F子の場合
教護院にやって来た日から大暴れする子も少なくなかった。
非行少年少女たちは暴れて、大人の反応を見ていた。
夫と私はそう思った。
暴れる子を怪我をしないように抱きかかえるのは大変だった。
叩かれたり、蹴られたり、引っ掻かれたりした。
その子達の中には他害ではないこともあった。
壁に頭をぶつけて……頭に毛を抜く……など自分の身体を傷つける子もいたのだ。
その子達も親の愛情に飢えていた。
過去に遡れば遡るほど、貧困家庭に育った子が食べるために物を盗る場合があった。
少年法の理念が「社会復帰」なのは、その過去の事例が大きい。
だが、食べることに困らない家庭が増えてくると、それではない理由で非行に走る子が多くなっていった。
その場合は、親や友達などが大きく影響した。
そして、自分がしたことの意味を知った時、自省の念から「自分は生きる価値がない」との想いが芽生える子が居た。
F子はその一人だった。
家庭内で居場所が無かったF子。
父は仕事で家に居る時間は少なかった。
母は家に居たが、その気持ちのほとんどを占めていたのはF子の兄だった。
F子には視線を向けなかった……とF子は感じていたのだ。
「パパ、ママ、こっちを向いて……お願いだから…… 私を見て!」とF子は思い続けていたのだった。
父の愛も、母の愛も、兄にだけ注がれていると思っていた。
高校に進学したが、親の思うような学校に入れなかったのも大きな原因だったのだろう。
出来がいい兄に近づけなかったのだ。
そして、高校に入ってからF子は変わってしまった。
「おじさん、おばさん、私ね。
無理だって分かったの。
どんなに頑張っても見て貰えないの。
見て貰えるほどの学力……ないの。
そんな時に、知り合ったの。
その子たちと遊んでいたら楽だった。楽だったの。
万引きを……しても……見て貰えない。
要らない子になっただけ……。
物を壊して……補導されて……もう……どこにも……居られない。
あの被害者がどんなに苦労して買ったか……知らなかったの。
喧嘩している男の子達の喧嘩で怪我をした子……。
虐められてたの。
喧嘩じゃなかったの。
知ってたけど、止められなかった。
あの子の身体が不自由になった……私……悪いの。
私……許されないこと……したの。」
そう言っていたF子は何度も頭を壁に叩きつけた。
頭から血を流しても叩き続けようとした。
「消えてしまいたい……。」とF子は言っていた。
F子は教護院を出た時、迎えに来たのは祖父母だった。
両親は迎えに来なかった。
面会にも来なかった。
F子は悲し気な顔で「捨てられてたから、ずっと前から……私は要らない子だったから、当然なの。」と言った。
祖父母は頭を深く下げてF子と一緒に去って行った。
あれから、F子がどうなったのか分からない。
どうか元気で幸せな人生を歩んでくれていたら、と思う。