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ソルアが目を覚ました時、そこはさっきまでいたギルドのホームではなくまるで見覚えのない場所だった。
ここは何処だ? ホーム・・・じゃないな。
突然の変化に戸惑うが、頭を落ち着けるために何気なく周囲を眺めてみる。石で固められた冷たい地面と壁、目の前には鉄の格子、スペースは4畳程だろうか。どうやらここはどこかの牢獄の中であるらしい。
ゲームの中にこんなイベントはあったか?ホームの中は強制イベントでも対象外だった筈だが。それに、他の皆はどうしたのか?
訳の分からない状況に混乱しながらも、しばらくするとある程度落着き始め、考えをまとめられる程度にはなった。
まずゲームの中にいる、という想定でシステムツールを未だ使えるか試してみた。頭の中でインベン トリを呼び出し、確認する。
とりあえず、インベントリは消えてないな。入ってるアイテムもさっきまでと同じだ。次はスキルを試したいところだけど、やはり、この状況で役に立つやつを選ぶべきか。
そう思い、とりあえず牢屋外の外の状況を確認するために聴覚からの情報を集めるために集音スキルを使う。牢屋に入れられ視界が制限されている今は耳に頼るのが一番良いと判断したのだ。
耳を澄まし、必死に音を拾おうとする。すると、通路をコツコツと人が歩いている音が聞こえた。それも数人。恐らくは巡回をしている人間だろう。
「良かった、スキルも使えるみたいだ。」
スキルの存在はアサシンとして生き延びるためには必須なものだ。怪力や魔法などを持っているわけではないアサシンはスキルとそれを使うプレイヤーの優れたプレイヤースキルが生命線となる。スキルに頼りきりの木偶の坊では話にならないが、スキルがなくても同じだ。
他人の存在、そしてそれらが近くにはいないことを確認すると、現時点で使える他のスキルも試してみた。結果、保有しているスキルは全て使えた。
ほとんどゲームのキャラと同じってことか。見た目も白髪ってことを見るとキャラと同じみたいだ。とりあえずキャラと同じ能力ってことは分かった。次は何をするべきか。
少しの間思案し、牢屋の外側にいる人間に接触を図ってみることにした。しかし、それにはリスクが伴う。牢屋に入れられているということは少なくとも向こうは好意をもっていないという事なのだから。接触の際には最大限に注意を払う必要がある。
自分がここに入れられているのは、希望では不審であるからという理由だけであって欲しいが、最悪の場合は向こうが自分に対し好意どころかその逆の感情を持っている場合もある。
しかし、キャラの力を以ってしても牢屋の鉄格子は壊せないし、まずは何でも良いから情報が欲しい。特に自分がここに入れらている理由は必須だ。
とにかく、現状をもっと把握しておかなきゃならない。
ソルアは鉄格子まで近寄ると、大声で巡回をしているだろう人間に声をかけた。
「すいませーん! 誰かいませんかー!」
何回か繰り返し、声をかけ続けていると、ソルアの耳に幾人もの足音が聞こえてきた。ガシャガシャと鉄がぶつかり合う音からして、相手は鎧を着けているらしい。人数も近づくにつれてはっきりし、5人であることが分かる。アサシンとして能力を育ててきたソルアであるから、はっきりと人数まで分かるが普通のプレイヤーではここまでは無理だろう。
足音はさらに近づき、5分もしない内に彼らはソルアの牢の前に現れた。
人数は予想通り5人であり、さらに4人はこれも予想と同じく鎧を着こみ騎士面をしている。屈強そうな腕には全員槍を持っており、腰には剣をぶら下げている。4人はそれぞれが真ん中の残りの一人を警護する位置に立っている。
真ん中の一人は騎士の格好ではなく、豪奢なローブを着た文官風の出で立ちだ。顔には立派な髭が生えており、偉そうな雰囲気がその全体から漂ってくる。本人もそれをどことなく意識してやっているように感じられる。
