22.暗殺者すらも『神演出』の一部ですわ
――東京ビッグサイトが、魔法の光に包まれていた。
凛音がマイクを通さずに歌い出したその瞬間、会場の空中に「本物のオーロラ」が出現したのだ。
さらに天井からは光を帯びた雪の結晶が舞い落ち、観客席を幻想的な色彩で照らし出していく。
最新鋭のAR(拡張現実)技術などではない。凛音自身が放つ、規格外の魔力による本物の超常現象だった。
《は!?!?なにこれ!?》
《会場にいるんだけど、マジで雪降ってきてる!!冷たい!!》
《意味わからん!どういう技術使ってんの!?》
《画面越しでも鳥肌エグい……神の降臨かよ……》
1億人が熱狂と混乱の渦に叩き込まれる中、ステージの中央で優雅に歌う凛音の背後――巨大なスピーカーの影から、音もなく『黒い影』が飛び出した。
手には、照明の光を鈍く反射する凶刃。
狂気的なまでの殺気を放つ暗殺者だった。
先ほどのブラック企業の残党か、あるいは凛音の異常な影響力を危惧した裏社会の組織が差し向けたプロの凶手か。いずれにせよ、その刃はステージの熱狂に紛れ、完全に凛音の死角から心臓へと迫っていた。
――舞台袖で警備に当たっていたアーサーたち『下僕シックス』が、血相を変えて飛び出そうとする。
しかし、それより早く。
「……あら」
凛音は歌うのをやめることなく、まるでワルツのステップを踏むかのような優雅な動作で、クルリと身を翻した。
フワリ、と純白のドレスが舞う。
暗殺者の必殺の一撃は、凛音の髪の毛一本にすら触れることなく空を切った。
「なっ――!?」
驚愕に目を見開く暗殺者。
そのがら空きになった腹部に向けて、凛音はマイクを持った手を軽く添え――トォン、と優しく押し出した。
ただそれだけ。
しかし、その一撃には人智を超えた不可視の魔力波が込められていた。
「ガァアアアッ!?」
暗殺者の身体は、まるで弾き飛ばされたビリヤードの球のようにステージ上を一直線に吹き飛び、セットの巨大モニターに激突して白目を剥いて気絶した。激突の瞬間、モニターには光の粒子が弾け飛ぶ美しいエフェクト(凛音の魔法)が連動して広がる。
流れるような身のこなし。一切の隙もない反撃。
あまりにも完璧で、美しすぎる一撃だった。
水を打ったように静まり返る1億人の視聴者と、現地の観客たち。
全員の思考が停止した数秒後。
凛音は口元にマイクを当て、ウインクを決めてみせた。
「ふふっ。サプライズゲストによるアクロバットショー、お楽しみいただけました?」
その言葉が引き金となった。
《《《うおおおおおおおおおおっ!!!!》》》
《今のガチのアクション!?スゲェエエエエ!!》
《演出神すぎるだろ!!》
《ワイヤーも見えなかったぞ!?どうなってんだこのライブ!!》
《凛音様カッコよすぎ!一生ついていく!!》
暗殺劇すらも「最高のエンターテインメント演出」として消化され、地鳴りのような歓声が会場を爆発させた。
同接数はさらに跳ね上がり、もはやサーバーが悲鳴を上げ始める。
「まったく……ホコリが舞うから、ステージのお掃除はしっかり頼みますわよ、アーサー」
凛音が小声でインカムに呟くと、舞台袖で膝をついたアーサーが、感涙にむせびながら深く頭を下げていた。
「ははっ……!我らが主の、圧倒的な御力と神がかった機転……!このアーサー、一生の不覚であると同時に、至高の芸術を拝見し感無量でございます……!!(即座にあのゴミを極秘裏に回収し、地獄の底まで尋問しろ!!)」
後半は部下への恐ろしい指示を飛ばしながら、黒服たちが瞬く間に気絶した暗殺者を「演出の一部」のようにスマートに回収していく。
そして凛音は、再び1億人の熱狂に向けて、人智を超えた歌声を響かせるのだった。




