取りそのまま店内へと案内し、店の奥まで連れて行かれた。来客用の応接室に案内され、しばらく待っていると大きな熊獣人が体を縮めて応接室に入って来た。
「やあやあ、ユージ殿!」
ユージの身長の倍近い身体を器用に揺らしてユージに歩み寄り手を取って握手をする。ユージは彼の柔らかい肉球に包まれた握手が割と好きだった。
「いよいよ明日ですね。…ちょっとディーラの激励に寄らせて頂きました。」
ユージは握手をしたまま会話を始めた。だが熊獣人のライオットは早々に手を離してしまいちょっと残念な気持ちになった。
「これはこれは!ありがとうございます。早速彼女の下に案内いたしましょう。」
ライオットは熊獣人特有のあどけない表情を見せ、ユージを案内した。…やっぱり応接室を出るときは窮屈そうだった。
ディーラは食肉の加工場で作業をしていた。ライオットとユージが来た時は、ちょうど肉と骨を切り分けている最中だった。視線を感じてディーラはチラリとユージを見たが、すぐに切り分け作業を続けた。そして作業を終えてからユージ達に向かって一礼した。ライオットが肉球のついたモフ手で手招きをする。彼女はこっちにやってきた。
褐色の肌に肉付きの良い肢体。女性にしては身長は高く、何よりも特徴的なのは、彼女の額から突き出た五本の角…。
ディーラの種族は“鬼人族”。
鬼人族は角の数が強さの証とされ、最も強い者では七本も持っていると言われている。ディーラは五本あるのでかなりの者であろう。
だが、彼女は“奴隷”でしかもある事件をきっかけに領民から忌み者扱いを受けていた。このため人間不信なところもあり、表情も乏しい。
無表情でやってきたディーラをユージは抱きしめた。彼女は一瞬びっくりした表情をするが、すぐに表情を消し、抱きしめられるがまま立っていた。ディーラからの反応が無いことにちょっと残念に感じたユージだが、それでもディーラに対し明るく声を掛ける。
「明日はいよいよだ、ディーラ!」
多少興奮気味に話しかけるユージだが、ディーラの表情は変わらず。逆に迷惑そうな表情にも見える。
「……明日は、どうしても…あの服を着なければ…ならないでしょうか?」
「当然だ。あれ以上お前の魅力を際立たせる服はない!」
ユージは力説するが、ディーラには今一つ伝わってないようで、むしろ冷めた目でユージを見ていた。
「…微力を尽くさせて頂きます。」
と答えるのみで、二人はかみ合ってない雰囲気だった。少なくともライオットはそうとらえていた。
その後、いくつかの会話を行ったがどれも今一つのやり取りに終わり、ディーラとの面会は終了した。ディーラは無表情に部屋を出て行くが、ユージは気にした様子もなく手を降っている。ライオットはこの二人のやり取りを見て、本当に意思疎通ができているのか不安を感じた。
「ユージ殿、今日はもう店じまいの時間…。どうですか?これから夕食をご一緒しませんか?」
熊獣人の掛けた言葉にユージが振り返り怪訝な表情を見せた。
「店じまいの時間?…夕食?」
ユージの顔がだんだんと青ざめていく。熊獣人にはその理由がわからない。
「うわあああああ!約束の時間!過ぎてる!」
突然、我を忘れたように暴れ出したユージ。ライオットはユージの突然の行動に引いていた。
「ライオット殿!申し訳ござらぬ!今日は先約があるうえに時間を過ごしてしまっているのでこれにて失礼します!埋め合わせは今度!」
それだけ言うと、荷物を持って慌てて出て行った。取り残された熊獣人は暫く呆然としていたが、やがてクククと笑いだす。
「…相変わらず変わった御仁だ。だが、それが心地よい。」
そう言うと、ユージの失礼な行動を気にすることもなく、自分の荷物を片付け始めた。
「時間通りに帰って来ないばかりか、角バカ女の匂いを付けて帰って来るとは、いい度胸よね!」
マナとディーラはとても仲が悪かった。
