第7話 春合宿初日②、大学生の合宿なんて実質宴会
202X年、4月28日 夕方
班ごとの明日に向けた打合せが終わり、夕方。
廊下を歩くと、窓の外が橙に染まっている。
ロビーの奥には大きな宴会場が準備されていて、
テーブルには唐揚げとポテトと山盛りのお菓子、ジュースと泡の立つ麦茶。
中央には「歓迎!一年生!」の手作り横断幕。
その横に「一年生人気投票♡(誰でも投票OK!推しは正義!)」という悪ノリポスターが貼られている。
「今年も一年、よろしくお願いしまーす!!」
「飲め飲めー!!」
「未成年に飲ませたやつは放り出すからな!」
マイクを握ったカオル先輩がステージ上で笑っていた。
「はーい、みんな落ち着いて!
これより恒例、“一年生人気投票”の結果発表だよ!!」
「キャー!」
女子からも男子からも歓声。
カズネはすでに満面の笑顔でピースをしている。
「第三位! 文学部の――メグミ!」
「え、えぇ〜!? ウソ〜!?」
会場が拍手で包まれる。
メグミは頬を赤くして両手で顔を隠した。
「コメント“癒やされそう”“抱きしめたい”」
「それ褒めてるんですか〜?」
「第二位! 医学部の――フユミ!」
歓声。フユミは完全に固まっていた。
「ちょ、ちょっと、なんで……」
「コメント:“清楚で守りたくなる系”“頭撫でたくなる”」
「やめてくださいっ」
カズネとメグミが「可愛いー!」と騒ぎ、フユミは完全に困っている。
そして、
「第一位! 経済学部の――カズネ!」
「やったぁぁぁ!!!」
壮大なドラムロールが鳴り、クラッカーがはじける。
「コメント:“笑顔が最強”“推せる”“マスコット”」
「うわぁ、やっぱりかー!」
「私、ペットじゃないです!!」
「可愛いからセーフ」
「それどういうイメージ!?」
笑いが響く中、アキハが俺に小声で言った。
「……こういうノリ、毎年よく成立するよね」
「まあ、“春合宿の恒例”だからな。新入生が笑ってくれるならそれでいい」
「ほんと、うちのサークルのやることは“健全なバカ騒ぎ”に尽きるね」
「言い方の問題だな」
「……毎年恒例なんですか、これ」
フユミがこっそり聞いてくる。
「恒例。タマキが止めようとしても無理」
「なんで俺が止める前提なんだ」
「去年止めてたじゃない。結局、ナツキが1位だったけど」
「アイツはノリノリだったな。ある意味カズネと一緒だ」
「タマキは0票だっけ?」
「うるさい、準優勝」
去年は一位ナツキ、二位アキハ、三位がシンジだったのだ。
…顔面偏差値上の上どもめ。
「ちなみに、タマキさんは、誰に入れたんですか?」
フユミが何気ない風で聞いてくる。
「メグミだよ」
あっさり答えを返す。
「ほーん、タマキ、メグミ狙いなのかぁ?」
シンジが絡んでくる、めんどくせぇなぁ。
「バッカ、一か月で中身なんてわかるかよ。
だったら、“一番頑張ってたやつ”に入れるのが筋かなって。メグミのこの一か月見てただろうが」
「てっきり胸のサイズで選んだのかと」
アキハが茶々を入れてくる。
「一年生の前で、その話はもう勘弁してください」
そんな二年生同士のじゃれあいを見ながら、フユミがぽつりと聞いてくる。
「……可愛いとかで入れるんじゃないんですね」
「ん?ああ、そういう入れ方もあるだろうけどね」
「こういう人気投票、ちょっと嫌いだったんですけど、そういう投票もあるならちょっとだけアリかな、と思いました」
「そか」
そう思ってもらえたならよかった。
「はいっ!ではでは、マシロちゃんプレゼンツ!
“地獄のミニゲーム大会”を開催しまーすっ!」
立ち上がって叫ぶマシロ先輩。
その勢いだけで拍手が起きる。
……ちなみにあの雰囲気、多分本人もルールをまだ把握していない。
「ちょっと待て。地獄ってなんだ」
コウメイ先輩がツッコむ。
「いやー、なんか語感が楽しそうかなーって!」
「“地獄”の語感が“楽しそう”っていう感性どうなんだ、一体…」
「いいのいいの、みんなで楽しむんだからっ!」
そう言いながらマシロ先輩は、紙袋からトランプ、UNO、黒ひげ危機一発、そしてなぜか輪ゴムまで取り出した。
「輪ゴムは?」
「雰囲気っ!」
元気すぎて止まらない。
流石マシロ先輩だ。一年生をこういう場に馴染ませる雰囲気作りが上手い。
一方で、周囲では紅茶やジュースを配っている人もいる。
マヨイ先輩は、うまく輪に入れないで困っている一年生に声をかけたり、眠そうな一年生を誘導したりしていた。
…流石だな。俺はあっちを手伝おう。
◇
「はい! 第一戦! “トランプ大戦争!”」
「なんか聞いたことあるような……」
「ルールは簡単! 勝った人が次のゲームを選べるのだー!」
「地獄要素どこ行った」
わちゃわちゃしたまま第一戦が始まる。
マシロ先輩のテンションとシンジのツッコミ、ナツキの実況が混ざってカオス。
UNO、ジェンガ、イントロクイズ、伝言ゲーム――
気づけば二時間があっという間に過ぎていた。
「……で、結局、全勝カズネってどういうことなの~?」
メグミがあきれた声を出す。
「えへへー! 勝っちゃいました!」
「運だけじゃなくて、変な勘が鋭いんだよな……」
俺が呟くと、ナツキがにやり。
「カズネちゃん、あれよ。“タマキん家泊まり常連フラグ”立ったわね」
「そんなフラグはない」
「先輩ぃ〜、歓迎してくださいね♡」
「その“♡”が危ない!」
笑いが部屋いっぱいに広がる。
コウメイ先輩すらも「一年生はほどほどに寝ろよ」と笑っていた。
誰も止めない。
部屋の空気は完全に“宴会”だった。
――二年生以上は、ここからが本番なのだが。




