13話 夜空を駆ける流れ星を今、見つけられたら何を祈るだろう
日は既に沈み、俺達は夜の闇に乗じてクリスタルパレスに殴り込む。
今日は流星群極大の夜。流れ星に祈ると願いが叶うって言うけど、とりあえず無事にミユを救出できるように祈っとくか……?
——やっぱりやめとこう。
どうせ願うならそれより、この先もミユと旅を続けられる事を祈願しておくか…………
クリスタルパレスがもう目の前に見えてきた。
『ローレンス!!聞こえているだろうローレンス…………!!貴様が処刑しようとしている呪詛喰らいの娘はこの国を救ったのだぞ!!恩を仇で返すなど恥を知れィ!!だから貴様はアホなのだァァァァァ!!!!』
凍鎧竜の怒号が空気を震わせる。一度ならず二度までも凍鎧竜に強襲された事でクリスタルパレスの衛兵達は完全に及び腰になっている。
かわいそうだが、ミユを救出する為に障害は排除させてもらう!!
「今回は後先考えず、出し惜しみ無しで行きます!!術式並列展開、魔力供給オールクリア。追尾式攻撃魔法1番から600番まで装填完了、照準補正良し、1番から600番まで順次発射せよ!!」
「貫け、心剣!!光刃散舞…………!!」
リゼルとアインの同時攻撃は、さながら夜空を駆ける流れ星がクリスタルパレスを襲っているかのごとく外壁を砕きながら撃ち抜く。
凍鎧竜の再来と外壁への攻撃は城内のパニックを誘発するには充分過ぎた。
テキトーに、凍鎧竜がクリスタルパレスのバルコニー辺りを飛んでるタイミングで飛び降りる。ひとまず着地成功。
「侵入者だ!?」
おっと、衛兵に見つかったか。だが、関係ねェ…………
「アリア」
「了解です!!針と糸とは使いよう」
アリアはすぐさま衛兵の身体を空間そのものに縫い付けて拘束。
「お前には聞きたい事がある………ミユが幽閉されてる監獄塔はどこだ…………?」
衛兵の首筋に大鎌を突きつけながら尋問する。
「貴様に話す事など…………ない…………」
この衛兵、完全に怯えながらも強気に振る舞っている。
仕事熱心で頭が下がるが、今の俺は機嫌が悪い。
テキトーにそこらの壁を、断ち切る者でこいつに見せつけるように切り裂く。
「ヒィッ!?」
「俺は機嫌が悪いんだ!!さっさとゲロっちまいな骨無しチキン!!!さもないとテメェの『ピーー』を切り取って額に縫い付けてやるぜェ!!」
「……アリア、変なアテレコするな……」
アリアのセリフが効いたのか知らんけど衛兵は観念して監獄塔の場所を喋った。
待ってろミユ……今助けに行くからな……
▷▷▷
ミユside
薄暗い監獄塔の一室、ボクは鎖に繋がれ囚われている。どうやらこれは対魔力の鎖のようでさっきから魔力を使う事すらできない。
小さな窓からは空いっぱいの流れ星がほんの少しだけ見えた。
この星が降るような夜空を、クロードと2人で眺める事ができたらどれだけ幸せだっただろう。しかし現実は無情、ボクは監獄の中。
いつ処刑されるかもわからないまま、こうしてありもしない希望を妄想する事しかできない。
「お仲間が助けに来たようだぞ?かわいそうに、奴らは貴様が疫病神と知ってもまだ見捨てないつもりのようだ……その選択がさらなる悲劇を招くとも知らずに……」
ローレンスは底の見えない深海のような暗い目でボクを見ながら嘲笑する。
やがてローレンスは、おそらくクロード達を迎え撃つ為にその場を去った。
「そうだよ……ボクは疫病神だ。現に今もボクのせいでクロード達を危険にさらしているし、きっといつか血染めのハルファスのように狂い果てて、クロード達を殺してしまうんだろうね…………」
誰に言うでもなく呟く。
おそらくだけど最初からボクの居場所など、この世界のどこにもなかったのだろう。
父さんと母さんも、ボクを迫害から守ろうとして結果的に死んだ。ボクだけを残して——。
人って怖いよね……ただ周りと違うってだけでどこまでも冷たく、残酷になれるんだから。
だからずっと、ありのままのボクを愛してくれる存在などいないと思ってた。
でもクロードと出会った事で、こんなボクでも幸せになれるのだと錯覚してしまった。希望を持ってしまった。
そんな物、幻想に過ぎないのにね。なら、どうしてこんなに苦しくて寂しいのだろう…………?
