1.退職記念ですわ!
時は現代、突如として世界各地にダンジョンと呼ばれる異空間への門が出現した。内部に蠢くモンスター、そしてそこから産出される未知のエネルギー結晶や超常的な新素材はダンジョン資源と呼ばれるようになり、瞬く間に石油やレアメタルを超える地球上最大の価値となった。
各国は資源の確保を急いだが、変異し続ける内部を完全に統制することは不可能だった。結果、ダンジョンは自己責任の名の下に解放され、富を求める探索者たちが続出。
現代の若者たちは、ダンジョン探索の様子を動画配信プラットフォームToyTubeでライブ配信し、スパチャ(投げ銭)と広告収入、そして資源換金で一獲千金を狙う――。これは、そんな狂騒の時代に、一人の元勇者がニートとして参戦した記録である。
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「皆様、ごきげんよう!華園凛音にございますわ~!」
陽光が差し込む実家の和室。華園凛音は、安物のスマホについてるカメラに向かって、艶やかな金髪の縦ロールを揺らしながら挨拶をした。ToyTubeの画面には、タイトル「【祝・退職】ブラック企業を辞めたので、今日からニートを満喫しますわ!【初配信】」という文字が躍っている。
『退職おめw』
『お嬢様キャラとか絶滅危惧種じゃん』
『マッスル課金:ニート報告を縦ロールでやるシュールさよ。嫌いじゃないぜ』
『ケーキ大好き:会社で何があったんだよw』
「あら、皆様コメントありがとうございますわ。左様ですわ、わたくし、先ほど会社を辞めて参りましたの。上司の方が『代わりなんていくらでもいるんだぞ!』と仰るので、『では、さっそくその「いくらでもいる方」を召喚なさってはいかが?』とご提案して、そのまま退職届……という名の果たし状を置いてきましたわ。爽快ですわ~!」
『果たし状w』
『言い返したのかよ、つえーわ』
『考察班A:召喚は草。異世界モノの見すぎだろ』
『マッスル課金:言い草が完全に武闘派なんだよなあ』
「ふふ、皆様の温かいお言葉、身に沁みますわ。実はわたくし、学生時代にちょっと異世界へ転移しておりまして、数年間ほど勇者として殲滅を任されていた過去があるんですの。数回ほど世界を救った後、ようやく現代に戻ってきたのですけれど……魔王もドラゴンもいない社会は、わたくしには少し退屈すぎましたわね」
『はい嘘乙』
『考察班A:設定盛りすぎだろw』
『殲滅(笑)』
『マッスル課金:でもこのお嬢様、目がガチなんだよな……』
「……ですが、辞めたはいいものの、暇ですわね。実家でニートをするにも、わたくし、じっとしているのが苦手なんですの。……おやおや?ちょっと見てくださる?」
凛音はスマホを手に立ち上がり、縁側へと向かった。そこには、昨今ニュースを騒がせているダンジョンの入り口――空間の裂け目が、不気味に開いていた。
『おい嘘だろ、和室のすぐそばに裂け目あんじゃん』
『自治体に通報したのか!?』
『考察班A:これヤバいやつだぞ。アウトブレイクの前兆だ』
『ケーキ大好き:え、これ本物? 放送事故じゃない?』
「最近、裏庭にこの『穴っぽこ』が開きましたの。お父様は『近寄るな』と仰いますが、わたくしからすれば、庭にゴミが落ちているのと変わりませんわ。あら、お客様ですわね」
裂け目から、体長2メートルはある大角ネズミが這い出てきた。本来、駆除には専門の探索者チームが必要なレベルの魔物だ。そもそもダンジョンからモンスターが出てくること自体、極めて稀なケースだった。
『うわあああ!ジャイアント・ラットだ!』
『考察班A:Bランク相当だぞ!素人じゃ死ぬ!』
『マッスル課金:おい嘘だろ!? 本物が民家に出たのかよ!』
『カメラ置いて早く逃げろって!』
「あらあら、随分と態度の大きいネズミさんですわね。わたくしの聖域を荒らす輩は……消毒が必要ですわ。カトリーヌ、いつものお掃除用具を持ってきて……あ、カトリーヌは異世界に置いてきたんでしたわ」
凛音は物置の陰から、一本の重厚なバールを取り出した。
『武器!?え、バール!?』
『お掃除用具(物理)』
『考察班A:なんでそんなに使い込まれたバールが実家にあるんだよ』
『マッスル課金:バールの質感、並の道具じゃねえぞあれ……』
「武器ですの?とんでもない、これはお掃除用具ですわ。わたくし、異世界では大層な聖剣を振るっておりましたが……現代のホームセンターには売っておりませんでしたので。でも、このバール、重心が最高でしてよ。……参りますわよ」
凛音はバールを軽く一振りした。それだけで空気が激しく弾け、パァンという破裂音がマイクに響く。凛音の瞳に、かつて魔王軍を一掃した時の好戦的な光が宿った。
『考察班A:今、空気が爆発したぞ……』
『マッスル課金:音がやべえ。本物の音じゃない』
『お嬢様、目が、目が殺し屋のそれだ』
「わたくしの平穏なニート生活を邪魔するゴミは……殲滅ですわ~~!!」
シュンッ
と、凛音の姿が画面から消えた。直後、カメラが捉えきれない速度で何かがネズミの脳天を叩き、空間が歪むような衝撃波が発生する。ネズミは悲鳴を上げる暇もなく、一瞬で光る結晶体へと変わり果てた。
『は?』
『え?何が起きた?』
『考察班A:ネズミが爆散して魔石になったんだが』
『マッスル課金:今のステップ、人間ができる速度じゃねえぞ』
「皆様、ご覧くださいませ!綺麗な石が落ちましたわ!これがあのダンジョン資源というやつかしら?……ふふ、これがあれば、会社に行かなくてもデパ地下のいいケーキが買えますわね!最高ですわ~~!!」
凛音はカメラに向かって、血一滴ついていないバールを優雅に掲げた。
『最高ですわ~(物理)』
『ケーキ大好き:デパ地下のケーキのためにBランク瞬殺かよw』
『考察班A:この配信、伝説になるぞ……』
『マッスル課金:登録したわ。ジェノサイドお嬢様、最高ですわ!』
「わたくし、決めましたわ。明日から、この穴の中を定期的にお掃除パトロールすることにしますわ。ついでに配信も続けて、お小遣いも稼げれば万々歳ですわね!」
これが、後に世界中から殲滅のお嬢様と恐れられ、同時にその圧倒的な庶民派ぶりで愛されることになる伝説のトイチューバー、華園凛音の「暇つぶし」の始まりであった。




