7.門前払いですわ!
翌朝。
昨日のメンチカツで脂質と幸福度を限界突破させ、日頃の疲労まで殲滅してしまった凛音は、いつになく爽快な目覚めを迎えていた。
和室の畳に正座し、安物のスマホを自撮り棒に固定して、配信ボタンを優雅にタップする。
「皆様、ごきげんよう!昨日のメンチカツ、あまりの美味しさにわたくし、感動のあまり庭の草むしりを素手で5ヘクタールほど終えてしまいましたの。指先から大地のエネルギーを感じて、最高ですわ~~!!」
配信開始からわずか数秒。ToyTubeのコメント欄は、昨日までの「疑惑」と「驚愕」が混ざり合った混沌から、もはや「このお嬢様は何を言ってもおかしくない」という悟りの境地に達した視聴者たちで埋め尽くされていた。
『マッスル課金:素手で5ヘクタールって、お前は開拓時代の重機か!』
『考察班A:お嬢様、昨日のデパ地下動画、再生数が文字通り殲滅級に伸びてるぞ。Bランクの火神が『生ゴミ』として処理されるシーン、100万回はループされてるな』
『ケーキ大好き:昨日お嬢様が買ってたメンチカツ、今日お店に行ったら『殲滅セット』って名前で売り切れてたよw』
「あらあら、メンチカツが殲滅?物騒ですわね。わたくし、ただの平和なニートですのに……。さて、本日はお掃除3日目。裏庭の穴の奥がどうなっているのか、本格的にパトロールしようと思っておりましたけれど……あら?」
凛音が縁側から庭を見下ろすと、そこには見覚えのある、しかし昨日よりも遥かに豪華な金ピカの装甲車が、華園家の門扉の前に不遜に鎮座していた。
降りてきたのは、燃えるような紅いマントを羽織った男。
国内にわずか5人しかいないSランク探索者にして、巨大ギルド『火の鳥』の代表――鳳凰寺烈火である。
「……出てこい、華園凛音!我がギルドの有望株(火神)を衆人環視の中で辱め、あまつさえ武器を破壊した落とし前、つけてもらおうか!」
鳳凰寺の声が住宅街の静寂を切り裂き、周囲の空気がじりじりと熱を帯びる。Sランク特有の、空間そのものを圧迫するような魔力。近所の犬たちが一斉に吠え止み、空を飛んでいた鳥たちが慌てて進路を変えるほどの威圧感だ。
『考察班A:出た……Sランクの鳳凰寺烈火だ。ガチの国家戦力だよ』
『マッスル課金:おいおい、門の前の生垣が熱で枯れ始めてるぞ!お嬢様、これヤバいって!』
『ケーキ大好き:あ、お嬢様!生垣の陰に、またあの佐藤課長が隠れて震えてる!』
画面の端には、ボロボロのスーツを着た管理局の佐藤課長が、もはや魂が抜けかかったような顔で這い出てくる姿が映っていた。
「華園さん……無理です、相手はSランクですよ!国の宝、歩く核兵器と言われる男ですよ!鳳凰寺さん、落ち着いて!彼女はただの、その、フィジカルが絶望的にバグってるだけの、無職のニートなんです!」
佐藤課長の叫びは、鳳凰寺の激昂にかき消された。
「ニートだと!?ふん、ヤラセで塗り固めた虚像め!そのバール、今すぐ折って捨ててくれるわ!!」
鳳凰寺が腰の宝剣を抜いた。刀身から紅蓮の炎が奔流となって噴き出し、華園家の門扉が熱で赤く染まり、ぐにゃりと歪み始める。その時、凛音がゆっくりと、しかし一切の迷いなく門の前まで歩み寄った。
「鳳凰寺様。落とし前、嫌いではありませんわ。ですが……」
凛音は、熱で塗装が剥げかけ、無惨な姿になった門扉をそっと指差した。
「この門扉、お父様が大切に手入れしていたものですの。それを勝手に温める(溶かす)なんて……。わたくしの『自宅警備』に、重大な支障をきたしておりますわ。……育ちが悪くってよ」
『マッスル課金:キターーー!!お嬢様の『育ちが悪い』は死の宣告!』
『考察班A:待て、お嬢様の周囲だけ陽炎が消えたぞ。圧で炎を押さえ込んでるのか!?』
「黙れ!死ねぇ!!」
鳳凰寺が放ったSランク奥義『獄炎一閃』。全てを焼き尽くすはずの炎の刃が、凛音の眼前に迫る。
――ガツンッ。
凛音は、手に持っていたバール(ホームセンター産2480円)を、ただ「縦に置いた」。
それだけで、鳳凰寺が全力で振り下ろした宝剣は、バールの側面に吸い込まれるように弾かれ、その衝撃の反動で鳳凰寺の腕が大きく跳ね上がった。
「あら、そんなに力まれては、お掃除は出来ませんわよ?」
凛音は、空中でバランスを崩した鳳凰寺の足元へ、バールの先端を軽く……本当に、ただ地面を突くように置いた。
――ドォォォン!!
重低音と共に、華園家の門前だけが、局所的な地震が起きたかのように激しく陥没した。
土煙が晴れた時、そこには鳳凰寺の姿はなかった。いや、正確には、地面から「首だけ」が出ていた。
「……はい、これで『粗大ゴミ』の分別完了ですわ。佐藤様、あとはそちらで処分をお願いできますかしら?」
配信を切った直後、住宅街には異様な静寂が訪れていた。
門の前で「地面から生えている鳳凰寺」を見つめながら、佐藤課長が震える声で叫んだ。
「……華園さん。あの、いいですか。今、日本で五人しかいないSランク探索者が、お宅の門の前で『つくし』みたいになってるんですけど。これ、どういう状況ですか?」
「あら、見えませんの?不法投棄されたゴミを、正しく土に還して差し上げましたのよ。リサイクルですわ。最高ですわ~~!!」
「リサイクルじゃないわ!これ鳳凰寺烈火ですよ!?国防の要ですよ!それを『地面に生やす』って、どんなガーデニングですか!?狂ってるわ!」
「失礼ですわね。わたくし、これでも丁寧に埋めましたのよ?頭を垂れて反省してほしかったので、垂直に」
「垂直すぎるわ!杭打ち機かお前は!どんな力で地面を陥没させたんだよ!ていうか、さっきのバール捌き何!?Sランクの奥義を『縦に置くだけ』で防ぐって、お前の物理法則だけ昭和の漫画か!令和の時代にそぐわないわ!」
佐藤課長が呼吸を荒げ、歪んだ門扉を指差してさらにまくし立てる。
「だいたいね、門が溶けたって怒ってましたけど、今の地割れで地面の修復費用の方が高くつくでしょうが!自治体の道路ですよここ!」
凛音は優雅に唇に指を当て、くすりと笑った。
「あら、佐藤様。お掃除の基本は『角』を当てることですわ。彼、熱血すぎて隙だらけでしたの。……そんなことより佐藤様、立ち話もなんですし、お茶のバームクーヘン、一口いかが?」
「食えるかぁ!目の前にSランクの首が生えてるのに、どの口でバームクーヘン食うんだよ!喉通るか!砂の味しかせんわ!」
「おやおや。せっかく昨日デパ地下で買った『特選』ですのに。……では、彼が干からびないように、バケツで水をかけて差し上げますわー」
「水やりすな!盆栽か!いや、つくしか。じゃないわ!早く掘り起こせ!」
佐藤課長の叫びが響く中、凛音はどこ吹く風で、バケツを持って鼻歌を歌いながら庭へと戻っていった。
華園凛音。
彼女の「自宅警備」は、まだまだ続く?




