愛しの美少女はツンデレ?
ヒロインの一人目の登場です。
けど今回は簡単な紹介のみで、全般的に説明回になっています。
大陸を魔王に支配され、人間の生活場所が端へと追いやられた世界、ボウラント・ワールド。
“本土”から大陸奪還を命じられ領地を与えられた52人の辺境伯爵はその領土を内陸へ広げようと魔物どもとの戦いに明け暮れていた。
ここは、その中でも辺境十二伯と呼ばれる12家の有力伯爵家の1つ…エクトール辺境伯爵領。東を穏やかな遠浅の海に囲まれ、西には豊かな資源を抱え込んだ山々がそびえる立地の恵まれた領地。領主のフィフス・エクトールは四十を過ぎたばかりの壮年で領民からの信頼も厚い。“本土”からの覚えもめでたく、それ故隣国からの様々な妨害工作を受ける身でもあった。
ユージに襲い掛かってきたベルドラントは【犯罪者】。身分を偽ってこの街に入って来たようだが、ユージには見破られていた。
「…やっぱり聞いてた通り犯罪者だったか。」
降りしきる雨の中、ユージは死体に近づき衣服を弄った。男の持ち物を取り出しては1つ1つ確認して回る。そして金貨の束5本と羊皮紙を見つけそれを自分のポケットにしまい込む。
「…やっぱり一匹狼のようだね。他国からの間者でもなさそうだ。」
そう言うと調査をやめて、じっと死体を見つめていた。
やがて死体が光り輝き出し次に光の粒子となってその形を崩し、その場から消えていった。ユージをその光景を見届け、小さく肯いた。
「思った通りプレイヤーだったな。さて…次は何処に再誕生することやら…。願わくば次は【犯罪者】にその身を落とさないように…。」
ユージは死体があった辺りに向かって両手を合わせた。
「さて!任務も終わったし、採掘師の真似事ももう不要だね。さあ家に帰ろう。」
ユージは気持ちを切り替えて、背嚢と鶴嘴を【異空間倉庫】に仕舞い、雨の降り続く中、廃坑を後にした。
街の中心から北に離れた通り、古い家屋が立ち並ぶ地区。所得の低い領民たちが住む地区で治安もそこそこ悪い。そんなところにユージの家があった。
家の玄関まできたユージはそこで片手を忙しく動かした。一瞬紫の膜が家全体に見えたが、ユージは気にすることなく「よし」と言ってドアノブに手を掛けた。
彼は外出時には必ず家に【結界】を張るようにしていた。そして戻ってきた時にそれを一時解除する。二年前からユージに義務付けられた自宅の管理方法である。
ユージはゆっくりと音を立てないようにドアを開け、再び【結界】を張り、音を立てないようにして中に入る。廊下をゆっくりと歩きリビングに差し掛かったところで、
「…おかえり。」
あまり好意的ではない口調で声を掛けられ、ユージはびっくりして声の方を見やった。まだ薄暗いリビングの奥はキッチン。そこにあるダイニングテーブルにもたれ掛るようにした影が目を光らせてユージを睨み付けていた。
「や、やあマナちゃん…た、ただいま。も、もう起きてたのかい?」
ユージはしどろもどろな返事をすると光る眼が鋭くなった。
「…ずっと起きてたの。出かけるなら帰る時間くらい言ってもいいんじゃない?」
暗いリビングから目を光らせて影はユージに近づいた。やがてその影にランプの明かりが差し姿が映し出された。
ネグリジェ姿の少女。頭にはピンと張ったモフ耳がこちらの様子を伺っており、彼女の腰からは歩くたびに見え隠れする尻尾が天上を向いている。
…やばい、怒ってるときの尻尾だ。
ユージは彼女の様子を見てたじろいだ。…が、黙っていれば余計に怒られるのですぐさま次の行動に移る。
The DOGEZA。
ユージは素早く体を折りたたみ頭をリビングの床にこすり付けた。
「ごめんなさい!今度からちゃんと言ってから出かけます!」
ユージの鮮やかな土下座を見ながら、少女は前のめりになって顔を突き出した。
ランプが彼女の顔を照らす。…少女の顔は黒い刺青で覆われていた。
『奴隷紋』
この世界には“奴隷”が存在する。犯罪の罰として、あるいは借金を返済できずに、など奴隷になる理由は様々あるが、一様にして皆『奴隷紋』を契約時に描かれる。特殊な魔法具で描かれるその模様は、奴隷が契約に違反する行為に及んだ時に、激痛と共に黒い文様が広がって行く。そして全身にそれが行き渡った時に発火し黒焦げにされてしまう。
通常は8割程度覆われた時点で精神が崩壊し、発狂死してしまうのだが…。
この少女は全身の7割を『奴隷紋』で覆われていた。
