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一枚の写真

作者: 白い死神

僕はつるの巻き付いた大きな門を抜け、石畳の道を歩いている。

目の前に見えるのはすごくオンボロ?というか古風な洋館。

いかにもという感じの洋館。

洋館の周りは木々が生い茂り、太陽の光を一切受け付けないような感じ。

なので少し肌寒い。

今は五月ということもあるのだろうけど。

なぜ僕がこのような状況に陥ってるかというと、少し時間を遡る。


私立天堂中学校。一年。体育。

運動会が近いということで、100m走の記録取り。

はっきりって僕は乗り気じゃない。

なぜか?僕は足が遅いからだ。遅いと言っても、ものすごく遅い。

そして僕を萎えさせるもう一つの理由があった。


クラスのリーダー格。山田恭平やまだきょうへいの一言。

リーダー格というか、もはやガキ大将。

「100mタイム一番遅かったやつ、坂之上の幽霊屋敷で写真撮ってこい!」

という訳の分からない命令。

幽霊屋敷とは、僕ら中学生なら誰もが知っている。

坂之上という誰も寄り付かないような場所。

そこに怪しげに佇んでいる洋館のことだ。


タイムが一番遅かったやつといっているが・・・。

おそらくいじめられっ子の内山うちやま君めあてだろ。

内山君はクラスで一番足が遅い。

遠まわしに内山君に行けと言っているようなものだ。


僕はクラスで二番目に足が遅い。だから標的になることはない。

だが、なぜ僕はこんなに萎えているのか。


「内山今日休みだってよぅ。」


だそうなのだ。内山君。なんでこんな日に。

だが内山君を恨んでも何も始まらない。

要はビリにならなければいいのだ。僕だって本気を出せばビリなんかにはならないはずだ。

はずだった。


「・・・・・っは、速い。」

みんな速い。女子はもちろん、ものすごく速い。

というより、僕が遅い。遅すぎる。


恭平がこの世で一番悪人のような顔をしてこちらにやってくる。

お、終わったぁ。


放課後僕は一度家に帰り、小学校の修学旅行で使い残したインスタントカメラを持って家をでた。

坂之上に向かう途中、恭平の

「幽霊撮ってこいよぉ。」という悪い顔が頭をよぎる。


坂之上という地名どおりの長い長い坂を上り終えた僕は一人つぶやく

「相変わらず物静かで不気味な場所だなぁ。」

僕はつるの巻き付いた大きな門をぬけた。



そして今に至るというわけだ。

大きな木製の扉をあけ、洋館の中に入る。

洋館の中は、入って右に扉が閉まった部屋が二つ。正面に階段がある。二階も広そうだ。

上方にはクモの巣だらけのシャンデリアが傾いて吊るさっている。

そして左には一部屋。この部屋だけ扉が開かれている。

「気味が悪いな。さっさと写真撮ってかえろ。」

僕はホコリだらけの絨毯の上を早足であるき有いつ扉の開かれた部屋を覗く。


まず最初に目についたのは火の付いていな暖炉。その前に椅子がある。

そして、おばあさんが座っていた。

そう。おばあさんが座っていた。

ん?おばあさんが座っていた?


「ぎゃあああ!でたああ!!」僕は手にもっていたインスタントカメラを落とし叫んだ。


「人を幽霊みたいに言わないでおくれ。」

動揺する僕におばあさんは優しく言った。

「ぼうやが一人でこんな屋敷に何のようかね。」

黙ってつったている僕におばあさんが聞いた。


「あ、あのお。写真を撮りに来ました。」

「写真?こんなボロ屋敷の写真を撮ってどうするんだい。」おばあさんは笑った。

「まあ、良い。こっちにおいで。こんな屋敷に人が来るのも久しぶりだよ。お茶でも出すよ。」

僕は、「あ・・はい。」

とかなんとか言ってソファにかぶったホコリを手ではらうと腰掛けた。

するとお祖母さんは席を立ち、部屋の奥の方へと入っていった。

何分かしておばあさんがティーカップを持って戻ってきた。

そのティーカップを僕の目の前のテーブルに置くと、

「どうぞ。」と言った。紅茶だろうか?

