プロローグ3 ドル箱とウォルター・ウィスタリア
ベラ・ブルーベルとの邂逅で下がりに下がったテンションも、階段を下りると急上昇した。
「こ、これは!」
宝箱が置いてあるはずの場所には、箱らしきものは何もなかった。だが、そこにはきらりと輝く真珠のイヤリングが落ちていた。
「まさか、こういうシステムなのかしら」
たしかに現実宝箱がそこらへんに落ちていたら怪しい。しかしゲームにするならそこらへんに物が落ちているだけではパンチが足りない。つまりゲームだと宝箱という記号があるが、現実ではそこらじゅうに落し物が転がっているだけなのだろう。これはいいことを知った。
とりあえず、真珠のイヤリングを拾う。衛兵に届けるか迷うが、確かこのアクセサリーはとある令嬢が婚約者に振られた腹いせに捨ててしまったものだ。届けても意味はないだろうと思い、懐にしまう。にやにやと笑ってしまうのはどうか許してほしい。これならレアアイテムも拾得できるはずだ。
ほくほくとしながら会場に戻り、その日は終始和やかに他人のパーソナルスペースを侵さない距離感で知り合いを増やして終わった。
生まれてから6日目。最近は開発者のおじさんたちが入れ代わり立ち代わり私の最終調整を行っている。機械としての不備はないか、人間としての情動表現に違和感はないか、そんなことを確かめている。私はと言うと、それに素直に従うふりをしつつ自分の中に怪しい仕掛けがないか探りを入れていた。
その後はただひたすら留学に出発するのを待つ日々。私はシステムメンテナンスと最適化なんてそれらしい名目で自分の能力を試す申請をした。場所は私がいる開発局の近くの洞窟。ああ楽しみだ。おふとんのうえでごろごろしている私はとてもじゃないが高機能魔導機械には見えないだろう。
当日、私はさぞかし凶悪な表情をしていたのだろう。下っ端開発員が私を見て、先輩方の疑似人格形成技術はすごいなぁなんて漏らしていたのだから。
私はこれから経験値のキャッシュ・カウの大量虐殺に向かう。この洞窟はレベル上げにはもってこいの場所なのだ。残念ながらサポートにと技術者が一人つけられてしまったため好き勝手に行動できないが、それでもゲームが本格的に始まる前にある程度ステータスを上げたい。私はサポートの技術者に向かって挨拶をした。
「ご存じでしょうが私はヴァレリー・ヴァイオレットと申します。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。私はウォルター・ウィスタリアです」
そういって自己紹介をしたのは、アメシストの目をした、葡萄色の髪の青年だった。ゆるく無造作にカールしたくせっ毛と猫のような目の整った風貌から、登場人物の一人かと一瞬疑ったが、見たことない容姿なので、きっとゲームのキャラクターではないはず。
私がただの機械だと知っているのに挨拶を返してくれるなんて、と一瞬驚くと、彼もとまどったような表情をしていた。
「機械だとわかってても、これはすごいな。人みたいだ」
ウォルターが振り返り、ほかの開発員に言うと、そうですね、素晴らしい成果ですと皆彼に同調する。私はあからさまな物扱いに一瞬むっとする。
「……ウィスタリアさん。時間が惜しいので行きますね」
「ああ、すまない、行こうか」
ウォルターがついてくるのを確認せずに洞窟へもぐった。
洞窟はゲーム画面で見たまんまの作りだった。ただ違うのは、視覚情報と聴覚情報以外にも、埃っぽい匂いだったり、靴の下のごつごつした質感だったり、液晶越しでは体験できなかった感覚であふれていることだ。私は素直に感動した。なんどもなんども出たり入ったりを繰り返して経験値稼ぎをした、私の道場と言ってもよい場所なのだ、ここは。ほう、とため息をつくと、これからのことを想像して、自然と顔に笑みが広がる。さきほどまでのしかめっつらは消えうせていた。
「別にここでそうやって無理して人間のふりはしなくていいんだぞ」
「は?」
「なだかさっきから不機嫌だったり呆けてたり笑ってたり百面相しているから」
「お気遣いなく。これは自然な感情の発露ですよ」
「自然な、感情……」
なんだこいつは。失礼だ。これ以上相手にしたくないので、私は勝手知ったる洞窟をずんずん進んでいく。
しばらく薄暗い道を進むと、鍾乳石にエメラルド色の湖の波が反射する幻想的な小室に出た。私は迷わず湖にダイブする。
「おい、なにやってるんだ!」
焦ったようにウォルターが叫ぶ。
「この先に私のドル箱が犇めいているのです!」
「ど、どるばこ……?」
「ウィスタリアさんはそこで待っていてください!」
そう言い残すと、息を深く吸い、水に潜る。
エメラルド色の水は透明度が高く、苦労することなく目的地へ泳いでゆく。途中で息を止める必要性がないことに気付き、一気にくちから空気を吐き出すと、まるでガラス細工のような泡が翡翠色の向こうに消えていった。しばらく無駄に泳いで遊んでいたら、やがて目的地についた。
「次元を超えて会いに来たわよ私の経験値!」
そこに群れていたのは、蛍光グリーンのマリモのような生物。炎属性の魔法でしか倒せないが、逆に一度誰かに火がつくと一気に燃えて消える、ありがたいモンスターなのだ。何を隠そうこいつらが経験値のドル箱。私はうきうきと湖からあがり、陸地へ上る。
今や私のテンションは最高潮に達していた。だって、大好きなゲームの戦闘を生身でできるのだ!手から火を放ち、口から雷を吐き、氷の妖精を召喚し……いやグロイのは苦手だけど魔法に憧れはある。
「やってやるわよ!」
そう言って私はこぶしを振り上げ-----重大なミスに気付いた。
私魔法の使い方知らないわ。
うわぁやってしまったわ、と見上げると、なんと蛍光マリモがわたしに迫ってくるではないか!魔法が使えないなら、こいつらは手におえない。
退散だ!と、湖に飛び込んでウォルターがいる小室へ戻った。かなり悔しかったが、私が貞子よろしく水からはい出るのを見たウォルターの表情が面白かったので溜飲が下がった。
よんでくださってありがとうございます!