A子の夫の場合
A子と結婚した夫も親に捨てられた子どもだった。
家で食事も満足に摂らせて貰えなかったのだ。
食べ物を得るために商店に並んでいるパンを盗った。
空腹に耐えられなかったからだった。
その日から盗むようになった彼は警察に捕まった。
彼もまたA子と同じように教護院へ入ったのだ。
父親は酒浸りで、母親は既に家を出てしまっていた。
彼は盗んだ食べ物を幼い弟と妹に食べさせていたのだ。
父親からの暴力にも耐えていた。
幼い兄弟たちは教護院に入ることで父親からの暴力から逃れられた。
そして空腹で辛かった毎日は、一日三食食べられる毎日に変わったのだ。
A子との縁談が来るまで、彼は結婚を考えたことはなかったそうだ。
考えられなかったのだ。
弟と妹のことがあり、結婚などということは自分には無縁だと思っていたそうだ。
父親はアルコール中毒で入院し退院してから、彼にお金をせびっていた。
彼は兄弟との生活のために、父親にお金を渡すことはなかった。
妹が18歳で結婚した時、彼は泣いてしまって言葉も出なかったそうだ。
弟が就職した時、「もう、俺は俺で生きるから、兄ちゃんは兄ちゃんの幸せを!」と言ってくれた。
その時も彼は泣いてしまって何も言えなかったそうだ。
そんな彼にA子との縁談の話が来たのだ。
彼はA子の境遇に自分を重ねてしまったと言っていた。
会ってみると、愛らしいA子から売春をしていたことは想像も出来なかったと言っていた。
お互いに親に捨てられたから分かり合えると彼は思ったのだ。
結婚を機にかれは父親との縁を切りたいと願った。
もう一円も渡さないと決めてもやって来る父親との縁を切りたいと願った。
戸籍では出来なくても、もう会わないと決めた限りは職場も住居を変えて知らせないようにした。
父親は調べることが出来なかったようだった。
単純にお金が無かったからだ。
そして、最終的に弟が居る北海道へ夫婦で向かったのだ。
「同じ家に居ても育てて貰えなかったら、それは捨てられているのと同じなんです。」と彼は言った。
「今は家族を持てて幸せだ。」と彼は言った。