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銀色の弾丸  作者: あまとう大佐
死に生まれたもの
3/4

2 夢の中で


ここはどこだ?


誰かがレイを抱えて、誰かが泣き叫んでいる。レイをみて必死に何かを叫んでいる。

初めて見る景色だ。なのにどこか懐かしさを覚える。

空は重いほどの鉛で、驚くほど寒い。体の感覚がない。


『……ねえ』


涙まじりの声で、誰かがレイに囁く。


誰だ、お前は。


『起きて……起きてくださいよ。……私のこと、置いていかないでください』


……は?

何を言ってんだ、こいつは。

俺を何処かに連れ去ろうとしてんのか。


『なんで怒らないの……いつもだったら怒るくせに……』


場面はまた変わる。

今度は、真っ白な光景。

あたりには何もない。建物も、木も、人も、動物も。空も色がない。

いや、誰かいる。

やはり、レイを見て泣いている。


(…ああ、そうか)


わけがわからない状況だというのに、レイは何が起きたのか全てを悟った。


もう助からない。


力の抜けた手を自分の胸に重ね、地面に横たわったレイは、冷静な頭でそんなことを考えていた。

体には白い羽根つきの矢やら短刀やらが突き刺さっており、そこから自分の物と思われる血がだくだくと流れ、地面に血だまりを形成している。ここから見ると自分がハリネズミに見えなくもない。




もう助からねえな、これ。




レイはまたそう考える。

どう見ても重傷だ。

なんでこんな他人事なのか、それは自分の身に起きていることがあまりに現実味を帯びていないからかもしれない。死ぬなど考えたこともなかったからだ。

死ぬ寸前というのは、世界がゆっくりになるものなのか。

滲んだ目の端に、はらりはらりと舞い落ちる雪が映った。季節はもう冬だった。

生気を失いつつある頬に、ポタッと雫が一滴垂れた。

冷たい……いや、温かい。とても温かい。

冷たい頬に温かい雫が流れるのを感じながら、レイは力なく上を見据える。

そこに、人がいた。顔は見えない。

ただ、レイの姿を見て、泣いているのだけは分かった。


『……ああ』


そいつの口から、嗚咽が漏れる。

とてもひどい鼻声。

力を失って行く頬に思わず笑みを浮かべると、その人物の目は壊れたダムみたいに涙をボロボロ流した。




顔面大洪水起こしてやがんの。

だっせえなあ……死ぬ間際位、笑顔見せてみろよ。

……ま、俺も人の事言えねえや。




『…なんで、なんで……!』


その人物はレイの手を握りしめ、慟哭する。

何故だろうか。死ぬというのに嬉しい。この人間に、こんな想われてたのかと思ってしまう。




ああ、やっぱ、死にたくねえなあ。

こいつと会えなくなるってのは、ちっと寂しい。





『う、ああああ』

『……うるせえな。泣いてんじゃねえよ』


レイはその人物に言い放った。

ひっくひっくとみっともなく咽びながら、その瞳から絶え間無く温かい涙をレイの顔面に投下していく。

涙はレイの額や頬や鼻で弾け、そのまま顔の曲線にそって流れていってしまう。


『すみません、レイさん……!』


顔も見えぬ人物は、ただひたすら謝った。


『守ると、誓ったのに……!私は、私は……!』

『……うるせえっつってんだろ、埋めるぞ』


謝罪に対して、せいぜいこんな返答しか出来ない。

残り少ない余生をもっと有意義に過ごしたいのに、この人間は同じ言葉しか繰り返さない。

はらりはらりと、雪の花が落ちてくる。

……寒い。


『寒い…』


思わず思ったことを口に出してしまった。

謎の人物はレイの身体を抱き寄せ、濡れた頬を擦り付けた。



自分の鼻水とか御構い無しだな、こいつ。




『ごめんなさい……ごめんなさい……』

『このスポンジ頭。他に言えることはねえのか』


文句を言うと、その人物は勢い良く洟をすすり上げ、口を動かした。


『…■■■■■』


……え?

今、何て言った…?

