Ⅱ.現実世界、勇二は再び高級遊戯店へ
現実世界の2話目です。
主人公は最後に意味深な言葉を残します。
3D携帯端末の繰り返し発信機能で10回以上もコールして、ようやく電話の相手と通信がつながった。
「私に用か、『ジャックオブダイヤ』よ。」
声の主は僕をハンドルネームで呼んだ。
「…いい加減、本名で呼んでくれてもいいんじゃない?」
「貴様となれあう気は毛頭ない。」
ショートカットの似合う可愛い顔が3D映像で表示されているが、その表情は笑顔とは無縁の冷たい視線をこちらに向けていた。
「可愛げがないなぁ、睦鹿 葉亜都さん。婚期を逃しちゃうぞ。」
「…切るぞ。」
「うわぁああっと!待って!謝る!用があるんだ!資金準備ができたから次は葉亜都ちゃんに入会…」
ぷつっ…つー、つー、つー、つー…。
…まったく……。
同じスートハッカーなのに、誰とも仲良くせず、孤高を気取り、常に余所余所しく、気も短い。おまけに感情というものをどっかに落としてきたらしく、鋤屋 真名子とは正反対の性格だ。
僕は再び3D携帯端末の繰り返し発信機能でコールし続け、何とか会話を続けた。
「金は『クイーンオブハート』の指定口座に振り込んでいる。経歴操作も完了した。後はさきほど送った紹介メールから、手順通りに手続きしたら入会できる。」
僕の言葉を聞いて、むすっとした表情で彼女の3D映像がタブレットで何やら確認していたが、突然ブフォ!と吹き出した。珍しく慌てふためいた表情で声を荒げた。
「貴様!何の冗談だ!こんな大金見たことないぞ!これをどうしろと!?」
「…実際いるんだよ。入会するのに。」
僕の言葉に睦鹿は動きを止めた。
「100億というのは本当だったのか!?こんなバカげた金額を出して入会してる奴らは何なんだ!?というか貴様どうやって集めた!?」
初めて見る睦鹿の動揺っぷりに眼福の表情で僕は回答する。
「葉亜都ちゃんは初心な女の子だね~。この程度のお金で痴態を晒してては、足元見られるよ。」
「な!?」
痛いところを突かれたのか、下の名前をちゃん付けされたのが恥ずかしかったのか、睦鹿は顔を赤くして絶句して固まってしまった。僕はその様子を見て再びクスクス笑っていた。
スートハッカー。
先進国家の防衛機関にも名を知られたハッカー集団で、その筋からは『最も破壊的技術力を持った電脳集団』と畏怖も込められてその名を知られている。
時には国から秘密裏に依頼を受けて狂信的な独裁国家の資金断絶工作や、大手企業の最重要機密のセキュリティ対策、または、不正に盗まれた特許技術の奪還など、その活躍範囲は広い。
二菱 勇二はその四天王の1人、『ジャックオブダイヤ』の名を持つハッカーだが、今はその活動を自粛していた。
理由は、ハッキングよりも興味のそそるものがあるから…なのだが、そのためには莫大な資金が必要だったため、いろいろと腐心していた。
ようやく、二人目の潜入資金が調達できたので、同じ四天王の1人『クイーンオブハート』の睦鹿 葉亜都に連絡をしたが、以外にも大金を前に眼福の痴態。これはこれで面白かったのだが、安全を期して、一旦彼女の口座に預けた潜入用の資金を全額引きおろし、鋤屋 真名子に連絡した。
「何?」
3D携帯端末には奇妙な「?」マークの姿が映し出され、好意的でない声で返事をされた。
「『ジャックオブダイヤ』より『エースオブスペード』へ非定時連絡。たった今貴殿の口座に潜入資金を振り込んだ。これより所定の手続きを経て『ボウランド・ワールド』へ潜入せよ。」
僕はいつも通り業務連絡のような口調で彼女に用件を伝えた。
3D携帯端末は暫く無言だったが、やはりブフォ!と何かを吹き出す音が聞こえた。映し出される立体アンノウンマークからは、その表情はうかがうことはできないが、100億という数字に驚愕しているのだろう。僕は次の反応を楽しみに3D携帯端末をじっと見つめた。
「…んふ!」
期待していた反応とは裏腹に、喜色悪い声が聞こえた。
「ムフフフフ!」
どうやら、大金を目にして良からぬ企みを起しそうな笑みを浮かべているようだ。3D携帯端末の向こうからは気味の悪い笑い声がこだまする。
「これだけあれば、ドバイに別荘が買える!」
