プロローグ 私の産声
流行りの転生ものを書いてみたかったのです。
「先輩、私がしてきたことって、全部無駄だったんですね」
先輩はただ黙って私を見ていた。機械以上に感情を映さない目には私が望んだ感情は映っていない。私は自分が生み出された時のことを思い浮かべ、吐く必要のないため息をはいた。
「機械は夢なんて見ちゃいけませんね」
前世の感情の残滓が頬を伝った。そして、約束を果たすために、自分の人生を先輩に語って聞かせたのだった。
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私の産声は、元気な赤ん坊の泣き声ではなくて、無機質で平坦な女性のガイド音声だった。
「システム開始いたします。初期設定の入力をお願いします」
頭の中で歯車が回る音と、体中に魔法のエネルギーが循環する音が骨伝導するように伝わり、人間でいうところの五感が徐々にクリアになっていく。閉じていた瞼を開け、人間の眼球と一見違いのない魔石製のそれで初めて世界を映した。この時点ではまだ、私は精巧に組み立てられたただの魔導機械だった。
視覚や聴覚が安定すると、起動してから目の前にいた老人【おそらく私の開発者だろう)に諸々の説明を受ける。主に私の役割について。
わがアステル国は、長年の敵だったとタリカス国と結んだ和平条約に含まれている、学生の留学・交流を行うことになった。私の役目ははそれにつき従い、誰にも私が機械だとばれないようにこちらの学生たちを守ること。行き先の学校は、貴族や将来有望な魔術師、技術師、商人などを受け入れる大規模な学校で、もちろんセキュリティも万全だ。しかし、他国に未成年を送るのは不安が残るので、私はそこに生徒として送り込まれ、護衛任務にあたるらしい。最重要護衛対象はこちらの国から送られる第二王子。
「君はこれから、ヴァレリー・ヴァイオレットと言う名の魔術科の生徒になる。重要な情報はすでに君の中に魔法で植えつけてあるから、あとで確認するように」
「はい、わかりました」
老人は部屋を後にした。私は目を閉じて、自分の中に埋め込まれた常識、教養、流行などの情報をいつでも使えるようにしてゆく。それが終わると、自分の現状確認。今私は、大きな姿見のある部屋の、簡素なベッドの上に座っている。立ち上がり鏡をのぞく。そこには、与えられた情報から判断するに、平均的な身長の、深紫色の紙に勿忘草色の瞳の、平均よりも多少すぐれた容姿の15,6歳の少女がいた。
映った姿に、無意識に首をかしげる。歯車とケーブルが詰め込まれた胸に初めて感じる何かが広がる。まだ目覚めて数時間なのだから何を感じても初めてのはずだが、何か大きな見落としがあると警告されているようで、再び目を閉じ、自分の中へ意識を向ける。
すると、そこにはそれまで存在しなかったはずの何かが見つかった。読み込み忘れたデータだろうか?私は、軽い気持ちでそれに触れた。
「あれっ?えっ?嘘!!」
データの読み込みを完了するや小声で取り乱してしまう。なんだこれは。嘘。自分の顔に手で触れる。機械なのに暖かいくてふにふにする。いや、そうじゃなくて。あわてて鏡に向かう。そこにはストレートの深紫の髪を揺らし、勿忘草色の目を見開いてうろたえるヴァレリー・ヴァイオレットがいた。
「はっ、なんで……?マジで?」
私はへたり込んだ。今さっき触れたデータがあまりにも衝撃的過ぎた。きゅるきゅると猛スピードで情報を処理する回路が熱暴走を起こしそうだ。とりあえず先ほどのデータ、いや、データなんかじゃない、私の-----‘記憶’を振り返ってみる。
ヴァレリー・ヴァイオレット。私の‘記憶’によると、アステル国の技術者や魔術師が協力して作り上げた最高傑作の魔導兵器。先ほど読み込んだデータとも合致している。だが、データにはない、私にとっては重要な情報を、私の‘記憶’は与えてくれた。
それは、私ことヴァレリーは、一年以内に、必ず爆発死すること。これは、私が作られた段階で私の中にプログラミングされている決定事項である。
なぜこんなことを知っているんだろうか。爆死必至って……。たとえば貴族の家の没落とか、革命による王族の幽閉とか、罪人として国外追放される運命とかならなんとか足掻こうとも思える。しかし、機械なのにプログラミングされた死を回避できるのか。っていうかなんで私はヴァレリーの姿でこんなかび臭い部屋の隅で打ちひしがれているんだろうか。
