カフェテラスで重い溜息
ユージはケリルに気に入られました。
でも彼女は団長の妹君。下手に手を出せばどうなるかわかりません。
今話では、次のイベント『定期便』が始まるまでの閑話でございます。
北の砦から東へ徒歩半日のラケル辺境伯爵領内の位置にダンジョンは見つかった。だが、既にそこは攻略済のダンジョンであった。
ダンジョンとは、魔物が発生、再生、進化、変異をする場所を表す。魔族が支配する魔導大陸では、このダンジョンの存在が魔族の支配領域を表しており、ダンジョン周辺では様々な魔物が闊歩し、ダンジョンの中心には、魔素を凝縮したコア、それを守護するガーディアン・モンスターが存在する。そしてダンジョンの形態は洞窟形式とは限らない。
ユージ達が見つけたダンジョンは山岳形式で、それほど広くもない、低レベルのダンジョンで当然魔物の気配もなかった。だが、魔物が再生した形跡は見つかった。ダンジョンに入ってすぐの岩山近くで残留魔素を感知した。地面に残る足跡、爪痕から、ここでレッドボーン系の魔物が再生されたと思われた。残留魔素から『魔素玉』を応用して強制的に再生させたものでは?というのがユフィの見解だった。
夜になり、これ以上の探索は危険と判断したユージは街への撤収を提案し、ケリルは了承した。ダンジョンを出ても、はるか遠くの森からの監視は続いており、ラケル領内で何が行われているのか調査が必要と感じた。だがユージは憂鬱だった。調査するとなれば、絶対に自分にその指令が下されると思っていた。だが、嘘の報告をするわけにもいかない。3人でダンジョン内で一晩過ごした後、翌日(4月5の地曜)夕方に領都に到着した。
街に到着した3人は早速二人の団長によって拘束された。ケリルは余計なことをしゃべらせない様、問答無用でヴァルバド・ダイヤール団長に領兵団本部へと連れて行かれ、ユージとユフィは“先駆けの剣団”の団長、アインス・スペーディア老に捉まった。
アインス・スペーディア。
エクトール領兵団の古参で、年齢は七十を過ぎているが元気な老人だ。フィフス・エクトール辺境伯爵に幼少から使える元守護騎士で、領内でも数少ない『加護持ち』の一人で、ユージが関わりたくないプレイヤーの一人でもあった。
ヴァルバド団長に連れて行かれたケリルに代り、団員の命を救った二人に丁寧なお礼を述べられる。元守護騎士だけあり、礼儀正しく物腰の柔らかい老人だが、仲よくする気の無いユージは個人的な礼は全て固辞した。
型通りの挨拶を終わらせ、“先駆けの剣団”の本部を辞した二人は夕飯の食材探しに南の大通りへと向かった。歩きながらユフィは不満そうに呟いた。
「ユージの態度、かなりそっけなかったよ。あれじゃ、あのおじいさんも気を悪くするよ。」
「…あのご老体、『加護持ち』なんだ。」
「あー…。」
ユージの答えを聞いてユフィは納得する。『加護』とはクライアントがベットすることによって付与される特別な恩恵。つまりあの爺さんは現実世界でゲームを見られているということ。そんなプレイヤーと接触するのはユージとしては避けたいのだ。それを理解しているユフィはこれ以上さっきの態度については、何も言わなかった。
二人が到着した店はオルティアの店だった。婦人系の衣服店であることに戸惑いを覚えるユフィを余所に、ユージは店に入って行った。慌ててついていくと、店内で綺麗な女性に声を掛けられた。
「へぇ…。ユージさんが女の子を連れてくるとはねぇ?」
「オルティアさん、店の奥を借りたいのだけど?」
オルティアの言葉は無視してユージは奥へと進む。そっけない態度に拗ねた仕草を見せるオルティアだが、すぐに奥へと案内した。奥の個室に三人で入るとユージは素早く扉を閉める。オルティアにはそれが何を意味するのか十分理解しているので、くすりと笑った。
「…で、どういった内緒話?」
「ユフィ、フードを取ってくれ。」
ユージの言葉にユフィは恐る恐るフードを外した。長い耳が左右にピコンと飛び出し、オルティアはそれを凝視した。
さすがのオルティアもユフィの耳に驚愕し、声もなく目を見開いて呆然と眺めていた。
「…オルティアさん、彼女の耳を隠せるような帽子をいくつかご用意してほしいのですよ。」
