情報処理試験思考回路
試験問題を作るのは大変だ。大学の試験の場合は数名の教授がうんうん唸りながら問題を作るという。特に数学の問題は曖昧さがあると、受験生に余計な混乱を招くので出題者の意図が伝わりやすいように、細心の注意を払う。
IT 系の国家試験として情報処理試験もある。どのような人が問題を作っているか知らないが、おそらく大学の試験に準じた体制で作っているのであろう。
そんななかで、ある問題が話題になった。
問19 あるプロジェクトは4月から9月までの6か月間で開発を進めており、現在のメンバー全員が9月末まで作業すれば完了する見込みである。しかし、他のプロジェクトで発生した緊急の案件に対応するために、8月の初めから、4人のメンバーがプロジェクトから外れることになった。9月末に予定通り開発を完了させるために、7月の半ばからメンバーを増員する。条件に従うとき、人件費は何万円増加するか。
・人件費は、1人月あたり100万円とする。
プロジェクトマネージャーの視点から言えば、6か月のプロジェクトで、4人を引き抜いてしまうなんて、なんてこったい。オーマイゴッド! である。ここまで順調にいっていたプロジェクトなのに、逆に言えば順調だったプロジェクトだからこそ人員を引き抜いてしまうのだ。
マネージャは、部長に直談判に行く。
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「おう、いま時間がなくて、後でいいかい?」
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「いや、次の会議が入っていてね」
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、なんだい?」
「わたしの担当している某プロジェクトなんですけどね。なんか、他のプロジェクトが緊急だからってんで、引き抜きがあるらしいんですけど本当ですか!?」
「ああ、そうらしいな」
「ええええ、聞いてないですよ!」
「いや、俺も今朝がた聞いたばかりでさ、知らなかったんだよ」
「本当に知らなかったんですか?」
「いや、知らなかったのは本当だよ...」
「先月、部長会がありましたよね?」
「いや、まあ、知らなかったのは本当だよ。あのときは、ええと、資料をよくみていなくてね」
「もう、先月にわかっていたらどうかなっていたんですが。いや、別に先月でも困るんですけどね。今月になってから言われたって無理ですよ」
「いや、無理といってもだね、決まったものだから仕方がないだろう」
「いや、困りますよ。ここまで順調にいっていたのだから、そのままでやっていきたいんですけど」
「しかしだね、君。君のプロジェクトが10万人級の大プロジェクトだろう? そうなると、4人位抜けても大丈夫じゃないかね? 誤差で言えば...」
「誤差で言えば 0.004% ですね」
「おお、さすが、計算が早い! じゃあ、追加予算は0円でよろしく!」
「えええええ!」
と、まぁ、超巨大なプロジェクトならば4人位は誤差というものだ。そもそも、この開発プロジェクトは IT プロジェクトとも書いていないし、巨大建築プロジェクトかもしれない。それぞれが独立して作業をしていれば、4人位ならば誤差だろう。そうなると、追加費用は 0 円ということになるののだが、選択肢にはない。
そうなると違うなぁ、別な考え方をしなくちゃいけない。
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「おう、いま時間がなくて、後でいいかい?」
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「おい、この会話、もう一回繰り返すのかい?」
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、やっぱり繰り返すのね」
「わたしの担当している某プロジェクトなんですけどね。なんか、他のプロジェクトが緊急だからってんで、引き抜きがあるらしいんですけど本当ですか!?」
「ああ、そうらしいな、さっき言ったけど」
「ええええ、聞いてないですよ!」
「いや、お前、さっき聞いただろう」
「本当に知らなかったんですか?」
「ネタバレすると、知ってはいたんだが、知らなかったことにしておいたんだよ」