一瞬、これはたまたま偶然私の記憶の中の人物に類似しているだけで本当は私は記憶の中のヴァレリーではないんじゃないか、と疑う。だが、魔法で植えつけられた知識と照らし合わせると、恐ろしいことに私はほぼ100%、私は私の‘記憶’の中のヴァレリーなのだ。爆発死確実の。なにか現状打破するとっかかりはないだろうか。
そもそもなんでこれが自分のデータではなく記憶だと言い切れるのか?それは、この記憶を構成する映像や音声のほとんどが、知っていて得にならない、この世界ではないどこかに暮らす少女の日常で構成されていたことと、なにより「これは私の記憶だ」という確信めいたものがあるから。いわゆる女のカンだ。機械に女も男もあるかわからないが。
とりあえず、その記憶は少女が赤ん坊の時から映像が始まる。そして最後は、雨に濡れて黒く染まった階段と、鈍色の空と、灰色のブレザー、そして頭から流れる赤い血の記憶で終わっている。私は転落死したのだろうか。自分の死の記憶だというのに、否定もせずすとんと受け入れられたのは、当時の体が冷えて意識がなくなっていく感覚が鮮やかに思い出せるからだろう。
私は転落死する前までは普通の女子高生だった。いや、普通ではないか。かなり深い沼に方足を突っ込んでしまったオタクな女子高生だったはずだ。確か私はゲーマーだった。10年ほど追いかけているシリーズがあった。機械が繁栄しつつ、誰にでも魔力がある世界が舞台で、恋愛が大いに絡んだ剣と魔法のアクションRPG。親兄弟に引かれるほど没頭した記憶がある。そのゲームのメディアミックスがあればお年玉もつぎ込むし、新作のゲームが出ればたとえ試験前であろうと一番難しいモードでやりこみ、キャラクターが死ねば作中の日付がはっきりしている日から逆算しSNSで同志とともに毎年死を悼んだ。そんなどはまりシリーズの中でも一番のお気に入りだったのが、ヴァレリーが出てくる作品だった。
そう、今私がいる世界は、私が大好きだったゲームの愛してやまない作品に酷似している。自分の中の記憶とデータを照らし合わせてみても、ここはゲームの中だと言い切ってしまっていいほどに。ここは私の天国か。次元を超えたのか。いや、でももしそうならヴァレリーにはならない。シリーズのほかの作品に共通して現れる小人の魔法道具屋になる。もしや生まれ変わり、転生だろうか。解脱できなかったのか……。確かに煩悩にまみれた人生だったが。いやでも本当に、ヴァレリーに生まれ変わってしまったのか。いやでも。まじで。うん。
生まれて数時間の機械のように、というよりは人生に悩む中年のようにため息をつき、現状について思いを馳せるのを止める。
現実逃避になんでこの作品がお気に入りだったか思い出してみると、ないはずの胃がきりきりと痛んだ。
私がこの作品を好きだった理由、それはヴァレリーの死がとても印象的だったからだ。
そう、何度も言うようにヴァレリーは死ぬ。確実に死ぬ。そもそも魔導機器が生きているのかどうかなんて電気羊にでも聞いてくれ。私にはそんな議論につきあっている余裕はない。私には死神がそこまで迫っているんだ。
ゲームでヴァレリーは、主人公と学校に転校してきた元敵国の魔導機械だった。機械ゆえ感情表現が上手くなくて、留学先の学校の生徒だけでなく自国の生徒にも嫌われかけるのだが、健気に向き合い、時には自分を犠牲にしてでも彼らを守り、ようやく周囲に認められた時に彼女は爆散する。リア充になろうとしたその瞬間爆発するのだ。なぜなら、彼女の開発者たちがそう仕組んだから。
ヴァレリーの役目は、本当は護衛ではない。敵国の情報収集と、強い正義感故邪魔になったアステル国第二王子の殺害または将来有望なタリカス国の子女の殺害。そのためにヴァレリーは暴走させられ、最後は主人公である友に討たれて爆発死する。
「……冗談じゃないわ」
画面の向こうの登場人物の話なら感動できる。だがそれは私自身が爆発死してもいいわけでは断じてない!
あいにく私はただのヴァレリーではない。
敵を倒した時に得られる経験値を完璧に覚え、マップに現れる宝箱の中身の変動率まで把握し、開けないかとあらゆる扉に突進を繰り返し、手当たり次第にNPCに話しかけミッションコンプリート率を100%にしたゲーマーとしての経験を持つ、いわば知識チートのヴァレリーである。私はこの世界の神になれる可能性すらも内包しているのだ。
「やってやるわ、私はヴァレリーとして生きてやる……!」
そのためにやるべきことを、私の新しい歯車製で魔力稼働の脳みそはきゅるきゅる計算し始めた。
さぁ、これからどう生き残るか考えよう。