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銀色の弾丸  作者: あまとう大佐
死に生まれたもの
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序章

クレイジーな主人公の異世界譚、始まりますよ〜。







「おい、こっちだ!」


東京池袋・午前二時。

眩く光る建物の間と間を、縫うようにして走る集団がいた。

都内にある池袋は東京の中心核とも言え、眠らない街としての評価を欲しいままにしていた。夜空に浮かぶ星や月の光もネオン光に飲み込まれ、深夜の池袋は昼より夜の方が明るいという始末。昼間の喧騒は夜に引き継がれ、それは朝方になったとしても変化のないことだった。

そしてこういった夜の街の隅には、大抵夜にしか動けない無法者どもが何処かしらには存在する。


「急げ!奴が来るぞ!」


集団の先頭にいた男が、後方の部下たちに呼びかける。建物の隙間でのやりとりなので大きな声は出せないものの、冷たい空気を震わせるには十分な声量が、ネオン街の端っこで静かに響く。

その声は最後尾の部下の耳まで届き、全員一斉に、言葉もなく首を縦に振った。

彼らはこの街の外れの外れ、日の光を浴びることもないだろうと思われる底の底に住む、無法の集団である。

いわゆる不良だ。

かつて中、高校生に多く発生した、思春期にかけて精神が不安定な状況下に置いてなりやすいと言われる、世間の常識からは逆の道を行く存在だ。夜中の学校に侵入し、バッドや鉄パイプで学校中の窓ガラスを全て叩き割ったり、授業に出ず屋上で仲間と早すぎる煙草をふかして学生の本文である学業をサボったり、コンビニの前で屯して通りがかる通行人に目一杯の蛇睨みを効かせて脅したりと、とにかく常人ならしないであろう行いをするのが、世間で言う不良というものだ。彼らのように、人間が眠る時間帯に起床し、昼夜大逆転の活動をしたりする。不良に陥ってしまう理由としては、家に縛られるのが嫌だったり、親兄弟が嫌いだったり、極端な話、虐待されていたり、家庭に複雑な事情を抱えている若者がなりやすい傾向にある。少なからず家庭で一悶着を起こした青少年が、少しでも自分の意思で示す行動が、「保護者への反抗」であり、不良になった若者はその延長にいるのである。

彼らは少しでも、自分の存在を周りに知って貰いたいのだ。外周と全く逆手の行動をすることで、自らをかっこいい、傾いているという、なんら論理的根拠のない妄想錯覚に陥り、やがてそれがエスカレートし、犯罪に結びつく。

悪循環。

不良というのは全くもって悪循環な人種なのである。彼らの行う行動は、自分にとっては素晴らしい行いかもしれないが、世間にとってはただ評価を下げるだけの材料でしかない。さらに言ってしまえば、夜中の学校に侵入して窓ガラスを割るなんて生産性のない作業も一時的な快感に過ぎず、さらに壊れた窓ガラスの修理費などを考えると、結局損をするのは窓ガラスを割った本人なのである。

しかし、それが選んだ道だ。不良には不良らしい道しか用意されていないのである。それこそ、彼らのように夜中のビル群の合間を虫のように這ったり。

しかし。

数いる精神状態が不安定な若者……つまり不良の中で、果たして『彼』は不良と呼んでいいのだろうか?


「はあっ、はあ……あっ、アニキ……」


不良集団の中にいた数いる不良の一人が、ぜえぜえと息を切らしてコンクリートの地面にへたり込んだ。

不良、というのは意外にも仲間意識というものがあり、一人が立ち止まると全員が立ち止まるのだ。特に軍隊の訓練を受けたわけでもなく、それは不良の中の本能であった。


「何してる!早く立て!」


怒鳴ったのは集団の先頭にいる、『アニキ』と呼ばれた男だった。その目は血走り、顔面は脂汗まみれで、彼自身も呼吸が荒く、しきりに辺りを見回している。

男はひどく、焦っていた。それは語気に己の感情が出てしまうほどで、これから来る災害から速やかに逃れようとする人間と同じ焦り方だった。

そう。

『彼』はこの集団にとって「脅威」であり、世間にとって「災害」であり、人類にとって「恐怖」以外の何物でもない、まさしく悪魔のような男なのだ。

この集団は、今まさに『彼』の魔の手から逃げている真っ最中であった。


「駄目だ……もう、動けねえ」

「ぼさっとするな!殺されてえのか!前の縄張りは制圧された。新しいのを見つけねえと……!」


これも不良が有する特殊な感性である。彼らは自分が気に入った場所を全て縄張りと称する特性があるのだ。例えそこが天皇の領地だとしても自分の縄張りだと言い張り、足を踏み入れた部外者及び侵入者は動物相手でも容赦はしない。

