教皇の足止め
王都からやってきた軍隊によって、街は占拠されることとなった。何せ、街ぐるみの悪事である。暮らしている街の住人たちも罪人である。
「あ、セキレイ!!」
この軍隊の中心に立っている人に、無邪気に駆け寄る兄ラセン。
セキレイは獣人の将軍なんだけど、奴隷の首輪を装着することで、人の姿をとっている。何でも、番に左右される人生がイヤで、獣人のバカ力を封じたとか。奴隷の首輪、獣人の本能まで封じるらしい。同じことを番でない妻にも求める、とんでもない愛妻家でもある。
そして、セキレイは今、獣人の国の国王の腹心である。アタシが竜種シンセイの番であることを知る唯一の側近はセキレイだ。
アタシはラセンに遅れて、ある程度の距離をとってセキレイにお辞儀する。
「お久しぶりです、セキレイ。お元気そうで何よりです」
「マイナ様も、元気そうで良かった。怪我とかは?」
アタシが何者か知っているセキレイは、きちんと礼儀をわきまえている。それでも、アタシのことを孫みたいに優しい目で見てくる。セキレイは、本当に話のわかる獣人である。
「暗殺者に襲われましたが、兄上の神獣が退治してくれました。ついでに、裏切者もこの通り」
きちんと道具で拘束された裏切者をセキレイに差し出す。
その結果を見て、セキレイは膝をついた。
「マイナ様に、また、マナ様と同じことをさせてしまって、申し訳ございません。ここからは、私と軍が同行致します」
「いえ、我々は先に進みます。セキレイは、街のほうをお願いします。可哀想に、街を信じて裏切られた被害者は、酷いものです」
「聞きました。人身売買までされていたとか」
随分と長いこと、盗賊と街は繋がっていた。何も知らない、旅人たちを盗賊に襲わせては金品を奪い、その身を弄び、売り払ったりしていたという。
領主は、盗賊を使って手に入れた見た目がいい獣人を使って、便宜をはかってもらったりしていたという。王都でも、知っていながら隠していた役人がいるということが、今回のことで発覚したのだ。
あまりにもタチの悪い話なので、ここで、しっかりと表沙汰にして、街ごと処分することは、いい見せしめとなる。
「もう、いつでも、辺境伯になれますね」
「そう簡単に、なれないでしょうね。まだ、神の導きが残っています」
アタシはちらりと竜種シンセイを見る。
シンセイは仲が良いと思っていた従者の一人に裏切られて、意気消沈していた。口では、王族を捨てる、なんて言っていたけど、所詮は強がりだ。
ラセンも、シンセイも、世間知らずのお坊ちゃまだ。ラセンだって、最初は酷いものだ。買い物一つ、出来なかったのだ。ほら、獣神の化身はお金を払わなくていいのだ。だけど、それは、獣人の国だけである。人の国では、そういうわけにはいかないのだ。一般の常識がないので、アタシとガランで、旅先で起こした問題ごとを解決したものだ。
過去にやらかしてしまった人族の番殺しを竜種でも行われていると知った神は、一体、アタシに何をやらせようとしているのやら。
面倒くさい作業は王都からやってきた役人たちに押し付けて、アタシは王都に向かうための馬探しである。盗賊に襲撃された時の馬は、もう使えなくなっていた。怯えちゃって、人を乗せることすら拒否しているの。可哀想。
街の住人は罪人だけど、商売はまともにやっている。裁きを待っている間でも、営みは続けなければならないので、粛々と商売もされている。
馬屋に行けば、店主は、人族であるアタシを見て、一瞬、蔑みが出た。それも、後ろにいる兄ラセンと竜種シンセイを見て、表情を改める。
「失礼な奴だ」
「同じです。人の国に行けば、獣人は蔑まれています」
「俺は、そうじゃないけど」
「これつけてるからですよ」
アタシはラセンの首にある奴隷の首輪を指す。首輪を見えないように隠してしまえば、ラセンは人族と同じ姿だ。だから、人の国で旅をしていても、ラセンは蔑まれることはないのだ。
「私も、奴隷の首輪をつければ、人の国でも普通に暮らせるのか」
「いけません!!」
「王族が、奴隷の首輪なんてつけるなんて」
シンセイが奴隷の首輪に希望を抱くも、従者たちがそれを許さない。それはそうだよね、王族だもんね。
どんな馬を紹介されるかな、なんて楽しみにしていたら、やっぱり人種差別で、とんでもない老馬を連れて来た。
