6 風紀委員の二人
うーんさてどうしたものか。さすがに夜間に学校に侵入してばれたりしたらやばいよなぁ。ここは正直に風紀委員を利用して……いや、私はそういうことをうまくやれる器じゃない。風紀委員の人たちはなんとかごまかそう。
幸い、レアアイテム入手に必要なアイテムは八割がた揃っている。残りの二割を探すのはもう少し他人の目を気にして慎重にやろう。
そんな事を考えていたら授業が終わっていたので、急いで風紀委員のもとへ向かう。
今私は風紀委員にあてがわれた部屋の前に来ている。一切のムラなく紺色に塗られたドアと、銀色に輝くノブがいかにも厳かで風紀委員らしい雰囲気を醸し出している。
深呼吸をして意を決してノックすると、はいどうぞ、と声が返ってきた。
「失礼します、魔術科の留学生のヴァレリー・ヴァイオレットです」
風紀員の部屋は、紺色を基調とした直線的な形の家具が配置され、格調のある雰囲気の部屋だった。
真正面の大きい黒いデスクでは委員長のマーカスが書類を作成しており、向かって右に何やら道具にタグ付けをしているグレイスがいた。ほかにも数人分の机があったが二人以外は誰もいなかった。緊張しつつ声をかけると、書類から顔を上げたグレイスと目が合う。
「ああ、来ましたか、そちらに座ってください」
示されたソファに座ると、グレイスが書類を持ってきた。
「こちらが紛失届になります。記入できる範囲でいいので、お願いできますか?」
「あ、わざわざ、ありがとうございます」
「いえ。これで多少奇行を控えてくださるとありがたいです」
「すいません……今後は気を付けます」
私が書類に向き合うと、グレイスは席に戻っていった。失くし物は書類ってことになってるのでそれらしい項目に記入していく。静かな部屋には筆記用具を走らせる音が嫌に響く。
ある程度記入が終わり、こんなものかな、と確認していると、紙に影が落ちた。グレイスかな、と見上げると、そこに見えたのはローズグレーの少女ではなく緑の髪のマーカス委員長で、思わず握っていたペンを落としそうになった。
「驚かせてすまない、風紀委員長のマーカスだ」
「あ、いえ、こちらこそすいません、えーと、ヴァレリー・ヴァイオレットです」
「君のうわさは聞いているよ」
「は、はぁ。すいません」
おろおろと謝る私に、マーカス委員長は笑いかけた。
「いや、そういう意味じゃないんだ。ほら、俺もこう見えて魔術科だから、他国の魔術師の卵がどういうものか気になってな。君のことは入学直後から見ていたんだが-----まさかこんな子だなんてな」
「いやぁ、お恥ずかしい限りです」
きっと私の顔は今羞恥心で真っ赤になっているだろう。恥ずかしさといたたまれなさのあまり手を上げたり下げたり無意味なジェスチャーを繰り返してしまう。その様子を見て苦笑したマーカス委員長は、一瞬何かを考えるように顎に手を当て、口を開いた。
「ところで、話は変わるが、この後は暇か?」
「は?」
突然の質問に間抜けな声が口から出てしまった。ナンパだろうか?風紀委員長が?まさかー。
「いや、せっかくなら君の魔法を見てみたいと思ってね。まだ闘技場は行ったことないだろう?魔法棟の立ち入り禁止も知らなかったようだし、学園の案内もついでにね」
「そ、それはぜひ!私も委員長の魔法が見てみたいです」
「そうか。グレイス、今日の俺の仕事も終わったし、いいかな?」
「はい、ぜひヴァイオレットさんに常識をたたきこんであげてください」
「うぅ……」
「すまない、グレイスは少し言葉がストレートすぎるところがあってな」
「いや、私からもぜひお願いします……」
その後、私はグレイスのいる風紀委員の部屋をあとにして、マーカス委員長とともに闘技場を目指した。道すがらさまざまな建物の用途やルールなどを説明してもらう。
マーカス委員長と歩いていると本当に目立つ。彼は学生に慕われているようで、行く先々で声をかけられている。そのたびに笑顔で挨拶を返し、時に服装やら行動やらを注意しながら進んでいる。私はと言うと、ついに残念な美人がお縄についたかとか、この前教室で奇声を発していたわとか、ロッカーに呪いをかけて昆虫を呼びよせたとか、八割がたベラのせいで立ったであろう悪評が聞こえてきた。途中すれ違ったベラにはなぜかサムズアップされてしまった。あとで覚えていろ、という視線を送ることは忘れなかった。
「うぅ、私、ここまで目立ってたなんて……」
羞恥心でもだえていると、マーカス委員長が苦笑した。
「そりゃあ、他国からの留学生なうえに、奇行を繰り返してたらそうなるさ」
「噂の大半はベラ・ブルーベルの巻き添えです……」
「それはお気の毒だな。ほら、あれが闘技場だ」
私の愚痴を聞き流しつつマーカス委員長が指差したのは、さながらコロッセオのような構造の、全面ガラス張りの建物の群だった。真ん中にひときわ大きな円形の建物があり、それを囲むように何個かの小型の建物が建っていた。
「ここは、利用手続きさえすれば、誰でも魔法の練習ができる場所なんだ。全面魔法無効化コーティングされた強化ガラスが使われてるから、思う存分魔法を放てるぞ」
「へぇ〜すごいですねぇ、綺麗ですし」
全面ガラス張りで、内部でさまざまな魔法を使っているせいか、闘技場は黄昏時の太陽の光と魔法の光と反射して七色に輝いていた。地上にオーロラが下りてきたらこんな感じだろう、という風景だ。
「よし、じゃあ、さっそく行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
私たちは連れ立って小さめの建物に入って行った。