表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最北大学学生事務局  作者: 萩原詩荻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/166

第41話 ポテトチップスにゃふにゃふ味

202X年、7月上旬 夕方


 コンビニの袋を片手に、短い北海道の夏を歩く。

 …夏?いや、うん、まあ夏。


 中身は、飲み物とポテチとチョコと、なんとなく買ったグミ。

 今日はテストもレポートも事務局の仕事も知らないふり。

 ゲームして、ポテチ食べて、だらだらするだけの日。

 最高である。


 学校から自分の家を通り過ぎて、さらに三分、フユミの家に到着。

 インターホンを押すと、数秒でチェーンの音と鍵の音が重なった。

 ドアが開き、顔を出したフユミは、いつもよりワンテンポ早く笑った。


「いらっしゃい、です」

「お邪魔します」


 言いながら、ローテーブルの前に二人で座る。

 テーブルの上には、すでにコップと麦茶、それからポテチの袋と。


「とりあえず、今日のメインディッシュ」

「お、うすしお」

「はい。うすしおです」

「俺、のりしお買ってきたんだけど」

 コンビニのビニールから、のりしおの袋を取り出す。

 テーブルの上にうすしおとのりしおが並ぶ。しばらく、にらみ合い。


「タマキさんは、のりしお派なんですか」

「のりしおは完成形だろ。ジャガイモと油と塩と海苔。足すものがない」


 コンソメパンチも好きだが。


「……戦争ですね」


 こえぇよ。

 譲り合おうよ。


「戦争か?」

「ポテチは、うすしお至高派です」

「じゃあ、折衷案で両方開けるか」

「妥協の余地、ゼロなんですが」

「ゼロなの?」

「ゼロです」

 即答である。

 うすしお信仰、根が深いな。


「今日のテリトリー、ここ、なので」

 そう言って、フユミは自分の足元をトン、と軽く叩いた。

 “ここは私のフィールドです”という宣言。

 たしかに、今日は彼女の部屋だ。


「じゃあ、今日はうすしお優先で」

「裁定:うすしお勝ちです」

「独裁だろそれ」

「甘やかし政権です。嫌いですか?」

「嫌いじゃないです」

「にゃふ。正しい判断です」

 ……いつもより“にゃふ”成分が高い気がする。


「勝利したので、気持ちよくゲームが出来そうです」

 まあ、うすしおも普通に好きだし、これで彼女がご機嫌なら安いもんだ。


「とりあえず、先日の『好きなゲーム一本買ってあげる券』を利用して買ってもらった『星のカービィ』やろう」

「はい、評判良いので楽しみにしてました」

「俺もだ」

 実は一緒に買いに行って、結局半額出してる。

 ゲームを起動して、ソフトを選んでいると、うすしおを開けながら隣で宣言がされる。


「勝者の特権として、今日はすごく甘えながらゲームします」

「すごく?」

「はい、すごく」

 まあ、別にいいけど。

 フユミがするりと腕の中にすっぽり収まってくる。


 俺を背もたれ代わりに座ってコントローラーを持っている。


「……にゃふ」

「………俺、微妙に操作しづらいんだけど」

「頑張ってください。あと、私の視界は遮らないでくださいね?」

「わがまま」

「敗者が文句言わないでください。……一回こういう姿勢でゲームしてみたかったんです」

「たまに漫画とかであるよな」

「……タマキさん、もしかしてこの姿勢でゲームしたことあります?」

「いや、ない」

「にゃふー、ならいいんです。ほら、やりますよ」

 後ろから見ると耳が少し赤いのがわかるので、これ以上突っ込まない。

 笑いながら「頑張るよ」と。

 けれど、スタートボタンを押す前に、フユミがもう一つ、何か言いたそうにしているのがわかった。


「どうした?」

「……その前に、一個だけ、言っておきたいことがあって」


 視線が泳いで、皿の上のポテチに逃げて、戻ってくる。

 深呼吸一回。


「私、誕生日が――10月28日、なので」


 そこで一拍、妙にドラマチックな間。


「……すごく期待してます」

「直球きたな」

「はい。先に言っておけば、“聞いてない”とは言わせない理論です」

「フユミ、たまに無駄にロジカルだよな」


 にゃふ、と小さく笑った。


「……何が欲しいとかあるのか?」

「あります」

 即答。


「えっと……でも、今言うと“お願い”になっちゃうので、やめておきます」

「誕生日プレゼントってそもそもお願いじゃないのか?」

「……でも、タマキさんから“考えて、選んでくれた”って感じが欲しいので」

「ハードル上げてない?」

「上げます。期待してます」

 真顔。こわい。


「……一応聞くだけ聞いといてもいい?」

「じゃあ、ヒントだけ」


 フユミは少し考えてから、指を一本立てた。


「“長く一緒にいられるもの”がいいです」

「……なるほど」

「あと、“毎日少しだけ嬉しい”やつ」

「急に抽象度上げてきたな」

「ふふ。期待してます」

 照れてきたのか、フユミは話題を閉じるみたいにコントローラーを構える。


「はい、以上。“誕生日の布石”でした。……ゲームしましょう」

「なんか先手打たれた気がするんだけど」