よりによってマナと出会って丸二年記念日の夜に、ディーラの匂いを付けて帰って来たユージは自分の迂闊さを呪った。
…その夜、ユージの家からは天井から吊るされてブラブラと揺れる影と、しくしくと泣く男の声が夜遅くまで聞こえていた。
翌日(4月3の陽曜)。
ユージは窓から空を見上げた。
天候は曇り。雨季の季節にしては珍しく前日から雨が降っていない。だが気温が上がれば上空に溜まった水分が一気に落ちてくるだろう。ディーラの出番は昼過ぎてから。
朝の内に雨が降ってくれれば良いのだが…。
天井から吊るされながらも今日の天気に気をやるユージを見て、マナの怒りが再燃し、掃除道具でバシバシと叩かれていた。
ユージがエリゼベート商の商館に到着する頃に大雨が降り出した。慌てて商館に駆け込み雨宿りをする。ユージを見つけたライオットが不安そうな顔で駆け寄ってきた。
「ああユージ殿!雨です!このままでは」
ユージはライオットの言葉を遮った。
「大丈夫です。ちゃんと止みます。」
はたして雨は昼を過ぎてからピタリと止み、徐々に雲が晴れて行った。
催しの準備が急ピッチで進められる。生贄となる魔物、“ビッグホーン”が台車で運ばれ、大通りのど真ん中に置かれる。ビッグホーンは必死で暴れるが、頑丈な紐で立ったままの状態で縛られ動くことも吠えることもできない状態だった。生きた魔物を見て、一気に人が集まり、その人の輪を掻き分けるようにして、解体用の大きなテーブルが設置された。
「皆様!本日はエリゼベート商前にお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
ライオットの元気な声が響き、集まった人たちが彼に注目した。
「今日はちょっと変わった催しを行いたいと思います!既にご覧の通り、特別な許可を得てビッグホーンを生きたままここに連れて来ました。ああ!ご安心ください。暴れないように縛っておりますし、“従者の金貨団”の方にも来てもらっています。」
ライオットはユージの方を手で指した。ユージを含めて10名の団員が会釈する。それを見届けてから話を続ける。
「皆様!ビッグホーンの肉は非常に栄養価も高く、美味で当店でも人気の商品です。他の店で売られている肉より美味しいとの評価も頂きました。」
拍手がわき起こった。ライオットは頭を下げながらもそれを制して話を続ける。
「肉はうまいがその元はこんなに凶暴。ではどうやって皆様に提供しているのか!…それは魔物を美味しく頂けるよう解体する者がいるからです。本日はこのひと月、当店で販売したビッグホーンの肉を全て解体していた者を紹介しましょう!」
ライオットが手を指し示した場所。そこにゆっくりと一人の女性が歩いていった。集まった人たちからどよめきが起こる。
「…毒魔物の女だ。」
「奴隷のくせに毒を持った魔物を狩ったヤツだ。」
「帰れ!毒女!」
どよめきはやがて罵声になる。
「お静かに!」
ライオットの声に辺りは静まり返った。
「皆様もご存じの通り彼女はディーラ。曾て毒を持った魔物を当店に納品した女として皆様を騒がせました。」
そうだそうだ!引込め!とヤジが飛ぶ。
「ですが、それは誤りです!」
ライオットの言葉に騒然となった。
「元々魔物は全て毒を持っているのです!そこにいるビッグホーンも!それを【屠畜師】が解体して毒を抜くことで皆様が食すことができるようになります。…あの時【屠畜師】の解体が甘かったことに私は気づかず、猛毒を持った魔物だと勘違いして彼女を糾弾しました。…結果、彼女の主は彼女を処分という結論を下しました。」
ユージは静かに目を閉じた。ライオットの言葉で当時の光景がが甦り胸が痛かった。
「幸いにも、とある方によって彼女は救われましたが、彼女の名誉は失われたままでした。…私は己の過ちを悔い、彼女に“毒女”という汚名を返上する機会を与えたいとこの場を彼女の今の主に打診し、今日ここに彼女は居ます。」
