第二十一話 相談屋河海斬
城での激闘から一夜が経った。
昨夜は全員帰るなり股助とアンドリュー以外神社で寝てしまった、訓は起きると相談室のソファに居た。
頭をかきながら外に出ると、そこには香蓮が立っていた。
「おはよー香蓮さん、調子はどーよ?」
あくびをしながら話す訓、その姿をみて香蓮はクスッと笑った。
「はい、お陰様で。
ありがとうございます、私の為にあそこまでしてもらって。」
「いえいえ、やりたくてやったんですから。そこまで感謝されても。」
深々と頭を下げる香蓮に訓は慌てた。
するとどこからか男の声がした。
「全く、人間はすぐに頭を下げるのだな。」
「ん?何て?」
訓は辺りを見渡すが周りには香蓮しかいない、心配そうに見てくる香蓮に訓は苦笑いをした。
「んー、疲れてんのかな?」
「違うぞ、俺はお前と居る。
意識を集中してみろ。」
主のわからない声の通りに目を閉じて集中すると、訓は自分の身体に鳳凰が居ることを感じた。
「え!?鳳凰!!?」
「そうだ、お前が中途半端に身体を貸したり取り返したりしたからお前の身体から出られなくなったぞ。」
「えー!?」
独り言を言っているように見える香蓮は大丈夫かと聞くと、訓は慌てて問題ないと答えた。
魂だけになった鳳凰は身体無しでは生きられない為、好都合だと訓の中に居る事にした。そのため鳳凰の声も訓にしか聞こえない。
訓は苦笑いをしながらふざけるなと呟くと、神社の石段を駆け上がる少年に気づく。
「相談屋さん、早くしないと!」
「え?今日は何かあったか?」
「もう忘れたの?今日は新しい相談室を作るって言ってたじゃないか!」
「あ、そうだった。」
訓は城に行く数日前、人間の里で一軒の古い元は駄菓子屋の店を買った。
長らく神社で相談屋をやると霊夢に迷惑がかかると思ったのと、自立して生きるためにと訓と礫で借金をしてまで買ったのだ。訓は礫と村の若者数人で簡単な改築や掃除をする約束をしていたが、城での一件で完全に忘れてしまっていた。
「やっべ、どうしよう。
まだ身体の傷は痛むし、かといってやらない訳にもいかないし。」
「なら俺も手伝おうか?アニキ。」
神社から出てくるアンドリューは少し笑っていた。
「お、マジで?
でもお前、その姿じゃなー。」
すると、続いて礫も出てきた。
「にとり殿のバッジがあるではないか、いくつか有るぞ。」
「ああ、そう言えば礫が作ってもらったっけ。
よし、なら行くべ。」
「あの、私も…行きたいです。」
小さく手を上げる香蓮、少し恥ずかしそうである。
「おっけ、なら四人で行くか!」
こうして数日の作業で里に相談屋が出来た、外には大きく「相談屋河海斬」と書かれた看板が付けられている。
入口は四枚のガラス張りの引き戸になっており、外からでも誰が居るか分かる。中に入ると左にはソファ二つが机を跨いで置いてあり、右は椅子が四脚と机がある。壁には大柄な訓の背丈を優に超える程の本棚が左右の壁にあり、室内の中央には赤い絨毯が敷いてあり、その奥には書斎机があった。空にその奥は襖があり、開くと上への階段がある。相談室の上は訓達のプライベートルームとなっており、居間や台所や個人の部屋なども付いている。
「いやー、予定より早く終わったな。皆ありがとう。」
「いえいえ、訓さんにはこれからお世話になりますから。」
訓は手伝ってくれた若者達にお礼を言うと、彼らは手を振って帰っていった。
軽くため息をつく訓、それに対して隣にいる香蓮が心配そうにしていた。
「訓さん大丈夫ですか?
あの一件からずっと動きっぱなしみたいですけど。」
「なに大丈夫さ、心配しらないよ。」
香蓮に笑顔を見せる訓、すると突然真剣な顔をして香蓮の手を握った。
「香蓮さん、ここで働かないか?」
手を握られた香蓮は顔を真っ赤にしながら慌てて答える。
「え?その…あの……わ、私なんかが居て大丈夫ですか?」
「大丈夫、別に迷惑とかそんな事は微塵も思ってないし。
ただ、妖怪二人と神が混じった男ひとりじゃ客も来ないだろ、香蓮さんがここの華となって客を安心させてやってほしい。
何より、これから行くところもないだろ。」
訓の話を聞いた香蓮は少し考えてからハッキリ答えた。
「はい、働かせていただきます。
ふつつか者ですが、宜しくお願いします!」
顔が膝に付くのではと思うほど深々と頭を下げる香蓮、訓はその頭を撫でた。
「そんなにならなくていいよ、これから毎日一緒に働く家族みたいなものなんだからさ。」
「家族」という言葉を聞いて、香蓮は涙を流しながら訓に微笑んだ。
「家族、いいですね。」
「ああ、礫もアンドリューも、鳳凰も俺も、香蓮さんの家族だよ。」
訓はそう言うと相談室を出て香蓮の顔を見る。
「それじゃ、俺は用事があるから少し待っててよ。もう少しで礫とアンドリューが帰ってくると思うから。
」
黙って頷く香蓮を見た訓は手を振って出掛けていった。
その日の夜に訓は霊夢、魔理沙、文、股助、アトム、香と椿、弦を連れて相談室に帰ってきた。
相談室の前には礫、アンドリュー、香蓮が立って待っていた。
「遅いぞ訓殿。」
「悪い、皆集めるのに手こずった。」
訓は全員を相談室の中に入れると、机の上には料理と酒が置いてあった。
訓は本作的に相談屋をやることを、今まで大きく関わってきた人達と共に祝うために宴会を開いたのだ。
「あら私の好きな酒もあるじゃない。」
「当たり前だろ?霊夢には一番世話になったから、特に気をつけて酒を選んだよ。」
笑いながら話していると、訓は誰かに肩を叩かれた。
「訓殿、乾杯の音頭をとれ。」
「え?俺が?」
「アニキがやらないとダメでしょ!
