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第参歌<序>

 草津宿(くさつじゅく)

 東海道(とうかいどう)中山道(なかせんどう)の合流地点であるここは、宿町として栄えていた。

 信二(しんじ)刀夜子(とうやこ)……否、鬼一法眼(きいちほうげん)の今際に残した言葉から、一行は江戸を目指す。

 経路は東海道。今はその第一歩だ。

 さきの騒々しい悪鬼羅刹(あっきらせつ)魑魅魍魎(ちみもうりょう)の雄叫び恨み言とは程遠く、鈴虫の音色が夜を演出する。

 こんな夜は久しぶりだと、一行は秋の夜を楽しむ。

 やがて、行燈(あんどん)の灯りが消え、風景は漆黒に染まる。



 瓦屋根を軽快に走る人影が一つ。

 忍歩法と呼ばれる特殊な走り方。

 音も立てずに、それは一行の宿へと駆ける。

 それから、静かに大地に降り立ち、一行の枕元へと向かう。

 お目当ての品を盗った後、跳躍して元の場所に戻る。

 だが、人影が踏み込もうとした屋根瓦の一つがズレていた。そこに足をかけた瞬間、ガタっと踏み外す。


「きゃああああああっ!?」


 大きな音を立てて()()が地面にたたきつけられた。

 その音を聞いた一行は跳び起き、刀を持って構える。いびきをかき、だらしない寝相で眠り続ける菊三十兵衛(きくさんじゅうべえ)以外は。


「何者だ!」

「ひっ!?」


 忍び装束に身を包む女性。所謂くノ一だ。


「拙者らの荷物がないでござる」


 介郎(すけろう)の発言に、彼女の様子を眺める。彼女の手には一行の荷物があった。

 ようやく起きた菊三十兵衛が状況を理解する。


「俺様の荷物が!」


 菊三十兵衛は落下の傷に足を痛める彼女を簡単に捕らえた。


「くぬやろ! 奉行所に連れ出してやる!」


 首を絞められ、呼吸ができなくなる寸前に、彼女は印を結んで術を唱えた。


「……忍法・変わり身変化(へんげ)!」


 どろんと膨大な煙が出現し、一行はせき込んだ。

 煙が晴れると、菊三十兵衛の腕の中には刺々しい丸太があり、その棘は彼の逞しい腕に突き刺さる。


「いだだだいだだだだだだだっ!」


 月を背に、くノ一が立つ。


「じゃ、また後でね~~」


 幼さの残る可愛らしい声が夜の静寂を引き裂き、またそれは嵐のように過ぎ去った。

 一行の荷物が無事だったことだけが救いだ。


 だが、再び床に就く前に少し離れた場所から同じ声の悲鳴が上がった。

 ははっ、ざまあみろなどとは言わない。確かに近江(おうみ)蜱虫(ひむし)かもしれないが、放っては置けなかった。

 そう、流徹(るてつ)は感じた。

 流徹は一行を呼び、屋根を駆ける。

 その視界の先には、赤子のような鳴き声で彼女を食べようと(ついば)む人間大の鳥の妖怪、姑獲鳥が飛んでいた。


「鳥の妖怪だ……多方向から同時に攻撃するぞ!」

「御意!」


 鳥の妖怪の厄介な部分は飛んで攻撃を避け、空から再び攻撃を仕掛ける人間に対して圧倒的優勢な飛行能力に尽きる。

 だが、飛ぶという行為は万能ではない。

 時に風を読み、羽ばたく必要がある。

 また、瞬時に方向を変えたりは出来ない。

 だからこそ同時攻撃が有効であった。

 かの佐々木(ささき)巌流(がんりゅう)はこう言った。

 飛燕(ひえん)を落とすには一太刀浴びせた後に、返しの二つ目が必要だと。

 流徹にはその技量はまだない。だからこそ、連携をとる事で補う。

 姑獲鳥は流徹の一太刀を容易く避ける。

 介郎の槍を紙一重で回避し、角信(かくのぶ)の斧も同様。

 球磨(くま)の一撃に対しては鋭い爪を繰り出し、華麗に弾き返した。

 姑獲鳥は赤子のような笑い声をあげて挑発する。


「くそっ……この妖怪……ただものじゃねえ!」


 その時、ドスドスと瓦屋根を踏み込む音が聞こえてきた。


「俺様も忘れるんじゃねえクソジジイ共~~~~~っ!」

「なんだ、起きていたでござるか」


 菊三十兵衛は雄叫びを上げながら大太刀を振るう。

 姑獲鳥は(くちばし)(ゆが)め、不敵な笑みを浮かべつつ後ろへと回避した。

 だが、菊三十兵衛の大太刀は十尺程。

 一瞬の慢心が(もたら)した結果だ。

 翼の一部が勢いよく叩き切られる。

 そして、よろめいたところを、流徹が一閃。

 姑獲鳥は大量の血しぶきと共に塵となって消えていく。


「えっと、その……ありがと」


 その様子をキラキラした瞳で見ていたくノ一はぺこりとお礼をした。

 そして、すぐに跳躍して去っていく。


「アタシは伊賀(いが)のお(まち)! お礼はいつかするね! もし何かあれば、この先に伊賀の生き残りが集まってるの。えっと、行き方は子猫を追いかけてね!」


 去り際にそれだけ告げて、風のように消えていった。

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