「あのー、すいません。」
中々言葉を発しようとしない5人に若干のしびれを切らし、ソルアがなるべく刺激しないように慎重に話しかける。
「出来たら何で俺がここに閉じ込められているか教えて欲しいんですけど。」
その言葉にも5人は反応を見せず、言葉が通じていないのかなとソルアが肩を落とした時、ようやく文官風の男が口を開いた。
「こいつが神の落し物か。ようやく目を覚ましたと思ったら、随分と貧弱そうだな。レンブラントには屈強な偉丈夫が落ちたと聞くのに。」
文官風の男が、顔をしかめ苦々しそうにつぶやく。
「しかし、落し物は大概が人外の力を持っていることが多いです。見た目にはよりません。」
文官に対し4人の中でもかなり年配の騎士、それでも40代ほどだが、が提言する。
「見た目は重要だろう。貴族の連中へのお披露目もあるのだ。王に権力を集めるならばやはり分かりやすい見た目の方が良かろう。」
「確かに、隙あらば王に食い寄ろうとする連中ですからな。」
「それを防ぐのが我らの役目なのだ。その為ならば例えどんなものでも利用し、最大限生かさねばならん。」
「申し訳ありません。私が早計でした。」
「もうよい。それよりも・・・。おい、貴様。」
文官は騎士との話を切り上げ、ようやくソルアの方に向き直った。
「貴様、名は何だ?」
「ソルア」
いきなりの質問に対し、ソルアは瞬案し、ここは素直に従っておいた方が得策だと考え即座に返答した。
お披露目という言葉があったということは、少なくとも今は危害を加えられることはないと判断したのだ。何かしら後々利用するために生かしているのだろう。こき使われる傀儡か、存在自体に意味がある人形かは分からないが、ろくなことはなさそうだが。
加えて「神の落し物」などという意味の分からない言葉も出てきた。これはさらに情報を集める必要があるな。
そんなソルアの逡巡には気づかず、文官は話を続ける。
「ソルア。貴様の立ち位置について教えておいてやろう。勝手な真似をされても困るしな。」
文官は偉そうな髭を撫で付けながら話を始める。
「まずここは貴様の住んでいた世界ではない。別の世界だ。貴様は元の世界からこの世界へと落ちてきたのだ。ここでは貴様のような者を神の落し物という。」
「別の世界?」
てことはゲームの世界じゃないってことか?ならなんでゲームのスキルが使えるんだ?
「そうだ。そして貴様の落ちてきたここはエウドア王国。世界で最も偉大な王国だ。貴様はこれからエウドア王のために文字通り命を懸けて働いてもらう。」
予想していた中の最悪のパターンが文官の口から出てきた。
ってことは俺は奴隷みたいなものなのか。しかも命を懸けてと来たか。かなりやばいな。
黙りこくったソルアの反応を絶望していると勘違いしたのか、文官は少しばかり愉快そうに笑い、続きを言い放った。
「まぁ貴様のような貧弱な奴をいきなり働かせて失敗されても無駄というやつだからな。いきなり無理なことは言わん。まず明朝、貴様には試験を受けてもらう。貴様の利用価値を図るテストだ。精々死なぬことだな。」
言うだけ言って文官は踵を返すと騎士を引き連れて立ち去って行った。
試験か。恐らくはこれも命の危険があるものだろう。とりあえずは殺されない程に強く、警戒されないほど弱い姿を演じる方が良いな。
そして、隙があれば・・・逃げ出す。
まずは巡回の立ち話からの情報収集と、明日の想定と逃走のプラン立てだな。
慣れない状況にソルアの心は確かに疲弊を感じていたが、それ以上に何か感じるものがあった。
それはゲームの中でアサシンをロールしていた時とは違う確かなリアルさ。
全力を持ってアサシンとしてのスキルを用い、ロールをしなければ死にかねない状況で、かすかにソルアの心が喜びで疼くのを感じていた。
まるでずっとこんな状況を待ち望んでいたかのような。