第6話 春合宿初日、大学生の合宿なんて実質遠足
202X年、4月28日 早朝
朝六時。
外はまだ冷たい。
キッチンではアキハが楽しそうにサンドイッチを作っていた。
「朝ごはん軽く食べときなよー」
「はいはい」
「はいはい、じゃなくて。去年、空腹で気持ち悪くなったでしょ?」
「……ぐう」
ナツキとアキハの三人で朝食を食べていると、シンジからのメッセージが届いた。
《七時集合。遅刻したらリン先輩に引きずられるからな》
いつも通りの物騒な集合通知だ。
キャンパス南門前、朝の七時。
荷物の山。ざわめく一年生。
「一年生、酔い止め飲んだ? 途中でトイレ寄るからねー!」
マシロ先輩の声が明るい。マヨイ先輩はチェックリストを抱え、静かに頷く。
「…メグミちゃん、乗り物大丈夫?」
「はい、乗り物得意っす~」
「点呼とるよー!」
カオル先輩の声が響く。派手すぎず、でも通る声。
グレーのジャケットに巻き髪。完全に企業の研修リーダーである。
「タマキ、上級生は出発前に班分け確認して」
「了解です。……ん?」
名前の並びを見て、思わず眉が動いた。
俺の班――
フユミ、カズネ、メグミ、アキハ、俺。
……見事に今年の看板娘フルセット。
「コウメイ先輩、この班分けって」
「無論、計算だ。タマキが一番、扱いが難しい一年生と話せると思ってな」
「……誰のことですか」
「言わせるな。アキハも付けてやる、どうにかしろ」
コウメイ先輩の悪戯心か、最適解か。たぶん、両方だ。
◇
出発の合図。
バスがゆっくりと動き出す。
イズミの声が後方から響いた。
「バスレク係、誰だー!」
「はいっ! 一年のカズネでーす!!」
「おまえか!」
拍手が起きる。マイクが渡され、車内が一気に“遠足モード”に突入。
イントロクイズ、心理テスト、無茶ぶり自己紹介――。
騒がしいけれど、心地いい喧噪。
ああ、こういう瞬間が、春合宿って感じだ。
前列ではアキハが苦笑いしている。
「……合宿って感じするね」
「うるさいだけだろ」
「でも、嫌いじゃないでしょ?」
「まあな」
俺の隣の席はフユミ。
静かに窓の外を眺めていた。
「雪……まだ残ってるんですね」
「山沿いはな。夜晴れたら星がきれいに見える」
「……楽しみです」
俺の言葉に、フユミは一瞬だけ笑った。
◇
昼頃。
山あいの合宿所に到着。
いわゆる少年自然の家的な研修所である。
全員の声が反響するほど広いホール。
天井も高く、「歓迎 最北大学学生事務局」を含めた、いくつかのプレートも飾られている。
旅館というより、公共施設に近い。
たくさんの会議室に広い食堂と大浴場、卓球場やピアノまである。
リン先輩が部屋割表と班割表を広げて号令をかける。
「聞き逃した奴は野宿な、よく聞けよ。班分けを聞いたら班ごとに固まれ」
ざわついていた新入生たちが整列する。
二年生以上は知ってる、アレは本気だ。去年シンジとイズミが外に放り投げられていた。
「わたしアキハ先輩と同じ班ですね!? やったー!」
「はいはい、よろしくね。カズネ、元気が有り余ってるのはわかった」
カズネがアキハに元気に飛びついているのを微笑ましく眺めつつ、周囲を見渡す。
フユミは少し離れた場所で、リュックを抱えたまま立っていた。
その姿を見つけて、声をかける。
「重そうだな。持つ?」
「い、いえ、大丈夫です!」
慌てて首を振るその仕草が、まるで春風に揺れる猫の耳みたいで。
「じゃあ、荷物置いたら手伝ってくれ。初日分の資料配るから」
「はい!」
返事の声が、いつもより少しだけ明るい。
部屋割は男子は3階、女子は2階で一部屋6人ずつだ。
少しの間自由時間となり、荷物を片付ける人や、施設を探検する人もいれば、早くも散歩道を歩いている人もいる。
班ごとの課題は午後。まだ少しだけ自由時間がある。
困ってる一年生はいないかとロビーをふらふらしていたら、アキハが声をかけてきた。
「ねぇタマキ、湖、見に行こ」
「あー……了解」
合宿の方針の打合せだろう。素直に付いていく。
外に出ると、春の風が心地いい。
水面が光り、遠くに雪の残る山が見える。
周りに声が聞こえない場所まで来ると、アキハがぽつりと言った。
「一年目の春合宿、覚えてる?」
「ああ。アキハが初日で二年生の班長泣かせたやつ」
「うっさい。……でもさ、あの時は楽しかった」
「今年は俺達が先輩側だからな」
「……今年、ちょっと楽しみなんだよね」
「何が」
「一年生。フユミもカズネもメグミも見てて面白い。
特にフユミは、タマキを超警戒してるのが超面白い」
「気づいてたか」
「もちろん。あの子、男みんな警戒してる。
でも、あんたがうまくやれば、きっと少しずつ慣れる」
「アキハは相変わらず、難しいこと言うな」
「ま、ちゃんと面倒見てやりなさいよ。ああいうタイプ、最初でつまずくと後がしんどいから」
「副班長も仕事して」
「私は、タマキのフォロー役。さ、そろそろ戻ろ」
相変わらずアキハには勝てない。