普段の鋤屋は独断専行しがちでいつも僕から注意を受けており、勝手な行動をとることもしばしば。そのせいで任務失敗したこともあり、個人的には欲望の強すぎる女としてそれなりの注意を払ってはいたのだが…。
僕はPCを操作し、入金した金額を全額引き落とす。直ぐに3D携帯端末の向こうから「あっ!」という驚愕の声が聞こえた。
「ちょっと勇二!口座を見せて喜ばせておいてどういうつもり!」
「…いい加減アンノウンマークで映像非表示の設定止めたら?」
「は?私のお気に入りの立体ち○こ映像にしてたら、激オコしたからこれにしてるんでしょ!?」
彼女が怒っているときは簡単にその怒りの原因をすり替えられる。
「普通の3D映像したらいいじゃない?」
「何でアンタに私の美しい素顔を晒さなきゃならないのよ!」
「この前、直接会ったじゃない?」
「ああああれは、罰ゲームよ!デートしてくれなきゃ強制脱退させるって言うから…仕方なく!」
「あれは真名ちゃんが悪いじゃん?勝手な行動で失敗して…僕が尻拭いさせられたんだよ?デートくらい要求してもいいでしょ。」
「っさいわね!私の美顔を拝見させてあげたことを感謝くらいしなさい!」
「うん、確かに綺麗だったね。」
「んあ!?」
「…景色が。」
3D携帯端末の向こうからガタガタと音がした。恐らく椅子から転げ落ちたと思われる。暫く待っていると映像が切り替わった。
綺麗な黒いロングストレートにくりっくりした可愛らしい目が印象深い可愛い系の女子だった。
「…誰もが美少女と認める私の顔を見て、アンタなんとも思わないの?」
彼女は何処まで接近するのかと突っ込みたくなるくらい顔のドアップ映像を移して、僕に迫ってきた。
「そうね、僕が真名ちゃんを褒めるときは『可愛い』…だったはずだよ。」
僕の言葉に美少女ドアップ映像は停止した。はにかみ、気まずそうな表情を浮かべたかと思う視線を下に向けて恥ずかしそうな表情へと移り変わり、映像が切り替わって立体ち○こへと変貌した。僕はため息をついてから彼女に話しかけた。
「…真名ちゃん、これは世界規模で行われているかなり怪しい闇カジノなんだよ。当然危険もいっぱいある。前に説明したように、潜入中は一切の連絡手段がない。何としてもあのゲームの実態を調べ上げ、且つゲームを使って情報伝達できるようにしなきゃならないんだ。」
「…わかってるわよ。」
ち○こ映像が返事する。
「ドバイに家を買う資金じゃないから。」
「…。」
「なに?」
僕はち○こに聞き返した。…心の中ではだんだんと悲しくなっていた。
「…ト。」
「え?」
「でえと。」
「…はい?」
「成功したら、してよ。」
僕は心の中でち○こからデートを申し込まれても、と思った。
「わかった。…その代わり、ちゃんと自分のキャラ見つけ出して『記憶共有』して来てよ。」
そう言ってPCに視線を向け、再度入金操作を行った。操作を終えて3D携帯端末に視線を戻すと、ち○こが嬉しそうに踊る映像が流れていた。
鋤屋 真名子が『ボウランド・ワールド』へ向かった同じ日、二菱 勇二も別のホテルのスイートを予約し、ゲームを観戦していた。
既にゲームは3順目に入っており、2順目は運営会社の総取りで終了したため、初回ベット額が1億に替わっていた。また、キャリーオーバーも発生しており、今回の当選者はベット額に応じた賞金プラス二千億ドルが支払われることになっており、かなりの高額配当に僕も生唾を飲み込んだほどだ。
「ユージ様、2順目のベット額は口座より引き落とさせて頂いております。3順目が始まっておりますので、お好きなキャラクターにベットをお願いいたします。」
立体映像の専属アシスタント、ウエノが畏まった説明をする。僕は片手でウエノに応え、タブレットに集中した。2順目の結果をダイジェストで閲覧してたからだ。スーツ姿の女性は、暫くじっと僕を窺っていたが、やがてわずかに微笑んで立体映像を消した。
スイートルームが静寂に包まれても、僕は周りを気にすることなく、じっとタブレットを覗き込んでダイジェストを閲覧していた。
「…ウエノさん、いくつか質問いいかな?」
僕の声に反応するかのように、ブゥンという音がして立体映像が現れた。
「はい…お答えできる内容でしたら。」
