我が詩の女神
とうに私は 死んでいた。
宿命的な 敗北が
この肺臓を 引き裂いた
次いで心も 朽ち果てた。
捨て者ザマに 生きた日々
明日の無事を ただ祈り
苦難と奇禍を 忍ぶのみ。
邪悪だったのは この世界、
私の生を あざ笑う
強固な意思を 吹き散らす
ささやかな身を 汚しきる
息も継がせぬ この地獄。
非情だったのは 同胞奴、
宿命的な 雷で
醜く焦げた 死体さえ
無情の感な 一瞥で
踏みにじり去る その素顔。
けれど憎まず 人も世も
苦も禍も耐えん 宿命の
決して消すまい この生を。
迫る破滅を 避けうるか、
ほんのわずかの 愛あれば。
縁なき彼女がつぶさに いや 密かでも私を憐れんでくれていたなら、
とうに潰れていたろうか 私の宿命は。
敗北、それに雷!
こいつらのせいだ
運命的なこの打撃のせいで
滅茶苦茶に、吾輩は、なっちまったよ!
否、宿命 そう、宿命だ。
生まれ持った、罪、性がそうさせた
不幸も苦悩も、ただ、そいつに惹起されたに過ぎない
許すだの憎まずだの、笑止、当てつけがましい
取り繕うことに必死で、粗、ばかりの詩
みっともない、誇張、さらに具合の悪いことに
自分の、傷、ひけらかして。
自分を欺いて満足か 世界の涙を頂戴するために?
詩句を弄して得意か 虚栄で自らを慰めるために?
そんな詩は 虚妄の 欺瞞の 自惚れの 金メッキの
詩などは 喝破されなければ――
喝破せよ!
虚栄、虚偽、
怯懦、驕慢、
怠惰、姑息、
薄志弱行、頑迷、
大言壮語、僻心、――反故
反故!反故、反故、反故……
普通に私は死んじゃいない 当然。
呆けたような日々を無事に終えている。
精神の方はといえば まさに平生良好 ほぼ傷もない
肉体は 果たして 贔屓目には丈夫な方だろう
喘息患者にも満たない発作のあるくらいだ、
彼らは双子のように仲良しではあるが
前者の瘋癲ぶりには辟易している。
不服ながら告白すると 私は耐えることをしなかった、
ほおづきのように空虚な生活
楽な方法を欲する 消極的放蕩児、
私に起こった不運だって 努力や工夫で突破できる
ほとんど人生の風景のようなものだ 他の人なら。
世界はいつだって微笑んでいた
私の手を引いてくれる人だっていた、
それを把握しながらも私は 都合よく封じ
ねじけた根性と憎悪を 日一日と肥育していった。
宿命よ 我が性よ。
この生が消えてしまえばいい 風船のように、
切実な炸裂と刹那の消滅
緋色の夕空を見ると ふいにそう思う。
我が生命の炎よ
――富貴な彼女は厭ったのだ こんな私だから
日出づるを待たずに燃え尽きてくれ 私の目覚める前に
――君の中で風化していることだろう こんな私は
きっとあなたは 軽やかに お笑いになるでしょう、
情けなくも 自死をためらう こんな私を
詩に文学に すがりつく こんな私を。
そもあなたは 我が自死など 求めてない、
身をよじり 苦しみ悶え 絞り出す
甘く強烈な 陶酔の一滴
その雫こそ 尽生の詩こそ、
知っている あなたの欲するものだ。
レトリックな恋のささやきも
明快な愛の叫びも
聞き飽きてるあなたには、
豪奢にして素朴
巧言にして誠、
我が詩の女神よ、
燃える雫を
捧げましょう
口づから。
近づく
黒い
髪
眼
さらなる歌を 女神よ 返しましょう
さらなるキスを 唇に 返しましょう
……
振り返って その髪は 燃え尽きていた
灰一つない 純黒の 焼野原
白い背に 引き立てられる その焦土
そよともせず なんと不毛な この髪!
この凄惨な 深海の 焼け跡は
いかなる萌しをも なべて 呑みこんで
揺るがぬ静寂を そうだ 宿したのだ
私は その深さに 安堵さえして。
どういうことだ ざわめき 震えている
死の香る 月もない 戦地の夜が
巨人をも 汚しえぬ 罪の寝床が
揺れている 確実に 次第に強く!
さざれ波 広がり カラスの翼か
大地の脈動 妖しく しなやかに
闇に潜む 大蛇 その背の蠢き
じりじりと 弧を描き さらに広がり――
静まらない! 何をか望む 焦土よ!
死に染まった 己が身を 浄めたいのか
膨らむ大地 そして 裂け目が見えて
光だ 光があふれて 目を焼いた
否 お前こそが 聖なる河なのか
罪科は 浄められ 宝石となり
光の頌歌を 水面へ 贈るのか
我が詩句も 輝きうるか そこならば
水床から 優しく 星のまたたき
流れはゆるやかに 輝きも 弱く
雪原が いつの間にか 生まれている
星空に 撫でられて 艶に儚く
焼野原 聖なる流れ 星空よ
お前は この乙女の 守護者だったのだ
振り返って その髪は 燃え尽きていた
あなたの 白い首筋は 笑っている
黒い髪 その秘密を知った 私を
黒い眼には なお 情熱が火を吹き