「もう、先月にわかっていたらどうにかなっていたんですが。いや、別に先月でも困るんですけどね。今月になってから言われたって無理ですよ」
「だって、先月話してしまったら、問題にならないだろう?」
「まあ、そうですけどね...」
「で、追加予算のほうはどのくらいかかりそう?」
「ええと、引継ぎ期間が 0.5 か月ってのが長すぎやしませんか?」
「まあ、そうだな、だいたい、全体で半年しかないプロジェクトなんだから、ラスト2か月ってことは、テスト工程に入ってから運用試験までいくところじゃないかな」
「そうですよね。大抵の場合は、引継ぎってのは設計や開発工程の真ん中に入ってしまっていて、要件の引継ぎとか開発コードの引継ぎをしなくちゃいけなくて、結構大変なんですが、これだと、それほど引継ぎはいりませんよね」
「で、全体の工程としてはどうなっている?」
「実はですね。このプロジェクト全体的に前倒しになっていまして、7月半ばからテスト工程に入る予定なんですよ」
「おお、ちょうど区切りがいいじゃないか」
「それにですね、コード管理は Git にしているし、ほとんどのコードを AI エージェントを使ってコーディングをしているので、引継ぎってほど引継ぎはいらないかんじですね」
「そうなると、あれか、引継ぎ後の人数は0人で大丈夫かい?」
「いや、さすがに 0 人になってしまうと危ないですが、5 人は...まあいりませんね。ひとりでも大丈夫じゃないかな、ってところです。で、その代わりに AI エージェントのほうの課金が多くなるんですけども大丈夫ですか?」
「まあ、そこは、ええと、問題の出題者との相談になるんだけど、大丈夫じゃないかな。少なくとも、月 100 万円はかからないだろう?」
「そうですね。今だと、月 200 ドルらしいですね」
「200 ドルとなると 3 万円ぐらいか。円安が進んでいるからもうちょっと上がるかもしれないけど、人月 100 万円よりは安いな」
「そうですね、要件定義と設計で作った markdown のドキュメントをもとにしてコーディングをしていくので、引継ぎ人数は 1 名位でいいでしょう」
「そうだな、そうなると...引継ぎ期間を週末にやってもらって、2 か月間をひとりが AI エージェントを使って廻すとなられば 200 万円ちょっとでいいかな」
「そうですね。たぶん、予算を減らせますよ」
いや、情報処理試験的には、減額ってなるわけじゃないので、こんな風に AI エージェント使う形は想定していないはずだ。最新技術を取り込んだ IPA の情報処理試験ではあるけれど、そのあたりが網羅できていないのが難点である。
じゃあ、もっとスタンダードに昔のウォータフォールのように引継ぎすることを想定しているのだろうか。
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「おう...まあ、いいよ」
「そうですか。今回は話が早いですね」
「前置きはな。読者も頭に入ってしまっているから、先に進めていいだろう」
「はぁ、会話としてはどうかと思うんですけど、まあ、いいです。で、この引継ぎ期間と費用の計算なんですけどね、これ、ちょっと理不尽すぎませんか?」
「理不尽というと?」
「だって、別の部署の炎上プロジェクトでしょう? その費用をうちが被るってはどういう意味ですか?」
「ああ、追加費用の話か」
「そうですよ、私の某プロジェクトは順調に進んでいたし、予算内に収まっていたのに、ここに来て 4 人もプロジェクトメンバーを引っこ抜かれてしまうし、それに追加費用もプロジェクトの費用としてつけておけ、っていうのは理不尽ですよ」
「いや、そうだね、プロジェクトマネージャの立場からするとそう見えるかもしれない」
「? どういうことです?」
「これ、追加費用を計算せよ、ってあるけど、追加費用がプロジェクトの費用のみに追加されるとは書いていないんだよ」
「?」
「つまりだね、追加費用分、プロジェクトの予算がアップするわけだ。部門間の社内外注扱いになるのだよ。売上が、部門間で行われるから、君のプロジェクトの予算が 450 万円アップして、炎上プロジェクトの費用に 450 万円付け加えるという形になるね」
「あ、ああ、なるほど」
「だから、増加する予算分をきっちり計算して、計画を見直したうえで、君の某プロジェクトを計画し直さないといけないわけだ。だから、ここで計算する人数の増加とか勤務時間の増加とかも、きっちりと計画を見直さないと駄目だよ。さらに、実際にはコミュニケーションコストとか、引継ぎメンバーの能力がぶれとかがあるわけなので、そこのリスクも考えた上で予算の見直しをして欲しいんだ」
