第6話 安定した生活
朝の陽射しが、木の窓から射し込む。
温かな布団の中で目を覚ました慶信は、ぼんやりと天井を見つめていた。
この異世界に来て、すでに10日ほどが経過していた。
森で目覚めた初日。夢と信じていたはずのこの世界は、日を追うごとに現実味を増してきた。
この世界に関して、まだまだ分からないことが多すぎる。
そして、何よりも気になっているのは――
日記の最後に書かれていた“記憶にない一文”。
『夢の世界に入ってはいけない。だってここは――』
自分の筆跡。自分のノート。なのに、自分の記憶にない文章。
思い出そうとしても、靄がかかったように何も浮かんでこない。
ただ一つ、言えることは――
(もう「ただの夢」じゃないってことだ)
* * *
「さて……そろそろ動くか」
昨日、葉や枝を売ったお金――130Gが手元にある。
街の物価を考えれば、宿に1泊しても余裕はある。けれど、もっと優先したいことがあった。
(まずは、カバンだな)
素材を持ち運ぶのに、両手だけじゃ限界がある。
昨日の森で、もっといい枝がたくさんあったのに、持ち帰れなかったのがもどかしかった。
「おはようございます、慶信さん!」
背後から明るい声がかかる。
振り返ると、ほのかがパンを片手に走ってきた。
「朝ごはん、まだですよね? 一緒にどうですか?」
「うん、ありがとう。」
2人は噴水の近くに腰を下ろし、パンをかじった。
焼きたての香ばしい匂いに、自然と頬が緩む。
「今日はどうするんですか?」
「カバンを買って、そのあと森に行こうかと」
「じゃあ、私も少し付き合います。午後からはギルドで仕事があるので、それまでになりますけど」
「ありがとう。助かるよ」
* * *
雑貨屋の並ぶ通りで、慶信は手頃なカバンを探して歩いた。
「おっ、これ……」
見つけたのは、肩掛け式の革製カバン。
軽くて丈夫で、水にも強いと書かれている。値段は100G。
「ちょうどいいな」
迷わず購入すると、残金は30G。
それでも、これで効率よく素材を集められると思えば、悪くない出費だ。
「いい買い物でしたね!」
「うん。これで昨日の倍は持ち帰れると思う」
2人はそのまま街の裏手にある森へと向かった。
森の入り口は整備されていて、すぐに木々が広がる景色が見えてくる。
「私、このへんで見張ってますね。あまり奥まで行かないようにしてくださいね」
「分かってるよ」
慶信は日記をめくりながら、昨日と同じエリアへ向かった。
「……この辺だったな」
燃えやすい葉、湿気に強い枝。日記に記された特徴を頼りに、ひとつひとつ丁寧に選別していく。
新しいカバンのおかげで、収納にも余裕がある。
(よし、これだけあれば十分だ)
* * *
戻ってきた慶信を見て、ほのかが小さく手を振った。
「おかえりなさい!」
「ありがと、待たせたね」
2人はそのまま昨日と同じ露店へ向かった。
「おっ、今日も来たのかい」
「はい、また拾ってきました」
店主が素材を手に取り、火をつけて確かめる。
「……ふむ。昨日よりもいい品質だな」
「ほんとですか?」
「この葉、形が揃ってるし、乾き具合もちょうどいい。枝も太すぎず扱いやすい。じゃあ今日は、葉が10枚で60G、枝は1本40Gでどうだい?」
「ありがとうございます!」
取引が終わり、合計で290Gほどになった。
今日1日でカバン代を取り戻したことになる。
「すごいですね……! 昨日より高く買ってもらえるなんて」
「いいお店を見つけられて良かったよ!でもこの稼ぎ方だけに頼るのも心配だから他にも考えないといけない。」
そう言いながら、慶信はカバンをぎゅっと握りしめた。
この世界で“自分の力で得た初めての道具”。
それは、思っていた以上に重みのあるものだった。
夕焼けの色に染まる空を見上げながら、慶信は小さく息を吐いた。
明日は、もっと遠くまで行ってみよう。
新しい素材を探して、新しい取引をして――この世界で生きていく。
静かに胸の奥にあたたかな満足感が広がったその瞬間――
(ピロン)
視界の端に、見慣れたステータス表示が浮かび上がった。
【レベル:6】
* * *
【ステータス】
名前:結城 慶信
年齢:24歳
能力:―(空欄)
レベル:6
筋力:16/俊敏:15/魔力:10/知力:18/幸運:20
所持金:320G