プロローグ2 第二王子とベラ・ブルーベル
私がするべきこと。それは、ヴァレリーの開発者に知られずに、自分がどういった仕組みで暴走するのかを把握し、直すこと。
まずわたしが爆発する仕組み。記憶を漁り、開発者のインタビューが乗った雑誌、公式攻略本、ネットの有志による非公式ファンサイト、実際のプレイした当時の記憶、その他もろもろをまるで箪笥をひっくり返してお気に入りの服を探すように調べる。結果、詳しい答えが出なかったが、どうやったら情報が得られるかのヒントは見つけた。これは後でいろいろ検証しなければ。
さて、次に問題になるのは私を直してくれる人を探すことだ。まさか自分で自分を解いて直すなんてできないし。ここの魔術師や技術士に爆発しないように直して!と頼むなんてことしたら、記憶を消去して再起動させられるか廃棄処分だ。爆発を待たずして私は殺されてしまう。
どうしようか、うむ。悩ましい。高機能なはずの機械製の脳みそをもってしても、あまり優秀でなかった前世の私の影響からか、なかなか解決策が浮かばない。
うんうんうなっていると、私はある一つの答えにたどり着いた。
そうだ、学園の技術科の人に直してもらおう!
そうだ。それしかない。彼らは非常に優秀なメカニックで、機械をいじること以外興味がないということは公式設定集で確認済み。私がだれに作られ何をさせられようとしているかはうまくごまかせるだろう。うん。無謀とは思わない、なぜならこの魔力で駆動された高機能な脳がゴーサインを出しているから。前世では若くして転落死してしまったのに、今生では一歳で爆発死とは、二度あることは三度あるというし来世が思いやられるので絶対に避けてみせる。そのためにはあらゆる手を考えておかねばなるまい。
私ことヴァレリー・ヴァイオレットは生まれたての魔導機械には似つかわしくない険しい顔でガッツポーズを決めた。
そしてそれから数日は魔導機械として魔術師や技術師に怪しまれないよう過ごす事に成功した。そして、生まれて5日目、私は初めてあの簡素な部屋から出た。
「初めまして、ヴァレリー・ヴァイオレットと申します、殿下」
その日、私は護衛対象の第二王子殿下やほかの留学生と引きあわされた。まず王子の元へ向かい、軽くカーテシーをする。
この世界では、一応は身分制度はあるが、とてもゆるいもので、例えるなら王族が社長、貴族が役員や幹部、平民が平社員や中間管理職のようなものである。別に不敬罪なんてないけれど、礼儀を忘れればそれなりに窮屈な思いをするだけ。
「初めまして、ヴァイオレット。よろしく頼むよ」
そう微笑んだのは、スティーヴン・ティール・うんたらかんたら・アステル王子殿下。黒い髪に、深い青緑の目が落ち着いた印象を与えるが、実際は不正を許せない、行動力と正義感あふれる方だ。そして何を隠そう彼がこのゲームの主人公。さすが主人公なだけあって、ぱっちり二重の正統派イケメン。だが、ときめきはしない、なぜなら私の爆発のきっかけになる人だから。
「緊張しなくていいよ、せっかく同じ学校で学ぶことになるんだ、仲良くしよう」
私が液晶越しのヴァレリーの最後のシーンを思い出していると、殿下が苦笑した。
「申し訳ございません、こちらこそよろしくお願いいたします」
とりあえずこの人には出来うる限り近寄りたくない。建前上護衛対象なのだからそれは無理かもしれないが、ゲームを何週もしまるでデバッガーのように彼に無意味な行動を繰り返させた私は知っている。数月後の夏の精霊祭まで彼には何も危険はないことを。つまり放っておいてもばれない。
殿下と軽く言葉を交わし、ほかの留学生とも挨拶を交わす。次第にグループができ始めている。私はと言うと、壁の花を決め込み今日のミッションの算段を考えていた。
突然だが、私は生粋のオタクであったが、最難関モードのみに出てくるボーナスアイテムの回収だけは終わっていなかった。
どうにもアクションスキルが足りずに、回収できなかったのだ。だがしかしそのアイテムの内容は把握している。詳しい情報を見ることは、私のプライドが許さなかったのでわからないが。それらはまとめてレポートと呼ばれるアイテムで、内容は、王子様の恥ずかしい日記だったり、魔術師の怪しげなレシピ集だったり-----最高機密であるヴァレリーの設計案だったりするのだ。それを集めることができれば大きな収穫になる。
