第3話 日常、新入生質問会
202X年、4月10日
昼下がりの部室は、仮入会から本入会に移ろうか悩んでいる新入生と、質問を受け付ける上級生でいっぱいだった。
サークル棟の廊下からは他サークルの笑い声。どこも似たような賑わいらしい。
ホワイトボードには「本日の連絡」。
その下に、カオル先輩の丸文字とコウメイ先輩の小さな字が混じって並ぶ。
2年:ハルカ、トシゾー、フウタロウ
3年:ケンイチ、リンカ、マリ
昨日の送別会をもって退会。おつかれさまでした。
新しく来る者がいれば、去る者もいる。――それが春。
「ここ、見学席空けといてー! あ、そこの君! お茶はそこのポット。紙コップ使っていいよ!!」
三年生のマシロ先輩が、いつもの調子で案内をしている。
まず間違いなく社交性で言うとナンバーワン。
長身の173センチに映える笑顔。すらっとしている美女だ。
「ひ、人が多いから、体調悪くなったら早めに言ってね?」
マヨイ先輩が、雰囲気に当てられた一年生のフォローをしている。
……実はこの二人、双子である。マヨイ先輩のほうがお姉ちゃん。
性格は正反対で、恥ずかしがり屋。だが黙ってフォローに回るタイプで、ありがたい存在だ。
そして――身長は同じで、顔の造りは二人とも美女系なのだが、胸部装甲が――マヨイ先輩はヤバい。
うちのサークルだと、他にはアキハが強いのだが……あ。
「タマキ、見すぎだゾ♡」
「ごめんなさい、働きます」
ちなみに、ナツキも“ある”ほうなのだが、マヨイ先輩やアキハが強すぎて、
「タマキ?」
「はい」
殺されるかと思った。
一年生の数が多いので、こちらも数人ずつ対応する方式。
各テーブルでミニ質問会が始まっていた。
「はい! ナツキ先輩は彼氏いるんですか!?」
……まあ来るだろうな、と思っていた質問が一年男子から飛んできた。
「本入会してくれたら教えてあげてもいいゾ♡」
「そういう勧誘はやめろ」
「ちぇー、じゃあ教えてあげるけど、いないゾ♡」
「おおおー!」
他テーブルまで反応してる。お前ら……。
ちなみにナツキはモテる。モテすぎるくらいモテる。
顔面偏差値が最上級なのもあるが、聞き上手で、優しくて、家事万能。うん、まあそりゃモテる。
「あ、じゃあ、このサークル――学生事務局って何するところなんですか~?」
この子は……先週も来てたメグミだな。
「知らないで見学に来てたの?」
アキハが当然の質問をする。
「ん~、なんか楽しそうだな~ってのと、寝落ちが許されるって聞いてきました~」
「発想が新しすぎるな……」
俺は苦笑してから答える。
「行事運営、イベント警備、資料作成。イメージしやすく言うと、生徒会に近いけど、もう少し“イベント会社寄り”だな。外部交渉もある」
「お~、かっこいいかんじですね~」
「……かなり忙しいんでしょうか?」
この子も見覚えがある。フユミ――先週も顔を出していた子だ。
「そうだな。脅すようだが、行事直前は本当に忙しい。終電逃すやつもいるし、この部室に泊まり込むことも珍しくない」
「私みたいに片道一時間半で通ってる人もいるし、バイトや部活掛け持ちも多いから、皆自分の事情優先でも大丈夫だゾ♡」
ナツキがフォローを入れてくれる。助かる。
「……男女ともに泊まるのですか?」
アキハが頷く。
「タマキみたいに意地でも帰る人もいるけどねー。本当に忙しくなると、寝袋で雑魚寝しても気にならなくなるもんよ」
「……そういうものですか」
「あ、じゃあ寝落ちしていいんですね~」
違う、そうじゃない。
「ハイハイハイ! だったらー! やっぱりー! サークル内恋愛とかもあるんですかー!?」
……出たな、カズネ。
「あるゾ♡ 実際、私も去年サークル内で先輩と付き合ってたし、タマキも同級生と付き合って速攻別れてたし♡」
「ナツキの分だけ説明しろよ」
「わー! やっぱり!! ナツキ先輩も超可愛いですし、アキハ先輩もモデルみたいに綺麗だし、シンジ先輩も超イケメンでしたし!!」
「あー、褒めてくれてありがとう」
あまりにストレートな称賛に、アキハが少し照れる。
実際、アキハは背も高くスタイル抜群。
一年前に「自分がヒール履いた時より背が低い男はお断り」と宣言し、190センチ未満の男全員が崩れ落ちたのを思い出す。
「去年、アキハは大通公園でスカウトされてたぞ」
「タマキ? 余計なこと言うんじゃないよ?」
「はい、ごめんなさい」
なぜだ、褒めたのに。
俺はおとなしくポットのお茶を注いで回る。
「あ、じゃあバイトって、結構みなさんされてるんですか?」
一年男子の質問。まあ、気になるよな。
「そうねー。自宅通いかアパートかでも違うけど、してる人多いわよ。タマキもバーでバイト始めたしね」
アキハが振ってくる。
「そうだな。今しかできないことも多いし、バイトも含めて、いろんなことに挑戦するのをおすすめするよ」
嘘は言っていない。
「バーですか。落ち着いたところなら行ってみたいです~。わたし、お酒弱いですけど」
メグミが小さく食いつく。
「弱いなら紅茶にしておきなさい」
「それはそう~」
「ハイハイハイ!! わたしも行ってみたいです! “大人の雰囲気”勉強したい!」
カズネは何でも楽しそうに言う天才だ。こういう子は場を救う。
「夜に出歩くのは、最初は控えめにね」
アキハが釘を刺す。
「はーい!」
「“はーい”が一番危ないやつだから」
「はーい……」
そのやり取りを、フユミが静かに見ていた。
女子同士の距離感なら表情が緩む。
だが、男が会話に入ると、ふっと“鎧”が戻る。
警戒心の戻り方が、まるで――尻尾がピンと立つ猫みたいだ。
(……これ、もし考えてることに気づかれたら絶対怒るだろうな)
俺は紙コップを配りながら、そんなことを思った。




