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12.登録者一千万人のご来客ですわ!

 都内某所の閑静な住宅街。

 

 その日、日本のToyTube界の頂点に君臨する男が、華園家の門前に立っていた。


 チャンネル登録者数、実に一千万人。ドッキリや検証企画で若者から絶大な支持を得るトップ配信者『レオン』である。


「はいどーもレオンです!今日はね、最近ネットをバズらせまくってるヤラセ配信者、『ジェノサイドお嬢様』の家に突撃コラボしに来ましたー!」


 レオンの手持ちカメラ(生配信中)には、すでに同時接続三十万人を超える視聴者が集まっていた。


『レオンキッズ:キターー!ついにあのヤラセ女のメッキを剥がすのか!』

『真実を暴く者:レオンさん待ってました!あのCG配信の裏側を暴いてやってください!』

『考察班A:おいおいバカやめろ。そこはガチの特級危険地帯だぞ』

『マッスル課金:レオン死んだわ。南無阿弥陀仏』


「いやー、コメント欄も荒れてるねぇ。管理局のアーサー団長までエキストラで雇うなんて、相当な金持ちかバックに大企業がいるんだろうけど。俺の『リアル』を映すカメラは誤魔化せないよ。早速、ピンポン押してみまーす」


 軽薄な笑みを浮かべ、レオンが華園家のインターホンを鳴らす。


 ガチャリ、と扉が開き、エプロン姿に縦ロールを揺らした凛音が顔を出した。


「あら?ごきげんよう。出前の方かしら?頼んだ覚えはありませんけれど」


「あ、初めまして凛音ちゃん!日本一のToyTuber、レオンです!今日は『突撃コラボ』ということで、例の裏庭のダンジョンセット、見せてもらえませんか?」


「コラボ、ですの?……あら、手ぶらですのね。よそのお宅にお邪魔するのに、デパ地下のクッキーの一つも持参しないなんて……。育ちが悪くってよ?」


「うっ……(なんだこのプレッシャー!?)」


凛音から放たれた『育ちが悪い』という死の宣告に、レオンは一瞬息を呑んだが、持ち前の配信者魂で作り笑いを浮かべた。


「ご、ごめんね!帰りに最高級のクッキー買うからさ!どうしてもあの『穴』が見たいんだ!」


「おクッキーを買ってくださる?ならば歓迎いたしますわ。ちょうどアーサー君たちは、喉が渇いたと皆でコンビニにお使いに行っておりますの。お庭の『穴っぽこ』なら裏ですわ。どうぞ」


(アーサー団長をコンビニのパシリにしてるのか……!?)というレオンの内心のツッコミは喉の奥にしまい込まれ、彼はカメラを回しながら意気揚々と裏庭へ足を踏み入れた。


「さぁ皆!これが噂の……って、うおっ!?なんだこれ!」


 レオンが裏庭の『空間の歪み(ゲート)』を見た瞬間、思わず声を上げた。


 あまりにもリアルな魔力の揺らぎ。そして、一歩足を踏み入れた先は、紫色の岩肌が広がる高濃度魔素空間だった。


「すげぇぇ!!これ最新のホログラム!?それともドライアイス!?まったく息苦しくないし、リアルすぎる!」


『レオンキッズ:すげー!ハリウッド映画のセットじゃん!』

『真実を暴く者:よくできたCG技術だ。俺は騙されないぞ』

『考察班A:息苦しくないのは、お嬢様の圧倒的魔力が結界になってるからだ!レオン、お嬢様から1メートル以上離れるな!肺が焼け焦げるぞ!』


 レオンがカメラを回しながらはしゃいでいると、不意に地鳴りのような足音が響いた。


 ズシン、ズシン。


 岩陰から姿を現したのは、体長五メートルを超える牛頭の魔神――Sランク指定の神話級モンスター『ミノタウロス・ロード』だった。その手には、巨大なダンプカーすら真っ二つにするであろう血塗られた大斧が握られている。


「うおっ!でたー!ボスキャラだ!」


 レオンは全く恐怖を感じず、むしろ目を輝かせてミノタウロスにカメラを向けた。


「みんな見てよこのスーツアクター!めっちゃリアル!筋肉の質感とか、CGみたい!ねぇねぇ、中の人暑くないっすか?」


 レオンがミノタウロスの太ももをツンツンと小突いた。


 ――グォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!


 ミノタウロスが咆哮を上げた。その圧倒的な声の衝撃波だけで、レオンの持っていた最新型スマホのカメラレンズに「ピキッ」とヒビが入り、彼自身の鼓膜が破れんばかりの激痛に襲われる。


「え……?」


 レオンは、そこで初めて『本能』で理解した。


 目の前にいるのは、着ぐるみでもCGでもない。


 自分という矮小な生物を、息を吐くように捻り潰せる『絶対的な死』なのだと。


 ミノタウロスが、大斧を天高く振り上げた。死の影がレオンを覆う。恐怖で声も出ず、腰を抜かしてその場にへたり込むことしかできない。


「あ、あ、ああぁ……っ!!」


『レオンキッズ:え?レオンの顔、ガチじゃね?』

『マッスル課金:だから言っただろ!!』

『ケーキ大好き:あーあ、お客様が粗相しちゃった。』


「……まったく。お茶の準備が遅れるではありませんか」


 背後から、優雅なため息が聞こえた。


 レオンの頭上を覆い尽くさんとしていた大斧の軌道に、スッと、一本の「鉄の棒」が割り込んだ。


 ――ガツンッ!!!


 甲高い金属音と共に、Sランクモンスターの全力の振り下ろしが、空中でピタリと静止した。見れば、エプロン姿のお嬢様が、片手でホームセンター産バール(2480円)を持ち、斧の刃を『点で』受け止めているではないか。


「お客様の前で、そんな大きなハエ叩きを振り回すなんて。……それにあなた、うちのダンジョンに許可なく入ってくるなんて、育ちが悪くってよ?」


 凛音がバールを軽く押し返した。たったそれだけの動作で、体重数トンのミノタウロスがバランスを崩し、大きく後ろへ仰け反る。


「大きめの牛肉さん。お肉の筋切りは、得意ですのよ」


 凛音がバールを『横に』薙いだ。


 ――パァァァァァァァァァァァンッ!!!!


 空間そのものを断ち切るような衝撃波が迸る。ミノタウロスの巨体は、悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして光るチリへと還元され、後には特大サイズのA5ランク和牛のような色合いをした、美しい魔石だけがポツンと転がった。


「あら、綺麗なサシの入った魔石ですこと。……さてレオンさん、お掃除も終わりましたし、おクッキーを買いに行きましょうか?」


 凛音が振り返り、慈愛の笑みを浮かべる。


 ヒビ割れたカメラのレンズ越しに、その美しくも恐ろしい「本物の怪物」の姿が、30万人の視聴者の目に焼き付けられていた。


『真実を暴く者:…………え?』

『レオンキッズ:え??????』

『考察班A:お前ら、これが「殲滅ジェノサイドお嬢様」だ。』

『お庭の雑草:素晴らしい!レオン、お前も今すぐお嬢様の靴を舐めて雑草になる栄誉を与えられろ!』


 日本一のトップ配信者が、恐怖と感動で完全に失禁しながら「はいぃぃぃぃ!一生お供しますぅぅ!」と土下座する映像は、ToyTubeの歴史に永遠に刻まれる伝説のアーカイブとなった。


 なお、この映像を管理局のオフィスで見ていた佐藤課長は、ストレスで三日間の休職を余儀なくされたという。

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