……。

ああ、だめだ。もうすぐ死んじまう。

死にたくない。

死にたくない。

できるなら目を見開いたまま死にたい。

……無理か。




『……■■■』


……あれ。

自分の声も聞き取れねえや。

はは、ざまあねえな。




『■■■……』




……なんて言ったんだよ。

聞こえねえんだよ。

もう喋んな。別れが辛くなる。

意識が遠のいていく。




じゃあな。

さよなら。


また、会えるといいな。


……さよなら。



















「ッ」


びくりと大きく肩が震えて、レイは目を覚ました。

ぼんやりと顔を腕から上げ、辺りを見回す。今自分がどこにいるか分からなかったので、自然とそんな動きになった。

自分がいたのは、自室のベッドの上だった。うつ伏せになっていたためか、胸が圧迫されて苦しい。さらに枕元に、薄いノートパソコンまで置かれていた。

目の前のパソコンはブラウザが立ち上がり、画面の中心に大きくエラーメッセージが出てきている。どうやら情報をダウンロード出来なかったらしい。5年以上使い込んだからか、ここ最近エラーやバグが酷い。たったの5年でここまでボロボロになるなんて、根性のないパソコンだ。

レイは重い瞼を擦りながら、ぼうっとパソコンの画面を見つめる。ベッドには投げ出された資料や銃弾がぶちまけられていて汚い。電気スタンドの隣にはすっかり冷めてしまったコーヒーの入ったマグカップが置いてある。デスクに置いてあるデジタル時計には「PM5:00」と表記されていた。


「…………」


レイはガバッと身を起こした。


「…どんだけ寝てんだ俺は!?」


どうやら作業中に寝てしまったらしい。

あまりの自分の快眠具合に愕然とする。どれだけの時間を無駄にしたのだ。今朝は七時ぐらいに起きて、朝食を食べて、八時まで作業して……。

ざっと計算すると、九時間ぶっ通しで眠っていた、ということになる。


「……ぐあああ!」


レイは思わず絶叫する。反射的に銃を撃ちまくりたくなったが、そんなことをしたところで時間は巻き戻らない。長い目で見れば、連日徹夜続きだった体を休める休養になった。今日は特に任務もない。

そう、何も問題はない。レイは落ち着き、思わず落としたノートパソコンを拾い上げた。

画面に映っているのは次の任務で調査する犯罪者のリストだ。今週中に纏めてメンバーに配らなければならない。 警察庁に潜入させている部下から流れてくる犯罪者リストと照らし合わせて、修正に修正を重ねてはや5日が経とうとしている。疲労がピークに達し、キーボードに突っ伏して眠ってしまったのだ。額をキーボードにつけて寝ていたせいか、画面端のメモ帳に「いgmtjdとゅq」という意味不明な文字が書かれていて驚いた。額をゴリゴリこすっていたのだろうか。

ぼうっとパソコンの画面を眺める。相変わらずエラーメッセージが「残念でした」と言わんばかりにでかでかと表示されたままだ。パソコンなどの電子機器に慣れない機械オンチなレイでも5年は連れ添ったはずなのに、このパソコンは一向にレイに懐かない。

レイはパソコンのツン期が治る一縷の望みをかけて、再度キーボードを打ってエンターキーを叩いた。

ローディングをしている間、ベッドから体を起こして腰を下ろし、窓に映る自分の顔を眺めた。

自前の銀髪から覗く自分の顔は、さすがにやつれ具合が目に見えるようになってきた。クマは酷いし、前より痩せている気がする。鳶色の目は落ち込み、抜けるように白い肌は白を通り越して青白くなっていた。これは自分でも疲れていると判断できる。

だからなのか、変な夢も見てしまった。


(なんだったんだ、あれ)


ぼんやりと夢の記憶を探る。

レイが死に、誰かに看取られるという夢。

どういう心境であんな夢を見てしまったのか。矢に刺されて死ぬとかあるのだろうか。もうそろそろ過労死するぞ、という神からのご忠告かもしれない。正夢になったら困る。


「……はあ」


気怠く前髪をかきあげる。その拍子に、見慣れぬものが視界に飛び込んだ。

枕元、ノートパソコンの隣。一目見れば気がつくであろう場所に、買った覚えのない焼きプリンが、至極当然のようにそこに置かれていた。


「………?」


レイは不審に思い、焼きプリンを取って見つめる。広く世間に知れ渡っている、コンビニで買える100円の焼きプリンだ。

だが何故枕元に置いてあったのだろう。プリンを食べようとした予定もないし、プリンをインテリアとして枕元に置く趣味もない。そもそもレイは甘いものが苦手で、まず自分からプリンを買おうとは思わないのだ。