「布石ですから」

 ま、いいよ。可愛らしい布石だ。


「おお、これが車になるやつか、可愛いな」

「2Pはこんな感じなんですね、思ったよりしっかり協力プレイです」

「たしかに。コレ買ってよかったな」

「はい、あ、そこ、隠し通路です」

「え、どこ」

「右の壁」

「あ、ホントだ」

「光の戦士舐めないでください」

「ああ、あのCMいいよね」

「わかります」

「カービィ関係ないけどな」

 本気で他愛のない会話をしながらゲームを続ける。


「……こういうの、幸せですね」

「どれ?」

「ゲームして、お菓子食べて、甘えてるだけの時間」

「……そうだな」


 改めて言われると、ちょっと照れくさい。

 でも、そういう時間を「幸せ」と言い切れるの、いいと思う。


「……あの」

 そこで、フユミが、ほんの少しだけ声を落とした。


「こうやって、誰かに“甘えていい”って思えたの、最近なので」

「うん」

「――すごく、うれしいです」

 膝の上で、彼女の指がシャツの裾を軽くつまむ。


「甘えてくれるなら、いくらでも」

「……いくらでも、って言いましたね?」

「言った」

「……録音しておけばよかったです」

 にゃふ、という声に、照れと甘えと半分くらいの本気が混ざっている。


「……はむ……むに……」

 髪を撫でると、少し顔を傾けて頬をこちらの胸元に摺り寄せてくる。


「ゲーム、続きやります?」

「やる。けど、途中で眠くなったら寝ていいからな」

「はい。寝落ちしたら……スクショ撮ってもいいですよ」

「なんでだよ」

「“証拠”になります」

「何のだよ」

「後で考えます」


 時々フユミの発想が怖い。


 そのまま、少しだけ身体を俺の方に預け直して、横座り。

 俺はその頭を、そっと撫でる。


 さっきまでゲームで使っていた親指が、今度は前髪を分けるように動く。

 耳の後ろのあたりをくすぐると、フユミが「にゃ……」と小さく鳴いた。


「……撫でられると、眠くなる仕様、いい加減どうにかしたいです」

「仕様です。次パッチで修正の予定はありません」

「バグじゃないですか?」

「バグだったらとっくに修正入ってるよ」


 そんな他愛もない会話をしながら、撫で続ける。

 五分、十分。

 指先のリズムだけ、ゆっくり一定にする。


「じゃ、そろそろ続きやるか」


 ゲームを再開するつもりでコントローラーを手に取ると、フユミが袖を引っ張った。


「タマキさん」

「ん?」

「……今日は、ゲームは“後でいい”気がしてきました」

「さっきまで、やる気満々だったじゃん」

「“甘えんぼモード”のゲージが溜まってきたので」


 何そのゲージ制。


「具体的に言うと?」

「“ぎゅってしてほしいゲージ”がMAXです」

 目を閉じたまま、手を伸ばしてくる。


「わかりやすいんだか、わかりにくいんだか……」

 少しだけ考えてから、姿勢を変える。

 コントローラーをテーブルに置き、ソファの背もたれに深くもたれ直す。

 腕を回して、そっと包む。


「あとでラーメン食べたいです」

「深夜ラーメンは正義」

「ですよね」

 頬が触れる距離で、少しだけ笑う。

 “甘え”と“真面目”の境目、ほんの一ミリで行き来してくるの、本当にフユミらしい。


 そんな他愛もない会話をしながら、抱きしめたまま、撫で続ける。

 指先のリズムだけ、ゆっくり一定にする。


「……タマキさん」

「うん」

「誕生日まで、ちゃんと仲良くしててください」

「喧嘩する予定ないけど?」

「でも、人生何があるかわからないので」

「まあ、そうだけどさ」


 視線はテレビに向けたまま、俺は答える。


「仲良くしてるよ。ちゃんと」

「……約束です」

「約束」


 腕に体重が増える。

 目は完全に閉じた。


「寝てるだろ」

「寝てません……甘えてるだけです」

「はいはい」


 半分寝てるみたいな声で、そんなことを言う。

 片手で抱きしめる力を調整しつつ、もう片手でこめかみから後頭部へ、ゆっくり撫でる。


「……誕生日、楽しみです」

「はいはい」

「でも、今も、十分しあわせです」

「よかった」


 そのまま、彼女の呼吸がゆっくりになっていくのを感じる。

 のりしおのポテチの袋は未開封のまま、テーブルの端でおとなしくしぼんでいる。

 ゲームの画面は、ピンクの悪魔がゆらゆらしているまま止まっている。


「……寝てもいい?」

「もう寝てるよ」

「……にゃふ」

「おやすみ」


 誰かの“信頼”を預かるのは、少し怖い。

 でも、こうして甘えてくれるなら、ちゃんと受け止めたいと思う。


 ポテチとゲームと“にゃふ”で満たされた、なんでもない日常の一コマ。

 その積み重ねの先に、“期待されてる日”がひとつ、静かに待っている。

 十月二十八日。


 膝の上の重さを感じながら、ぼんやりと考える。


「期待に応えられるように、ちゃんと生き延びとくよ」


 そう心の中でだけ返事をして。テレビの画面と部屋の電気を手元で消し、俺も、目を閉じた。

 腕の中の猫(仮)は、静かに寝息を立てている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