「今は、これが精一杯です」
笑顔で言い切る店主。厩舎に行かせてもらえないので、実際はどうか、わからないよね。中には入れたくない、なんて言われちゃったし。
たぶん、隠れて様子見をしていたのだろう。将軍セキレイが馬をつれてやってきた。
「マイナ様、こちらの軍馬をどうぞ。これならば、もっと速く王都に到着しますよ」
「そういうわけにはいきません。その馬は誰かが使っていたものでしょう。王都に戻る時、徒歩になってしまいますよ」
「だったら、その馬を使えばいい」
ギロリと店主を睨んでいう将軍セキレイ。
「あ、いえ、別の馬を」
「聞いていたぞ、その馬しかないと。まさか、マイナ様に嘘を吐いたのか!!」
「ひぃ!! お、お許しください!!!」
見た目は人族だけど、やっぱり獣人の将軍は怖い。セキレイの怒気に、店主は即、土下座した。
「おい、この店を徹底的に調べろ。もっと余罪があるかもしれん」
「そ、そんなぁ」
気の毒に、店主はあるかどうかわからない余罪を探られることとなった。
今、街全体が大変なこととなっているというのに、人種差別しているのだから、街の住人はこれっぽっちも反省していないな。こんなやり取りを体験して、アタシはそのことを思い知らされる。
街の住人たちにとって、アタシは厄介者である。アタシたちが来なければ、今も、平穏に、旅人を搾取していたのだろう。それが、街の住人たちの平穏なのだ。
だけど、罪人となって、それでもアタシに逆恨みしている街の住人たちは、生涯、反省しないのだろう。こういうの、どこだって同じだ。
人族の国の辺境だって、一度、天罰を食らったというのに、反省していない。天罰をくらうきっかけとなった子どもだったガランを恨み、蔑む、迫害までしていたという。天罰のきっかけは確かにガランだ。だけど、天罰をくらう結果となったのは、街の住人たちの日頃の行いである。天罰を下す神を呼び出した母マナに優しかった人たちは、誰も天罰を受けなかったのだ。神はしっかりと、見ているのだ。
「セキレイ、馬、ありがとうございます。大事に乗ります」
「盗賊に襲撃された時は、乗り捨てていいですよ。仕方のないことですから」
「あははははは」
笑うしかない。一度あることは二度あるという。また、あるかもしれないよね。
一応、王都の軍部と役人に引き継ぎして、としていると、あっという間に外は真っ暗である。
「どうか、こちらでお泊りください」
大事な大事な証拠物件となった領主の屋敷を一夜の宿として提供してくる将軍セキレイ。
お断りしたかったのだが、あまり休めていない竜種シンセイとその従者たちが見るからに喜んでいるので、仕方なく、受け入れることにした。
さすがに二日連続で襲撃されることはないだろうけど、命は惜しいので、アタシは兄ラセンと同じベッドで眠ることにしたのだ。
晩餐は、軍部からの提供である。テーブルマナーが不必要な食事を広げられた。そこに将軍セキレイも一緒である。
「被害者の皆さんはどうですか?」
食事の席でする話ではないけど、気になったので、聞いた。
「よくある話ですからね。運が悪かった、としか言いようがありません。街ぐるみですから、賠償は街ぐるみでさせることとなりました。監視は軍部が行います」
「神殿はどうですか?」
「馬の足が遅いですからね。今ごろ、証拠隠蔽しているでしょう」
軍部はすぐに来てくれたけど、王都の神殿はまだ到着していない。本来、王都から離れないものだ。そのために、各地に神殿が置かれて、月に一回、代表者を王都に呼んで、ちょっとした報告会である。
こんなことを街ぐるみでやっていたのだ。神殿だって関わっているだろう。黙っていていい話ではない。何より、告発する機会はいっぱいあったのだ。
「マイナ様」
「何もしてないって。あれ、物凄く疲れるんだから」
お目付け役のガランに注意されて、アタシは不貞腐れる。黒魔法は精度が命である。あれほどの精度を行使するには、集中力が必要だ。毎日、行使するようなものではない。
何より、ここからは、神は関わらない。獣人、人族、それぞれが裁く問題である。そこは、それぞれの法律に従ってだ。
「教皇に顔を合わせる前に、ここを出発しないと」
「そうだな」
アタシも兄ラセンも、教皇に会いたくないのだ。ともかく、信仰心篤く、口うるさい。