とりあえず、一つ言えるのはこのプリンはレイのものではない。じゃあ誰が買ってきたのか。

プリンをあれこれいじってみる。もしかしたら毒物が含まれている可能性もある。この仕事は人に恨まれるのが常だ。報復を望む何者かが、自宅に忍び込んで置き土産を……。

いや、だとしたら何故寝込みを襲わなかったのか疑問だ。これだけ眠っていたのだ、例え足をナイフで刺されても目覚めなかっただろう。

もしそういった人間が寝込みを襲わず、毒プリンで殺害を試みているのだとしたら、そいつは単なる馬鹿だが、これらから推測するにこのプリンは身内が置いていったものだろう。


「ん?」


レイは枕元にまた見慣れないものが置かれているのに気がついた。

それは付箋だった。置かれているというより、ベッドシーツに貼られている。薄緑の小さな付箋が貼ってあったのだ。

レイはそれを剥がし、観察する。手書きで文字が書かれていた。


『相当お疲れみたいっすね。焼きプリン置いてくので、起きたら是非食べてください。お代はレイさんの寝顔で頂きました』


「……チッ」


レイは僅かに舌打ちし、付箋を握り潰した。霧夜からの差し入れである。勝手に寝室に入ってきたのはまあ、許してやるとして、人様の寝顔を勝手に撮ったのは許し難い。

それはいいとして、このプリンである。


「労いが焼きプリンかよ……」


なんとも霧夜らしい差し入れだ。霧夜は甘いものも好物だから、プリンを買ってきたのだろう。レイが甘味が苦手なのは事前に伝えているはずだが、恐らく忘れているだろう。

焼きプリンはあとで頂くとして、今は早くデータのダウンロードをしなければ。

ちらりとパソコンを見る。画面はローディングからまったく進んでおらず、うんざりしたレイは止まったままのブラウザを強制的に終了させた。

俺はパソコンを閉じ、USBメモリを引っこ抜いてベッドから起き上がった。外はすっかり暗くなっており、冷え込みも尋常ではなかった。今年は10月から雪が降るほどの大寒波らしい。どうりで寒いと思った。

レイはベッドから離れ、自室を出てリビングに向かった。


「…つっ」


廊下に出るなり、レイは壁にもたれかかった。寝過ぎで頭が重い。九時間も眠ったら疲労回復を通り越してだるくなってしまう。今がまさにそれだった。

結局溜まった疲労は露ほども回復せず、頭の重さと、首から背中にかけて骨が軋む感覚、それと全体にのしかかるような体のだるさだけが残った。視界もぐらりと歪んでみえる。世界が曲がってしまったかのようだ。

日もすっかり落ち、辺りは薄暗い。だがレイは廊下の電気をつけず、壁伝いにリビングを目指した。長年暮らしているから家の構造は全て頭に入っている。正直言って真っ暗でも生活できるだろう。


「……ッ」


リビングに着き、レイは電気を探した。

暗闇をもがくように手を振り、壁をまさぐる。確かここら辺に電気が……あった。

そのまま着ける。何度か明転と暗転を繰り返し、リビング全体が明るくなった。

当然だがリビングには誰もいなかった。いたらいたで大問題だが、いつも霧夜がいるから、リビングに誰もいないというのに違和感を覚える。しかし一人で行動するのは慣れているので、それほどの違和感でもない。もともと一人暮らしだし、霧夜は勝手に住み着いているだけだ。


「……腹減ったな…」


ぽつりと呟く。飯は九時間前にさほど美味くもなかった朝食を食べたきりだ。かなり腹が空いている。当たり前だ。昼飯も抜いてしまったのだから。

何か作るか、と思い冷蔵庫を開ける。


「……あ?」


レイは思わず呟いた。

なんと冷蔵庫の中身が空だったのだ。

いや、正確には空ではない。といっても、あるのはビールとほんの少しの酒のつまみだけで、とても夕飯を作れるような材料がない。これは素直に冷蔵庫の中身が空と言っても問題ないだろう。冷蔵庫の中身がないのは問題だが。


「チッ……」


レイは足で乱暴に冷蔵庫を閉めた。しばらく家に帰ってなかったから、家のことを忘れていた。買い置きのラーメンもない。

つまみで我慢するか。それも嫌だ。昼を抜いた空きっ腹にビールのつまみのみは流石にきつい。プリンもあるが、腹の足しになるわけもない。

だが悩みはすぐに解決した。悩みというほどのものでもない。ちょっと考えればすぐ分かる。コンビニに行けばいいのだ。


「しゃあねえな……」


レイはボリボリと頭をかき、寒さ対策にジャンパーを羽織って、コンビニに行くことにした。

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