ボクの未来に最初から希望なんてないのに……そんな物はまやかしなのに……どうして無意味な希望を捨て切れないのだろう…………?
「…………会いたいよ……クロード……」
涙と一緒に寂しさが溢れてくる。
こんな想いを味わうくらいなら、最初からクロードと出会わない方が良かったのかもしれない。でも、もう手遅れ。
いつかクロードを殺してしまうか、あるいはクロードに殺されてしまうのだとしても最後まで一緒にいたい。
ボクは既に、どうしようもなく狂っていた。
ミユside 終
▷▷▷
監獄塔までの道のりを脇目も振らずにただ走る。
監獄塔を視界にはっきりと収めた辺りで、ローレンスが塔の入口前に立っている事に気付いた。
「クロードと言ったか?実に愚かな男だ……何故あの疫病神を必死に助けようとする?その先に待つのは地獄だぞ」
「テメェ……ミユを疫病神と言ったな…………?あいつだって、好きで呪詛喰らいとして生まれた訳じゃねェんだよ!!テメェだけは許さねェ………!!!」
時計仕掛けの時の神で俺自身の存在固有時間を加速して踏み込んだ直後、足元から氷柱が飛び出してきて俺の胴を強烈に殴りつけた。
「ぐッ!?」
無様に倒れ伏す俺を、ローレンスは冷たい目で見下ろす。
「ただ倍速で動くだけの子供騙しの魔法で余に届くとでも思ったか?いくら速くても動きが単調ではな……」
ローレンスがトドメとばかりに振り下ろした剣を、地面を転がりながらかわす。一息つく暇もなく氷魔法による追撃が情け容赦なく襲ってきた。俺はローレンスに近付く事すらできない。
考えろ——。こんな時、師匠ならどうする…………?
『よいか?クロード……どんなに強力な魔法でも、術式で制御されている以上、そこを突けば魔力は霧散する。目の前にある現象としての魔法に惑わされるな。その源を断つのじゃ……』
ふと、修行時代に聞いた師匠の言葉が頭をよぎる。そうか、術式そのものを断ち切ればいいのか……!!あの頃は理解できなかった師匠の言葉が、今になってはっきりと理解できた。
——ありがとよ、師匠。
とりあえず頭の中で師匠に礼を言った。
ローレンスの魔法攻撃は的確にこちらの隙を狙ってくる。
しかし、俺自身が冷静になりさえすれば、狙いが正確ゆえに予想もまた容易い。そこだァ……!!
「断ち切る者!!」
俺の狙い通り、術式を断ち切られた事によりローレンスの魔法は不発に終わる。
「馬鹿な……!!対魔法剣技∶術式破壊だと!?その技は剣神ロゥウェルの……!?あり得ん……貴様ごときが!!」
「マジックキャンセル?よくわからんが、俺のユニーク魔法『断ち切る者』はあらゆる物を切断する魔法……だから、術式を切断しただけだぜ?」
「さて、テメェさっきミユの事を『疫病神』と呼んだよなァ……覚悟はいいか?俺は出来てる」
俺は大鎌を構え直し、ローレンスに対して最速で間合いを詰めた。
「小手先の技を一つ覚えたくらいで……勝てると思うなァ……小僧!!!」
俺とローレンスは数十合に渡って斬り結んだ。やがて、互いが刃に乗せた想いは言葉となり、それを刃と共にぶつけ合う。
「貴様の進む先は地獄だ!!いつかあの娘は罪を背負う……ならば、そうなる前に楽にしてやる事こそがせめてもの情け……!!貴様のその偽善がさらなる悲劇を招くのだと、何故わからぬ!!」
「それはテメェの決めた限界だろうがァ!!ミユが狂った時は、俺がぶん殴ってでも目を覚まさせる!!」
「不可能だ……!!いつか貴様は、あの娘に殺されるか、あるいはあの娘を自らの手で殺す事となる。余が盟友をこの手で殺したようになァ!!!」
「何ッ!?」
動揺した隙に大鎌を手から弾き飛ばされる。