だが少女の顔立ちは美しい。真っ白い長髪をツインテールに結いそれが黒で覆われた身体に映えて怪しげな美しささえある。
そんな彼女が土下座するユージの頭に足を乗せた。そしてゆっくりと力を込める。ユージの額がカーペットにめり込む。
「…次からはちゃんと帰る時間を言って頂きますようお願いいたします。」
敬語を強調しつつ怒りを込めた物言いにユージは弱々しく「…はい」と返事をした。少女の足が頭から放され、ユージはようやく頭を上げる。そこには奴隷紋に覆われた美しい少女の顔があった。大きな愛らしい目でじっとユージを見つめてる。ユージは目を泳がせた。
ヤバい、あれは何かに気づいた目だ。
ユージは更に視線を泳がせる。
「…血の匂いがする。」
少女の言葉でユージはうなだれた。
「はあ……。雨でしっかり洗い流せたと思ってたけど、“猫獣人”さんは騙せないか…。ごめんね、“任務”だったんだよ、マナちゃん。」
“任務”の言葉を聞いてマナちゃんと呼ばれた少女はしょんぼりとした。
「…初めから、そう言ってくれればいいのに…。」
小声で拗ねたように呟くマナ。ユージには愛おしすぎる仕草。ユージは両手を広げて彼女に抱き付いた。
「ちょ、ちょ!濡れてる!冷たい!汚れる!」
マナは全身に力を込めてユージを引きはがそうとするが、男の力には敵わない。やがてユージに抱きかかえられてしまった。それでも逃げ出そうと必死に抵抗する。
「汚れちゃったね。」
「ア、アンタが汚したんでしょ!このネグリジェお気に入りだったのに!」
「マナちゃん、一緒にお風呂に入ろ?」
「嫌よ!なんで朝っぱらから…!」
文句を言いかけて割と真剣な表情でユージに見つめられマナは口ごもった。
「“任務”のあとはどうしても昂ってしまう…。マナちゃんさえよければ、鎮めてから眠りにつきたいんだけど?」
ユージは屈託のない笑顔をマナに見せた。マナは唇をワナワナと引くつかせたが顔を赤らめて小さく肯いた。
陽の光が窓から差し込み、ユージは眩しさを感じて目が覚めた。雨は上がったらしい。雨季にもかかわらず、時折こういう雨雲が晴れてお日様が大地を照らしてくれるとやはり気持ちがいい。
胸に重みを感じて胸元を見ると、掛け布団の隙間からじっとこちらの様子を伺うマナの顔が見えた。
「…おはよう。」
「…もう夕方よ。」
布団の隙間からマナは無表情で返事をする。ユージは「そだね」と微笑み返すがマナはむすっとしたままだ。
「…どしたの?」
「……昂り過ぎよ。」
思わぬ返事にユージは顔を赤くして視線を逸らした。確かにいつもより激しかったのは事実…。
「マナちゃん。今日でマナちゃんと出会って丸二年だね。」
「……それがこれ?」
「うう…ゴメン。」
「…いいよ。アタシはユージの奴隷なんだし。…それより、“任務”終わったんでしょ?“報告”に行かなくていいの?」
“報告”の言葉に反応してユージは起き上がった。マナは布団にくるまっていたが、可愛いお尻が見えていた。ユージはそれをチラ見しつつクローゼットから服を取り出した。
領主に仕える守護騎士が着る深緑の軍服。同じく深緑の帽子を深くかぶりベッドの上のマナに振り向く。
「…帰りに新しいネグリジェ買ってくるから。…八時くらいかな?」
ユージの言葉にマナの尻尾がゆらゆら揺れた。猫獣人が尻尾をゆらゆらさせるときは嬉しい時。ユージはマナににっこりとほほ笑んでリビングを出て行った。
「…ユージのくせに。」
窓の外に移るユージを目で追いながらマナは毒づいていたが、その表情は嬉しそうにしていた。
街の中心に東西南北高い壁で区切られた巨大な屋敷…領主フィフス・エクトール辺境伯爵が住む領主館がそこにあった。
城門は南側の壁に設置されており、領主に面会する人間はそこから領主館に入る。当然入る前には守護騎士の検査を受けてからになるが、ユージが向かったのはその城門ではなく、北側の壁に面した通用門だった。目立たないように小さく作られており、見張りもいない。だが特定の人間しか入れないよう工夫がされていた。
ユージは門の前で片腕を振り回す。一瞬紫の膜が見え、門はガチャリと音を鳴らして開いた。ユージの家と同じように【結界】が施されており、解除の方法を知っている人間だけが入れる仕組みだ。ユージが中に入ると自動的に門が閉まり、また【結界】が張られた。