現実世界にそんなアイテムがあるかどうかわからないがそれに賭けるしかない。そこで、私は、この留学生の事前交流に使用されている王宮の一角にある宝箱を探しに行くことにした。宝箱らしきものが存在すればレアアイテムもあるんじゃね?という、安直な考えだ。
「すいません、お手洗いに失礼します」
出入り口を見張っている使用人に声をかける。お手洗いはあちらです、とさされた方向へ向かう。
私が狙う宝箱は中身が薬草または毒消し薬で、置かれている場所はお手洗いの前の階段の下。たまに真珠のイヤリングという魔力を上げるアイテムが出現する。気持ち早歩きで目的地に向かう。
さぁこの角を曲がれば目的地だ!と意気込み、廊下を歩いていると、なにやら人の話し声が聞こえた。普通の会話にしては声に抑揚がつきすぎているし、なにやら不穏な空気が流れてきている。息を殺し、角からのぞいてみると、そこには金髪の少女と彼女に絡むガラの悪い男がいた。どうしようか一瞬迷ったが、女の子が泣きそうになっているのが見えたので、ろくに考えず一歩踏み出してしまった。
「何をしているの!」
少女と男がこちらを振り返る。私は男をにらみ、二人の間に入る。
「女の子を泣かせるなんて恥ずかしくないのかしら」
もし私が普通の人間だったら絶対にこんなことしないな、と頭の片隅で考えながら自分よりも頭一つ分は背の高い男性を睨み付ける。彼はいらいらしながら口を開いた。
「お前には関係ない。俺とこいつの問題だ」
「たとえそうでもか弱い女の子を見捨てるなんてできません」
私は腕を組み、言い放つ。すると彼は飽きれたようにため息をついた。
「か弱い?いいか、そいつはなぁ」
「あ、衛兵さん、こっちです!」
いもしない衛兵に向かって手を振るしぐさをすると、男は舌打ちをし、渋々と退散していった。
「あなた、大丈夫……」
振り返ると、そこには、満面の笑みの少女がいた。はっと息をのむ。私は彼女をよく知っていた。そして自分の表情が引きつるのを感じた。
「おねえさん、助けてくれてありがとう!」
そういって微笑むのはベラ・ブルーベル。この国の筆頭公爵家の一人娘で、このゲームのヒロインの一人であり、黙ってさえいれば天使の性格に難ありな小悪魔だ。
彼女は見た目こそ金髪碧眼で、華奢な、守ってあげたいような容姿をしているが、実際は自らどろまみれになって落とし穴を掘ったり、黒板消しを大量に買い込みあらゆるドアにいたずらを仕掛けたりと、とにかくアクティブないたずら好きなのだ。そして被害者は大抵主人公の王子。
私は冷や汗を流しつつ、森の中でクマと会った時にするように目をはなさずゆっくり後退した。この子も王子同様、あまりお近づきになりたくない。
「い、いえ、では私はこれで……」
「ねぇちょっと待ってよ」
「は、はい?」
「君、初対面だよね?」
「え、まぁ、はい」
「私はベラ・ブルーベル。よろしくね!」
そういって彼女は手を差し出す。私は戸惑う。だって彼女のことだから何かしら仕掛けてきている。でも、初対面で挨拶を無視なんて失礼なまねはできない。そう思い、ええいままよと握手すると、案の定パチン!と言う音とともに手に何かが当たった。
「うわぁっ」
「うふふふ、驚いた?」
嬉しそうに笑う彼女は女神のようだが、目の奥のいたずら小僧のようなきらめきは隠しきれない。私が手をさすると、彼女は輪ゴムを使ったジョークよ、と言って種明かしをした。
「でもあなた、気づいてたわよねぇ?」
「うっ……い、いえ、全然、まったくもって、いやはや、サー、ノー、サーでございます」
「うふふふふふふ、サーって、私男じゃないわよ。あなた面白いわね。そういえばお名前は?」
「……ヴァレリー・ヴァイオレットです……」
「そう。ヴァレリー。ここにいるってことはあなたも留学に参加するのよね?よろしくね」
そういってあたらしいおもちゃを見つけたように微笑むと、ベラは会場のほうへ向かって歩き出した。私はしばらく放心したようにつったっていたが、そのうち感じるはずのない偏頭痛のようなものを感じ、こめかみをおさえてためいきをついた。
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