「余が……ハルファスの呪詛喰らいを過信して、何の疑問もなく送り出したりしなければあんな悲劇は起こらなかったのだ……余が選択を間違えなければ……!!ハルファスが狂う事も、多くの命が失われる事も、ハルファスをこの手で殺す事もなかったはずなのだ……!!!!」
ローレンスは激情のままに独白した。丸腰の俺にトドメを刺すべく、ローレンスは手にした長剣を振り上げる。
「終わりだ……!!!愚かな愛と共に死ぬが良い」
ローレンスが剣を振り下ろした瞬間、俺はマジックバッグから『月影』を取り出しながら抜刀した。
「さっきから聞いてりゃ、何だそれ?」
ローレンスの振るう剣を『月影』の刃で受け止めながら呟く。
「テメェの盟友を救えなかった後悔とか、負い目とか————、そんな物を俺達に押し付けてんじゃねェーーーーー!!!!!」
ローレンスを力任せに蹴り飛ばし、体勢が崩れた状態のローレンスに肉薄して追撃を仕掛けた。
刀剣類を武器として使うのは師匠に剣術を習った時以来だが、やはりこっちの方が大鎌よりもしっくりくる。
その証拠に身体が面白いくらいに軽いし動きの速度やキレもいつもより上がってる気がする。
やっぱ、農具と刀剣では使い勝手が全然違う。
「こやつ……、急に動きが……!?」
ローレンスは素早く体勢を立て直して俺の追撃に対応するが、明らかに俺が優勢。そろそろトドメとしよう。
「断ち切る者!!!」
「…………?ハハハハハ!!虚仮威しか……何も起こらないではないか!!!」
「いや、俺はもう既にテメェを斬った……ナターシャ陛下の意識にへばりついてる残留思念としてのテメェをな……」
断ち切る者は単なる斬撃魔法に非ず。物理的な物だけでなく、概念的な物すら斬り裂く。俺はまだ未熟だが、イメージ次第でこういう使い方もできる。
「余が…………!!消える……!?クロードォォォォォォォォォ!!!この汚らしい阿呆がァァァァァァーーーーー」
——さて、片付いたからミユを助けに行こう。
俺は塔の中の螺旋階段を駆け上がり、倒れているナターシャ陛下をスルーしてミユの元に急いだ。まァ、衛兵に任せりゃいいだろ。
▷▷▷
ミユside
「ミユ!!無事か……!!」
クロードが助けに来てくれた。その事実だけで飛び上がる程嬉しいのに、ボクはそれを素直に受け止める事ができなかった。
「来ないで…………ボクみたいな疫病神はいないほうがいいんだ……いつかボクはハルファスみたいに狂ってしまう。このまま一緒にいたら、そのうちクロードを殺しちゃうよ……?」
不意に、クロードに抱きしめられた。
「ッ!?」
「つ〜か、もう狂ってるだろ?ヤンデレだしメンヘラだし。でもな、そんな危なっかしくてほっとけないお前だから一緒にいたいと思うのかもな……だから俺はミユを1人にはしねェ」
単にディスってるのかそれとも告白なのか——。
それとも、泣けばいいのか笑えばいいのかよくわからない、反応に困る発言。なんともクロードらしい。
だけど、クロードの身体から伝わる温もりはボクの寂しさと苦しみを消し去ってくれた。
「馬鹿…………」
監獄の窓から見えた流れ星にボクは願う。『この幸せな幻想がなるべく長く続きますように』と。
ミユside 終
用語解説
対魔法剣技∶術式破壊
剣神ロゥウェルが編み出した技。現象としての魔法ではなく、あらゆる魔法現象の源であり制御システムである術式そのものを破壊する事により実質的に魔法を無効化する。
何故この技が一般に広まらなかったかというと、純粋に難易度が高すぎるからである。
例えるならば拳銃を持っている敵に対して、そもそも拳銃じたいを撃つ前に破壊すれば撃たれない………みたいな頭おかしい理屈だからだ。うむ、頭ロゥウェルとしか言いようがない………




