第3話 夢の世界で数日が経った
焚き火の火が、ぱちり、と乾いた音を立てた。
揺れる炎が、橙色の光を森の木々に映し出す。
結城 慶信は、無言で薪をくべながら、その炎をじっと見つめていた。
(……今日で何日目だ?)
何度も目を覚まし、また眠った。
そのたびに朝が来て、日が昇り、夜が訪れる。
まるで現実のように時が流れ、森の生活は日常になりつつあった。
焚き火を見つめながら、ふと自分の心の変化に気づく。
(……いつの間にか、この生活に慣れてきてる)
罠を仕掛け、火を起こし、日記をつけて、星を眺めて眠る。
そんな一日が、今では“普通”になりつつある。
(案外、悪くないかもな)
この世界で過ごす時間が、少しずつ心地よくなってきている。
どこか現実よりも“生きている”実感すらあった。
慶信は立ち上がると、倒木の方へと向かった。
夜に備えて、もう少し薪を確保しておく。
そんな判断が自然とできてしまう自分に、少しだけ苦笑が漏れる。
倒木の根元に手を伸ばし、乾いた木の束を持ち上げようとして――ふと、違和感が走った。
「あれ……?」
以前なら両手でやっと持ち上がった重さが、今日は片手で持ち上がる。
何度か持ち直して確認するが、やはり明らかに軽い。
慶信は手をかざし、心の中で呼びかけた。
「ステータス表示」
――ピコン
⸻
【ステータス】
名前:結城 慶信
レベル:4
筋力:15 → 16
俊敏:15
魔力:10
知力:18
幸運:20
能力:―(空欄)
⸻
「……上がってる」
驚きよりも納得の方が大きかった。
この数日、ずっと体を動かし続けていたのだ。
薪を運び、罠を仕掛け、川から水を汲み、焚き火を起こし、肉を解体する。
筋トレをした覚えはない。けれど、体は毎日確かに鍛えられていた。
「ってことは……ステータスって、努力で上がるんだな」
レベルとは別に、体の“現実的な成長”が反映されている。
この世界のステータスは、そういう仕組みなのだと確信した。
焚き火の前に戻り、薪をくべながら座り込む。
橙色の光が揺れる中、慶信はふと過去の日々を思い返していた。
「……レベル3になった時って、いつだったっけ」
日記を開き、過去数日のページをめくる。
罠にイノシシがかかった日。
焼き肉にした後、内臓を取り出して、保存食用に干し肉を作った。
その翌日、川辺で魚を見つけた。
小石を投げて流れをせき止め、素手で捕まえる。
それが思った以上に成功した。
きのみも発見した。赤く熟した実を割ってみると、甘い香りがした。
毒見代わりにほんの少し口にして、問題がないことを確認。
次の日には、きのみを中心にした食事が成り立つようになっていた。
この時、慶信は初めて、狩りや採集が“日常の一部”として機能し始めたことに気づいた。
「これで当分は飢えない」
そう思えた夜、ステータスを見るとレベルが3に上がっていた。
そして、次に上がったのは昨夜だった。
空はどこまでも澄んでいて、無数の星が輝いていた。
焚き火のそばで、慶信は日記を広げ、静かに文字を綴っていた。
虫の声。川のせせらぎ。焚き火の揺らめき。
そのすべてが心地よく、気がつけば微笑んでいた。
「……案外、悪くないな」
誰もいない世界。
それでも、こうして一日を終えることができる。
そう思えた瞬間、ステータスにレベル4の表示が現れていた。
(やっぱり、心が安定した時に上がるんだ)
ステータスとレベルは、別物。
前者は“身体”の成長、後者は“心”の成長。
この世界の構造が、少しずつ見えてきた気がした。
――ズズッ……
微かな音が、地面から響いてきた。
「……?」
最初は風の音かと思った。だが違う。
重く、湿った音。葉の擦れる気配も、虫の声もしない。
そして、赤い光が闇の中に浮かんだ。
「っ……!」
木々の隙間から、巨大な影が姿を現した。
全身を漆黒の毛で覆い、赤い目をぎらつかせる。
口元からは、黒い蒸気が漏れている。
熊に似ているが、明らかに異質だ。
まるで――進化した魔獣。
恐怖が全身を支配したが、慶信の頭は冷静だった。
(逃げ道は……昨日通った崖沿いの細道……!)
木々が密集し、枝が張り出した場所。
あの巨体なら、通るだけでも時間がかかる。
慶信は焚き火を蹴り、全力で走り出した。
地響き。獣の唸り声。背後から迫ってくる殺気。
「くそっ……!」
草をかき分け、斜面を駆け、足場の悪い道を進む。
息が上がり、足がもつれ、それでも止まらなかった。
やがて崖沿いの細道に差し掛かる。
身をかがめて滑り込み、獣の追撃を一瞬止める。
背後で枝がバキバキと折れる音。
魔獣が強引に突っ込もうとして――太い枝に体を引っかけた。
その隙に、慶信は全力で斜面を下る。
木の根を踏み外し、転がるように走り、泥まみれになって逃げ切った。
しばらくして、追跡の気配が消えた。
息を切らして森を抜けたその先に――
白い煙が、空へ向かって立ち上っていた。
「……煙……?」
誰かが火を使っている。
この夢の世界で、初めて見る“人の痕跡”。
膝をつき、肩で息をしながら、慶信はステータスを開いた。
――ピコン
⸻
【ステータス】
名前:結城 慶信
レベル:5(+1)
筋力:16
俊敏:15
魔力:10
知力:18
幸運:20
能力:―(空欄)