C男の場合
両親の離婚によって、C男は母親と二人で暮らしていた。
離婚の理由は夫の精神状態が悪かったからだった。
夫を支えきれなくなった妻は乳飲み子を抱えていた。
どうしようもなくなった妻は離婚を申し出たのである。
それがC男と母親だった。
二人での暮らしは大変だったと思われる。
ただ、その頃の方がC男は幸せだったのだ。
その幸せが崩れる日が来たのは、母が一人の女になった日だった。
好きな人が出来たのである。
母は再婚、相手の男性は初婚。
相手の男性の家族が子どもを連れての結婚を受け入れてくれた。
それはC男の母親にとって幸せな時だった。
「また、女の子か……。」
「ごめんなさい。次こそは男の子を産むから……。」
「俺の血を受け継いだ男の子が欲しい! あの子は俺の子じゃないからな。」
「分かってるわ。………分かってる。」
C男の母親は再婚相手から「俺の血を受け継いだ男の子を産む」ことを求められていたのだ。
そして、それはC男の存在は要らないと言っているに等しかった。
母親は3人女の子を産んだ。
男の子を授かるまで産み続けるしかなかった。
女の子を産むたびにC男だけ教護院に入って来た。
他の女の子は再婚相手の両親が面倒を見ていた。
C男だけ見てくれる人が居なかったのだ。
C男は「お母さん大好き!」と言っていた。
「優しいから大好きなんだ。」と笑顔を向けてくれていた。
母親が子どもを産み続けて4人目の時、再婚相手が望み待ち続けた男の子が産まれたのだ。
その頃には、C男は家の中に居場所が無くなっていた。
そして、再婚相手が継父が海外へ赴任する時に、4人の子どもを連れて継父は赴いた。
C男だけ置いて行かれたのだ。
C男は教護院へ入って来た。
そして、中学卒業まで教護院で暮らしたのだ。
就職の際も母親は電話で「よろしくお願いします。」と言ったきりだった。
C男はポツリと言った。
「俺、もう……お母さんに会えないのかな?」
「そんなことないわよ。
いつか帰って来られたら会えるわ。」
「おばちゃん……ありがとう。」
そう言ったきりC男は泣き出してしまった。
いつもニコニコ笑顔のC男が初めて泣いた日だった。
C男は母親を求めるのを止めてしまった。
止めることで今以上に心が傷つくのを防いでいるかのようだった。
継父と血が繋がっている子ども達は高校に進学し、大学や短大に進学したそうだ。
C男は中卒で社会人にならざるを得なかった。
同じ母親から産まれてきた子なのに……。
一人になったと自覚してからのC男は「お母さんに会える日が来るまで頑張るよ。お母さんに会えたら給料で服を買ってあげたいんだ。喜んでくれるかな?」と言っていた。
笑顔で言っていたが、その笑顔は寂しげだったように見えた。
今、C男は成人して頑張って働いている。
ただ、結婚をしていない。
「おばちゃん、俺が結婚したら喜ぶ?」
「そりゃぁ嬉しいもの。喜ぶわ。」
「ごめん。おばちゃん、俺……結婚出来ないと思う。」
「どうして?」
「学歴無いし、仕事も大工だし……給料も良くないし……
それに、俺の実の父……精神病だったんだろ?
俺も……もしかしたら………。」
「それは無いわ。」
「えっ?」
「精神疾患の親の子が必ず精神疾患になるわけじゃないもの。」
「そう? 本当に?」
「ええ、そうよ。」
「おばちゃん、俺が結婚出来なかったらガッカリする?」
「しないわよ。結婚出来るも出来ないも、それはC男の人生だもの。
私もおじちゃんも……そんなことよりもC男が世間に迷惑を掛けずに、ね。
元気で、出来れば幸せだと思える人生を歩んでくれたら………
それだけで嬉しいわ。」
「…………ありがとう。」
「身体が資本だからね。身体を大切にしなさいよ。」
「はい。」
「貴方には全く無関係だけど、警察のご厄介にならないでね。」
「はい。」
「それは被害者でも、よ!」
「はい。」
「一日一日を大切に暮らしなさい。
そして、僅かでも幸せだと思ってくれたら嬉しいわ。
おばちゃんも、おじちゃんも幸せになれるわ。」
「…………うん。……うん。」
C男が母親に会える日は来なかった。
今もあの笑顔を私に向けてくれる。
それだけで私が幸せな気持ちになれる。
⦅ありがとう! C男………。 本当にありがとう。⦆
今も会いに来てくれるC男に心から感謝している。