門の内側は細い通路になっており、すぐ両脇に守護騎士の詰所がある。ユージは片側の詰所の窓に近づき、そこに置いてあった水晶に手を乗せた。窓の向こうには水晶を確認する守護騎士がおり、反応が無いことを確認して先に進むよう合図をユージに送った。ユージはそれを見てから狭い通路を奥へと進んだ。
通路を少し歩いた先に小部屋があり、ユージはその小部屋に入った。しばらく待っていると同じ深緑の軍服を着た男が小部屋に入って来た。ユージは男に向かって一礼する。
「どうであった?」
男はユージに話しかけながら対面に座った。
「はい、デハイド様のおっしゃる通り、『犯罪者』でした。」
ユージは簡潔にまとめた報告書をデハイドと呼んだ男に渡す。デハイドはそれに素早く目を通した。
デハイド。守護騎士団の暗部に所属する騎士でユージの直属の上司にあたる。そしてユージの軍服姿を知る数少ない人物。
「…ふむ。奴は【簒奪者】だったのか。…で奴から出てきたのは金貨の束と羊皮紙。」
デハイドは報告書と一緒に差し出した遺品のうち、羊皮紙を手に取る。書かれた内容を見て苦笑した。
「アイツ、悪党のくせに技能を簒奪した相手の名と日にちを記録してやがる。」
「はい、無駄に几帳面だったようで。」
デハイドとユージは顔を見合わせてもう一度苦笑した。
「まあよい。こいつが単なる悪党であったことはわかった。俺の杞憂であって何よりだ。閣下への報告はこの報告書の内容で問題ない。…ああ、それからその金貨の束はお前のモンにしていいぞ。」
デハイドは5本の金貨の束をユージの方に付き返した。
この世界の貨幣は全て真ん中に穴が開いている。持ち運びに便利なように紐を通すためだ。紐で束ねる枚数は20枚と決められており、その束が5本…つまり100枚の金貨がユージの戦利品となった。
「ありがたく頂戴致します。これでも奴隷持ちなんで、何かと入り用になりますから。」
ユージはお礼を述べつつ金貨の束を懐にしまった。
「二人も持っていると暗部の給金だけでは足りんのか?」
デハイドの問いにユージははっきりと答えず曖昧に受け応えた。その態度にデハイドは肩をすくめ話題を切り替える。
「来月の1の火曜、船が来る。今回は“従者の金貨団”が対応する番だから、団長はお前を指名するだろう。」
ユージはデハイドの言葉に表情を改めてゆっくりと頷いた。
この世界の暦は六曜で括られている。地水火風陽陰の六曜で一週間。5週間でひと月。12か月で1年と括られている。つまり一年は360日だ。ひと月に同じ曜日が五回あるので、1の火曜とか5の陰曜と表現される。…ちなみに今日は4月3の風曜(4月16日)である。
デハイドへの報告は終わったので、ユージは一礼して小部屋を出た。そのまま通路を通って通用門から外にでる。次の瞬間顔がにやけ始めた。
「むふふ。思わぬ臨時収入だ。」
ユージは懐の金貨100枚にきゃっきゃとはしゃぎながら街の南側に広がる商店街を目指した。
領主館の南門からまっすぐ南へ一直線に、道幅の広い大通りが伸びている。四頭立の大型蜥車が十分にすれ違うことできる広さを持ち、街の中心街として大きな商店が立ち並んでいる。
蜥車とは八本の足を持つ大型の蜥蜴種である、八足竜に荷車を取り付けた運搬車のことで、馬のいないこの世界での馬車代りの乗り物である。
因みに騎士は二足歩行する中型の蜥蜴種、二足竜に乗る。ユージも仕事で二足竜に乗ることもあるが、余りうまくは乗りこなせない。何もせずとも目的地にたどり着く蜥車のほうが好きなようで、綺麗な荷車を付けた蜥車を見つけると、羨ましそうな目でそれを追いかけていた。
途中で領兵団の団員の証である袖なし長套外衣を着た男達が歩いているのを見かけた。ユージは深緑の帽子を深くかぶり直して歩く。すれ違う時にお互いは軽く会釈をした。
エクトール領には四つの領兵団が存在する。ユージが所属する“従者の金貨団”の他に“先駆けの剣団”、“騎士の聖杯団”、“代王の鎚矛団”。どの団も二百名以上の団員を抱える大所帯で、団員はどの領兵団に所属するのか一目でわかるように、活動中は決められた袖なし長套外衣を着用する。ユージがさっき会釈した団員は“騎士の聖杯団”を示す銀杯の意匠が入っていた。彼らは街の治安維持のため大通りを巡回中だったのだ。
守護騎士団は領主を守護する公設の軍隊だが、領兵団は領都及び領民を守護する私設の軍隊。役割も異なっており、領兵団が受け持っているのは三つ。
