黙っていろと言われたので微笑んでいたら、無能な婚約者が廃嫡されました。【2000文字】
「お前は口答えせず、黙っていればいいんだっ!」
婚約者のその一言で、何かがブツリと切れた音がした。
「ガストン様」
いつからか私が婚約者の名を呼ぶと、不機嫌さを隠そうともしなくなった。
「…なんだ?」
「先ほどの授業の課題ですが、昨年に引き続き冷害が広がりそうなので、穀物の見直しがいいと思われます。夏休みに領地の方へ行ってみましょう」
「お前には関係ないことだろ?」
「いずれ嫁いだら私も関係あります」
そう言うと、侮蔑の目で睨まれた。
…また、授業についていけなかったのかしら。
「それと以前も申しましたが、リストにまとめた上位貴族の方々との機会を作って、コネクションを広げておいてくださいませ」
「また、その話か!それはしないと言っただろう!?」
「学園は無礼講の許される場です。今が絶好の機会です」
「それでは腰巾着ではないかっ!お前はこの俺に頭を下げろと言うのかっ!」
頭を下げろとは、一言も言っていない。
社交場に出てから人脈を作るでは遅すぎる。
ガストン様のご実家も我が家も踏ん反り返るほど余裕な立ち位置ではないし、立場から言ったらそもそも腰巾着だろう。
「交友関係は馬鹿になりません。利のあるお家とも繋がった方が」
「お前は利害関係の繋がりしかないのだな、卑しい奴め」
「そういう話では」
「ああ、もううるさいっ!口を開けば文句ばかり!可愛げのない!」
「ガストン様」
「お前は俺に口答えせずに、黙っていればいいんだっ!」
肩を突き飛ばされて、急激に体の芯から冷めていく感触がした。
だから、私は曖昧に笑ってみせた。
ガストン様は一瞬ビクッとされたけど、私が口を噤んだままだったので、ニヤリと顔を歪めた。
「そうだ、最初からそうしてればいいものを。俺に向かって口答えするなど、甚だしい」
ガストン様は、私といるのに機嫌良さそうな態度に変わったのだった。
「あの教師は何を言っているかさっぱりわからん!麦の生産量が落ちてないのだから、麦でいいじゃないか」
ガストン様のご実家も、今年は麦と芋の半々にすることにしたはずだけれど、聞いてないのかしら?
聞かされたけど覚えていないのか。
ガストン様の愚痴を聞かされながら、私は曖昧に微笑んだ。
それを見て、「そうだろ!俺の言うことは正しい」と満足そうに頷いた。
「ビガー殿は素晴らしい。身分を笠に着ることもなく、交流をしてくれる。お前の友とやらとは随分違うな!」
ビガー様…、あまりいい噂を聞かない方か。
自ら破滅の道を行くというのね。
では、私も道を決めなくては、ね。
得意げなガストン様に、もはや苛つくこともなく曖昧に微笑んでみせた。
「ふん!笑っていればいいと思って。可愛くない奴っ」
私がガストン様に出会った頃から呆れているように、ガストン様も私が何をしても気に食わないわけだ。
「おい、お前のそのブローチ。お前にはもったいないと思わないのか。こんなもん、俺が預かってやる!」
ガストン様は明らかに狼狽しながら、意味のわからないことを言って、私の胸元のブローチを引き千切っていった。
ああ、ビガー様との交流で、違法賭博にでも手を出したのかしら。
調べた通り、ビガー様はなかなかに後ろ暗い相手で、さぞカモにされていることだろう。
ブローチには我が家の紋が入っているから、売り払うのも難しいはずだ。
我が家以外から売り場に出させたら、不思議に思われてすぐに連絡がくるだろうに。
私は曖昧に笑ったけど、ガストン様はそんなのを見る余裕もなく去っていった。
「…おい、この俺が父上から勘当されそうなんだ!お前は婚約者だよな!?俺のことを助ける義務があるよな…!?」
ガストン様に肩を掴まれて、怒鳴られた。
あれほど交友関係は大事だと、口酸っぱく申しましたのに。
賭け事に負け続けてご実家のお金にまで手を出しておいて、何を言っているのやら。
私が曖昧に微笑むと、ガストン様は天の助けを得たかのように、顔を安堵で染めた。
「私は貴方様に口答えもできませんので、何も言うことはございません」
「…は」
「助ける義理もございません」
「何、言ってやがる…、お前っ、俺を見捨てるのか!?」
殴りかかる勢いで来られたので、その手を弾き返した。
「貴方様は廃嫡が決まったとご連絡頂いております」
静かに告げると、目の前の人間の動きが止まった。
「そして、貴方様の弟君を後継者とするので、弟と再度婚約してほしいと頼まれ、承諾いたしました」
「な、に…」
「ご家族も貴方様にはご苦労なさっていましたものね」
「おい…」
「私がお助けするのは、婚約者とそのお家ですので、貴方様は対象ではございません」
「裏切ったのか…?」
「裏切るほどの信頼なぞ、最初からなかったのに何を言っているのですか?」
元婚約者は口をはくはくさせて、息が上がっていった。
「新しい婚約者様は、助言に耳を傾ける聡明な方ですので、これからは思う存分口答えをしていこうと思います」
私は今まで通り、優雅に微笑んでみせたのだった。
了
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