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最北大学学生事務局、季節は巡る  作者: 萩原詩荻


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第12話 春合宿、終了!

202X年、4月30日 朝


 春合宿、最終日。

 朝食はバイキング形式。

 食堂では一年生たちがまだ眠たそうな顔でトレーを持って並んでいる。


 カズネは元気いっぱいに「あ、タマキセンパイ! おはようございます!」と手を振り、

 メグミはスープをこぼしそうになって慌て、

 フユミはそんな二人を静かにフォローしていた。


 眠そうな顔で並ぶ一年生たちの列に、カオル先輩の声が響く。

「パン派もご飯派もケンカしない――どっちも食べろ!」

「いや、それ無理ですよ!?」

 会場が笑いに包まれる。


 そんな中、俺の隣でフユミが箸を止めた。

「……みなさん、本当に仲がいいんですね」

「仲がいいというか、うるさいだけだな」

「でも……いいですね、こういうの」


 フユミが味噌汁を一口。

 その横顔には、たしかに“安心”の色が見えた。



 昼前、バスの出発。

 荷物の音と笑い声でいっぱいだった。


「忘れ物ー!布団の中!あとで泣くなよー!」

 アキハの声が廊下に響く。

 恒例行事だ。

 俺は乱雑に布団を丸めて、アキハに頭を叩かれた。

「タマキ、ちゃんと“畳み直しなさい”。」

「はい」


 外ではマシロ先輩が自撮り棒を持って叫び、マヨイ先輩が黙々と最後の点検をしている。

「はーいみんなー!笑ってー!春だよー!」

 賑やかで、結局いつも通りだ。



 窓の外で手を振る管理人さんに、全員で頭を下げた。

 エンジンの振動が、眠気を呼び戻す。

 一番前の席ではカズネが早くも爆睡、メグミがその肩に頭を乗せている。


 バスがゆっくりと走り出す。

 窓の外の山が少しずつ遠ざかっていく。

 席は行きと同じで、フユミが隣。

 前の席のナツキとアキハはお菓子を分け合っている。


「疲れてないか?」

「少し……でも、楽しかったです」

「よかった」

「昨日の夜、星を見てたときに思ったんです。

 “あ、もう怖くないかもしれないな”って」

「へぇ」

「最初の日、緊張で頭が真っ白だったんですけど、

 気づいたら普通に笑えてて。

 ……先輩たちが、ちゃんと見てくれる人たちだからだと思います」

「そりゃあ、見ないで放っとくにはもったいないメンツだからな」

「……ありがとうございます」

 フユミは小さく頭を下げた。


 窓の光が髪を透かして、細い金色の筋をつくっていた。


「ねぇ、タマキさん」

「ん?」

「……今度、一緒に紅茶飲んでくれますか?」

「もちろん」

「よかった」

 短いやりとりだったけれど、それだけで十分だった。



 途中のサービスエリアで休憩。

 春の日差しがまぶしい。

 ナツキがソフトクリームを二つ持って近づいてきた。


「ほい、タマキとフユミちゃんの分♡」

「え、えっ、私まで?」

「若葉マークのお疲れ様差し入れ! ミルク味だから安心しなさい!」

「ありがとうございます」


 フユミが両手で受け取り、

 おそるおそるひと口。

「……おいしい」

「でしょ? ここの有名なんだゾ♡」


 ナツキは軽い足取りで他の一年生の輪に混ざっていく。

 まるで、このサークルの空気そのものみたいだ。

 ――みんなが疲れてる時ほど、場の中心を明るくする人間が、いちばん擦り減るんだよな。


「……あの人、やっぱりすごいですね」

「ナツキか?」

「誰とでもすぐ話して、場を明るくできるって、簡単じゃないです」

「まぁ、あいつなりに無理してる部分もあるけどな」

「……そうなんですか?」

「多分な。俺には、そう見える時がある」


 フユミは少し考え込むように空を見上げ、

 そのあと静かに微笑んだ。

「……だから、タマキさんが隣にいるんですね」

「え?」

「なんでもないです」

 そう言って、またソフトクリームをひと口。

 春の風が二人の間を抜けていった。



 午後。

 街が近づくにつれて、現実が戻ってくる。

 SNSの通知、課題のリマインド、明日のシフト。

 車内の笑い声が少しずつ減って、寝息が増えていく。


 到着。

 校門前の広場で解散の号令。

「みんな、おつかれ!来週から通常活動再開!今日くらいはゆっくり休めよ!」

 リン先輩の声に拍手が起きる。


 みんながそれぞれの方向へ散っていく。

 カズネとメグミがハイタッチして走っていく。

 重たい荷物の中で、笑い声と「またね!」が飛び交う。


 フユミがそっと近寄ってきて、

「ありがとうございました」と小さく頭を下げ、

 ふにゃっと笑って、ほんの一瞬、俺の袖をつまんだ。

 それは誰にも見えないくらい小さな合図で、でも、はっきりとわかる信頼の形だった。


 フユミが帰り道につくのを見送っていると、アキハが俺の肩を軽く叩いた。

「いい子ね、あの子」

「……ああ」

「ふふ。やっぱり、タマキって“見守り属性”だね」

「世話焼き体質なだけだ」

「うん。だから、みんなタマキを放っておかないんだよ」

「言っている意味がわからん」



 部室から、いつもの三分の道のりを歩く。

 横にはナツキ。

 キャリーケースを片手で転がしながら、ほっと息をついた。


「疲れたね」

「おつかれさん」

「今日も泊まっていい?」

「俺に拒否権あったのか?」

「ノリで聞いてるだけ♡」

「だよな」

「締め出されても鍵あるゾ♡」

「締め出したことねぇだろうが」


 ナツキが星のキーホルダーの付いている鍵で、玄関を開ける。

 慣れた音。


 ナツキは、勝手にやかんを火にかけ、俺は荷物を片付ける。

 いつもの紅茶の茶葉だろう。


 湯気の向こうで、彼女がぽつりと言う。

「タマキ」

「ん?」

「おかえり、って言っとく?」

「……一緒に帰ってきたのに?」

「まあ、儀式♡」

「…ただいま」

「おかえり」


 そう言って、ナツキは笑った。

 それで十分だった。


 ――春合宿、終了。日常、再開。

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