ユージの言ってる意味をオルティアは理解した。彼女はエルフ。希少な種族。故に、存在自体が争いの種になるやもしれぬ。隠せるのなら隠したい。オルティアは何とか自分の思考を回復させ、ユフィに近づいた。頭の大きさを測り、耳の位置を確認し、長さをチェックする。
「…わかったわ。いくつか見繕って明日届けるわ。」
「お願いします。こういうのはオルティアさんにしか頼めませんから。」
頭を下げるユージにオルティアは悪戯っぽく抱き付いた。
「あら、私を信用してくれてるということね。うれしいわぁ。」
自分の体をわざとらしくユージにこすり付けるように抱き付き、ユージは困惑の表情、ユフィは嫉妬の表情を見せた。それを見たオルティアはちょっと羨ましげにため息をついた。
「じゃ、明日の夕方までに届けるわ。」
オルティアさんに店の前で笑顔で見送られながら、二人は次の店へと向かう。そして行く先々で、ユージはユフィのことでからかわれる。ユフィは唯々びっくりしていた。
目的の為には、目立つ行為は控えるように言われていた。実際ソロで山や森に篭って生活してたんだし。…でもユージはこの町でいろんな人たちと楽しげに会話している。羨ましくも嫉妬する。
気づけばユフィはユージの服の袖を引っ張っていた。それに気づいたユージは、お店の人との会話を切り上げ、家路を急いだ。
「悪いな。みんなユフィのことを可愛いと言ってくれたからな。なかなか断りきれなくて。」
ユフィはユージに変な謝り方をされ、顔を赤くしてふて腐れた。
その夜。
ユージの家は荒れた。
ディーアがユージと一緒に風呂に入りたいと駄々を捏ね、これに腹を立てたマナが夕ご飯の準備をボイコットした。
結局ユージはディーアとマナと順番に風呂に入ってのぼせる寸前にまでなってなんとか事なきを得るという、ユフィから見れば白眼視するような結果だった。
翌日(4月5の水曜)、ユージは朝から劇場に向かった。この一週間、任務で稽古を休んでいたため、早朝から劇場で稽古に励むためだ。
彼は“従者の金貨団”の団員だが、仕事が無い時は劇場で芝居をしている。表向きは奴隷二人を養うために金が必要だからとしているが、実情は情報収集である。劇場で働く劇団員の多くは領都外から来た自由民だ。当然、他の伯爵領の情報や、魔物の情報を持っている。また、演劇を見に来る客も千差万別で、ユージは情報収集には良い場所だと考えている。そのために暇を作っては稽古に勤しみ、普通の劇団員を演じていた。
昼過ぎに一人の男性がユージに近づき、差し入れのパンを手渡した。ユージは男性に笑顔で礼を言い、パンに挟まっていた紙切れを素早く仕舞った。
男性からの差し入れは、暗部のトップからの連絡事項だった。
ユージは稽古を中断し、紙切れを見る。紙には拙い絵が描かれていた。この絵を見る度にユージは毎回苦笑する。
絵にはイーサが決めた暗号が描かれているのだが、何せ拙い。子供が描いたような絵だ。暗号を読み間違えてしまうほどだ。場所はいつものカフェ。日時は明後日(4月5の風曜)の正午。出席者は僕とユフィと団長とケリルさん…。当初は僕とユフィの二人だけだったはずなのに、増えてた。ということは『資格取りの旅』の件も一緒に話しするということだろうか。
ユージは夕方には稽古を切り上げ、家に帰った。既にオルティアさんからユフィ用の帽子が届けられてた。マナが帽子を見て「何でアイツだけなの!?」と声を張り上げたが、帽子をかぶったユフィを見て、その意図を理解し、ベッドの中にもぐりこんだ。ユフィはマナに対して申し訳なさそうにしながらも可愛らしい帽子をいくつも貰い、嬉しそうにユージにお礼を言っていた。気がつくと、ディーラも自分の角を隠すための帽子をクローゼットから引っ張り出し、あからさまにマナへ見せつけていた。マナはベッドの中でしくしく涙を流した。お蔭でマナのご機嫌を取るために、ユージはマナとのベッドの上の淫らな格闘におつきあいする羽目になった。
自家製パンのお店『クレアル亭』。パン自体は人気のお店だが、隣接するカフェテラスは客がまばらで、閑古鳥の鳴くお店だ。
ユージとユフィはそのお店にランチを食べに来ていた。入店して席に着き、メニューを見ているともう一組の男女が店に入って来た。二人とも長身でそれだけで目立つ。ユージ達の隣に男女は座り、店員からメニューを受け取る。
「そう言えば、ケリルさんの私服姿って初めて見た気がします。」