そこは違う。打診したのは僕の方からだ。後で文句を言おう。ユージは心の中でそう思った。
「皆様がこのひと月、美味しいと言って下さった肉は全て!…彼女が解体したモノです。彼女の技術は本物です。その彼女が狩った魔物の毒が当店の過ちで解体が甘かったせいで…彼女ひとりに避難を浴びせるのは間違っている!だから私は、私の過ちをここに公表し、皆様にお詫びを申し上げると同時に彼女の真実を知ってほしいと思っております!」
ライオットの合図でユージはディーラの前まで歩く。そして、長大な刀を渡した。またもや周囲がどよめく。危険だ!止めろ!などの声が聞こえる。ユージは周りの喧騒など全く無視し小声でディーラに話しかけた。
「…お前の技能は僕が良く知っている…。主として命じる。…全力を尽くせ。」
ユージの言葉にディーラの顔つきが変わった。刀を受け取り、羽織っていたマントを主に渡すと、どよめきが更に大きくなった。
真っ白い演技服。
演技服は大道芸人や道化師が自分の芸を美しく見せるために着る演技用の服。派手なフリルや鮮やかの色で目立たせるようにするものなのだが。彼女の演技服には一切の装飾はない。ノースリーブ、ハイレグで身体を隠す部分も最小限に留めている。
そして元々褐色で肉付きの良い肢体を持つディーラに良く栄えており、会場に集まった人々はディーラに魅了された。
ディーラは長刀を両手で掲げ、鼻息の荒いビッグホーンの前に立つ。そして逆手に持ちかえ、上に突き上げた。
長刀はビッグホーンの首に下から切り上げ、斬りおとす手前のところで止まり、素早く引き抜かれた。
大量の血が真下に流れ落ち、魔物を括りつけた台車の下に置いた桶に溜まって行く。その光景に悲鳴が聞こえたが、誰も目を閉じることをしなかった。
ビッグホーンの後ろ脚が持ち上げられ流れ出る血の量は更に増す。だが微動だにせずその光景をじっと見つめるディーラに誰もが釘付けになっていた。
血が流れきったところで、解体用のテーブルに魔物が移動され、その前にディーラが立つ。長刀が前足の脇に刺され素早く切り回すとアッという間に足が取れる。続いて後ろ脚、ひっくり返して残り二本も。そして切った首に長刀を差し込み、一気に胸から下腹部へと横に滑らせると、腹が綺麗に裂かれ、腸が出てくる。これを桶で全てすくって片付けると、刀を滑らせるように次々と切り出していく。時折手をかざすと、肉から青白い煙が昇る。魔素が分解されている証だ。
切り出された肉は次々と桶に移され、人々の前に並べられていく。初めて見る光景に誰も声を上げず、ただ茫然とそれを凝視しているだけだった。
やがて全ての肉が切り出され、テーブルの上には骨だけが残った。その骨にも手をかざし、青白い煙を昇らせる。
最期に長刀をテーブルに置いて彼女は一礼した。
辺りは静まり返っている。いつまでもこの状況が続くのではと思われるほど。
やがて誰かが呟いた。
「…あの演技服…し、白いまんまだ…。」
その声に全員一斉に彼女を凝視した。
あれだけの派手な解体。返り血を浴びてもおかしくないのに彼女の服は白。…これこそユージが彼女の技術の高さを証明するための演出だった。これには横で見ていたライオットも仰天している。ユージは嘴をつり上げた笑みをライオットに見せつけた。
ライオットは大きく咳払いをし、注目を自分に向かせ、また話を始めた。
「どうです!この艶!色!芸術ともいえるこの解体!私は初めて彼女の解体を見た時、魅了させられました!…どれ失礼して…。」
ライオットはポケットからナイフを取り出し、目の前にある肉の塊から少し肉を切り取った。そして何の躊躇いもなくそれを口に放り込んだ。
魔物の肉を生で食べるのは良くない。焼くことで残っていた魔素を滅し初めて美味しく食べられるのだ。だが、ライオットは生で食べた。誰もがその行動に仰天していた。