「いただきます。」

僕は緊張するように慎重にティーカップを持ち紅茶を一口飲んだ。

暖かくて、甘くて、ほのかに紅茶の匂いが香る。

美味しい。


「美味しいです。」僕はティーカップを置きおばあさんに言った。

「そう。良かったわ。」

お祖母さんは本当に嬉しい。というかんじ微笑んだ。


おばあさんはそこから自分のことを語り始めた。

おばあさんは昔からここに住んでいるらしい。

息子がいたが交通事故で若い頃に死んでしまい、旦那さんは病気で亡くなってしまった。

旦那さんがなくなってからは一人でこの洋館に住んでいるという。


僕は紅茶を飲み終え、「じゃあ、そろそろ写真を・・・。」と言うと、

「あら、そうだったわね。じゃあ私が撮ってあげるわ。」

僕は適当に洋館の中を撮ろうと思っていたが・・・。

おばあさんは、僕も一緒に写真に写してあげよう。と、そう言っているのか。


「なら、おばあさんも一緒にどうですか?」

僕はそういうとおばあさんの座っている隣に移動した。

もう最初の不信感はなくなっていた。

そしてインスタントカメラをジージー巻き、

カメラを片手に上に高く持ち、にっこり笑いシャッターを切った。

パシャッ、キュイーン。うまく撮れただろうか。


ふと窓の外を見ると日が落ち始め辺りは暗くなりつつあった。

「おばあさん。僕もうそろそろ帰ります。」僕がそういうと、

「そうかい。気を付けて帰りな。よかったらまた明日もおいで。」

僕は、「はい。」とだけ言うと洋館を後にした。



次の日の学校で真っ先に僕のもとへ恭平がやって来た。

昨日幽霊屋敷に行ったのかとか、写真は撮ったのかとか、幽霊はいたのか、

などと質問攻めに合い、僕は

「行ってきたんだけど・・・写真はインスタントカメラでとったから現像しないと見せられないんだ。」

と言い、もう一つ幽霊はいなかったけどおばあさんが一人いたと伝えた。

それを聞くと恭平は気味が悪そうに走っていった。


放課後また僕は洋館に向かっていた。

おばあさんは昨日と同じように座っていた。そして昨日と一緒でお茶を出してくれた。

昨日はおばあさんの話を聞いていたが、今日はおばあさんに僕のことを話してあげた。

好きなもののこととか。

おばあさんは嬉しそうにうなずきながら僕の話を聞いてくれた。


僕はその日から毎日学校が終わったら洋館に通う日が続いた。

僕はそのたびおばあさんに話をした。

学校のこと。運動会のこと。恭平のこと。内山君のこと。

僕の話におばあさんは飽きる様子を見せずに聞いてくれた。


僕が洋館に通うようになって一週間とちょっとが過ぎた頃。

僕はまた洋館でおばあさんに話をしていた。

「おばあさん。もうすぐ前撮った写真が出来上がるよ。できたらおばあさんにも見せてあげる!」

僕がそういうとおばあさんは、

「そうかい。楽しみだねぇ。」

おばあさんは嬉しそうに言った。でも僕には少し悲しそうにも見えた。


次の日。洋館についた僕におばあさんは今日は私が話をする。

と言ったと思うと早速話を始めた。

「いきなりぼうやが現れて、一人で寂しかった私に楽しいお話をしてくれた。息子の話を聞いているようで嬉しかったよ。ぼうやのおかげでこの世にもう思い残すことはないねぇ。」

おばあさんはそう言った。

僕は、もうすぐ死んでしまうみたいなこと言わないで。まだまだ長生きしてよ。

僕が必死に言うのに対して、おばあさんはただ笑うだけだった。


数実後。僕は現像した写真を持って洋館へ向かった。

でも、おばあさんはいつもの椅子にはいなかった。

洋館中を探し回ったがおばあさんの姿はなかった。

僕は写真が入った封筒を握り締め、重い足取りで家に戻った。


家についた僕は、昔のことを知っているおじいちゃんに洋館のことを尋ねてみた。

おじいちゃんにいままでの洋館でのことを話した。

家族に洋館のことを話すのは初めてだった。

するとおじいちゃんは、

「あの洋館にはおばあさんなど住んでいないぞ。」と言うのだった。

そんなはずはない。僕はこの目でおばあさんを見て、話もしたのだ。

おじいちゃんは続けて、

あの洋館はおじいちゃんが小さい頃はお母さん、お父さん、息子の三人家族が住んでいたらしい。

でも、お父さんを病気で亡くし、しばらくして息子も事故で亡くなったそうだ。

息子はおじいちゃんと同い年くらいだったそうだ。

お母さんは何十年も一人で暮らしていたそうだが、病気で亡くなってしまったらしい。


おばあさんがしてくれた話と少し似ている。

そのお母さんがあのおばあさんなのではないか。


ふと僕は持っていた写真の封筒を開け、中から写真の束を取り出す。

写真の中からおばあさんと撮った一枚の写真を探す。


あった。


あったが、厳密に言うとおばあさんと撮った写真ではない。

一人で暖炉の前でにっこり笑う僕が写っているだけだった。

僕の隣に不自然に空いた空間。

不自然に空いた空間は僕の心に空いた空間そのもの。

僕の心は恐怖感などなく、

その空間にただもやもやとしたなんとも言えない感情が漂っているだけだった。


この世にもう思い残すことはない。


僕がおばあさんのあの言葉の意味を理解するのには、少し時間がかかった。


僕はおばあさんに何かしてあげることができただろうか?

僕は悩んだ。でも、

ひとりぼっちで寂しかったおばあさんに、僕は話をすることで楽しませてあげることができた。

おばあさんは僕の話を聞いて嬉しかったと言ってくれた。

そう思うだけで心のもやもやが晴れたような気がした。


あの春の洋館での体験は僕だけの大切な大切な思い出となった。


あの洋館でとった、一枚の写真は僕の宝物となった。


僕の机の上には一枚の写真が飾られている。

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