母の頃には、信仰心は篤いけど、獣人至上主義だった先代教皇がいたのだ。獣神の化身の番が人族であることを恥じて、母の腹にいるアタシとラセンを手術で取り出し、別の獣人に移植して、偽物の番を作って、母を父ごと殺そうとしたのである。結局、母によって、呪われ、先代教皇は首だけで生き永らえることとなった。その姿に先代教皇は発狂し、その姿のまま、地下牢に幽閉されている。
そんな物を見せられたのだ。新しい教皇ラクロスの信仰心は山よりも高くなったのだ。使命感に燃えて、獣神の化身ラセンだけでなく、辺境伯の跡継ぎであるアタシにまで、色々と口うるさく言うようになった。
二言目には、「マナ様は」である。母にかなり感銘を受けたようで、教皇ラクロスは、母マナのことを尊敬している。
そして、過去、女遊びを激しくしていた父サガンのことを教皇ラクロスは蔑んで、事あるごとに、ラセンにいうのだ。番一筋でいなさい、と。
きっと、教皇ラクロスは、母マナから、父サガンの過去で愚痴られたんだろうな。物凄く、詳しいんだよね、ラクロス。絶対にそうだ。母は、実は、物凄く嫉妬深いのだ。
ラクロス、悪い人ではないのだ。だけど、アタシとラセンにとって、面倒くさい人なのだ。だから、ラセン、旅に出ることをいつも喜んでいる。わかるわかる!!
「早朝には到着すると早馬の伝令がきました」
「えええー---!!!」
「来る前に、出発しよう」
「マイナ様とラセン様は、それまでここで待っているように、と書状があります」
「やだやだやだやだ!!!」
「どうしてここまで来て、ラクロスの小言聞かなきゃいけないんだよ!!」
ちっくしょー、ラクロスめ。よりによって、将軍セキレイを使うなんて。
子どもみたいに叫ぶアタシとラセンに、竜種シンセイは吹き出す。
「ラクロスはいい人じゃないか。そんなに嫌わなくても」
「知ってます!! でも、小言が煩いのよ」
「あれもダメ、これもダメ、と煩いんだよ。こうやって食べてたら、鞭がとんでくる」
「兄上、可哀想!!」
「俺も辺境伯の養子になりたかった!!!」
本当に可哀想だけど、仕方がない。父サガンの跡継ぎは、どう見たって兄ラセンである。獣神の化身は、神殿にとって、最重要だ。
ちょっと泣きながらも、ラセンはお行儀悪く手掴みで食べる。それをシンセイは真似する。
「シンセイ様、それは」
「こうやって食べるんじゃ」
「これから学んでいけばいんじゃないかな」
シンセイはこれまで、人に食べさせてもらってばかりだったのだろう。番が見つかるまでは貧弱だったという。なら、テーブルマナーだって知らないし、何より、こうやって食事をとる方法もわからないだろう。
そういえば、これまでは手掴みで食べられる簡単なものばっかりだったな。旅って、そういうものだから。
「こうやって食べるんですよ」
せっかくなので、アタシがシンセイにナイフとフォークの使い方とかを教えた。シンセイ、嬉しそうに笑いながら、ナイフとフォークを握って、不器用に操作する。うーん、獣人だから、力づくが楽なんだよね。
「まずは、切ることからですね。アタシが細かくしておくから、それをさらに切って食べてみてください」
「ありがとう」
「アタシも、ナハトによくやってもらいました」
叔父ナハトは、子どもはいないけど、妹二人をしっかり面倒見た人である。母は五歳で保護者を失ったものも、それからは、ナハトによって教育を受けたと聞いている。アタシは母と同じようなことをナハトから受けているだけだ。
懐かしいな、なんて思いながら、シンセイのお皿にある肉を細かくしてやる。あまり大きいと、切りにくいんだよね、これ。
そうして、食事も終わり、領主の館にあるお風呂でさっぱりして、就寝である。
「どうしてシンセイがいるの?」
兄ラセンの部屋に行けば、シンセイがいたのだ。
シンセイだって、別の部屋を案内されている。そこで寝ればいいのに、なんて考えていた。
「私なりに、色々と考えたんだが、私の命もまた、今は危ないと思うんだ。だから、しばらくはラセンの側で就寝しようと考えた」
「でも、シンセイは王族にとって、大事な最強の竜種です。むしろ、五体満足で保護しなければ、王族だって面目が立たないでしょう」
邪魔なわけではない。ただ、どうしてシンセイがそう考えたのか、アタシはわからなかった。