ユージの言葉に長身の女性が剣呑な態度で言い返した。
「うるさい。妾も1日中鎧を着て過ごしてるわけでは無いわ!私服くらい持ってる!」
「はい。その服、可愛いです。」
ユージの褒め言葉にケリルは硬直し顔を赤らめた。ユフィがその態度にピクリと反応した。
「ふむ。筆頭騎士となって嫁の貰い手がなくなったと思っていたが…鎧を脱げば、それなりの女の子と見てもらえるわけか。」
向かいに座る兄のヴァルバドが納得したように呟く。
「だったら、この前の話……」
「ダメだ!お前の結婚相手は俺が決める!」
会話の途中で拒絶され、ケリルは涙目で黙り込んだ。
「…全く。こいつのどこがいいんだか。」
ユージを一瞥して肩を落とす兄。そこには“従者の金貨団”の団長とは思えない哀愁があった。
「…いやぁ、遅れてすまん。」
悪びれた雰囲気のない口調で一人の若者が椅子を持って、ユージ達の間に割り込み、ユフィとケリルの間に強引に座り込んだ。ユージとヴァルバドが若者に一礼するが、ユフィとケリルは彼が誰だかわからなかった。
「今日の話は2つだ。1つ目はこの子だな。」
そう言うと若者はユフィの顔を覗き込んだ。ユフィはこの若者がなんとなく恐くて、ユージに助けを求めた。
「殿下、彼女が怯えております。少し自重を。」
「ん?あ、そうか。で、彼女とはどこで知り合ったのだ?」
「はい。幼い頃に過ごした村で、森に迷った僕を助けてもらったのが最初…だと思います。」
「思います?」
曖昧な表現に若者は聞き返した。
「は。なにぶん幼かったもので、僕の記憶の中での最初はそれです。」
「…あってるの?」
若者はグリンと首の向きを変え、ユフィに尋ねた。
「は、はい。」
ユフィは若者に怯えながらも返事をした。
「…ふ~ん。それから夜な夜な逢引きを繰り返しいたが、こいつの家族が領都に引っ越したことを機に二人は音信普通だったのか。」
「言い方にかなり語弊がありますが、概ねその通りです。」
それからは、ユージと接触したことをきっかけとして、人恋しくなり、森を出て様々な街を転々していたと説明する。この話は二人で考えた内容だ。
話を聞いた若者は考え込んだ。
「彼女の能力は報告書で見た。斥候としては申し分ない。だがどうしても目立つのがなぁ……。」
若者は彼女の頭を見て呟く。確かにそうだった。彼女はエルフ。左右に長く伸びる尖った耳が特徴で別名“耳長族”と言われるほどだ。目立つことこの上ない。そしてそれを隠すために用意した帽子。当然大きくなってしまう訳で、これも目立つ。
被っても目立つ。被らなくても目立つ。
紛れることを主とする暗部に今の彼女は難しいと言われているのだ。
普段は、チャラチャラしていて評判の悪いこの若者。名はイーサ・エクトール。守護騎士団暗部のトップにして、フィフス・エクトール辺境伯爵の次男坊だ。
今日は自由民である彼女の処遇を決めるため、こうしてイーサと極秘面談をさびれたカフェテラスで行っていた。
「…結論から言うと、現状では彼女は採用できない。目立つからね。…でも、彼女の資格は魅力的だ。…で今日ヴァルバドのじゃじゃ馬に来てもらった理由になるんだが…。」
イーサの視線がヴァルバドとケリルに移る。
「ケリル・ダイヤールは領兵団の筆頭騎士で狂戦士という最上位資格保持者でありながら、単独行動が多く集団戦闘が苦手だとか。」
やんわりとした言い方をしているが、要は勝手な行動が多いぞと忠告されている。そのためかヴァルバド団長の表情は険しかった。そしてケリルは青ざめている。
「まあ、団長の妹君でもあるから大ぴらなことはしたくないので…彼女にじゃじゃ馬の手綱と引いてもらおうかなと思うが…どうじゃ?」
さすがに全員が腰を浮かせた。
つまり、ケリルは今後ユフィをパートナーとして、領兵団活動を行う。いろいろな意味でユージとしてもまずい!だが、断る理由もすぐには見つからない!ユージは思い余ってユフィを見た。ユフィも助け舟を求めてユージの方を見ていた。それをあざとくイーサが見てニヤリと笑う。
「そこのお二人さん、恋人同士の様に見つめ合うのはよしてくれよ。」
その言葉にケリルがワナワナと唇を震わせた。その様子を見てヴァルバド団長がユージに怒りの視線を向ける。
「待ってください!突然こんなことを言われても…!」