「…んんんー!うまい!完全に毒を分解して旨味に変えた肉は生で食べられる!…皆様、食べてみたいと…思いませんか?」
…ゴクリ。
誰かが喉を鳴らした。
だが、余りの常識外にさすがに手は出ない。
…その時だった。
「面白い!その肉。手始めに余が食そう。エリゼベート商よ。一切れよこせ!」
肥えのする方を皆が見て、一斉に片膝を付き片手を胸に当て頭を垂れた。ユージもディーラも片膝を付く。
そこには、エクトール領の領主、フィフス・エクトール辺境伯爵が好奇の表情で立っていた。
「よい。皆、面を上げよ。余もエリゼベート商の余興を見に来た観客の一人。楽にするがよい。」
そう言うとずかずかと跪くライオットに近寄り、手を差し出した。ライオットはぎこちない笑顔で肉を切り出し、一切れ領主の手に乗せた。エクトール辺境伯爵はじっくりとその肉を観察し…一気に放り込んだ。
何度か咀嚼し味を確かめる。そして不敵なまでの笑みをライオットに向けた。
「確かに美味い!そして毒気も全く感じられぬ!その品質…余が保証しよう!」
領主の言葉にわっと歓声が上がった。
肉に群がり、我先に口へと運ぶ人々。その顔は笑顔に満ちている。ユージは胸を撫で下ろした。
エクトール辺境伯爵はこれほどまでに喜ぶ人々を前に満足げだった。
民衆の笑顔。それは領主にとって永遠に求め続ける結果。この鬼人族の奴隷は笑顔を得る方法の一つを導き出した。実践する価値はある。
「女よ。奴隷の身でありながら余と話すことを許す。…これほどの技量、余も感服したぞ。よって褒美を取らす。…何が欲しい?」
突然雲の上の人から話しかけられ戸惑いを見せたディーラだが、すぐに落ち着きを取戻し、ゆっくりと答えた。
「恐れながら申し上げます。我が主には、もう一人奴隷がおります。…ですが、特別な許可を頂かなければ外出することがかないませぬ…。この良き日に、彼女にも外出の許可を賜りますよう…。」
ディーラは深々と頭を下げ、仲の悪いもう一人の奴隷についてのお願いをした。ディーラの言葉に伯爵は豪快に笑った。
「ククク…。こ奴、あの雑用係の奴隷であったか…。よかろう!エリゼベート商の店での飲食のみだが許してやろう。」
そう言うと、伯爵はライオットを呼びつけ、何かを指示した。ライオットは破顔し了承の返事をした。次に隅の方で一息ついているユージを見つけ、来るように手招きした。ユージのような下っ端が領主の手招きを断れるはず者なく引きつった笑顔で伯爵の前に跪いた。
「おい、雑用係!…貴様、どうやってあの女をあそこまで育てた?奴隷でありながらひたむきにその道を極めたるや…実に見事なものだ。」
彼女の技量をここまで高められたのには理由があるのだが、ここで真実を言う訳にはいかず、気の利いた返事にすり替えた。
「…いえ、ただ、優しく愛でただけにございます。」
その言葉にじろりと睨み付けた伯爵だが、悪い気ではなかった。
「フン…言いよるわ。貴様への褒美…金貨の束五本で良かろう……この意味…分かるよな?」
ユージはどっと汗を掻いた。
あのお金は正当に頂いた報酬のはず…。なのに何故領主様から恫喝紛いのお言葉を?
その理由が今のユージにわかるはずもなく唯々恐縮するのみであった。
●屠畜師
動物を食用として解体する技能に特化した資格。魔物は魔素という摂取すると猛毒になるものに覆われているが、屠畜師によって解体する場合はその魔素を旨味に変換することができるため、重宝されるが動物の命を奪うため忌避もされている。
『取得条件』
魔物を解体する(確率2%)
『習得技能』
・魔素除外
・魔素分解
・魔素変換
・魔素吸収
・血抜き
・安楽死
・瞬殺
・解体Ⅰ
・解体Ⅱ
・解体Ⅲ
・斬馬刀術Ⅰ
・斬馬刀術Ⅱ
・斬馬刀術Ⅲ
『取得恩恵』
・急所看破
・素早さ向上Ⅰ
・信用低下Ⅰ