「私の元にやってくる者たちは、王族ばかりだ。私は隠された王族だからな。わざわざ、私の様子見と王族が定期的にやってきていた。何故だと思う?」
「ありていに言えば、いつ死ぬか確認ですね」
「私はね、王位継承権がものすごく高いんだ。私が死ぬことで、有利に働く者だって多い。むしろ、私に死んでほしい王族だっているわけだ」
「それは、初耳です」
「だから、私が次の王になってみせる、というのは嘘ではない。なれるんだ、私は、次の王に」
ただの口説き文句だと思っていたが、それ、本当だったのには、驚きだ。
これまで、考えていた予想に、新しい情報を付け足すと、予想も変わっていくものだ。
今回、人族の番を殺そうとした勢力とは別の、シンセイを排除したい勢力が王族の中にはあるということだ。
あの裏切者が、どういう情報伝達をしているのかわからないが、すでに一部の王族は、シンセイが番を見つけたことは知っているだろう。そして、今、大人しく沈黙しているかというと、そうではない。
番の暗殺をなすりつけるために、情報を流しているはずだ。そうすることで、沈黙出来ない王族が出てくるだろう。その頃には、王族全てがシンセイの番が見つかったことを噂という形で知ることとなっているはずだ。
シンセイ、世間知らずのお坊ちゃまだと見ていたが、それなりに頭がいいんだな。ちょっと見直してしまった。
「というわけで、私もここで休むよ」
「では、兄上を間に寝ましょう」
「そうだな!!」
兄ラセンを壁役にして、アタシは貞操を守ろう。いくらなんでも、こんな所で、シンセイもおかしなことをしないだろう。
でも、就寝するには、ちょっと早かったので、軽く談笑である。
「マイナは、物凄く頭がいいね。私は驚かされてばかりだよ」
「アタシよりも、父母のほうが、物凄く頭がよかった、と言われてますよ。おもに、教皇に」
あのクソジジイ、両親のことをどこまでも誉めるから、腹が立つ。
「ラクロスは、私の教育係りもしてくれていたんだ。ラセンと一緒に慰問に来ては、私に色々と教えてくれたんだ」
「面倒なこと言われてませんか? あの男、本当に腹が立つことばっかり」
「私には優しい人だよ。教皇という立場ではあるけど、病身の私のことを憐れに思い、色々と知恵を授けてくれた」
「聖職者ですからね。ラクロスが言っていること、間違ってはいません。むしろ、正しいから、腹が立つ」
「心配しているんだよ。ラセンとマイナのこと、ラクロスからそれなりに聞いてるんだ」
「聞きたくない!!」
もう、絶対に、母より劣る、なんてこと言ってるんだよ、あのクソジジイ。
穏やかに笑うシンセイ。ラクロスから聞いた話をするつもりだ。
「ラセンは妹思いのいい兄だと言っていた。生まれてすぐ、妹を助けるために、神獣を召喚して戦ったそうだ。それからも、ずっと、妹に何事かあると感じると、神殿を抜けて、人族の国に行ってしまうそうだ」
「兄として、当然のことだ!!」
知らない話だ。
生まれてすぐのことなんて、アタシは知らない。記憶にすらないのだ。聞いたこともないし、誰も話してくれなかった。
ラクロスは知っていて、誉め言葉として、シンセイに話したのだ。
「マイナのことは、とても頭がよく、努力する子だと聞いていた。自らの実力に驕ることなく、努力を続けるから、立派な辺境伯となるだろう、と話してくれた」
そんな風にラクロスが見ているなんて、アタシは知らなかった。
アタシは誉められているなんて思ってもいなかった。だって、ラクロスは、アタシと顔をあわせては、小言いっぱいだ。きっと、明日だって、小言いっぱいだろう。
だけど、シンセイから語られる話を聞いて、くすぐったいものを感じた。
ラクロスは家族がいない。聖職者だからといって、結婚してはいけないわけではない。だけど、ラクロスは天涯孤独だという。だから、いつも、「家族がいませんが」なんてラクロスは平然と言うのだ。それを聞いて、家族いないくせに、なんてアタシは心の中で悪態をついたものである。
あれは、わざとだ。そういうことで、ラクロスは恨まれ役を買っているのだ。
ラクロスの本音を竜種シンセイを通して知ってしまって、アタシはやっぱり、ラクロスに会いたくなくなった。
あ、ここで止まった。続きがまだ降ってこないので、また、しばらく放置になりそうです。