ウエノと呼ばれた女性はスーツ姿で綺麗な御時期をして答えた。僕はその姿を一瞥して再びタブレットに目をやる。
「この魔王軍全軍を率いた幼女キャラは何?」
「…確かに公開サービス時には存在しないキャラで御座います。…本サービスでは、遊戯を盛り上げるために、運営側が用意した特殊キャラクターが何体かございます。彼女はその一人です。」
僕は視線をタブレットから立体映像の彼女に移した。彼女は変わらず営業スマイルで僕を見ていた。
「ほう…。どう特殊か伺っても?」
「申し訳ございません…それをご説明すると他のクライアントと不公平になります故…。」
ウエノは丁寧なお辞儀をして答えを断った。徹底されているなと感心する。
「では質問を変えよう。この特殊キャラについて話せることだけでいいから教えてくれ。」
ウエノは姿勢を正すと僕に向かって立体映像のむこうから説明した。
特殊キャラと呼ばれる公開サービス時には存在しなかったキャラは全部で10人。いずれもプレイヤーと同等のアルゴリズムを持つ自律型のキャラだが、特徴は様々。
一人は2順目の魔王軍全軍で進軍してきた際の総指揮官、魔王の娘『アナスタシア』。
外見は幼女だが、その能力は魔王に次ぐという設定らしい。実際の魔王を見ていない僕にとっては、そう言われてもピンとはこなかったのだが。
もう一人明かされたキャラは、本国で待機中で、25年目になると、どこかの辺境伯爵領に渡航してくる『勇者』だそうだ。名前も能力も秘密にされていた。階級100を超えて取得する称号「勇者」とは異なり、「勇者」という加護を持っているそうだ。
残りの8人は所属も種族も秘匿された。…まあいい。ファンタジーに定番のキャラを作ったところから、ある程度想像はできる。
「…もう1つ質問だ。このオジェルダノワ辺境伯爵領で魔王軍が侵攻する前に壊滅的な打撃を受けている…。これは何かのイベントか?」
「それは『四大災厄』と呼ばれるランダムで発生する破壊イベントですね。発生率は低く設定していたとおもいますが、発生した地域では、そのオジェルダノワ領のように街が壊滅します。」
ウエノの説明に僕は無言で肯き、視線はタブレットに戻した。ウエノは自分の役目は終わったことを確認してスッと映像を消した。
「むぅ…。僕が苦労して見つけたこの盗賊ちゃんは魔王軍侵攻前に殺されてるじゃないか。」
僕が公開サービス時の知識を総動員して苦労して見つけ出したプレイヤーは領兵団に捕まって処刑されていた。割とバランスのとれた能力でいい線行くかと思っていたのだが…これは意外と悔しい。調子乗って10億レイズしたのが失敗だったかも知れん。レイズをするとプレイヤーにもその分強力な加護が付与されるからな。これで盗賊としては目立ち過ぎたのかもしれん。僕はベットするタイミング、レイズするタイミングでも駆け引きが必要だと言うことを肌で理解した。
ホテルで一泊し一通り『ボウランド・ワールド』の3順目を確認して、僕はタブレットの電源を切った。暫くすると、立体映像のウエノが現れる。
「ユージ様、今日はもうご退出ですか?…まだベットされておりませんが。」
「ああ、今回は状況確認が目的だったからな。近いうちにまた来るよ。」
「了解致しました。ご予約、お待ちしております。」
ウエノは綺麗に腰を折り曲げたお辞儀をして、そのまま映像が消えた。僕はタブレットをテーブルに置き、立ち上がったところで、慌ててタブレットに手をやる。スロットにカードを差し込んだままだったので、カードを抜いてピンと指ではじいた。カードはクルクルと回転して手のひらに戻ってきた。僕は両手でキャッチして、タブレットと共にテーブルに置いた。
何気ない動作だったが、実はこの間にカードをスキミングしていた。それは両手でキャッチした瞬間。手のひらに薄く張ったクリームタイプの簡易スキャナーでカード内の情報を読み取っていたのだ。読み取るにはある程度の圧力を掛けなければいけなかったので、ワザと弾いたカードを両手でキャッチする仕草をしたのだが、運営には気づかれなかったようだ。
ホテルを出た僕は、その日は誰にも接触する事無くすごし、翌日鋤屋 真名子に連絡した。だが何回コールしても鋤屋からの応答はなく、何かのトラブルに巻き込まれたことを想定して、調査し始めたときにコールが返って着た。僕は慌てて電話に出ると、おいおいと先端から涙を流すち○こ映像が映し出された。
