第5話 夢の世界でもお金が必要
昼下がりの陽射しが石畳に反射して、ほのかの髪がきらきらと光る。
街の門をくぐってから、慶信は彼女と一緒に街を散策していた。広場には噴水と露店が並び、どこからかパンを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
「……そういえば、お腹すいてません?」
ほのかが優しく問いかけてきた。
慶信は思わずお腹を押さえて、気まずそうに笑う。
「……正直、めっちゃすいてる。けど、俺、お金とか持ってないんだ」
「ふふっ、じゃあ今日は奢ります。いつか、何かあった時に助けてくれたらいいですから」
「え……ほんとに?」
「ほんとに大丈夫ですよ。ギルドの食堂で働いてるから、少しなら余裕ありますし……」
その笑顔に、胸のあたりがふわっと温かくなる。
“誰が見ても良い子”って、こういう子のことを言うのかもしれない――そう思いながら、2人はパン屋の露店に並んだ。
「おすすめはこの焼きたてパンですよ。1つ10G!」
「10G...」
(1G=10円くらいって聞いたけど……このパンは100円くらいってことか)
そんなことを考えているうちに、ほのかがパンを2つ買って差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!美味しそう」
2人はベンチに腰掛けて昼食をとる。
「……そういえばさ」
パンをかじりながら、慶信はずっと気になっていたことを口にした。
「この世界の人たちって……元の世界に帰ろうとしたりしないの?」
「うーん……“帰りたい”って思ってる人は多いです。でも、“帰り方”自体の情報が全然なくて……」
「手がかりもなし?」
「はい。たまに“あの人は帰った”って噂が流れるけど、証拠もないし……結局、真実は誰にも分からないんです」
「そっか……」
ふと、この世界の空を見上げる。
「でも、私はこの世界で生きていくって決めました」
ほのかの言葉には、迷いがなかった。
慶信は小さくうなずきながら、ポケットに手を入れた。
日記が、軽く指先に触れる。
(生きるために俺もお金、稼がないとな)
* * *
街の一角に、焚き火用の資材を売っている露店があった。
薪や葉、火打石などが並ぶ。けれど、どれも品質は微妙だった。
(この葉っぱ、燃えにくいやつじゃん……)
慶信は思わず眉をひそめる。
森での生活で、どの枝が折れにくく、どの葉がよく燃えるか――そういう知識なら、自信があった。草の名前なんか分からない。けれど、感覚で“使えるかどうか”は判断できる。
「ほのか、ちょっとこの辺、見て回っててくれる?」
「え? どこか行くんですか?」
「この近くの森に、いい素材がありそうでさ。」
「分かりました。気をつけてくださいね」
慶信は街の裏手にある簡易ゲートから、一人で森に入った。
道こそ整備されていたが、人影は少ない。
歩きながら、日記の記録をめくっていく。
目当ての木を見つけ、葉をいくつかちぎって集めていく。
ついでに、持ちやすくて丈夫な枝も何本か。
ほんの小一時間で、必要な素材は集まった。
「鞄がないとあまり多くは運べない。お金を貯めたらまずは鞄を買いたいな」
* * *
露店に戻ると、ほのかが心配そうに待っていた。
「おかえりなさい! 大丈夫でした?」
「うん。……で、これなんだけど」
慶信は、拾った葉と枝を見せる。
露店の店主は目を細め、それを手に取った。
「……おや、これは……。お兄さん、これはどこで?」
「ちょっと森の方で拾ってきたんです。」
「ふむふむ……確かに。葉は乾燥してるし、枝も火持ちが良さそうだ」
店主は数本を試しに軽く炙り、炎の立ち上がり方を見てうなずいた。
「仕入れてみましょうか。葉が10枚で30G、枝が1本20Gでどうです?」
「うーん……これ、実際に森で使ってみたんですけど、他のより火のつきが早いんですよね。
火種としてはかなり優秀だと思うんです」
「へえ? 実証済みってことですか?」
「はい。あと、この枝は湿気にも強いんです。ちょっと濡れても火がついたんで、雨の日なんかにも役立つと思います」
店主は目を細めて考え込む。
「……なるほど。それじゃあ、葉は10枚で50G、枝は1本30Gでどうです?」
「ありがとうございます。助かります!」
慶信は驚きと嬉しさを隠せず、深く頭を下げた。
合計で230Gほど――パンなら23個、宿なら2泊はできる金額だ。
「すごい……本当に売れた……!」
横で見ていたほのかが、目を丸くしていた。
「ただの葉っぱと枝だと思ってたのに……」
「いや、たまたま昔からこういうの好きだっただけ。趣味が役に立ったっていうか……」
「やっぱり、知識って強いですね」
そう言って笑うほのかの笑顔に、慶信は思わず視線をそらした。
なんだか、こそばゆい。
* * *
夕方になる頃、2人は街の宿屋に入った。
木造の温かみある建物で、1泊100G。
ほのかが普段使ってる宿のようだ、1泊約1000円と考えるとかなり安い。
「……今日は、色々ありがとうな。街の案内も、ご飯も」
「いえいえ。こちらこそ、楽しかったです」
そして、ふと思い出したように尋ねた。
「ねえ、ほのか。魔法って、使えたりするの?」
「え? ああ、魔法は……最初にもらう“能力”の一種なんですよ。だから、能力で魔法を選ばなければ、使えないんです」
「そうなのか……」
「でも、噂で聞いたことがあります。隣の街に“他人に魔法の能力を付与できる人”がいるって」
「隣の街……この世界って、街がたくさんあるんだな」
「ええ。この街は特に平和で、初心者向けなんです。冒険者のレベルも、だいたい2か3くらい」
「なるほど、だからレベル5がこの街では高いんだな」
「はい、かなりすごいと思いますよ」
そんな会話を交わしながら、慶信はふっと小さく笑う。
――この世界でも、何とかやっていけるかもしれない。
【ステータス】
名前:結城 慶信
年齢:24歳
能力:―(空欄)
レベル:5
筋力:16/俊敏:15/魔力:10/知力:18/幸運:20
所持金:130G