だが、彼らの抵抗など『彼』にとってはそよ風よりも弱々しい抵抗にしかならない。

『彼』の前では全てが無力になる。

『彼』の前では絶望しかない。

この集団も、さっき『彼』に縄張りを制圧され、命からがら逃げて来た所なのだ。

しかし、いつ追いつかれて何をされるかわかったもんじゃない。

だからこそ恥もプライドも全て抛ち、虫のようにカサカサと夜の街を逃げ回っているのだ。不良といっても道徳をわきまえていないわけではない。命の重さくらいは彼らにも分かる。

『彼』には。

『彼』にだけは。

殺されたくない。


「早く!早く立て!!」


男が思わず叫ぶ。


「早くしねえと、『あいつ』が……!」


カツーーン。

その場に、針が落ちたような音が響いた。


「!!」


その音を聞き、集団に緊張が走る。一斉に銃を構え、音のした方向に銃口を向ける。ある者は所持を禁止されているグルカナイフを構え、やはり音のした方向を振り返る。不良がなぜ銃を所持しているのか疑問に思ってしまうが、護身以外の使用はない。それが今というだけの話だ。

強張った空気の中、誰かがほう、と息を吐く。生温い汗が背中を伝う。

リーダー格の男がじりじりと、拳銃を構えながら、音の正体を確かめようと歩み寄る。

足元がキラリと光った。思わずそっちに発砲しそうになる。


「……?」


だが男は銃を下ろした。キラリと光ったのは、発砲の際に飛び出る弾丸の抜け殻、薬莢であった。

銃の要である弾丸は、使う銃の型によってそれぞれ弾薬が決まっている。薬莢を見れば相手がなんの銃を使っているのか、プロなら一目で分かるらしい。

男は薬莢を拾い上げた。この男は単なる一端の不良なので、薬莢を見た所で相手の使用している拳銃までは分からない。ただ、なんとなく、本当になんとなく拾ってしまったのだ。

この時点で、頭の冴えている人間ならすぐに気がつくだろう。無論薬莢による銃の型ではない。

何故ここに薬莢が落ちてきたのかをだ。


ドォンッ


突然、耳を引き裂く轟音が、男たちの頭上で轟いた。


「ひいっ!」


不良集団は情けない声をあげて、その場にしゃがみこむ。

いや、一人だけ立っていた。

薬莢を拾い上げたリーダー格の男は、地鳴りのような轟音を耳にしてもその場に立っていた。

そして。

ぐらあっと、体の筋肉が全て弛緩してしまったかのように、まるで軟体動物を彷彿とさせるような動きで。

どさり。

と、力なく地面に倒れた。

ころ…と手にした薬莢が、撃ち抜かれたこめかみから溢れる血液を纏いながら転がっていく。

男はすでに死んでいた。

抵抗する暇もなく……頭を撃ち抜かれて息絶えていた。


「どこに逃げようってんだ?」


銃声のあとに、そんな声が聞こえた。

ただ一言だけなのに、その声を聞いただけで不良集団は震え上がり、凍りついた。

声は、彼らの頭上から響いた。不良集団は恐る恐る、まるでロボットのようにゆっくりと、天を仰いだ。

不良の焦りの表情が、明確な絶望の表情へと変わる。

遥か上空の雑居ビルの天辺。そこに、人がいた。

月の光を受けて影しか分からない。だが、そのしなやかなシルエットから発せられる覇気と気迫、殺気は、彼が只者ではないと理解するのには十分だった。

ビルの上の男は、不良集団を見下ろして笑っていた。


「おっと……運悪くどたまにぶち当たっちまったか。お前ら逃げるから狙いが定まんねえんだよ。大人しくしてりゃ、楽に殺してやったのに」


銃の持ち主はくっくっ、と喉で笑う。随分と大きい独り言だが、その言葉が不良集団を恐怖の底に陥れた。

月明かりを背に立つ男の姿は息を飲むほど美しい。風でたなびく髪は煌めく銀色で、抜けるような白肌によく合っている。ほっそりとしなやかな体躯は若松を想像させ、見るもの全てを引き込む魅力がある。

だがその瞳は、見た目の壮麗さに反して殺意と敵意に満ち満ちたものだった。凶悪に笑んだ口元からは白く鋭い歯が光り、白い煙を立ち上らせる拳銃を手にした姿はまるで現世に降臨した悪鬼のようで、どう贔屓目に見ても狂気としか言いようがない。


「さーて、俺ンとこの縄張りを荒らした馬鹿どもを見つけたことだし?とっとと殺っちまうかね」


男はなおも笑っている。腹を立てて笑っているとか、そんな理由ではない。

楽しいのだ。

彼はただただ、楽しいのだ。そう、これは愉悦からこみ上げる笑みだ。彼は心の底から銃で人を殺すことを楽しむ、厄介な男だったのだ。さっき男を撃ち殺したにもかかわらず、銃を握る手は次の獲物を求めてうずうずと痙攣している。

そんな男の縄張りを荒らしたことも、そんな殺人鬼のような男の目に止まってしまったことも含めて、この不良集団は運がない。ある者は腰を抜かし、ある者は顎が外れ、ある者は蒼白で、ある者は逃げようと武器を捨てて走り去る。