「ええと、となると、きっちり 450 万円というのも、ちょっとずれるという話ですね」
「まあ、そうだね。そのあたりは、どれだけ上乗せするかは別なんだけど、リスク管理としては 20 ~ 50 % ぐらい上乗せしても構わない。5 割というのは現実的な数字に見えないかもしれないが、プロジェクトの遅れが正規分布に従うのと、裾野の拾い X 分布なることを考えれば、うちの部門が炎上プロジェクトのリスクまで引き受けることはないよ」
「じゃあ、ちょっと、不確定な遅れも含めて計算をし直してみますね。人数的には 5 人で大丈夫そうなんですが、20 % の余裕を持つとすると、プラス 1 名加えたほうがよさそうです。」
「そうだね、開発プロジェクト後半の部分は、費用がかさむのが通例だからね。そこは、出題者にも言っておくよ」
「宜しくお願いします」
と、出題者に話が伝わったかどうかはわからないが、現実的な見積もりはこんな感じになるはずだ。いや、現実的な見積もりと言ったけれど、「"理想的な" 現実的な見積もり」という変な但し書きが付いてしまう。この会話だって、理想的には違いない。もっと、本格的に現実な話になるとどろどろした感じになってしまうのだが、まあ、いいだろう。現実は試験のようにはうまくいかないのだ。
「部長、ちょっと、お時間はよろしいでしょうか?」
「・・・・」
「部長...いえ、組長」
「おう、なんや、なんか、文句があるか、ワレ」
「おりゃ、文句ありまっせ、なんせ、ここまでうまくカチコミできていた、プロジェクトに対してですね。人を抜くってのはありえん話でしょう!」
「なんや、その、プロジェクトってのは?」
「組長。此れっスよ、これ。見てください、なにやら、某案件でですね、人を貸してくれって話が来てですね」
「なんじゃ、こりゃ、親分の話とちごうじゃないかい! だいたい、これはなんじゃ、ちっとも禊が通ってないやないか!」
「いや、禊は通っているっていうんですけどね」
「いや、いや、いや、それはちゃうやらろ。禊ってのはな、きっと筋を通して、その筋からきっちりと馘を切るまでが禊や。それが、へいへいと出張ってきて、なんともありまへんなんて顔して着たらな。そもそも、こっちの顔が立たんやろ」
「そうです。そうです。だいたい、なんたら協会の言いなりだとか、なんたから家庭のいいなりとかなっちゃぁいかんでしょう。親分はどう思っていらっしゃるのですかね」
「いや、そうやな。でもな、親分のはよしなにって話やから、決着は俺たちでつけなぁ、あかん。このままで筋が通らん。勝手に、4人の鉄砲玉引っこ抜いたら、なんやそれ、お前、代わりに玉をよこすって話か? 使えるんか、それ? 浮気性のアレ、大丈夫か?」
「なんか、素人衆って話もありましてね。まあ、某希望高校ではいわせてたらしいって話なんですが」
「あほか、おんどれ、素人衆に何ができるんや。もちっと、マシな言い訳さらさんかい!」
「いや、組長、俺に怒っても...」
「あ、すまん。しかしな、戦力にならんものを、あたかも戦力になるように言わされて、それでハイそうですか!ってわけにはいかんやろ。こちとら、プロやでプロ。プロにはプロなりのしきたりってもんがある」
「そうですね、それでこそ、組長ッス」
「そうなるとナ、まずは、この引継ぎ 0.5 人月ってのをやらなんとあかんな」
「ですね。4 人いや 5 人ほどしごいたって、言わさんとあかんでしょう」
「じゃあ、計画を頼んま」
炎上プロジェクトが血祭プロジェクトに変わったのは、言うまでもありません。
【完】
問題と答え
https://www.pm-siken.com/kakomon/03_aki/am2_8.html
・元のメンバーと増員するメンバーの、プロジェクトにおける生産性は等しい。
・7月の半ばから7月末までの 0.5 か月の間、元のメンバー4人から引き継ぎを行う。
・引継ぎの期間中は、元のメンバーと増員するメンバーはプロジェクトの開発作業を実施しないが、人件費は全額このプロジェクトに計上する。
・人件費は、1人月あたり100万円とする。
残工数:2.5か月 x 4人 = 10人月
変更: 10人月 / 2 か月 = 5人
増加分: 100 x 0.5 x 5 + 100 x 2 x 1 = 250 + 200 = 450 万円
 