「ま、真名ちゃんどうしたの!?」
「勇二……。私…“奴隷”に落とされた…。」
「はぁ!?」
「3順目始まってすぐに、無能な役人に喧嘩売っちゃって…あっという間に鉱山に連れて行かれた。」
「何だゲームの話か。」
彼女の言葉に勇二はホッとしてぼやく。途端に3D系短端末の映像は青筋を立てたち○こ映像になった。
「何だって何よ!女の子の奴隷が悲惨だって想像つくでしょ!」
「まじか。このゲームってそういうところも忠実に作り込んでんの!?」
僕は慌てて3D携帯端末の上に浮かぶち○こ映像を指で弾いた。僕の指の動きに合わせてち○こが吹っ飛び、映像が切り替わって美少女の真名ちゃんがバスタオルで身体を巻いているだけの映像に切り替わった。
「え!?」
「な!?」
真名は全身を真っ赤にして慌てて画像を切り替えた。映像は踊るデフォルメ真名ちゃんだった。
「ば、ばかぁ!何で映像を切りかえれるのよ!」
スピーカーが割れるくらいの大声が響き渡る。
「ご、ごめん!だって真名ちゃんいつもち○こ映像にしてちゃんと姿見せないから、気になるじゃない!?」
「だからってこんなことできるように改造しないでよ!」
確かに自分が設定した映像を相手側が切り替えるなんて想定外だろう。
でも僕は見逃さなかった。既に映像はOFFにされているが、真名ちゃんがいた場所はあの一瞬で僕には分かった。
「今からそっち行くわ。…待ってて。」
「……私が何処に居るのかわかってるの?」
「当然でしょ。」
「……何でわかるの?」
「忘れるわけないでしょ。それに真名ちゃんは嫌なことがあるとすぐそこに行ってお風呂入ってし。」
「……何で知ってるの?」
「だってあの部屋は僕以外の誰かが侵入するとセンサーが反応する仕組みになってるし。無断侵入と合いカギ侵入に反応するようになってるんだ。」
「そして盗撮してたんだ。……最低。」
「盗撮は玄関だけだよ。真名ちゃん、合鍵を渡してるからあの部屋を使うのは自由だけど…お風呂のお湯くらい、抜いて行ってよね。真名ちゃんが返った後いつも僕が風呂掃除してんだから。」
僕の言葉に3D携帯端末は無言だった。30秒ほど沈黙が続き、「…早く来てよ」とだけ言って通話が切れた。僕は携帯端末を折りたたみ、着換えを鞄に詰め込んで部屋を出た。
…あそこはかつて僕と真名ちゃんが一緒に暮らしてた部屋。別れた後もスートハッカーとして共に仕事していたが、顔を会わせることは無かった。この前、真名ちゃんのミスを尻拭いした時に思い切って直接会う約束をしたが、意外とぎこちない初心なデートになってしまった。別れた恋人ってこういうもんだと思ってたんだけど、合鍵使って曾ての部屋に出入りしている姿やこの前に久しぶりに会った姿を見て、やっぱり彼女も未練があるんだなってことはわかってた。
後はきっかけだけに過ぎない。
そしてそのきっかけは、今この瞬間だ。
僕は、昔に戻るべくPCに囲まれた部屋を出て行った。
『ボウランド・ワールド』は世界からを姿を消した。
多くの人間がその名を知っており、その斬新なシステムを体験すべく専用ハードを購入した。
だが、あっという間にシステムダウンして再起動する事無くサービス終了。
そして運営会社の中でひっそりと稼働するシステム。それは、特別な会員だけが覗くことのできる電脳世界。
何を目的としたシステムなのか。
これで何が動き出そうとしているのか。
多くの電脳世界の住人が調査に乗り出している。
二菱 勇二、鋤屋 真名子、紺谷 結衣、睦鹿 葉亜都の4人も既に『ボウランド・ワールド』に自分の分身を送り込んでいる。
僕は、日の暮れた空を見上げる。
「今回の仕事…胸騒ぎがするな。…だってそうじゃないか。今回の相手は全世界の富豪を相手にしている謎の組織だ。」
“…そうだな。また死人が出るかもな。”
「…もう誰も死なせないさ。……アンタが最後の犠牲者だ。」
“…期待しているぞ。”
僕に語りかけた声の主は僕の脳への直接回線を切った。
僕は大きく屈伸をして体をほぐしてから、彼女の待つ部屋へと向かった。




