2.時給換算ですわ!
「皆様、ごきげんよう!華園凛音にございますわ~!昨日はわたくしの初配信に温かい反応をいただきまして……スマホの通知が止まらなくて、壊れたかと思いましたわ。設定を直したので、今日は最高ですわ~!」
陽光が差し込む実家の和室。ToyTubeの画面上に流れるコメントは、昨日の「数人」から「数百人」へと増えていた。昨日の切り抜き動画が一部の格闘技ファンやオカルトマニアの間で少し話題になり、登録者数は現在1200人。ニートの初動としては上出来すぎる数字だ。
『昨日のお嬢様だw』
『バールでネズミ倒したの、あれCGじゃないよな?』
『マッスル課金:設定守るねえ。今日も和室に縦ロールかよ』
「あら、皆様コメントありがとうございますわ。……さて、本日はお掃除2日目。昨日のネズミさんの仲間が戻ってこないよう、裏庭の穴の入り口付近を重点的に掃き清めて参りますわ。ついでにデパ地下のいいお惣菜代も稼げれば……ふふ、欲張りかしら?」
『考察班A:Bランク相手におやつ代稼ぎかよw』
『お嬢様、昨日の魔石いくらになったの?』
「あ、魔石ですわね。配信を切ったあと、サンダルに履き替えて近所の資源回収ボックスへ持っていきましたの。……そしたら、なんと五万円になりましたのよ!五万円ですわよ、皆様!わたくしの前職の残業代一ヶ月分(未払い)より高いんですの。最高ですわ~~!!」
『ケーキ大好き:五万円でそこまで喜ぶお嬢様、推せる』
『資源回収ボックスってw行政のゴミ出し感覚かよ』
『考察班A:Bランクなら本来もっと高く売れる気がするけど、換金所の中抜きが疑われるな……』
凛音はスマホを自撮り棒に固定し、縁側を抜けて裏庭へ。そこには、紫色の不気味な裂け目が口を開けている。現代のスマホはダンジョン内の魔力を電波に変換できると聞き、迷わず一歩踏み出した。周囲の風景が歪み、冷たい洞窟の景色へと変わるが、配信画面は高画質のまま維持されている。
『うわ、マジで入りやがった』
『マッスル課金:今のスマホってダンジョン内でも配信余裕なんだな』
『考察班A:お嬢様、そこから先は慎重に進んだ方がいいぞ!』
「皆様、見てください。少し奥に入ると、こんなに綺麗な苔が……あら、不作法なお客様ですわね」
岩影から現れたのは、毒々しい縞模様の「ストライプ・ウルフ」の群れだった。
組織的な狩りを行うCランク上位の魔物。プロの探索者パーティでも警戒する相手だ。
『ウルフの群れだ!』
『考察班A:Cランク上位だけど、囲まれるとプロでも危ないぞ』
『ケーキ大好き:カメラ揺らさないで逃げて!』
「おやおや。わたくし、昔からワンちゃんには好かれますの。……でも、牙を剥く不躾な子には『しつけ』が必要かしら?」
凛音は物置の陰から持ってきたバールを構え、ふっと微笑んだ。その瞳が、好戦的な黄金色に一瞬だけ輝く。
「わたくしの平穏なニート生活を邪魔するゴミは……殲滅ですわ~~!!」
シュンッ、と画面から凛音の姿が消えた。直後、バールが空気を切り裂く音と共に、先頭のウルフが地面に叩きつけられる。衝撃波で周囲の岩が砕け、群れは一瞬でパニックに陥った。
『は!?何が起きた!?』
『マッスル課金:見えなかった……今の移動、人間ができる速度じゃねえ』
『バール一振りで三匹まとめて気絶してないか?』
「あら、皆様。この子たちの落とす爪も、高く売れるのかしら?一本千円にでもなれば、わたくしの今日のおやつがグレードアップいたしますわ。最高ですわ~~!!」
『マッスル課金:時給換算するお嬢様w』
『考察班A:もっと高いよ!その爪は薬の材料で一万は下らないぞ!』
凛音が鼻歌を歌いながら「資源」をレジ袋に詰め込んでいると、穴のさらに奥から、地響きのような唸り声が響いた。三つの首を持つ魔獣「ケルベロス」。このエリアの主であり、本来は国家資格保持者でも生存率が低いとされる「Aランク」相当の怪物だ。
『ケルベロスだああああ!!』
『考察班A:Aランク!?待て、このダンジョン、ランクいくつなんだよ!?』
『入り口はEランクっぽかったのに、奥にAランクがいるとかバグだろ!』
本来、ダンジョンには入り口の魔力濃度でEからSまでのランク目安が設定されるが、この「裏庭の穴」は、その常識を嘲笑うかのように深部の怪物を呼び寄せていた。
『お嬢様逃げろ!そいつは人類にはまだ早い!』
「おやおや、随分と大きなワンちゃんですわね。三つもお顔があるなんて、食費が大変そうですわ。……でも、しつけのなっていないワンちゃんは、わたくしが根性を叩き直して差し上げますの」
ケルベロスが放つ炎と氷のブレス。凛音はバールを軽く一閃し、その魔力の奔流を物理的に叩き切った。
『マッスル課金:……魔法をバールで叩き切ったぞ』
『ケルベロスが「は?」って顔してる』
「それでは皆様、本日最大の『断捨離』、ご覧くださいまし。……華園流お嬢様格闘術・参ノ型――殲滅・バーストですわ~~!!」
閃光が走り、次の瞬間にケルベロスの三つの首が同時に霧散した。地面には特大の魔石が転がる。
「あら、素敵な漬物石になりそうな大きさですわね!最高ですわ~~!!」
『考察班A:Aランクを、バール一振りで?』
『マッスル課金:登録者数、一気に5万超えたぞ……』
『お嬢様、あんた何者だよ……』
「あ、皆様。お掃除も終わりましたし、本日の配信はこれにて終了ですわ。帰りにデパ地下で和牛のメンチカツでも買って参りますわね!それでは皆様、ごきげんよう!」
カメラがオフになる直前、崩落してくる岩をバールで無造作に弾き飛ばしながら、鼻歌混じりに裏庭へ戻る凛音の姿が映っていた。
この日、華園凛音の登録者数は5万人を突破。
「本物のヤバい奴が現れた」という噂が、ネットの深淵から表舞台へと漏れ出し始めた。




