後編
その数分後、澪は関係者の4人を集めていた。
「いったい何がはじまるっていうんですか、刑事さん」
やや困惑気味に吉雄が言った。
「もちろん、この事件の犯人が分かったので、この場で告発するんですよ」
澪の言葉にその場にいる全員の顔に衝撃が走った。
真由子は目を見開き、須田夫妻は互いに目を見合わせ、飯島はきょろきょろと周りを見回している。
「で、でも」
昌美が戸惑い気味に言った。
「オーナーが殺されたとき、私たちはみんなアリバイがありますよ。うちの人と真由子ちゃんはカウンターで話してたし、私の姿もカウンター席から見えたはずです。そこにいる飯島さんがトイレに入るのを私は見ましたし」
「そうですよ。トイレはドア以外に出入りは不可能ですから私にもにもアリバイが成立して、誰もオーナーを殺すことなんてできないじゃないですか」
飯島が昌美に続けて言った。
「確かに、殺害は難しいですね。―――被害者が本当に、あの時死んでいたのならば、ね」
「え、どういうことですか?」
言葉に意味が理解できないらしい真由子が聞く。
「つまり、食器が割れる音が聞こえた時点で、被害者はまだ生きていたということですよ」
「じゃあ、オーナーはいつ死んだんですか?」
「恐らく警察に通報を入れてからわれわれが駆けつけるまでの間・・・。場が最も混乱しているときです。犯人はその混乱に乗じて、店の奥にいた被害者を殺害したんです」
「ちょっと待ってください」
吉雄が横から言葉を挟む。
「つまりそれは通報を入れた時点ではオーナーはまだ生きていたということですよね」
「その通りです」
「しかし、オーナーの死体はちゃんと真由子さんが確認しているんですよ。私の目の前で真由子さんは死体を発見していました」
「ならば聞きますが」
澪がゆっくりと言った。
「この場で、真由子さん以外に被害者の死体を通報前に見た方は?」
真由子以外の3人は目を合わせていたが、誰も見ていないようだった。
「同じカウンター席に座っていた須田さんにもドアが邪魔で死体までは確認できなかった。見えたのは『死体を発見して驚く真由子さん』だけだったんです」
真由子の体は小刻みに震えていた。
「笹谷さんを殺害したのは、名田真由子さん、あなたですね?」
全員の視線が真由子に注がれていた。
真由子の顔は真っ青だった。
「分かりやすく説明するとこうです。名田さんは笹谷さんが店の奥へ行ったあと、適当に客である吉雄さんと話をしてアリバイを作った。そして恐らくあらかじめテープか何かに録音しておいた食器類の割れる音を隙を見て流し、店の奥へ繋がるドアを開け、あたかも笹谷さんの死体を発見したかのように振る舞い、場を混乱させる。その隙に本当に彼を殺害する」
「待ってください」
真由子が震える声で澪をにらみつけた。
「そんなの、おかしいじゃないですか。いくらなんでも大音響で食器の割れる音が聞こえたり、騒ぎが聞こえたりしたらオーナーだって気づくはずですよ」
「笹谷さんがいたのは2階ですよ? 確かコーヒー豆は2階の彼の私室に保管してあるんでしたよね」
「・・・・・・」
「そして何も知らない笹谷さんが2階から降りてきたとき、殺害した」
「い、いい加減にしてください!」
真由子が怒鳴った。
「そんなのただの想像じゃないですか。証拠になんてなりませんよ!」
「なら、証拠をお見せしましょうか?」
澪の言葉に、真由子は言葉に詰まった。
「これはまず見てもらったほうが早いでしょう。笹谷さんの倒れていたところまで行ってみましょう」
澪は周りを見回しながらそう言った。
「みなさん、何か不自然さを感じませんか?」
笹谷一夫の殺害現場に到着し、澪が声を上げた。
しかし、誰も答えない。
「・・・じゃあ水原くん。何か気づかない?」
澪は隣にいた晴人に話を振った。
「え、俺ですか? え、えーと・・・特に何も変わったところはないと思いますけど」
「食器棚をよく見て」
「食器棚? 別に何も変わったところはありませんよ。食器も全部ちゃんとそろって―――あ!」
晴人は話している途中で気づいたようだ。
須田夫妻と飯島はまだ何のことだかさっぱり分かっていないようだったので、澪が説明した。
「食器は床にばら撒かれてるはずですよね? 現にここにたくさんの破片が落ちていました。でも、食器棚の食器の数が、減ってないんですよ」
須田夫妻と飯島ははっとした顔になった。
