目覚めた。
十数分前、その頃二人は。
暖かい陽気。涼しいそよ風。ふかふかの布団が体全体を包み込んでいる。ふと目を開ける。いつもの光景。白い天井、白いカーテンに白いベッ……ドの隅で、白髪の人物が突っ伏していた。妙に顔が整った横顔で、高い鼻からは小さく寝息が聞こえた。
僕は何度か瞬きをして、上半身だけ起き上がらせる。
「……?」
見たことがある。誰だっけ。
う~ん…と人差し指の先を額に当てて、目を瞑って考える。
「あ」
思い出した。彼女はテューク・サスティ、たしか死神様だ。
彼女の事を思い出したと同時に眠る前の記憶も思い出した。
鋭い痛みが走ったのだ。
足に。腕に。首に。頭に。胸に。急にそれが襲ってきたため、眼が大きく見開かれ過呼吸状態になり、痛みで震える手を必死に動かしてナースコールを押した。すぐに離せなくて長押ししてしまった。数十秒で若いナースさんが来て、酷く焦った顔で僕の顔を覗き込んだ。何か言っていた気がしたが、その時の自分は耳鳴りが重く、大きく鳴っていたため理解はできなかった。ナースさんは注射器を取り出して僕の腕に薬を打った。きっとそこで気絶したのだろう。それ以降の記憶が無い。
不意に、目の前で気持ちよさそうに眠るテュークを見た。
この子は、僕を予定の日に殺すために此処に居るんだよね。
そう思った途端、つい笑みがこぼれた。
「へんなの」
指先でテュークの片頬を軽くつついた。「んふ」と変な声を出して怪訝な顔をした後、ゆっくりと瞼を開けた。
「おはようございます」
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フカフカだけど、少し癖のある匂い。鼻につんとくる。その中に顔を埋めて陽光の温もりに包まれながら眠っていると、何かが私の頬をつついた。ゆっくりと視界を広げる。
目の前には、見覚えのある少年が小さく微笑んで、言った。
「おはようございます」
少年から視線を外し、正面に向けて状態を起こす。瞼が重く、体が重かったが何とか起き上りほぼ開けていないような口で「おはよ…」と返答した。直後に大きなあくびを一つ。すると目の前の彼もあくびをした。そしてわたしと目を合わせた後、また微笑んで
「うつりましたね」
と言った。
なんと答えていいのか分からず、とりあえず「うん」とだけ言っておいた。
……彼の名は…。
「犬助」
「え?」
さっきまで私の表情を伺っていた彼が、急に私の意図を察したかのように発言した。驚いて固まったままでいるとまた話し出した。
「名前です。猫鼠犬助」
「あ…」
そうだ。
思い出した。私は死神、猫鼠犬助は私の獲物。たしか、アルターに会って、色々あったんだっけ。
「僕もさっきそうなってました」
「…そうなんだ」
「びっくりしましたよ」
「私も」
「…よく眠れました?」
「うん…きもちよかっ――」
喋りながらの二つ目のあくび。それを見て犬助はくくっと笑った。
「眠いぃ…」
「ですね」
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ふと、部屋の壁に掛けてある時計を見た。
ああ、また眠ってしまう。折角、また楽しくおしゃべりできると思ったのにな。
僕が溜め息を吐くと、パイプ椅子に座ったまま重そうな瞼をこすって言った。
「どうしたの?」
小さく微笑んだつもりだったが、彼女には苦笑いに見えたらしい。僕の顔を見て、眠そうだった顔を一気に真剣な物へと変えた。
数秒ほど見つめられ、気圧された僕は話すことにした。
「もうすぐ、定期注射の時間なんです。それが終わったら副作用で、凄く眠くなって寝てしまう。テュークさんと話して居るこの時間がすぐ終わってしまうのが、なんだかさみしくて」
そういうと、テュークさんはきょとんと表情にハテナを浮かべた後、「終わらないよ?」と放った。
「え?」
「…まぁ、少なくともあと一年半この状態が続くんじゃないかな。私にもこれからどうしていくのかよくわかんないし。それまでは笑って過ごしてようよ」
それを聞いて、不意に笑いが込み上げた。それを見たテュークさんは「何がおかしいの?」とさっきよりもたくさん頭にハテナを浮かべた。
僕は、これが彼女の特徴なんだな、と思った。
「いえ、嬉しくて」
「……ふうん」
そう言った後、うーん…とテュークさんは何かを考え、すぐに「よかったねっ」と笑みを僕に向けた。
「はい」
そのすぐ後、僕の病室の扉が開かれ、車を引いた看護士さんが出てきた。注射を打ってもらった僕は、いつもよりも穏やかで、和やかで、温かい気持ちで眠りにつくことが出来た。
瞼を閉じ、意識を脳から外していくと心の何処からか「おやすみ」と優しい声が聞こえた。
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犬助は大変だ。
気持ちよさそうに眠る犬助を眺めながら思った。
(おひさまの光で気持ち良く眠った後にまた強制的に寝させられるなんて)
「あ」
そう言えば、犬助に見せると言っていた羽は見せずじまいだったな。
「ま、いっか」
次に起きた時に見せればいい。不意に頬が緩み、まぶたが重くなってきた。
また…眠ってしまう。
心の底から湧き出てくる、胸の高ぶりの名前も分からずに意識が遠のいていった。
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おかしいと思ったんだ。彼女はもうこの世界には居ないのに、まだ気配がしてた。
「ティア…」
窓から見える彼女の顔を見て、確信した。彼女は、『この世界』に来てたんだ。
最後の人物とは