だが、全てが遅すぎた。

眠れる獅子を起こしてしまった、いや彼の場合は眠ってもいないのだが、そんな彼の。

この男の。

『成瀬レイ』の目に止まった時点で、彼らに下される沙汰は銃死以外の選択肢を無くしたのである。


「お前らは……『何発耐えられる』かなぁ?」


ゆらぁ、と重心を傾け。

彼は、飛んだ。

夜のネオン街を見下ろし、雑居ビルの頂上から身を投げたのだ。文字通り、彼は飛んだのだ。

高層ビルではないにしろ、都心の雑居ビルは低いものを選んでも10mはある。そんな高さから人間が飛び降りれば、どんな結果を招くのかなど容易に想像がつくはずだ。不良集団も何が起きたのかと、落下する男をただ眺めるだけで何もできない。

だが、彼の場合は違う。

彼を常人と同じだと思ってはいけない。

レイは空中でにやりと微笑むと、落下しながら拳銃を集団に向けて発砲した。

引き金が絞られ、鉛弾が吐き出される。

弾丸はまっすぐ、集団の一人に撃中した。


「う、うわああああ」


取り乱した集団が、落ちてくるレイに向けて一斉に発砲した。

銃声はそれぞれバラバラに響き渡り、レイに向かって一直線に伸びていく。空中で銃弾数十発をかわすのは至難の技だ。普通の人間なら空中で撃ち抜かれているだろう。

しかしレイはくるりと体を回転させ、雑居ビルギリギリまで近づいて、ビルの壁を力強く蹴った。

空中で身を反転させ、弧を描いて不良集団の頭上を飛ぶ。

銃弾の全てがレイの真下を通過し、ビルの壁に穴を開ける。

着地の寸前、レイは体をまたくるりと回転させて落下の衝撃を和らげた。

すたっと着地して辺りを見回す。それも一瞬だった。

レイはすぐに体を起こし、とんでもない素早さで銃を乱射した。引き金を絞る指は視認できないほどの速さで絞られ、放たれる弾丸は線のように吐き出された。オートマチックの拳銃なのに、まるでマシンガンの連射のように見える。

弾は全弾集団に命中し、20余人いたはずの不良たちは声もなく、その場に倒れ伏した。


「ひ……ひいいぃぃ……」


だが一人だけ、銃弾の雨から逃れた男がいた。名も知らぬ下っ端の男だ。たまたま当たらなかっただけで、彼がよけたわけではない。

レイの瞳が男を射抜く。男の下半身はびしょびしょに濡れていた。


「……おっと、まだ生きてる奴がいたとは」


レイはさも意外そうに呟く。本当は一人だけ命中させなかっただけだ。

レイはツカツカと男に歩み寄る。男は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。一応銃を構えてはいるが、引き金を持った指が麻痺して動かない。


「……ほーう」


レイは冷酷に男を見下ろした。


「一丁前に拳銃なんか持ってやがる。まだケツの青い中坊には過ぎたオモチャだな」


かちり。

と、レイは銃口を、男の眉間に合わせた。

男の死まで、五秒前。


「や、やえ、やめでくれ……」

「あ?なんだって?ブタ語喋ってねえで、人間様にわかる言葉話しやがれ」

「た、たすっ、たすけっ、たすけて、くらさいっ」

「………」


レイは撃たず、銃口を眉間からずらした。


「お前、助かりたいか?」

「……ッ」


レイの発言に、男は声も出せずにただこくこくと頷いた。プライドも何もあったもんじゃないが、命を拾えるならなんでもいい。

レイは銃を肩に乗せて、にこりと甘やかに微笑んだ。


「じゃあ、サルのモノマネしてみろ」

「…え」

「面白かったら命は勘弁してやる。オラ、早くやれ」

「え、え………」

「死にてえようだな」

「や、やる!やりますっ!」


男は極力、レイの気に障らぬよう、極めて慎重に、ゆっくりと呼吸を整えて、四つん這いになった。


「う……ウキー…ウキー…」


男が無様な姿を晒し、レイはふふふ、と笑う。


「くく、面白えな。サルそのものだ。お前前世はサルだったんじゃねえの?」

「じ、じゃあ……」


一瞬、男の泣き濡れた顔に、一筋の光が宿る。希望を灯して、レイを見上げた。

だが。

目の前に映ったのは、無機質な銃口の漆黒だった。


「なんでサルが生きてんだよ死ね」


冷たい弾丸の言葉の後、凄まじい音と光で視界が満ちる。

男の意識はそこで途絶えた。

どさっと倒れた男の体を蹴飛ばし、レイは血のついた頬を拭ってその場を離れる。

背後からどたどたと忙しない音が聞こえた。


「うわっ……手遅れだった」


走ってきた男たちは、惨状を見るなりそう言った。

レイは動じず、吹き抜ける冷たい夜風を気持ち良く受けていた。

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