「食器棚いっぱいに食器が並んでいる。至極当然な光景ですが、この事件においてこんなことはありえないんです。つまり真由子さんは笹谷さんを殺害したあと、あらかじめ割っておいた他の食器を死体の周りに撒いたんです。殺害後に食器棚の食器を割っていたら、その音が他の3人に聞こえてしまう恐れがありますからね。でも食器棚の中の食器を減らしておくことはすっかり忘れてしまったようですね」
真由子はカタカタと小刻みに震えている。
「あなたは言いましたね? 『割れた食器はこの店のものに間違いない』と。でも、この店の食器はまったく減ってない。墓穴を掘ってしまったようね」
「・・・・・・あ」
真由子の目から、ついに涙が零れ落ちた。
「あたしが、殺しました」
自らの犯行を認めた真由子はそのまま床に蹲り、声を上げて泣き出した。
「真由子ちゃん・・・どうしてこんなことを?」
泣いていた真由子が落ち着いたあと、昌美が聞いた。
「あなたとオーナーは、とても仲がよかったじゃない」
真由子はちらりと昌美に目をむけ、俯いた。
「確かにあたし、オーナーを尊敬していました。潰れそうになっていたこの店を立て直してくれたことも、凄く感謝してたんです。・・・・でも」
ぎゅ、と真由子の手が強く握られる。
「オーナーがこの店を買い取ってくれたのは、お父さんやこの店のためじゃなかったんです。オーナーの目的は、この店に隠されている可能性のある麻薬だったんです!」
真由子の叫びに、須田夫妻や飯島がはっと息を飲んだ。
「あたし、聞いてしまったんです。オーナーが電話で誰かと話しているのを。『調査してみたが、この店には麻薬は無い。見当はずれだった』とそう言っていました」
「まさか・・・」
「本当です! それを聞いてあたし、オーナーが許せなくなって。ずっとオーナーは親切でこの店を買い取ってくれていたと思っていたのに。だから・・・だからあたし・・・」
「ちょっと待ってください」
再び泣き出しそうになっていた真由子の言葉を、澪が静かに遮った。
「確かに笹谷さんは麻薬目当てでこの店を買い取ったようです。そのことは、この日記にも書かれていました」
澪が一冊のノートを掲げて見せた。
晴人が2階で見つけてきた笹谷一夫の日記帳である。
「これは私の信頼する部下が2階の笹谷さんの住居スペースで発見したものです。はじめのほうの日記にそのくだりが書いてあります。どうやら笹谷さんは暴力団に雇われていたようですね。でもこのページの内容を見てみてください」
澪はあるページを開いてその日記帳を真由子に渡した。
日記の日付は昨日だった。
今日、暴力団との契約を解約してきた。
思えば私がしたことは真由子ちゃんや彼女の父―――私の親友の思いを踏みにじるものだった。
結局本当に麻薬など無かった。
私は私の親友を、あらゆる意味で裏切ったのだ。
少しばかりの金に目が眩み、なんと酷いことをしてしまったのだろう。
明日、真由子ちゃんにすべてを話そうと思う。
許してもらえはしないだろう。だが、それが私にできる唯一の罪滅ぼしだ。
真由子は無言でその日記を読んでいた。
泣きもせず、怒りもせず、ただ無言でむさぼるように読んでいた。
「確かに彼のしたことは、あなたやあなたのお父さんに対する裏切りとも言えるものでした。でも、彼だって苦しんでいたんですよ」
「・・・・・・」
「彼のことを、許す必要はありません。でも、少しだけでいいから、理解してあげてください」
真由子はしばらく何かを考えているかのように目を閉じていた。
そしてゆっくり目を開けると、澪の前まで歩み寄り、両手を差し出した。
澪は手錠を取り出し、真由子の手首にしっかりと嵌めた。
「ありがとうございました」
真由子は最後に澪に向かってそういうと、警官に付き添われて静かに去っていった。
「彼女、ちゃんと罪を償えるといいですね」
帰りのパトカーの中で晴人がふと漏らした。
「それはみんな彼女次第よ。でも―――うん、彼女ならきっとできるわ。私はそう信じてる」
日は既に傾きかけている。
オレンジ色の光を浴びながら、パトカーは走っていった。
受験のため少し小説から離れていましたが、いかがだったでしょうか?
推理小説は書くのが本当に大変ですね・・・。論理に矛盾が無いようにしなければいけませんし。まあ、それでも好きだから書いてるのですけどね(笑
これからもゆっくりとしたペースで書いていきたいと思っているので、よろしくお願いします。