“討伐”…領都の外へ出動して魔物退治、盗賊退治などを行う。
“依頼”…領主、領民からの依頼を有償で行う。資材集めや護衛など依頼内容は様々である。
“警護”…領都外縁の見張り、領都内の巡回、問題発生時の対処などを行う。
これらを四つの領兵団がひと月ごとに交代で担う。今は“先駆けの剣団”が討伐任務、“代王の鎚矛団”が依頼任務、“騎士の聖杯団”が警護任務。“従者の金貨団”は四か月に一回訪れる“自由行動”だった。
通常は休暇としてのんびり過ごしたり、個人的に依頼任務を行って金を稼いだり自由にしていい期間だが、守護騎士団暗部にも所属するユージには自由行動なんてものはなかった。だが、ユージが暗部に所属していることは他の団員は知らない。故にこの深緑の軍服姿でいるときは帽子を深くかぶって顔がばれないようにしていた。
ユージは暗部に所属するきっかけとなった二年前の出来事を思い出す。それはマナと出会った出来事でもあるのだが……あの時のマナちゃんは手に負えないほど狂乱してしまっており、それを止めるために自分が隠し持っていた能力を使ってしまい、それが暗部の目に留まった結果…。
まあ、お蔭でマナちゃんを所有することができたし。でも最初は全然懐かなくていろいろと苦労したもんだ。それがだんだんと僕に心を開いてくれるようになって、そしたら僕もだんだん彼女が愛おしくなってしまって、今じゃ僕の方がベタ惚れだし。でもマナちゃんは夜のベッドでは僕より淫らで…
なんてことを考えながらユージは歩いており、気がつくと目的のお店の前に着いていた。慌てて帽子と上着を脱ぎ、靴も履きかえて守護騎士団とは見えない恰好に変えた。
ユージがよく行く婦人系衣服店。奴隷は自分で衣服を購入することができないので、主が買い与える必要があるのだが、ユージが安心して婦人物の服を変える唯一の店で、店に入った途端、店の主人にすぐに声を掛けられた。
「あら、ユージさん。」
いつもの優しい笑顔で迎え、いまだに店内の雰囲気になじめないユージに歩み寄る大人の魅力を備えた女性。
「お世話になります、オルティアさん。」
ユージは他の女性客と目を合わせないように店内を進みオルティアさんの手を取る。そして二人で他の客からは見えにくい奥のスペースに行くのがお決まりの行動だった。
ユージはマナ用のネグリジェの注文を行うと、オルティアはすぐ店員に指示を出した。しばらくすると女性店員が綺麗な箱に詰められた服をユージに差し出した。
贈答用と依頼したわけでもないのにこの気配り。これがユージがこの店を気に入っている理由でもある。
ユージが箱を確認していると、オルティアさんが妖艶な笑みで話しかけてきた。
「いよいよ明日ですわね。」
ユージはその言葉に少し照れくさそうに返事する。
「そう…ですね。」
「明日の催しが終わるころには、街の人たちはあの子の本当の魅力に釘づけのはずよ。」
オルティアの顔がユージに近づく。ユージは少し身を引いて答えた。
「そ、そうだといいですね。」
「あの子の晴れの舞台にウチの服を選んでくれて…ウチもいい宣伝になるわ。」
オルティアは更にユージに詰め寄った。別に気があるわけではない。ユージの反応が面白くていつもこんなふうに弄ばれているだけなのだ。ユージはそれがわかっているのだが、オルティアの大人の魅力に対処できず、他の店員さんにまでクスクス笑われていた。
何とか店を出て、ユージはホッと一息ついていた。ここに来るといつも汗だくになる。家に帰るとマナに「女の匂いがする!」と勘違いされることもしばしば。それでもマナがこの店の服をいつも気に入ってくれてるので、何度も足を運んでしまうのであった。
ユージはマナへの贈り物を小脇に抱え家路に着こうとしたが、ふと立ち止まった。
「…うん、ディーアのところへ寄って行くか。」
そう言ってくるりと向きを変え、大通りを更に南へ向かった。
このとき、彼はマナに言った“帰りの時間”のことはすっかり忘れていた。
●簒奪士
他人の持つ資格から、任意のスキルを奪い取る技能を持つ資格。かなり特殊な資格で、不人気上位の資格。だが一部の悪人には好評のあり、悪人専用資格とも云われる。
『取得条件』
他人の資格取得の瞬間に立ち会う(確率1%)
『習得技能』
・資格鑑定
・体力簒奪
・生命力簒奪
・命簒奪
・精神力簒奪
・魔力簒奪
・技能簒奪
・資格簒奪
『取得恩恵』
・技能成長不可
・悪人面