9.落とし物を見つけましたわ!
鳳凰寺烈火という名の「立派なつくし」を門前に植え終えた翌日。
凛音は、予定通り裏庭の「穴っぽこ」――もといダンジョンの深層へと足を踏み入れていた。
「皆様、ごきげんよう!昨日は思わぬ庭仕事が入ってしまいましたが、本日はお掃除再開ですわ。今日は穴のずっと奥、『開かずの間』の断捨離に参りますわよ!」
自撮り棒を片手に、いつものバールを肩に担いで進む凛音。
『ガーデニングってつくしのことかwwww』
『マッスル課金:開かずの間って何だよw実家かよ』
『考察班A:ダンジョンで開かずの間って、それボス部屋か未踏領域のことか……?』
「あら、実家みたいなものですわ。長い間放置されて、大きな粗大ゴミが溜まってしまった物置のような場所ですの。換気も悪いですし、一気に殲滅して風通しを良くいたしませんと」
『ケーキ大好き:粗大ゴミ(Aランク以上の魔物)』
地下深く。周囲の岩肌は紫から漆黒へと変わり、空間には高濃度の魔素が立ち込めている。通常の探索者なら数秒で肺が焼け焦げる死の世界だが、凛音は全く意に介さず鼻歌を歌っていた。
『マッスル課金:おいおい、背景がヤバい色してるぞ。人類未踏の深層じゃねえか?』
『どうせヤラセだろ?グリーンバックのネタバレまだー?』
『考察班A:お嬢様の周りだけ魔素が「避けて」空間ができてるんだが……。物理法則どこ行った?』
凛音がスマホのライトを向けながら奥へ進むと、不意に前方の空間がぐにゃりと歪み、眩い光のゲートが開いた。
「あら?お客様かしら」
光の中から、数人の精鋭を引き連れた一人の男が現れた。
白銀のフルプレートアーマーを纏い、腰には神々しい黄金の輝きを放つ大剣を下げている。その顔は、冷徹なまでの美貌を湛えていた。ダンジョン管理局総帥にして、日本最強の探索者――通称『聖騎士団長』、アーサー・ブライト。
『考察班A:本物だ……!でも待て、アーサー団長は今日、都内のS級ダンジョン『新宿大迷宮』の最深部を攻略中だったはずだぞ!?なんで実家の裏庭にいるんだ!?』
『え?ガチ!?』
『マッスル課金:マジだ!ニュースで新宿から潜るって言ってた!』
コメント欄が混乱する中、アーサーは部下たちに向かって厳格な声で告げた。
「新宿ダンジョンの最深部に発生した異常な『空間の歪み』を追って踏み込んでみれば……まさか、このような未知の高濃度魔素領域に直結しているとはな。油断するな、いつ神話級の魔物が出てもおかしくないぞ」
そして、前方に立つ凛音の姿に気づき、鋭い声を上げる。
「――そこの者!動くな!ここは新宿大迷宮から繋がった特級危険領域だ。……こんなところにいるとは一体何者だ!?」
「何者と言われましても...それより、そちらの立派な鎧の方。腰に下げているその金ピカの剣、見覚えがありますわ!これ、わたくしが異世界で魔王を殲滅した際、その辺に放り投げてきた聖剣『サンレイズ』じゃありませんこと?」
「な……。なぜこの聖剣の名を……。……ッ!?」
アーサーの顔色が変わる。凛音を直視した彼の冷徹な仮面が、音を立てて崩れ去った。
「!?......いや、その声、その不敵な縦ロール、そして空間そのものを制圧するような圧倒的な覇気……!まさか、凛音様……!?殲滅の勇者、凛音様なのですか!?」
「あら?わたくしのことをご存知で?……ん?その無駄に生真面目そうなしかめっ面……どこかで見覚えが……。……あぁ!もしかして、異世界でわたくしの荷物持ちをしていた、少年のアーサー君!?」
凛音は目を丸くして、手をポンと打った。
「まぁ、見違えましたわ~!随分と縦に伸びて立派な格好をして。迷子ですの?ここはわたくしの家の裏庭ですけれど」
「う、裏庭!?新宿大迷宮の最深部と空間が繋がってしまうほどの魔力特異点が、個人の家の裏庭だというのですか!?……い、いやそれよりも凛音様!なぜあなたほどの御方が、聖剣を手放し、そのような下俗な鉄の棒などを握っておられるのですか!?」
「だってその剣、金ピカでやたら重たいんですもの。振るたびに肩が凝って仕方がありませんでしたわ。その点、このバールは重心計算が完璧で、腱鞘炎にもなりませんの。まさに現代の実用美ですわね」
『マッスル課金:ちょっと待て!なんでそんな伝説級の武器を肩凝りで放り投げてんだよ!』
『名無しの探索者:肩凝りで聖剣捨てる勇者いるかよwww』
『考察班A:バールの評価が無駄に高いの草。てか待て、異世界で荷物持ち?』
アーサーは信じられないものを見るような目でバールを見つめ、そのまま感極まった様子でガクンと膝をついた。
「やはり本物!凛音様!お探ししておりました!あなたが魔王を倒した後、突如として姿を消してから数年……。まさか、このような辺境の島国で無為に過ごされていたとは!」
『マッスル課金:待て待て待て!日本最強の聖騎士団長って、異世界人だったのかよ!?』
『名無しの探索者:新宿S級ダンジョンの奥底がお嬢様の裏庭に繋がってた衝撃と、管理局トップが異世界出身とかいう国家機密が同時にバラされてるんだがwww』
『ケーキ大好き:情報過多で脳がショートしそう!』
「失礼ですわね、アーサー君。わたくしは今、自宅警備員という高潔な任務に就いておりますの」
「じ、自宅警備員とは……?いやしかし、その聖剣すら凌駕する神気。間違いありません!私がこの世界へ流れ着いた詳しい経緯は長くなりますので、後日改めてご報告いたします!しかし……凛音様。今のこの世界は、あなたの力を必要としております。どうか、管理局の特級顧問として……」
「お断りいたしますわ。わたくし、先ほども申し上げた通り自宅警備員ですの。……あ、でも。アーサー君。あなた、偉い人になったのなら、デパ地下の『特選メンチカツ』を並ばずに買える権限とか、持っていらして?」
「め、メンチカツ……?いえ、それは流石に、公序良俗に反しますが……」
「あら、使えない部下ですわね。……では、お掃除の続きをいたしますわ。あ、アーサー君。そこの岩場に、少し大きめのワンちゃん(ケルベロス上位種)が隠れていますわよ。危ないから、新宿へお帰りになって?」
「え、あ、ああ...それならおまかせしてしまいますが...また後日お伺いします.........」
『マッスル課金:聖騎士団長を「使えない部下」扱いwww』
『考察班A:異世界人発覚の衝撃すらメンチカツで上書きしていくお嬢様、完全に世界のパワーバランスをジェノサイドしてる……』
『ケーキ大好き:あ、アーサー様が泣きそうになってるw』
聖剣『サンレイズ』を腰に下げた世界最強の探索者と、右手に『バール』を持ったニートのお嬢様。
かつての部下であるアーサーが、本人曰く少し大きめのワンちゃんをしばきに去り行く凛音の背中に向かって必死に叫ぶ。
「凛音様!お待ちください!メンチカツなら、私が全力を挙げて、日本中の特選品をあなたの食卓へデリバリーする体制を整えますからぁ!」
「あら……。それは最高ですわ~~!!」
配信画面には、世界最強の探索者が、ニートのお嬢様にメンチカツのデリバリーを誓うという、歴史上最もシュールな「忠誠の誓い」が映し出されていた。




