第12話 春合宿、終了!
202X年、4月30日 朝
春合宿、最終日。
朝食はバイキング形式。
食堂では一年生たちがまだ眠たそうな顔でトレーを持って並んでいる。
カズネは元気いっぱいに「あ、タマキセンパイ! おはようございます!」と手を振り、
メグミはスープをこぼしそうになって慌て、
フユミはそんな二人を静かにフォローしていた。
眠そうな顔で並ぶ一年生たちの列に、カオル先輩の声が響く。
「パン派もご飯派もケンカしない――どっちも食べろ!」
「いや、それ無理ですよ!?」
会場が笑いに包まれる。
そんな中、俺の隣でフユミが箸を止めた。
「……みなさん、本当に仲がいいんですね」
「仲がいいというか、うるさいだけだな」
「でも……いいですね、こういうの」
フユミが味噌汁を一口。
その横顔には、たしかに“安心”の色が見えた。
◇
昼前、バスの出発。
荷物の音と笑い声でいっぱいだった。
「忘れ物ー!布団の中!あとで泣くなよー!」
アキハの声が廊下に響く。
恒例行事だ。
俺は乱雑に布団を丸めて、アキハに頭を叩かれた。
「タマキ、ちゃんと“畳み直しなさい”。」
「はい」
外ではマシロ先輩が自撮り棒を持って叫び、マヨイ先輩が黙々と最後の点検をしている。
「はーいみんなー!笑ってー!春だよー!」
賑やかで、結局いつも通りだ。
◇
窓の外で手を振る管理人さんに、全員で頭を下げた。
エンジンの振動が、眠気を呼び戻す。
一番前の席ではカズネが早くも爆睡、メグミがその肩に頭を乗せている。
バスがゆっくりと走り出す。
窓の外の山が少しずつ遠ざかっていく。
席は行きと同じで、フユミが隣。
前の席のナツキとアキハはお菓子を分け合っている。
「疲れてないか?」
「少し……でも、楽しかったです」
「よかった」
「昨日の夜、星を見てたときに思ったんです。
“あ、もう怖くないかもしれないな”って」
「へぇ」
「最初の日、緊張で頭が真っ白だったんですけど、
気づいたら普通に笑えてて。
……先輩たちが、ちゃんと見てくれる人たちだからだと思います」
「そりゃあ、見ないで放っとくにはもったいないメンツだからな」
「……ありがとうございます」
フユミは小さく頭を下げた。
窓の光が髪を透かして、細い金色の筋をつくっていた。
「ねぇ、タマキさん」
「ん?」
「……今度、一緒に紅茶飲んでくれますか?」
「もちろん」
「よかった」
短いやりとりだったけれど、それだけで十分だった。
◇
途中のサービスエリアで休憩。
春の日差しがまぶしい。
ナツキがソフトクリームを二つ持って近づいてきた。
「ほい、タマキとフユミちゃんの分♡」
「え、えっ、私まで?」
「若葉マークのお疲れ様差し入れ! ミルク味だから安心しなさい!」
「ありがとうございます」
フユミが両手で受け取り、
おそるおそるひと口。
「……おいしい」
「でしょ? ここの有名なんだゾ♡」
ナツキは軽い足取りで他の一年生の輪に混ざっていく。
まるで、このサークルの空気そのものみたいだ。
――みんなが疲れてる時ほど、場の中心を明るくする人間が、いちばん擦り減るんだよな。
「……あの人、やっぱりすごいですね」
「ナツキか?」
「誰とでもすぐ話して、場を明るくできるって、簡単じゃないです」
「まぁ、あいつなりに無理してる部分もあるけどな」
「……そうなんですか?」
「多分な。俺には、そう見える時がある」
フユミは少し考え込むように空を見上げ、
そのあと静かに微笑んだ。
「……だから、タマキさんが隣にいるんですね」
「え?」
「なんでもないです」
そう言って、またソフトクリームをひと口。
春の風が二人の間を抜けていった。
◇
午後。
街が近づくにつれて、現実が戻ってくる。
SNSの通知、課題のリマインド、明日のシフト。
車内の笑い声が少しずつ減って、寝息が増えていく。
到着。
校門前の広場で解散の号令。
「みんな、おつかれ!来週から通常活動再開!今日くらいはゆっくり休めよ!」
リン先輩の声に拍手が起きる。
みんながそれぞれの方向へ散っていく。
カズネとメグミがハイタッチして走っていく。
重たい荷物の中で、笑い声と「またね!」が飛び交う。
フユミがそっと近寄ってきて、
「ありがとうございました」と小さく頭を下げ、
ふにゃっと笑って、ほんの一瞬、俺の袖をつまんだ。
それは誰にも見えないくらい小さな合図で、でも、はっきりとわかる信頼の形だった。
フユミが帰り道につくのを見送っていると、アキハが俺の肩を軽く叩いた。
「いい子ね、あの子」
「……ああ」
「ふふ。やっぱり、タマキって“見守り属性”だね」
「世話焼き体質なだけだ」
「うん。だから、みんなタマキを放っておかないんだよ」
「言っている意味がわからん」
◇
部室から、いつもの三分の道のりを歩く。
横にはナツキ。
キャリーケースを片手で転がしながら、ほっと息をついた。
「疲れたね」
「おつかれさん」
「今日も泊まっていい?」
「俺に拒否権あったのか?」
「ノリで聞いてるだけ♡」
「だよな」
「締め出されても鍵あるゾ♡」
「締め出したことねぇだろうが」
ナツキが星のキーホルダーの付いている鍵で、玄関を開ける。
慣れた音。
ナツキは、勝手にやかんを火にかけ、俺は荷物を片付ける。
いつもの紅茶の茶葉だろう。
湯気の向こうで、彼女がぽつりと言う。
「タマキ」
「ん?」
「おかえり、って言っとく?」
「……一緒に帰ってきたのに?」
「まあ、儀式♡」
「…ただいま」
「おかえり」
そう言って、ナツキは笑った。
それで十分だった。
――春合宿、終了。日常、再開。