「そうです殿下。一度考えさせてください。妹にも事情がございます。」
慌てて、再考のお願いをユージと団長でするが、イーサは椅子にどっかと座りこみ大きく息を吐いた。
「…あのねぇ。俺は“お願い”をしに来たんじゃないのよ。…これは“命令”だ。勘違いしてもらっては困る。」
ユージと団長は黙り込んだ。国家に属する人間である以上、命令には逆らえない。
「俺はこのエルフの少女を評価している。だから雑用係に彼女を保護し、保証人になることを命令する。」
イーサの言葉にユージは恭しく一礼する。
「俺は彼女の能力を活用するために、“従者の金貨団”に入団し、筆頭騎士ケリル付として彼女を御することを命令する。」
今度はユフィがユージに倣って一礼した。
「俺はケリル筆頭騎士の能力を存分に発揮させるため、ユフィと行動を共にすることを命令する。」
ケリルは悔しそうな表情をしながら、一礼した。
「なお、ユフィがエルフであることを秘匿することを義務づける。また、暗部活動を行う際のヴァルバド団長と雑用係との連絡は今後は二人が行うように。」
団長が抗議をしようとしたがイーサに制された。
「最後にヴァルバド団長…貴公はもっと妹離れをすることを命令する。」
団長は白目を剥いて倒れそうになった。イーサが強権でもってもっともらしく命令をしたが、団長への命令が一番恥ずかしい。その反応は最早団長とは呼べず、本当に妹離れできないブラコン野郎という雰囲気だった。
「…まあ、表向きの理由はそうさせてもらうぞ。」
イーサの言い方にユージは眉を動かした。面があるということは、人に言えない裏がある…。
「雑用係…言い反応だな。流石デハイド一推しの騎士だが…そのデハイドが、殺された。」
ユージは咄嗟に反応できなかった。言ってる意味を理解するのにも時間が掛かった。
「お前達がデハイドから指令を貰って北の砦に出発した後だ。アイツは俺が出した別の任務のために、北の森へ向かった。…そして返って来なかった。」
一同は沈黙する。ここにいる全員がデハイドのことを見知っており、突然の事に困惑していた。
「…昨日、湖からデハイドの死体が上がった。拷問の痕があったことから、考えたくはないだろうが、デハイドが何かをしゃべった可能性を考慮している。」
ユージは理解した。イーサ殿下が自分との連絡方法を変更するために、構成変更を命令していると理解した。…理解はしたが、容易に納得はできない。ユージは拳を握りしめた。そしてその行為をイーサに見られた。
「ユージ。俺とお前が直接接触するのは暫くないから言っておく。…暗部にいる以上、余計な感情で心を乱すなよ。」
ユージは自分の心を見透かされたようで力なく俯くだけだった。
軽食が運ばれ、4人は遅めの昼食を口に放り込む。ユフィの隣でイーサが欲しそうにじぃっと見ていたので、ユフィは「これ、どうぞ」とパンを差し出した。
「いいの?…君は将来出世するよ、きっと!」
危ない発言をしながら、貰ったパンにかぶりつくイーサ。それを横目に引きつった笑いをユフィは見せた。ユージは出来るだけ関わらない様に、黙々と食事を続けていた。そんなユージの様子が気になるのか、ケリルが食事の手を止めてじっとユージを見ており、そのケリルを兄のヴァルバドが睨み付けていた。イーサは内心、面白いと思った。
「…そうだ。今日はもう1件、話があったんだ。」
ワザとらしく、今思い出したかのような仕草をしてイーサはヴァルバドの方に体を向けた。
「来月の1の火曜のことだが…。」
イーサの言葉で、団長は食事の手を止めた。イーサが準備状況を聞くと、ヴァルバド団長はそれぞれの担当官、役割詳細、人数まで細かく報告した。報告内容を聞いてイーサは顎に手を当てた。そしていくつかの修正を指示した。
指示を受けた団長と、話を聞いていた他の3人はその内容に重苦しい溜息をつき、その様子を見ていたイーサは満足げに笑みを浮かべた。
料理人
食材を美味しく調理する技能を持つ資格。資格がなくても料理は可能だが、資格が有する技能でより美味しく料理することができる。
『取得条件』
1日に400食の料理をする(確率5%)
『習得技能』
・包丁術Ⅰ
・包丁術Ⅱ
・包丁術Ⅲ
・保存
・創作
・焼煮蒸揚
・茹炒和干
・漬煎燻凍
・盛り付け
『取得恩恵』
・絶対味覚
・素材の見極め