」
「そうですよ、相談屋のリーダーなんですから!」
皆に言われ、訓は面倒くさそうな顔をしながら酒を持って書斎机の上に乗った。
「えー、それでは皆さん。
我が相談屋の本格始動を祝って、飲んでいきましょう。」
そう言うと、訓は黙って俯いた。その目は少し潤んでいる。
「俺が幻想郷に来てかなり時が経った。最初は何が何だか分からくて、色々な人に助けてもらった。
今度は、俺が…俺達が助けになる番だから。」
訓は顔をあげて酒を上げた。
「それでは皆さん、乾杯!」
『乾杯!』
全員声を揃えて言うと、宴会は花が開いたように盛り上がった。
訓はまず香と椿の元へ行った。
「訓さん、お招きいただきありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ来てもらってありがたいです。
正直来てもらえるか心配でしたけど、映姫様がやってくれましたね。」
「ああ、一日だけならってお許しが出たよ、こんなことは初めてらしい。」
話していると訓はスボンの裾を何かに引っ張られていることに気がつく。
「ん?ああ股助か。」
「おめでとう、これから頑張れよ。
」
「ありがとな、お前が一番付き合い長いな。一緒にこっちに来たのが懐かしぜ。
そんなお前がなぜ相談屋に入らなかったんだ?」
「オレはオレで自由に生きるさ。
人様のために動くなんてまっぴらごめんだからな。」
股助の言葉を聞いて訓は吹き出す様に笑う、股助それを見て怒りながら霊夢のところへ行った。
訓は辺りを見渡すと小さい影がこっちに来るのを見つけた、アトムである。
「どうも、訓さん。」
「おう、どうだ?その後は。」
「はい、毎日両親と楽しい時間を過ごしているよ。
ただ、毎日一緒にいると親に迷惑じゃないかと思って。仕事の方も大変なのに。」
「いいんだよ、子供の時くらい親にいっぱい迷惑かけたって。
そのかわり、お前が大人になったら親孝行するんだぞ。」
アトムの肩を叩きながら言う訓、アトムは頷いて料理を取りに行った。
訓は相談室の隅で座ってベースを引く弦に話しかけた。
「よ、いい曲じゃないか。」
「訓君、これは最近出来た曲でね。
最初に君に聞いて欲しかったんだ。」
「ふーん、相変わらず甘い音色を奏でてるみたいだったけど。
また想い人でも出来たの?」
そう聞かれると、弦は顔を赤めた。
訓は笑いながら頭を小突いた。
「ハッハッハ!
懲りない奴だな、まあ気張れや。」
皆と話す訓を香蓮は遠くから見ていた、楽しそうなその姿を見て少し尊敬したのだ。
ふと目を離すと、いつの間にか訓は居なくなっていた。どこを見ても居ない、すると襖に小さな隙間があることに気付く。
香蓮は襖を開け階段を上がる。
階段を登りきると壁にぶつかり、左手に廊下が伸びていた。その廊下を真っ直ぐ進むと外に出る窓があった。それを開けるとそこは丁度看板の真上に位置するベランダだった。
その端で訓は空を眺めていた。
「どうしたんですか?」
「いや、ふと空が見たくなっただけさ。」
そう言いながら訓は上を見上げていた、香蓮にはその目は何だか悲しそうに見えた。
香蓮は自分より背の高い訓の頭を背伸びして摩った。
「ん?何これ?」
「大丈夫ですよ、きっといつかお家に帰れますって。」
「え、何でそれを…」
訓は驚きを隠せなかった、香蓮には自分のことをまだ話していないのに、なぜ自分が家族と離れてしまったことを知っているのか。
実は香蓮は相談室の改築の合間を縫って霊夢に訓の話をしてもらっていたのだ。
「なんでそんなことを。」
「私がそうしたかったからです。」
頭から手を離し、笑顔で答える香蓮。
「そうか、なら仕方が無いな。」
訓は笑いながら中へ入っていく、香蓮もその後ろをついていった。
二人を見送る夜空は、まるで宝石をめいっぱいに散りばめた様に美しく光り輝いていた。
皆さん最後までご愛読いただきありがとうございました!
1014年から約3年の年月をかけようやくこの「東方時空伝」を終わらすことが出来ました。
何度か失踪していたにも関わらず、皆さんがこの作品を読んで頂けたことが私にとって何よりも幸せなことでした。
今後、どういった作品を書いていくかはまだ決めておりませんが、出来次第また皆さんによい作品を送らせていただきます。その日までどうぞご期待ください。
重ねがさねになりますが、「東方時空伝」を読んでいただき本当にありがとうございました!




